2016年大会シンポジウムプレ研究会(3月20日)の報告

法の施行に先立って、これほどまでに実効性を疑われる法律はあっただろうか。2016年度日本女性学会大会シンポジウム「「女性活躍推進法」時代の女性学・ジェンダー研究」のプレ研究会での議論を聞きながら、そう感じた。

「女性活躍推進法」によってでは、現在女性たちがぶつかっている壁を取り除くことはできず、さらなる格差拡大が懸念される、という認識において、3人の報告者に大きな違いはなかったし、それどころか報告を聞く側にとってすら、所与の前提となっている観があった。むしろ問題は、取り除く困難さを「女性活躍推進法」によって照射されることになる「女性たちがぶつかっている壁」を、どのように壊していくのか。また、「女性活躍推進法」によって拡大される格差の、解消には何が必要となるのか。つまり「ポスト「女性活躍推進法」時代」をどう構想するのか、という点にあるのだと言えるだろう。

出産後も育児休業を取得し職業を継続するのが当たり前になった「育休世代」の正社員総合職女性においても、マミートラックによりやりがいを失っても平気でいるようでないと職場に残れない、という状況を指摘した中野円佳氏。「入試難易度の低い」高校を卒業した女性たちが、非正規不安定労働を転々とし、家族との軋轢や将来の見えなさ、貧困に悩みつつ、自らを支える地元や福祉関係者とのネットワークを作り生きていく姿を、報告した杉田真衣氏。一見対照的な女性層を対象とした報告のようであるが、労働の典型がいまだに「ケアとの両立不可能な業績主義的<男性的>労働」におかれ、そこから外れる者からはやりがいも最低限の生活の質保障も剥奪されてしまうのだという、共通の根をもつ問題であることが感じられた。しかも、女性活躍推進政策の展開過程を俯瞰する清水愛砂氏の報告によれば、今後「リケジョ(理系女子学生・研究者)増産」に重点化されたキャリア教育へと女性学・ジェンダー研究が併合されていく可能性があり、そうなれば女性学・ジェンダー教育自体が「業績主義的<男性的>労働」の典型化に棹をさすことになりかねない。

「業績主義的<男性的>労働」の典型化に疑問符を突きつけつつ、女性管理職の少なさをいかに問題化していくか。センセーショナルに「貧困女子」を取り上げたり、女性不安定労者の「キャリア意識の低さ」をあげつらうのではない、女性自身の経験に寄り添った「女性と貧困」問題の言語化をいかに積み重ねていくか。安倍・新保守主義政権による憲法改悪・基本的人権の骨抜きという「大きな政治」の流れにも同時に目を配りつつ、具体的実証的研究成果の地道だが迅速な積み重ねが、いまこそ必要なのではないかと感じさせられた研究会であった。(文責:海妻径子)