NewsLetter 第107号 2006年8月発行

日本女性学会NewsLetter

(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)

女性学会ニュース第107号[PDF] 2006年8月発行


学会ニュース
日本女性学会 第107号 2006年8月

2006年度日本女性学会大会報告

(大阪府立女性総合センターと協催)
日 時:2006年6月10日(土)・11日(日)
会 場:大阪府立女性総合センター(ドーンセンター)

シンポジウム

「ジェンダーをめぐる暴力とトラウマ
—暴力への対抗としての、フェミニズムの希望のあり方」

パ ネ リ ス ト:宮地尚子、大越愛子、木村凉子
コーディネーター:伊田広行

大会シンポジウム報告

伊田 広行(コーディネーター)

今年の大会シンポでは、昨年のシンポを引き継ぎ、フェミニズムの暴力への視座を、トラウマなどを絡めて深めようとした。暴力が蔓延する中で、「フェミニズムの非暴力・平和主義」とはどのようなものであるのか。それを明らかにすることで、バックラッシュに対抗する、フェミニズムの存在意義が示せるのではないかと考えた。
当日のシンポでは、宮地尚子さんが、性暴力・DV被害者との臨床から学んだこととして、トラウマをめぐって少し詳しく報告した。それは、暴力というものを繊細かつ複雑にとらえるものであり、そのことがシンポ全体の基調となった。大越愛子さんからは、「女性国際戦犯法廷」が戦争犯罪・性犯罪を不問にしてきた構造的暴力体制や歴史観、不法国家、植民地主義、セクシズムなどどの全体を裁いたことが明らかにされた。それはフェミニズムが、構造的暴力体制を解体する思想に変容していることの確認であった。木村涼子さんからは、暴力的・非民主的な学校教育を、フェミニズムが、男女2分法の自明視の見直しや「声」の尊重の水準で問い直してきたこと、バックラッシュ派と教育の場を巡ってヘゲモニー争いがあることなどが報告された。
3者の問題提起自体に示唆するものが多く、とくに宮地さんの議論の端緒が紹介できたことは、フェミニズム・ジェンダー学にとって本シンポの大きな意義であったと思う。フェミニズムの主張が、みずからの権力性や単純性、知らないということの特権性などを自覚し、常に繊細なレベルで暴力や差別をとらえる方向に進んでいけば、バックラッシュを反面教師にいっそうフェミニズムの魅力と必要性が広く認識されていくであろうと思わせるものであった。
心残りもある。私としては、私たちの生き方を足元から問い直すものとしてのフェミニズムの非暴力思想を具体的に深めたい、権力的でないように生きること、ケア的に生きることの今日的な重要性の議論を、トラウマ論を受けて展開したかったのだが、時間の関係でそこまで論じられなかった。全体として、せっかく出された数々の視点を十分結び付けられず素材提供にとどまったこと、宮地報告を中心にして3者の議論を深くつなげるところにまで至らなかったという点が反省点である。シンポの中軸をもっとしぼっておくことが、コーディネーターには求められよう。今後の課題として明記しておきたい。
なお、会場からの質疑応答時間をもう少し増やすべきとの意見もきかれたが、そのためには、報告者をしぼり、全体の時間を延長させることが必要かと思われる。

2006年度日本女性学会シンポジウム感想

秋山 洋子

今回のシンポジウムのテーマ、とりわけ副題の「暴力の対抗としての、フェミニズムの希望のあり方」は、現在の状況の中で、私自身を含めて多くの人が手探りしているものをうまく集約しているように感じられた。ただ、そのテーマを3人のパネリストと限られた時間の中でどう展開するかは、かなり難しいことも予測できた。
精神科医として性暴力のサバイバーと向き合った経験にもとづく宮地尚子さんの報告は、暴力とそれが生み出すトラウマについて、ひとつ深いレベルで考えさせてくれるものだった。一般論ではなく、個別の被害体験によりそうことから出発した洞察にはハッとさせられることが多く、夏休みになったら紹介されていた著書を読んでみたいと思っている。
大越愛子さんはこれに対して、暴力の構造を大きく提示されたが、同時に、セクハラ事件を支援する中でのサバイバーとの複雑な関係にもふれられた。「私にできたのは一緒に飲むだけだった」というこの体験について、もうすこし突っ込んで聞きたかった。そうすれば、宮地さんの報告との接点がふくらんだのではないだろうか。
木村涼子さんの提起された教育の場における暴力も現在焦眉の問題だが、教育というテーマ自体が多くのものを含むので、このシンポの中には収まりきらなかったような気がする。学校をめぐる問題については、機会を改めて討議ができればと思った。

「シンポジウム ジェンダーをめぐる暴力とトラウマ
—暴力への対抗としてのフェミニズムの希望のあり方」に参加して

松島 紀子

暴力が及ぼすトラウマに接している臨床からの視点での宮地氏、広く暴力を捉えた上での暴力の構造化といった観点(思想、理念)より大越氏、フェミニズムの観点から学校教育と暴力を考える木村氏、それぞれご自分の経験や研究を通して興味深い話を聞くことが出来た。臨床、概念、構造化、教育としての暴力をそれぞれのパネリストたちが「暴力への対抗としてのフェミニズムの希望のあり方」を議論することがこのシンポの目的だったと思う。各パネリストの発言は興味深いが、全体を通してみると、未消化感が残った。暴力をどのようにとらえるのか、ということは暴力の定義にもつながるが、定義すること自体そこから取りこぼされてしまう被害を被る人たちも生じてくる。定義することの権力問題も浮上してくる。見える/見えないを含む暴力を、フェミニズムがどう考えていくのだろうか。宮地氏は「全てフェミニストらが背負わなくてもいい(もっと肩の力を抜いていいというニュアンスだと思う)」木村氏「女性学が積み重ねてきたことは少しずつ広がっている」そして大越氏は「ネットワークを作り声を上げていく大切さ」と語られた。
個々のパネリストの発言を、いかに分野の違う領域間で相互的に深められるかが、シンポジウムの本来のおもしろさと思う。そういう意味では今回のシンポジウム、さらなる課題を次に残したのではないだろうか。

緩やかでしなやかな関係を紡ぐ、暴力への対抗

岩本 華子

現在のバックラッシュ状況の中で非暴力—暴力に対抗すること(これさえも問いの対象である)とは、どのようなあり方なのであろうか。暴力的ではないあり方を問うこととは、「いかに生きるのか」を問うことにつながろう。本大会でのシンポジウムに参加することによって、「生」のひとつのありようの端緒に触れたように感じた。
見えない暴力、見えない傷、見えない連鎖といった、“見えない”とされていること(このこと自体が文化的暴力である)を、いかに可視化していけるのであろうか。可視化していく試みの一つが「自己表現」の模索なのかもしれない。手探りのなかで、失敗を重ねながら、矛盾を孕みつつも、その都度、その都度、何ができるのか、問いと試みを繰り返す過程。このような過程の中で生起してくる「関係」や「表現」や「生」が、越境しつつ、既存の虚構を揺らがすことにつながるのではないか。
矛盾を孕みつつ、無力さを感じながら営まれる「生」—「生きていること」そのもの—が非暴力という抵抗のありかたにつながるという、本シンポジウムにおける提起は、矛盾と無力さに押しつぶされそうになる日々に「それでよい」という肯定と、そのような日々のなかにこそ「可能性」が生まれてくるという示唆を与えてくれた。そして、「生きていること」そのことを丸ごとで認め合うというありようが、ゆるやかでしなやかな関係を紡いでいくことにつながるのではないかと感じた。

ワークショップ報告

バックラッシュへの<反転攻勢>を考える

日本女性学会ジェンダー研究会(担当:青山薫・海妻径子)

バックラッシュへの<反転攻勢>となるような取り組みを、参加者に紙に記入してもらい、それを司会者が大まかに整理発表した。その上で参加者が2グループに分かれ、自由討論をおこなった。
その結果、バックラッシュへの効果的反撃のための、ネットワークをいかにつくるか、が主な論点となった。
●従来の女性運動の枠を超えつつ、闘いの「場」を他の運動と共有する可能性を探れないか(「教育」という場を共有するかたちで、反「性教育バッシング」運動と、教育基本法改悪阻止運動が連携する、など)
●「草の根女性運動の人にもわかりやすい語り方」をするつもりで、ジェンダーについての議論を単純化することが、逆に「運動」と「研究」との相互理解と連携を難しくしているかもしれない
●「硬直化・教条化したもの」というのではない、フェミニズムのポジティブ・イメージを一般に広げていくことが重要。そのためにも、個人の多様な意見を尊重しつつ連携する、ネットワークのあり方づくりが、ネット空間の活用なども視野に入れつつ、模索されるべき、等の意見が出た。
その他にも、
●メディアや行政をいかにフェミニズムの側に取り込めるかについて、あらためて議論が必要。現状ではバックラッシュ派の「苦情」をマスコミや行政が取り上げざるを得ない状況が生まれている
●バックラッシュには、組織化されたレベル、ゆるやかな草の根保守のレベル、シンパ(同調者)の単独行動によるレベルなどがあり、それぞれのレベルに対応した<反転攻勢>を考える必要がある、等の意見も出た。
ルーティン化した「ジェンダーについての語り口」や組織運営のあり方の、再考が緊急課題だという点では、多くの参加者の意見が一致していたと思われる。問題はそれをいかに実現化するのかである。MLの活用など、現在でも既に模索は行なわれているが、一層ラディカルな試みの必要性が明らかになったワークショップであった。

(海妻径子)

グローバル・メディア・モニタリング・プロジェクト(GMMP)によるニュースメディアのジェンダー分析とメディア・リテラシー

(担当:登丸あすか・西村寿子・レベッカ ジェニスン)

GMMPとは、70数カ国のモニターグループが参加して、世界のニュースメディアをジェンダーの視座から5年ごとに一斉にモニター調査するプロジェクトである。2005年2月に実施されたGMMP2005には、日本から11のモニターグループが参加し、GMMPにメディア・リテラシーワークショップを組み込んだ独自の活動を行なっている。ここではまず、報告者から、GMMPの調査方法とその結果、およびメディア・リテラシーワークショップでのメディア分析の方法とその結果が報告された。その内容をふまえて、コメンテーターを中心とする参加者全体の対話へと展開し、日本におけるメディア・リテラシーの必要性について活発な議論が行なわれた。
GMMPの調査は、主に登場人物に焦点をあてたジェンダー分析である。具体的には、キャスターやレポーター、記者など、ニュースを伝える側の人物と、事件・事故の被害者や加害者、インタビューされる人物など、ニュースで取り上げられる人物の割合を、それぞれジェンダー別に明らかにするものである。調査結果から、日本に限らず世界のニュースメディアに、伝統的なジェンダーの価値観が提示されていることが指摘された。さらにメディア・リテラシーのワークショップでは、オーディアンスである市民が、ニュース番組の構成分析や映像・音声技法に注目した内容分析を行なっている。報告者は、参加した市民による「読み」の内容を報告し、メディア・リテラシーワークショップでの分析と参加者同士の対話をとおして、より多様なメディアの読み解きが可能になることを示した。
コメンテーターからは、対話がオーディアンスである読み手のエンパワーメントの場になるのではないかとの指摘がなされ、教育の場でのメディア・リテラシーの必要性が提起された。参加者からは、メディアで働く女性の少なさなど、日本のメディアの問題点が挙げられた。また、現在、教育の場で行なわれているメディア・リテラシーの授業やメディア分析の実践報告もなされた。

(登丸あすか)

ポルノ被害としての盗撮

(担当:二瓶由美子・宇野 朗子・山本有紀乃)

日本女性学会の会員でもあり、ポルノ・買春問題研究会(APP研)のメンバーでもある宇野朗子、山本有紀乃、二瓶由美子は、APP研の他のメンバー(会員外)の協力を得て、盗撮の現状を報告するとともに、ポルノ被害としての盗撮について参加者と議論を深め、問題を共有した。
ワークショップの冒頭では、盗撮が性被害であることについての解説がなされた。続いて、盗撮の現状が報告されたが、その内容は、最近の新聞記事からの被害事例紹介、被害の場所や加害者像と被害者像についての分析、さらには被害者が受ける影響や二次被害の問題についても言及されるという多角度的なものであり、インターネット時代ゆえの特徴があることも指摘された。加えて、盗撮に関する立法の情報について簡単な説明があった。その後、以上の報告を受ける形で、2チャンネルに代表されるインターネット掲示板にみる「盗撮する側・消費する側」の言説の分析も行った。ここまでの報告は、盗撮機器の進化と大衆化、女性蔑視や性差別を増幅させる手段としての盗撮映像とインターネットがもたらす、女性の人権侵害状況を認識することにつながったと思われる。
最後に、科研費研究の一端として行われた「盗撮防止に向けての企業側の努力」についてのアンケート結果報告と、盗撮に関する法的規制についての解説がなされた。アンケートは、第1回で都内コーヒーショップ、ファーストフード店、フィットネスクラブに向けて行われ、第2回では都内ホテル、デパート、スーパー銭湯を対象に行われた。法的規制については、諸外国の例が紹介され、わが国の現行法についての説明があり、今後の動向が注目される「盗撮禁止法案」についても解説があった。
以上のような報告の後、30名ほどの参加者からは、活発な質問や疑問が出された。なかには盗撮そのものについてというより、警察官による救急車内での盗撮という報道に関して、非常に具体的な疑問なども出され、いかに盗撮事件が日常化しているかが実感された。多くの参加者から感想や批判が相次ぎ、有益な問題共有の場となり、研究の新たな課題を見出す機会ともなった。参加していただいた会員の皆様に感謝したい。

(二瓶由美子)

お 知 ら せ

*幹事会および会員等からの公共性の高い情報を掲載します。
掲載希望はニューズレター担当者までご連絡ください。
ニューズレター担当:伊田久美子:idak●hs.osakafu-u.ac.jp
ニューズレター担当:木村 涼子:kimura●hus.osaka-u.ac.jp
(●を@に書き換えてください)

■会員主催の研究会募集のお知らせ

学会幹事会

詳細は学会ホームページを参照されるか、研究会担当者までご連絡ください。
研究会担当:伊田広行:田嶋陽子
連 絡 先:henoru●tcn.zaq.ne.jp (●を@に書き換えてください)

■国立女性教育会館研究ジャーナル 第11号論文公募のお知らせ

国立女性教育会館
論文、実践事例研究、研究ノートの3種類です。
締め切り:11月6日  詳細は、http://www.nwec.jp

■平塚らいてう賞公募のお知らせ

日本女子大学
「平塚らいてうの研究、または男女共同参画社会の実現および女性解放を通じた世界平和に関する活動や研究を行う個人または団体」が対象です。
締め切り:9月30日
詳細は http://www.jwu.ac.jp/raiteu

■安倍フェローシップ奨学研究者募集

国際交流基金日米センターと米国社会科学研究評議会 (SSRC)
社会科学と人文科学の分野の学者、研究者、また学界以外の分野(ジャーナリズム・法曹界等)の専門家からの応募を歓迎。応募資格は日米いずれかに研究の拠点を持ち、博士号ないしは専門分野での同等の経験を有していること。募集人員は15名前後。研究費、渡航費、滞在費、および給与補償分を支給。支給期間は最短3ヶ月、最長12ヶ月間。
申請はSSRCのウェブサイトにてオンラインでのみ受付。
締め切り:9月1日
詳細は以下のリンクを参照。
公募詳細情報:http://www.abefellowship.info
申請受付:http://applications.ssrc.org
SSRC安倍フェローシップ・プログラム東京事務所
〒107-6021 東京都港区赤坂1-12-32アーク森ビル20階 国際交流基金日米センター内
Tel: (03) 5562-3506 Fax: (03) 5562-3504
Email: ssrcABE●gol.com (●を@に書き換えてください)

■活動報告書のご案内

GenEP企画推進委員:関 啓子・木本喜美子・貴堂嘉之・中野知律・尾崎正峰・佐藤文香
一橋大学・学長裁量経費プロジェクト「一橋大学における男女共同参画社会実現向けた全学的教育プログラムの策定」(GenEP)プロジェクトの活動報告書ができあがりました。この報告書には、2005年度の活動報告として、全学学生アンケート結果、公開講座記録、国内・海外視察報告、ワークショップ記録が収録されています。大学における男女共同参画への取組みにご関心をお持ちの方々に是非、手にとっていただきたく、ここにご案内させていただきます。
報告書をご希望の方は、送料実費にてお分けいたしますので、住所・氏名を明記し、80円切手3枚を同封の上、下記までお申込ください。

〒180-8601
東京都国立市中2丁目1番地
一橋大学大学院 社会学研究科事務室気付
GenEPプロジェクト
なお、本件に関するお問い合わせは、
genep●soc.hit-u.ac.jp までお願いいたします。(●を@に書き換えて下さい)

■会員からの寄贈図書

*寄贈本で会員が著者もしくは編者である単行本新刊書誌情報を掲載します。

バーバラ・チェイス=リボウ著/石田依子 訳 『サリー・ヘミングス 禁じられた愛の記憶 ジェファーソン大統領の愛人奴隷として波瀾の生涯を生きた女』 大阪教育図書
2006年3月
2,520円(税込)
小平麻衣子・氷見直子 共著 『書いて考えるジェンダー・スタディーズ』 新水社
2006年4月
1,943円(税込)