2019年度少額研究活動支援 採択者一覧について
採択者 研究テーマについては以下の通りです。
西田梨紗 アメリカン・ルネサンス期における女性たちと知の渇望
2019年度少額研究活動支援 採択者一覧について
採択者 研究テーマについては以下の通りです。
西田梨紗 アメリカン・ルネサンス期における女性たちと知の渇望
15日の予定はこちらからどうぞ。https://joseigakkai-jp.org/ann/1390/
16日の予定は以下のとおりです。
多くの方のご参加をお待ちしております。
司会:杉山直子
西田梨紗
マーガレット・フラーはWoman in the Nineteenth Century(1845)でアメリカの女性たちに、知を養うことの重要性を訴え、「大きくなりすぎた子ども」から一人の人間になるようにと教え説いている。本発表では、19世紀半ばのアメリカ北東部で、知的好奇心にかきたてられていた女性たちの現実を踏まえた上で、Woman in the Nineteenth Centuryに着目したい。フラーはこの本で知の重要性を述べているが、そのことは巧みな戦略を用いて述べられていることを論じたい。加えて、理知的なフラーがロマンチックな要素を持ち合わせていたことも、当時の時代思潮と絡めながら示せたらと思う。
真野孝子
第二波フェミニズムの当時、女性たちは「女性」とは何かという問題意識から、フェミニズム・女性学を立ち上げていった。現在では、「LGBT」との連関性から、自己認識の問題としてフェミニズム・女性学へと接近していく傾向である。前者の例として、フェミニズム文学批評の水田宗子と米歴史学者のエステル・フリードマンの「女性」とは何かの発見を回顧し、「女性」から「LGBT」への兆しを見出す。ここに、フェミニズム・女性学の総括と継承を認めるのではないだろうか。
五十嵐舞
ジュディス・バトラーは、1991年のロドニー・キング事件を事例に、人種差別と性差別が交差する白人の認知的図式を分析する。この近年の黒人への暴力の分析にも有効な分析は、人種が視覚的差異によって特徴づけられる状況に依存した理論である。本報告は、必ずしも視覚的差異を伴うわけではない日本の人種差別的な言説に焦点をあてることで、そのような認知的図式を視覚とは異なる側面から記述する試みである。
高橋幸
フェミニズムバックラッシュ後の英米では、1990年代以降、フェミニズムから距離を取る若い女性(=ポストフェミニスト)の調査・研究が蓄積されてきた。若い女性を対象にした社会学的な量的・質的調査や、ポピュラーカルチャーにおける若い女性表象についての研究がなされている。本報告では、これらの研究を整理して概観したうえで、2013年から2014年に英語圏で生じたハッシュタグムーブメント#WomenAgainstFeminismを分析し、2010年代のポストフェミニストのフェミニズムに対する態度と主張を明らかにする。
司会:杉浦郁子
横山陸
性的マイノリティにまつわる研究の多くは、当事者の生活の場として大都市を前提とする傾向にあり、都市部への移住が規範として想定され、地方に暮らす当事者の姿は不可視化されがちであった。このため英語圏では近年、こうしたアーバニズムを批判的にとらえ返す研究群が生み出されつつある。この状況を踏まえ、本研究では日本の新聞報道や当事者の手記などにおいて「LGBT」にとっての「地方」「田舎」がどのように語られているのかを分析し、それらの語りが何を捉えそこなっているのかを明らかにする。
釜野さおり、北仲千里、藤原直子
2018年5月~6月に実施した当調査は、日本で初めて性的マイノリティにおけるDV・ストーキング被害の実態や、被害者が相談につながっているかどうかを調べたものであり、501件の回答、419票の有効回答を得た。今回は結果の第一次集計・分析結果を報告し、実態解明や対策の提案を行っていく上で、どのような示唆が得られたかを検討する。
須長史生
本報告は性的マイノリティに対する偏見の規定要因を特に「男らしさ」に関する規範に注目して明らかにすることを目的とする。調査対象は首都圏の私立A大学に通う一年生 445名で、スマートフォンをなど用いて回答する方法を用いた。調査の結果、偏見や嫌悪感の規定要因として、先行研究と同様に性別、当事者との接触機会、当該知識の量などが抽出されたが、加えてジェンダー意識も有意な要因として抽出された。本報告ではこの点についてさらに考察を進める。
牧野雅子
身近な性暴力である「痴漢」。しかし、「痴漢」事件がどのくらい起こっているのかを知ることは容易ではない。性暴力事件には暗数が多いことに加え、「痴漢」の定義は一様ではなく、取締りに適用される法令も多岐にわたり、「痴漢」被害件数という公的数値が存在しないからである。本発表では、公的機関が発表する「痴漢」に関する様々な数値から、相談件数の変動やその要因、被害・検挙状況、取締り機関の対応や性暴力認識を読み解くことで、被害の現実に接近したい
司会:清水晶子
葛原敦嘉
ジェンダー化された西洋の舞台舞踊の権力構造に着目し、現代の舞踊表象における「多様性」を読み解く。ポストフォーディズム下において来歴や苦悩といったプライベートな領域はダンサーの経済活動に組み込まれ、振付家は無から創造を行う「作者」から他者を取りまとめる「ファシリテーター」へと変化している。発表ではそうした文脈の中で「多様」な身体として描かれる性的マイノリティや障害者の表象を検討する。
洪毓謙
人間ではないものとして定義され、支配的な価値観から排除されてきたものとしての怪物表象への読み直すことと現在のフェミニズム・クィア批評への批判を通して、より多くの命の生存ポリティクスを考えたい。2000年代以降の映画で登場するゾンビの「フレキシビリティ」と「セクシュアリティ」の「欠落」した身体とそのナラティブで特定の身体に継続的に未来を与えるのに対し、特定の身体を継続可能性から排除する言説を読み解く。
程斯
アニメ声優がますます表舞台に立って活躍するようになった今日、アニメにおけるキャラクターの線画記号であれ、アニメ声優の肉体であれ、それは様々な要素を収束するベースであるに過ぎず、視聴者が感取するのはそこに立ち上がる「中間領域」としての身体だと本発表は主張する。その中間領域としての「身体」は西洋中心的な身体観と異なる重層的な「場」であり、そこに時間と情動の問題も発生する。
前之園和喜、児玉谷レミ、山本美里
本WSは、一橋大学社会学部佐藤文香ゼミナールのプロジェクト成果である「Q&A」集の内容を紹介し討議する。若い世代で昨今「プチ・フェミニズムブーム」の動きがあるが、ジェンダーへの知識は人により様々である。Q&A集では、佐藤ゼミに所属している故に私達に投げかけられる様々な質問をまとめ、これに対する初・中・上級者向けの回答を作成した。この成果をもとに、高校生・大学生など若い世代に、身近な問題からフェミニズムやジェンダー研究に関心を持ってもらうことがいかに可能か討議したい。
司会:牟田和恵
瀬山紀子
80年代、障害女性の結婚・出産・子育てが脚光を浴びる中、月経時の介助軽減等を理由とした子宮摘出手術も大きな話題となった。また、この時期、障害女性と女性運動との対話があり、産むべき女性と、産むべきではないとされる女性が、女性の価値を健康な子どもを産み、育てることに置く社会の中で共通の困難を抱えていることが見出されている。報告では、障害女性を含む女性の身体に向けられた規範が、問い直されていく過程を見ていく。
横山美和
カトリック教会は長らく避妊を禁じていたが、産婦人科医の荻野久作(1882-1975)の学説をもとにした、いわゆる荻野式避妊法は、1930年、ローマ法王により容認された避妊法となった。一般書や新聞では、荻野式避妊法はカトリック教徒にとっての救いであるように描かれてきた。しかし、日本における受容のされ方について研究がなされていない。本発表では、新聞や雑誌から、日本のキリスト教徒による荻野式避妊法の受容のされ方を考察する。
塚原久美
日本の中絶は世界に比して完全に後れを来しています。医療技術としても世界でほぼ半世紀前に捨てられた方法が今も日本ではメインであり、中絶に対する人々の認識が全く異なるのも、世界で考えられている”abortion”と日本の「中絶」が全く違うものになっているためだと考えられます。本発表では、世界と日本では何が違い、世界で標準の中絶医療を取り入れていくためには、何が必要なのか、どこから着手していくべきかを考えます。
近藤凛太朗
特に1990年代以降、「第三世界」女性の表象を国際社会に向けて発信する新たな主体として、「第三世界」の女性NGOというアクターが浮上しているが、この事実は従来の研究では十分に注目されているとはいえない。本報告では、アシッドバイオレンス(酸性物質を顔・身体に浴びせる暴力)のサバイバーへの支援を行うNGOが制作した写真集を分析素材として、「第三世界」女性NGOが産出する視覚的なジェンダー表象の意味作用を明らかにしたい。
司会:木村涼子
斉藤正美
政府・地方自治体は、少子化対策としてお見合い支援、中高・大学生等に「妊娠適例期」を教えるライフプラン事業など幅広い結婚支援を行っている。これら「官製婚活」は若年層の多様な生き方を阻害する一方、セクハラなど人権侵害等のリスクを孕む。本報告では岐阜、富山、東京等での多様な立場の方への聞き取り調査から、特に、自治体や教育現場において民間婚活事業者、医療従事者、大学関係者等が事業の担い手として参入している状況に着目し、その問題を検討する。
大木直子
日本の地方議会では、1980年代以降、女性議員割合が増加傾向にあるものの、地方議会全体としては12.9%(2017年12月末時点)と低く、国際的に見ても女性の参画が大きく遅れている。2018年5月にいわゆる候補者男女均等法が施行されたが、候補者における男女均等はどこまで進んだか。政党公認の候補者の多い道府県議会や政令市議会では政党の候補者リクルートメントがどのように変化したか。本稿は2019年4月の統一地方選挙の自治体議会選挙の速報データを男女別、党派別、自治体レベル別などで整理した上で、政治的リクルートメントの観点から今回の統一地方選挙において男女の候補者数の均等はどこまで達成されたか、どのような候補者が選ばれたか、について考察する。
稲葉久子
本稿は、「京都大学男女共同参画推進に関する意識・実態調査」の「報告書」(2016年)に関する批判であり、本来のアカウンタビリティーが全うされているかのように書かれていることへの警鐘であり、適切な改善努力がされにくいという指摘を行う。目的は「実態を示すこと」でありながら、現状の活動の「根拠の正当化」に至っている。また手段・手法からコンテクスト(i.e.任期付き教職員)が省かれ、実態との乖離が見られる。
児玉谷レミ
本研究では、学校空間におけるジェンダー秩序に対する「有能な行為者」としての女子生徒・女子学生をより実態に即して把握することを目指す。そのため共学大学に在籍する男女平等教育を受けた女子校出身者たちの語りを山根純佳(2012)のエージェンシー概念に依拠しながら分析する。これによって、ジェンダー秩序を変動しうる存在であるはずの女子校出身者たちが再生産実践へ至る背景を、彼女たちが受けた男女平等教育や大学空間がもつ性質に着目しながら明らかにする。
横山麻衣
強かん神話支持度についての実証的研究は1970年代後半からなされ、強かん神話の支持は公正な世界への信念という概念によって説明がなされてきた。強かん神話とは、男性による女性に対する性暴力を否認・軽視・正当化する,性暴力についての記述的/規範的な考えのことをいう。本報告では、大学生を対象に実施した強かん神話支持度についての調査結果に基づいて、公正な世界への信念による説明の妥当性や課題について報告する。
司会:渋谷典子
渋谷典子
NPO法施行から20年を経て、NPO法人という組織形態をとり、女性たちが活動を展開する事例が定着しつつある。NPOの存在意義は「市民性」と「事業性」にあり、双方のバランスをとりつつ運営をしていくことが重要となる。本報告では、2005年に設立されたNPO法人参画プラネットの組織運営について、「市民性」と「事業性」の二つの側面から分析しつつ「社会へ届く活動」について検討を進める。
森智香子
労働者の健康や安全を守り、全ての労働者がより豊かな社会生活をおくるうえで必要な「生活時間」の確保について、現在起きている問題とその解決方法を、地域性を考慮しながらジェンダーの視点をもって研究を進めている。具体的には東海地方、主に愛知県の労働環境の特色と女性の働きやすさ/働きづらさについて状況を整理し、検討した上で、今後の問題解決へ向けての取り組みを紹介する。
米倉清花
本発表では、2015年度日本女性学会大会にてパネル報告した若年女性の読書会活動(2014年~)のその後の状況についての報告を行う。また、読書会活動を見守ってきたおおよそ60代の女性たち、新たに参加した20代女性との交流を通して、読書会がどういう場であるか、そのために必要な条件とは何であったかについて考察を深める。あわせて、読書会で培ったノウハウが一人ひとりの実践として活かされている事例を紹介したい。
堀久美
阪神淡路大震災や東日本大震災等の災害復興における女性の活動の一つに、経験を記録する活動がある。これらの活動のなかで、被災した女性たちや支援者はその経験や思いを語り、それらが防災・復興政策等の議論の根拠となっている。本発表では、女性が経験を語ることの意義と、それが公的な議論の場における言説となり得るプロセスに焦点を当てて検討を行う。
綾部六郎・池田弘乃ほか
本ワークショップは「クィアと法」あるいはクィア法理論と呼ばれている学術領域の可能性を探究するものである。報告者たちは『クィアと法』と題する論文集を日本で初めて公刊することで、法実践に内在する異性愛主義・性別二元制を批判するとともに、その理論的・実践的意義を世に問おうとした。本WSでは、こうした問題意識をさらに深めつつ、そこでは論じられなかったことなどを参加者とともに考えたい。
特集ダイバーシティ推進政策とジェンダー/セクシュアリティの政治――「LGBT 主流化」をめぐって |
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|---|---|
| 特集にあたって | 堀江有里 |
| 《エスニック・フェア》のダイバーシティ—可視性の政治を巡って | 清水晶子 |
| 性的マイノリティをめぐる量的データ ――ダイバーシティ推進の文脈における両義性 |
釜野さおり |
| 文学作品を通して〈(性の)多様性〉を再考する ──中島京子『彼女に関する十二章』 |
黒岩裕市 |
【投稿論文】 |
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| 〔ヘテロ〕セクシズムを批判する思想としてのフェミニズム: 保守派の異性間単婚制度擁護論にいかに反論すべきか |
松田和樹 |
【研究ノート】 |
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| 美的労働(aesthetic labour)概念が提起するもの | 西倉実季 |
【書 評】 |
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| 瀬治山角編著『ジェンダーとセクシュアリティで見る東アジア』 | 児玉谷レミ |
| 佐藤文香・伊藤るり編『ジェンダー研究を継承する』 | 堀川修平 |
| 関めぐみ『〈女子マネ〉のエスノグラフィー: 大学運動部における男同士の絆と性差別』 |
川口遼 |
A5判 並製 定価2592円(本体2400円+税)
ISBN:9784778204532
2019年度日本女性学会大会シンポジウム
男性性研究で何がみえてくるか――「下駄を履いて」いること、セクシュアリティ、加害者性
共催:一橋大学大学院社会学研究科
日程:2019年6月15日(土) 13:00〜16:30
会場:一橋大学 国立キャンパス 東2号館2201
東京都国立市中2丁目1番地
■JR中央線 国立駅下車南口から徒歩約10分
■JR南武線 谷保駅北口から徒歩約20分
詳しいアクセスはhttp://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/kunitachi.htmlをご覧ください.
参加費:会員500円/常勤の非会員1,000円/常勤以外の非会員500円
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シンポジスト:
江原由美子(社会学) お茶の水女子大学・東京都立大学・首都大学東京の教員を経て、
現在横浜国立大学都市イノベーション研究院教授。社会学理論を基軸に、ジェンダーに関わる社会問題の理論化を探求している。著書『女性解放という思想』『フェミニズムと権力作用』『ジェンダー秩序』([勁草書房)、『ジェンダーの社会学入門』『自己決定権とジェンダー』([岩波書店]、『ジェンダーの社会学』『ワードマップフェミニズム』(新曜社)等。
すぎむらなおみ(教育社会学) 愛知県立高等学校養護教諭。研究関心は学校文化におけ
るマイノリティの位置。著書に『養護教諭の社会学➖学校文化・ジェンダー・同化』(名古屋大学出版会、2014年)、『エッチのまわりにあるもの➖保健室の社会学』(解放出版社、2011年)、養護教諭仲間との共著に『はなそうよ!恋とエッチ➖みつけよう!からだときもち』(生活書院、2014年)、『発達障害チェックシートできましたーがっこうのまいにちをゆらす・ずらす・つくる』(生活書院、2012年)。
田房永子(漫画家、ライター) 1978年東京都生まれ。20代は男性向けエロ本で連載を
持ち、30代は女性向け媒体に移行。代表作は「母がしんどい」(KADOKAWA中経出版、2012年)、「キレる私をやめたい~夫をグーで殴る妻をやめるまで~」(竹書房、2016年)
平山亮(社会学) 東京都健康長寿医療センター研究所研究員。専門は社会学、ジェンダ
ー論。「男性とケア」を主題に、高齢者ケアに関する制度に埋め込まれた/が生み出す性の不平等について研究している。著書に『介護する息子たち:男性性の死角とケアのジェンダー分析』(勁草書房)など。
コーディネーター:
北仲千里(社会学) 広島大学ハラスメント相談室教員。NPO法人全国女性シェルター
ネット共同代表。おもな著書に「男性性研究はジェンダーに基づく暴力をどこまで読み解いたか」杉浦ミドリ・建石真公子・吉田あけみ・來田享子編『身体・性・生―個人の尊重とジェンダー』(尚学社、2012 年)。『アカデミック・ハラスメントの解決』(共著、寿郎社、2017年)
千田有紀(社会学) 武蔵大学社会学部教授。主な著書に『女性学/男性学』(岩波書店。
2009年)、『日本型近代家族-どこから来てどこへ行くのか』(勁草書房、2011年)、『ジェンダー論をつかむ』(共著、有斐閣、2013年)など。
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シンポジウム趣旨説明
男性性研究で何がみえてくるか――「下駄を履いて」いること、セクシュアリティ、加害者性
いま、男性学や男性性研究が、面白い。「ジェンダー問題って女性の問題なんでしょ」と思っているような人にとって、「いや、むしろ変わらなきゃいけないのは男性の社会で、マジョリティ男性も、男性性のジェンダーにがんじがらめで生きているんだ」という提起は、まさに社会構造としてのジェンダーを考え始めるきっかけを作ってくれるかもしれない。「どうして男性たちはあんな態度をとるんだろう」と悩む女性たちにとっては、「そうか、なーんだ、男のメンツの問題だったのか!」と膝を叩き、処方箋を提供するかもしれない。「男社会」を変えるためには、男性性こそを分析することが不可欠である。
しかし、その一方で、ジェンダー差別の問題には反応が悪い学生たちが、「男も苦しいんだ」というタイプの男性学の議論だけをつまみ食いしてくるのも、もやもやする。男性性研究によって、男性が「下駄をはかされていること」や加害者性(例えば犯罪、DVや性暴力、性を買う行動に見られるなど)はどのように、切り込むことができてきたのだろうか。昨今は、サラリーマン社会やイクメン研究だけでなく、軍隊、介護、サブカルチャーや男子校や、歌うこと、禿げていること、性の悩みなど、様々なものが、男性性研究の対象にされている。
ではこれらと、女性性、あるいは「ジェンダー規範」「性別役割」「ジェンダーのステレオタイプ」などを取り扱ってきた、女性学やジェンダー研究とは、どういう関係をきりむすんでいるのだろうか。例えばこれまで注目されてきたR. W. Connellの「ジェンダー秩序」や「複数の男性性(masculinities)」というアプローチは、どのように評価すべきなのだろうか。4人のパネリストの報告から、男性性研究から見える景色が、少しでも新しいものになりますように。
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シンポジウム発題者から
「男はつらいよ型男性学」の限界と可能性ーーポジショナリティ論とグローバリゼーションとの関わりで
江原由美子
2000年~2010年代に入って、男性学/男性性研究は、「男性自身が性別規範によって抑圧されている」ことを問題化し「男性の生きづらさ」を焦点化する傾向が強まっている。本報告は、このようなタイプの男性学/男性性研究の言説を、「男はつらいよ型男性学」と名付け、その限界と可能性を検討する。
「男はつらいよ型男性学」に対する批判は、2001年の渋谷知美の批判以来、フェミニズムの立場から、かなりなされている。その主要な批判は、「男性の生きづらさ」「男性の被抑圧性」として挙げられることの多くが「男性の特権の裏返し」であること、男女の非対称性を無視することによって女性差別の廃絶に対する視点を欠いていること等に、向けられている。本報告では、このようなタイプの批判を、ポジショナリティ論に基づく批判として解釈し、その批判の妥当性を検討する。
他方「男はつらいよ型男性学」が焦点を当てている「男性の生きづらさ」は、グローバリゼーションによって先進国製造業(男性)労働者が直面した「生きづらさ」としても、解釈できる。この「生きづらさ」に対してポリティカル・コレクトネスの視点から批判を加えることに対しては、彼らを右派(排外主義的ナショナリズム)に追いやるだけだとする批判が、ある。この視点からすると、「男はつらいよ型男性学」は、「男性の生きづらさ」に共感的に寄り添うことによって、社会変革のあらたな可能性を拓くと、評価することもできる。報告においては、この二つの視点から、「男はつらいよ型男性学」の意義を検討する。
学校文化・男性性・近代化
すぎむらなおみ
学校に勤務していると疑問に感じることが多くある。例えば「卒業式等、儀式的行事にかける熱意」「若い女性教員の軽視」「怒鳴る教員の居場所確保」「保健室(あるいはケア提供者)の異物扱い」等。学校は「学問の自由」「男女平等」を標榜してはいるが、実際には「隠れたカリキュラム」による「(中産階級の)再生産」装置であり続けているからだろうか。
学校において「生徒指導部」とは、一般的に「生徒を教員の管理下に置く部署」として機能している。その中で「指導力のある教員」とは「生徒を従属させることができる教員」を意味する。これは「文化的支配」としての「覇権的マスキュリニティ」と言いかえられるのではないか。だとすれば冒頭に掲げた私の疑問は、すべて「学校文化」は「男性性に支配されているからである」という答えに回収されてしまう。しかし、「儀式的行事の練習はしない」「若い女性教員が活躍している」「怒鳴る教員の居場所はない」といった学校もあり、そうした種類の学校においては「生徒指導部」はあまり意味をもたない。こうした現象がなぜおこるのか。
当日は、学校をまず管理的/非管理的、都市型/非都市型の4象限にわけ、さらにその内部を学力の高低で分類することで学校間の特徴をおさえることからははじめたい。それによって管理ツールの一形態としての男性性が、どういった学校で機能するのか。学校文化における男性性と近代化の関係はどうなっているのか等が浮き彫りになるであろう。そのうえで、冒頭に掲げた問についてあらためて会場のみなさまと答えをさぐっていきたい。
女の体のしくみを、女以上に知っているかのように語る男たち
田房永子
男性向けWEBサイトで、「50代男性は、実は20~30代女性にモテる。だから積極的に押すべし」などのコラムを目にすることがあります。それらは、「自分の年齢に怖じ気づかなくてもいい。実は彼女たちは大人の男性からのアプローチを待っている。グイグイいけ」というスタイルのものがほとんどです。そういった文章はネット上では、実際の20~30代の女性たちから「こういうものをメディアが取り扱うからセクハラが横行する」として忌み嫌われる傾向にあります。しかしこういった記事が廃れることはありません。逆に男性向け成人誌など、女性の目の届かないところで毎日量産され掲載されています。
彼らが語る「女性の特徴」は、その独特な視点と独断だけによって形成されています。「恋愛学」なるものについての著書を多く出している60代の某大学教授の、婚活男性向けの本を読むと、「女性は生理前、生理あとによって男の好みが変わるから、それに合わせて演技しろ、ゆえに相手の生理周期を把握すべし」という旨が記載されていました。「生理中の女性は血のにおいや生理用品が気になってデートどころではありません。(だからデートを断られても気を落とさない)」など、女として生きてきたほうがからすると首をかしげるものばかりです。
しかしまったく女性と接触せず、女性についての情報は成人誌やAVからだけ、という10代を過ごした人がこういった本をなんの疑問もなく受け入れるのはある意味当然と言えるでしょう。女の体について、女以上に声高に流布する男性と、実際の女性の話よりもそちらを吸収する男性たち。彼らから感じる、まるで本当のことは絶対に知りたくないと思っているかのような頑なさは一体なんなのだろうと考えます。
「男性性による抑圧/からの解放」で終わらない男性性研究へ
平山亮
男性性についての多くの議論は、たいてい次のように展開される。男性はさまざまな男性性に規律されている。男たちを縛り、突き動かす男性性が、ときに女性を含めた他者への加害につながり、また自分自身の健康を脅かす。したがって、男性が男性性から解放されることは、女性にとっても男性自身にとってもメリットがあるのだ、と。このような議論はそのわかりやすさゆえに一定の人気を獲得しているが、他方、「男性もまた性別規範の被抑圧者なのだ」という「被害者地位における男女の対等性」を強調し、フェミニズムが指摘してきた男性優位のジェンダー関係を見えにくくする効果をもつ。
本報告では、最初に「男性性による抑圧/からの解放」という枠組みの問題点を確認する。その上で、「男性は男性性に縛られている」という説明も含めた「男性についての理解のされ方」として男性性を再定位し、そのような男性性の分析概念としての「切れ味」を検討したい。その際、本報告が依拠するのは、男性性研究のなかでたびたび用いられてきた「覇権的男性性」の概念である。報告では、「覇権的男性性」の概念についての典型的な誤解を解きほぐし、この概念が「男性が男性性に縛られることで現在のジェンダー関係ができている」という見方を乗り越えるためにこそ提案されてきたことを確認するとともに、性の不平等を見えにくくするメカニズムを暴くツールとしてのこの概念の有用性を検討したい。
2018年3月10日に武蔵大学において、「男性性研究で何がみえてくるか」と題して、2019年大会シンポジウムのプレ研究会を開催した。今回は予定シンポジスト4人のうち、都合により欠席となった田房永子さんを除く3人(江原由美子さん、平山亮さん、すぎむらなおみさん)にお越しいただき発表をしていただいた。
江原さんは「なぜ「男はつらいよ」路線の男性性研究は嫌われるのか?-男性性研究のフェミニズムにとっての意義ー」、すぎむらさんは「現場レポート」として、学校の状況の報告と、少年スポーツチームの報告の2本を報告された。平山さんは「『らしさ』による制約」で終わらない男性性研究へ」と題する報告をされた。参加者から質問や熱心な議論がいくつか続き、各報告を興味深くお聞きし、報告者同士も互いに刺激されあいながら、大会本番のシンポジウムでの各報告者の役割分担や流れ、順番などについての調整を行った。
(北仲千里)
非会員の方はこちらからどうぞ。
第20期の監事の自己紹介です。
あいうえお順にしてみました。
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荒木菜穂(あらきなほ)
ジェンダー論、女性学、社会学、女性運動
会計
ふたたび幹事を務めさせていただくことになりました。その昔、もともとフェミニズムへの違和感から女性運動そのものに関心を持たせていただくようになりましたが、長い歴史のある本会の運営にも関わらせていただけることあらためて光栄に思います。フェミニズムのあり方もさらに多様化する中、立場の差異、歴史の連続性に目を向け、女性学を学び実践していきたいです。よろしくお願い申し上げます。
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飯田祐子(いいだゆうこ)
日本近現代文化・文学 ジェンダー批評
ニュースレターの担当をしております。大会に関する情報を中心に、年に三回、みなさんにニュースをお伝えいたします。「女性」について考えつつ、ジェンダー・バイナリズムの窮屈さから離れていきたいと思っています。
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伊藤淑子(いとうよしこ)
学会誌の編集を担当させていただきます。
会員のみなさまの情報交流の場であるとともに、次世代の人たちが女性学の軌跡をたどることができるように、私自身も学ばせていただきながら励みたいと思います。
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大木直子(おおきなおこ)
ジェンダーと政治、地方政治、リクルートメント研究
庶務(少額研究支援)を担当します。
大学では主にジェンダー論、キャリア関連科目を担当しています。
「政治分野における男女共同参画の推進に関する法律」が成立、施行された年に
幹事の一員になりました。これまで以上に学会員の皆様と研究交流、情報交換できたら
うれしいです。どうぞよろしくお願いいたします。
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北仲 千里(きたなかちさと)
ジェンダーの社会学、「ジェンダーに基づく暴力」研究、ハラスメントや研究不正研究
さまざまな社会の変化と、問題意識のうねりの中で、やはり、フェミニズムと結びついた学術研究や、
運動や被害者支援などの実践と政策や学術研究を架橋する動きはとっても必要になっているなあと思う今日この頃です。
ご期待にこたえられる学会の動きを作って行ければなあと思います。
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佐藤文香(さとうふみか)
ジェンダー研究、軍事・戦争とジェンダーの社会学
10年ぶりの幹事会で、会計を担当いたします。
女性学会創設期から40年を経て、いずれの学会も活動の継承が大きな課題になっていると思います。
世代間の橋渡しと学会活動のさらなる活性化に向けて皆さんとともにできることを考えていきたいです。
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杉浦郁子(すぎうらいくこ)
社会学、日本のレズビアン・コミュニティの歴史
編集委員を担当いたします。数年に一度ぐらい大会に参加する、という怠惰な会員でしたが、学会誌『女性学』から多くを学んでまいりました。先日(2018年9月)、次号のための編集会議に出て、『女性学』の質がこれまでの委員の皆さんのきめ細かな編集によって保たれてきたことを知りました。次号も良いものになるよう精一杯務めます。意欲的な投稿論文が作業の励みになります。
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千田有紀(せんだゆき)
代表幹事
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古久保さくら(ふるくぼさくら)
ジェンダー平等教育研究、近現代ジェンダー史研究
今期はメールニュースとウェブ管理を担当します。
平等だと思われてきた大学入試ですら、女性差別的対応があからさまになった今年、
あらためてジェンダー平等教育の必要性を感じます。
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堀 久美(ほりくみ)
第20期幹事会で庶務を担当しています。幹事会の一員として学会に携わる機会をいただいていることを研究と実践に活かしていきたいと思います。東日本大震災の被災地にある大学にいる者として、また女性の社会的な活動を研究テーマとする者として、復興とジェンダーの問題に取り組んでいます。
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水無田気流(みなしたきりう)