2006/7/8 日本学術会議主催公開講演会 身体・性差・ジェンダー —生物学とジェンダー学の対話—

日本学術会議主催公開講演会
身体・性差・ジェンダー
—生物学とジェンダー学の対話—

■日時 平成18年7月8日(土)12:30〜17:30
■会場 日本学術会議講堂(定員250 名・参加費無料)
□主催 日本学術会議
□後援 東北大学 21 世紀COE「男女共同参画社会の法と政策」、お茶の水女子大学21 世紀COE「ジェンダー学のフロンティア」、東京大学男女共同参画室、名古屋大学男女共同参画室、理化学研究所脳科学総合研究センター、女性科学研究者の環境改善に関する懇談会(JAICOWS)、男女共同参画学協会連絡会、大学等の男女共同参画推進ネットワーク、ジェンダー関連学協会連絡協議会、ジェンダー法学会、ジェンダー 史学会、日本女性学会、国際ジェンダー学会、日本スポーツとジェンダー学会
□協力 (独)メディア教育開発センターSCS(衛星通信を利用した大学間ネットワーク)を利用し配信します

プログラム
12:30〜 開会・メッセージ
黒川 清(日本学術会議会長)
猪口 邦子(内閣府特命担当大臣(少子化・男女共同参画)、日本学術会議会員)
江原由美子(首都大学東京都市教養学部教授、日本学術会議会員、学術とジェンダー委員会委員長)

<総合司会>
後藤 俊夫(中部大学学監、日本学術会議会員、学術とジェンダー委員会副委員長)
<コーディネータ>
大沢 真理(東京大学社会科学研究所教授、日本学術会議会員)

12:50〜
講演 原 ひろ子(城西国際大学大学院人文科学研究科客員教授、日本学術会議連携会員)
「男女共同参画社会の実現と学術の役割」

上野千鶴子(東京大学大学院人文社会系研究科教授、日本学術会議会員)
「ジェンダー概念の意義と効果」

束村 博子(名古屋大学大学院生命農学研究科助教授、日本学術会議特任連携会員)
「女と男はどう違う?−生物学視点から−」

大内 尉義(東京大学大学院医学系研究科教授、日本学術会議連携会員)
「性差医療の可能性」

井谷 惠子(京都教育大学教育学部教授、日本学術会議特任連携会員)
「ジェンダー研究からみた体育・スポーツの可能性と課題」

15:05〜
質疑・討論<ディスカッサント>
五十嵐 隆(東京大学大学院医学系研究科教授、日本学術会議会員)
加賀谷淳子(日本女子体育大学客員教授、日本学術会議会員)
黒田 公美(理化学研究所脳科学総合研究センター基礎科学特別研究員)
竹村 和子(お茶の水女子大学大学院人間文化研究科教授、日本学術会議連携会員)
長谷川眞理子(総合研究大学院大学教授、日本学術会議連携会員)
松田 昌子(山口大学医学部教授)

17:30〜
閉会挨拶 辻村みよ子(東北大学大学院法学研究科教授、日本学術会議会員、男女共同参画分科会委員長)
(プログラムは一部変更になる場合があります。)

申込方法

はがき、FAX またはE-mail にて必要事項をご記入の上、公開講演会担当宛にお申し込みください。
■必要事項/氏名(ふりがな)・年齢・職業・連絡先電話番号・E-mail アドレス
*定員(250 名)となり次第、締め切りとさせていただきます。
なお、定員に達しない場合は、当日も受付を行いますので、直接事務局へお問い合わせください。
開催日までに定員に達した場合、受付に漏れた方にのみ、ご連絡を差し上げます。

お問い合わせ先:
日本学術会議事務局企画課公開講演会担当
〒106-8555 東京都港区六本木7-22-34
TEL:03-3403-1906 FAX:03-3403-6224
E-mail:info●scj.go.jp (●を@に書き換えてください)
URL:http://www.scj.go.jp

NewsLetter 第106号 2006年5月発行

日本女性学会NewsLetter

(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)

女性学会ニュース第106号[PDF] 2006年5月発行


 

 学会ニュース
日本女性学会 第106号 2006年5月

2006年度日本女性学会大会プログラム

協 賛 大阪府立女性総合センター
日 時 2006年6月10日(土)・11日(日)
場 所 大阪府立女性総合センター(ドーンセンター)
〒540-0008 大阪市中央区大手町1丁目3−49 Tel.06-6910-8500
京阪・地下鉄谷町線「天満橋駅」下車、徒歩5分
参 加 費 会員:無料 非会員:1,000円

 

第1日目 6月10日(土曜日)

場所 7階ホール
開 場/受 付 12時30分
シンポジウム 13時〜16時30分
テーマ ジェンダーをめぐる暴力とトラウマ
−暴力への対抗としての、フェミニズムの希望のあり方
パネリスト 宮地尚子、大越愛子、木村涼子
 コーディネーター 伊田広行
総会 17時〜18時
(この間、非会員の方にはビデオ上映を行う予定です。)
懇親会 18時〜20時 1階レストラン「ユイマール」 会費4,000円

 

第2日目 6月12日(日曜日)

個人発表
ワークショップ 午前の部 10時〜12時30分
午後の部 13時50分〜15時30分
*宿泊に関しては、とくに斡旋はしておりませんので、各自で手配してください。
*書籍販売に関してのお知らせ
大会当日は、「ウィメンズブックストアゆう」が会場で書籍販売をします。書籍の委託販売を希望される方は、「ウィメンズブックストアゆう」にご相談ください。
書籍注文の関係で、早めに集計をとる必要がありますので、連絡は、5月20日までに「ウィメンズブックストアゆう」までお願いいたします。
連絡先(有)ウィメンズブックストアゆう
電話 06-6910-8627 FAX 06-6910-6115
mail info●womens-books.jp(●を@に書き換えてください)

シンポジウム
ジェンダーをめぐる暴力とトラウマ

 ─暴力への対抗としての、フェミニズムの希望のあり方

コーディネーター 伊田 広行

クローバリズムと新自由主義の下で格差拡大/弱肉強食化がすすみ、憲法「改正」や戦争への抵抗感が低下し、フェミニズム・バッシングのような「人権運動」攻撃が起こっている。それは広義の暴力状況の蔓延である。あるいは暴力への鈍感さの広がりである。
それに対し本シンポジウムでは3人の論者が、暴力やトラウマ概念との関係で、「私にとってのフェミニズムとはどのようなものか」「私にとってフェミニズム/ジェンダーがいかに大事か」「今のバッシング状況においてフェミニズムやジェンダーの視点がなぜ重要なのか」を語る。
暴力という概念はメディアの中で日常語として安易に使われてもいる。だが、女性あるいはジェンダーと暴力の問題の認識にフェミニズムが拓いてきた地平は、まだまだ広く共有されていない。DV、レイプ、セクハラ、日本軍「慰安婦」問題などの取り組みを通して、暴力に対するフェミニズムのまなざしは、より深くよりセンシティブな側面へと向け変えられ、暴力の内面的な理解において「トラウマ」の概念を不可欠とする、暴力理解をもたらしてきた。暴力とは何で、それに対抗する非暴力とは何のか。それとフェミニズム/ジェンダーの関係は? 今回は、この点を深く共有していき、さらにそこから「フェミニズム/男女共同参画の現在的課題」を参加者とともに明確にしていきたいと思う。

性暴力やDV被害者との臨床から学んだこと

宮地 尚子

性暴力やDV被害者のトラウマに精神科医として関わってきた経験は、私にとって「何も分かっていなかった」と打ちのめされることの連続でもあった。そのプロセスを振り返りつつ、暴力を多層的に捉え、恐怖と痛み、疑似恐怖とスリル、法や言語(による正当化)と暴力との関係、親密圏と個的領域、身体・触覚・幻想・解離、愛着と性愛、有徴性と無徴性、男性性と傷、などについて考えたい。トラウマ概念の有用性、フェミニズム理論の有効性と今後の課題についても言及したい。

フェミニズムの観点から教育と「暴力」を考える

木村 涼子

学校が「善意に満ちた、真理を教える場」であり、子どもはそこで「大切に教え育てられる存在」である。こうした考え方があまりにもナイーブにすぎることは明らかだ。学校教育は公権力によって制度化された「暴力」的な装置であり、教師と生徒との間にはそれを背景とした権力関係が存在する。また他方で学校は、ジェンダーや階層などの抑圧.被抑圧の関係性にもさまざまに規定されている。フェミニズムは、そうした教育の場における「暴力」をあぶりだし、状況の変革を志向してきた。本発表では、フェミニズムの立場から教育運動、教育実践の可能性を考え、バックラッシュが強まる情勢における課題を検討したい。

構造化された暴力に抗して

大越 愛子

究極の戦時性暴力としての日本軍性奴隷制に抗する私の闘いは、時期を同じくしたキャンパス・セクシュアル・ハラスメントの被害女性へのサポーター体験抜きにはありえない。私はSHのサバイバーである甲野乙子との関係で、自分のポジショナリティを激しく揺すぶられた。日本軍性奴隷制の被害女性との出会いにおいても、彼女たちの激しい怒りと拒絶に直面し、私は性暴力容認体制のみならず植民地暴力、軍事暴力体制の中に組み込まれ、加害者として位置づけられている自身に向かわざるをえなかった。その加害責任には、彼女たちの存在を抹殺していた「歴史」を受け入れ、彼女たちを不可視なままに放置していたこと、つまり内面化されていた「帝国のフェミニズム」も含まれる。
しかしながら、サポーターとサバイバー、被害者と加害者というカテゴリーの分断は本質的なものではなく、社会と文化の暴力によって構成されたものである。分断をえて連帯を可能にするためには、分断を固定化する構造化された暴力に抗する闘いに向かうことが必要である。その場合ポジションは常に被害者、サバイバーの側におかれねばならない。

今なおトラウマに苦しむサバイバーたちが投げかけてくる様々な呼びかけに応答しようとして、90年代の運動は展開した。日本軍性奴隷制の被害女性たちは、ユン・ジョンオクの指摘したように性差別、民族差別、階級差別などの複合差別によって人間としての尊厳を剥奪され、沈黙の日々を強いられてきた。死を間近にした彼女たちは、もはや同情や共感ではなく、責任者処罰を直接的に要求した。この要求は、責任という問題に関して曖昧であったフェミニズムに対する、厳しい問いかけであった。
この段階で、フェミニズムは性差別を問題化する思想から、ジェンダー二元論を構成する性暴力や植民地主義・軍事主義に抗し、その解体をめざす思想へと深化したと言える。それを具現したのが、2000年の日本軍性奴隷制を裁く「女性国際戦犯法廷」である。そのことは、ハーグ判決に明確に読み取れる。
このフェミニズムの変化に敏感に反応しているのが、右翼軍事主義者たちである。「法廷」以降激化したジェンダーフリー・バッシングは、フェミニズムが単なる男女平等ではなく、ジェンダー二元論と結びついたナショナリズム、ミリタリズムに抗し、その解体をめざす思想であることを見抜いたことに基づく。現在に至るまでの構造化された暴力に抗する、アジアのフェミニズム連帯の闘いの軌跡、「女性国際戦犯法廷」、「ハーグ判決」、「ジェンダーの視点からみる日韓近現代史」の持つ意義を、 ここで改めて考えてみたい。

個人発表・ワークショップ

6月11日(日)10:00〜12:30
(ワークショップのみ、10:00〜12:00)

第1分科会(セミナー室2)  司会:武田万里子

(1)地域(地方自治体)における
男女共同参画行政と市民の活動—A県B市の事例

水野 桂子

1999年に男女共同参画社会基本法が公布・施行されて以来、各地方自治体において、男女共同参画に関する条例が策定されるようになった。その名称や条例の内容には、各地域の個性が現われている。本報告では、A県B市の事例を取り上げる。B市では、条例の策定準備に地域の社会活動に関わる市民も熱心に取り組んだ。その市民のアイデアが条例にも反映され、市民と行政の協同により、男女共同参画を進める新たな試みがなされようとしている。市民の主体とエンパワーメントをキーワードにして、この事例を考察する。

(2)男女共同参画条例制定過程にみるバックラッシュの事例—A市の事例を中心に

小柴 久子

「男女共同参画社会基本法」は、男女が対等に生きていくことのできる社会をめざして1999年に制定された。その後、いくつかの地方自治体で男女共同参画条例が制定されてきたが、A市の条例は、性差に基づく性役割を肯定する内容を盛り込んだものとなった。A市の条例制定過程を詳細に跡づけながら、基本法の理念に逆行する可能性もはらんだ行政主導の男女共同参画政策のあり方を見直し、住民主体の男女共同参画社会実現の可能性を展望したい。

(3)犯罪とジェンダー ─「自己責任」と「悪魔化」の間で─

狩谷あゆみ

男女雇用機会均等法や男女共同参画社会基本法などの法律や制度が整備されることで、女性に対する差別や、男女間の不均衡は解決されたかのように扱われている。また、女性の進学率上昇や、かつて男性だけだった領域に女性が「進出」していくことが社会的に賞賛されているかのように見える。しかし、その一方で性犯罪や殺人事件など、様々な犯罪の「被害者」となるのは女性である。本発表では、犯罪報道や犯罪を扱った小説や映画などを事例として、ジェンダーの視点から犯罪という現象を解明することを試みる。

第2分科会(中会議室1) 司会:田中かず子

(1)近代の「文学」概念の再検討その2
─昭和戦前期文学および批評における女性表象

根岸 泰子

昭和11年に小林秀雄が吉屋信子の「女の友情」を、罵倒に近い物言いで全否定したことはよく知られている。本発表では、小林の文芸時評における女性作家評価を中心に、川端康成の文芸時評や太宰治の女性一人称小説などを補助線としながら、「自明」かつ「自然」な基準軸として昭和戦前期に(あるいは今でも?)君臨する、男性ジェンダー化した昭和期文学規範の偏差を析出したい。また、小林の時評の対象となった窪川いね子(佐多稲子)、林芙美子、岡本かの子らにおける女性表象の特性と同時期の文学規範との拮抗についても言及する予定である。

(2)母性研究への視点

村田 泰子

母性というテーマは、フェミニズムにとって非常に厄介で、扱いにくいテーマの一つでありつづける。本報告では、80年代末以降、日本のフェミニズムが母性について論じる際に依拠してきた二つの主要な枠組み(「母性主義イデオロギーの批判」と「現実の母性情況についての研究」)を取り上げ、批判的検討をこころみる。その上で、それらに代わる新しい視座の必要性を指摘する。

(3)変容していく女子プロレスラーの身体とジェンダー

合場 敬子

身体を変容させ、闘う技能を獲得した女性として、日本の女子プロレスラーを考察する。女子レスラーが、入団からデビューしてキャリアを積んでいく過程で経験する身体の変容において、自らの自意識を強めているか、また日本における規範的な女性身体を超越しているか否かを検討する。分析に使用するデータは、女子プロレスラー25人(現役22人、引退者3人)にインタビューした内容である。

第3分科会(中会議室2)  司会:佐藤 文香

(1)人類学/社会学される日本女性 ─メタ・エスノグラフィーの試み

北村 文

本発表では、アメリカを中心とする英語圏における日本女性研究、なかでも人類学・社会学の著作に焦点をあて、その内容を紹介するとともに、理論的・方法論的批判を試みる。研究者たちは、従来のステレオタイプ的記述を避け、エスノグラフィーの手法によって「日本女性の現実」を描きだそうとするが、それもまた政治的構築であることに変わりはない。学術的表象に潜むオリエンタリズム、そして研究者のポジショナリティの問題を追究する。

(2)語り始めた女たち ─韓国京畿道における米兵相手の韓国人売春女性をめぐって

徐 玉子

本発表の目的は、韓国の米軍基地村における米兵相手の売春女性に対する「犠牲者」という主流社会の表象と、彼女たちに貼られた強いスティグマを問い直すことである。約8ヶ月間の現地調査を通して聞き取りが可能であった、米兵相手の韓国人(元)売春女性たちの語りから浮き彫りになるのは、彼女たちをただ単に「犠牲者」と一枚岩的に呼べない、多様性を持ちながらしたたかに生きる一人一人の女性の姿である。

(3)性的自由と買売春

下地 真樹

第一に、「売春=自由意志」論、「売春=強制」論の双方について批判的に検討し、その両方とも支持できないことを主張する。第二に、性と人格の関係を検討し、特定の性道徳に依拠しない性と人格の関係を定式化する。そこで売春肯定論には留保されるべき問題が残ることを示す。最後に、売春を肯定できないとしても禁止できないこと、売春する自由と同時にそこから降りる自由が同時に要請されることを主張する。

第4分科会(和室2) 司会:小林富久子

(1)英語学習するモダンガール

藤瀬 恭子

日本近代文学は、英語学習する女たちをどのように描いてきたであろう。手始めに明治期の二葉亭四迷「浮雲」を始めとする男性作家、「青鞜」の女性作家たちのテキストを読み込んで、「英語学習するモダンガール」の自己表象と他者表象を検証する。男性においては、立身出世の道だった英語学習は、女性においてはどんな目的に役立ったであろう。国民国家形成史、教育制度史を横断する英語教育史を、物語的にジェンダー化する試みである。

(2)近代家族イデオロギーとしての「廃娼」論

林 葉子

「廃娼」論は、しばしば公娼廃止論と同義だと解釈されてきたが、本報告は、廃娼運動における「廃娼」論を、性および家族の近代的あり方を論じた議論として読み直す試みである。廃娼運動雑誌『婦人新報』および『廓清』の記事を分析することにより、そこで展開されている「廃娼」論が、必ずしも買売春問題や公娼制度論に特化されたものではなく、その主要な論点において「家庭」論と重なっていたことを立証する。

(3)治安維持とジェンダー ─「婦人警察官」と「駐在所夫人」をめぐって

牧野 雅子

「婦人警察官」は、戦後警察の民主化の一環として制度化されたが、二流の労働力と見なされ、警察活動からは疎外されてきた。その一方で、駐在所勤務員の配偶者は「駐在所夫人」と呼ばれ、警察職員ではないにもかかわらず貴重な治安維持要員として警察活動に組み込まれていった。本報告では、「婦人警察官」と「駐在所夫人」の警察組織内での位置づけを歴史的に考察することで、治安維持のあり方にも問題提起したい。

第5分科会(中会議室3) 司会:金井 淑子

(1)イギリスにおける第二波フェミニズムの起点 ─ラスキン会議と男女平等賃金要求をめぐって

冨永 貴公

イギリスの第二波フェミニズムは、1970年、オックスフォードにあるラスキン・カレッジにて開催された初の全国女性解放会議を起点とする。同会議は、その開催地からラスキン会議と呼ばれ、イギリスの女性運動史に関する文献の多くによって言及されているものの、その内実は明らかではない。本報告では、現地での文献調査の結果をもとに、その内実に迫り、イギリスのフェミニズムにおけるラスキン会議の意味について考察したい。

(2) 個人主義的なフェミニズムの政治性

荒木 菜穂

固定的なフェミニズム・イメージ、「男の犠牲者」としての女性のイメージは、現代における「フェミニズム離れ」を促進させる一要因となっている。「フェミニズム離れ」は反フェミニズムの一側面であると見なされるが、個人への不正義としての男女の不平等にたいする抵抗という新たなフェミニズム的まなざしをそこに見出し、その意義を探ることは、フェミニズムと、それがまさに彼女らの解放を目指していたはずの、現実の女性との関係を知るきっかけとなるのではないだろうか。

(3)女同士の意味 ─「宝塚」と女性のホモソーシャリティ

東 園子

宝塚ファンへのインタビューと、宝塚歌劇の舞台やメディア上のオフの領域を総体的に考察することを通して、現代社会において表象困難な女性のホモソーシャリティが宝塚歌劇に読み取られている可能性があることを提示する。

ワークショップ(1)(大会議室1)10:00〜12:00

バックラッシュへの<反転攻勢>を考える

日本女性学会ジェンダー研究会(担当:青山薫・海妻径子)

基本法成立後のバックラッシュには、従来のフェミニズムへの反発とは異なる様相がみられる。例えば保守思想への明確な信奉がないのに「なんとなく」程度に反平等的社会ムードを支持する、一部女性もまきこんだ動き。この新情況に受身的守勢をこえて、<反転攻勢>をとる必要があろう。だが一方、基本条例制定運動や女性国際戦犯法廷などフェミニズムの「現場」が国内外に多岐広汎化した結果、「現場」間や「現場」と「研究」間で、現状/課題認識の違いが生まれ、有効な<反転攻勢>へのまとまった認識をもちにくくなってもいる。この困難を乗り越える<反転攻勢>を、共に構想する場としたい。

ワークショップ・個人研究発表

6月11日(日)13:50〜15:30

ワークショップ(2)(中会議室1) 司会:河原崎やす子

グローバル・メディア・モニタリング・プロジェクト(GMMP)による
ニュースメディアのジェンダー分析とメディア・リテラシー

報告者:登丸あすか
コメンテーター:鈴木みどり、レベッカ・ジェニソン
司 会:西村 寿子

GMMPとは、70数カ国のモニターグループが参加して、世界のニュースメディアをジェンダーの視座から5年ごとに一斉にモニター調査するプロジェクトである。2005年2月に行われた3回目のGMMPには、日本からも11のモニターグループが参加し、GMMPにメディア・リテラシー・ワークショップを組み込んだ独自の活動を展開させている。ここでは、まず、2006年2月にGMMPの事務局から発表された世界のデータと比較しながら、日本の分析結果を報告する。そのうえで、日本におけるメディア・リテラシー活動の必要性と現在の課題について考えていきたい。

ワークショップ(3)(セミナー室2) 司会:千田 有紀

ポルノ被害としての盗撮

二瓶由美子、宇野 朗子、山本有紀乃

昨今、盗撮に関連する事件が報道で相次いでいます。盗撮機が設置されているのは、駅や学校やデパートのトイレ、銭湯やスーパー温泉、フィットネスクラブや海水浴場の更衣室、モーテルやラブホテルの客室などです。東京地裁や東京大学のトイレにさえ盗撮機が仕掛けられた事件が報道されたことは、記憶に新しいところです。もはや安全な場所など存在しないと言えるほどであり、それらの盗撮画像は個人の楽しみとして用いられるだけでなく、編集されて盗撮ものポルノとしてビデオ、DVD、インターネットを通じて広く流布されています。これはポルノを通じた性被害の一種であり、その最も日常的なものの一つと言ってもいいでしょう。私たちポルノ・買春問題研究会は昨年からこの問題に取り組み、アンケートの実施や新聞記事の分析などを通じてその実態の一端を調査してきました。その結果を発表し、この問題の深刻さと法的規制のあり方について討論したいと思っています。

個人研究発表

第6分科会(中会議室2)  司会:釜野さおり

(1)離婚相談の実情と女性への支援

日本女性学研究会・女性の自立支援研究プロジェクトチーム

日本女性学研究会・女性の自立支援研究プロジェクトでは、関西の弁護士の離婚相談活動について調査を実施した。調査内容は離婚相談の経験や、得意分野、離婚に関する意識、離婚相談のどんなところに困難を感じているか等である。当日は調査結果を示しながら、離婚女性の支援のあり方について考えてみたい。なお本研究は、平成17年度大阪府男女共同参画活動補助対象事業である。

(2)高専女子卒業生の就労等に関する調査報告

内田由理子

高専とは高等専門学校の略称であり、主に工業高等専門学校を指す(商船高専、航空高専を一部含む)。16歳から20歳までの5カ年専門教育を行っている。学生の多数を男子が占めていたが、近年では、学科の多様化とともに女子学生も増加傾向にある。本調査は、女子卒業生を対象に2003年に実施し、 998の有効回答を得たものである。本報告では、高専では少数とされる女子卒業生の就労状況および離職・転職に関して報告し、技術職現場における女性技術者の状況等を分析する。

第7分科会(和室2) 司会:内海崎貴子

(1)〈主婦論争〉再検討 ─対象の分類・再配置による新たなモデル構築

村上 潔

本報告は、戦後日本における〈主婦論争〉(1955年に始まり1970年代前半まで断続的に生起した、日本の「主婦」のあり方—その立場・役割や労働の評価—をめぐる論争)の意味を捉え返す作業を行うものである。本報告では、〈主婦論争〉が全体として本質的に可視化せず、表面上の論点からは抜け落ちてきた領域があることを指摘し、そのうえで改めて本来論争の対象となる層を分類・再配置し、新たなモデルを構築することを試みる。

(2)「主婦論争」再検討 ─読者の視座から

中尾 香

「(第一次)主婦論争」(1955〜59年)はこれまで主に女性解放論的文脈において意味づけられてきており、それらの議論は、「職場進出論」、「家庭擁護論」、「主婦運動論」の三つに分類される。しかし、「主婦論争」の掲載された雑誌『婦人公論』の当時の読者たちは、これらの議論をそのようには意味づけていなかった。彼女たちは論争の内容を自分たちの〈生〉に引きつけて読み解いたのであり、女性解放論的立場によって「職場進出論」と称されてきた主張も、結局は読者たちの「主婦アイデンティティ」を強化する方向へ、さらには、「進歩的な主婦」願望を確立していく方向へと作用した可能性が指摘されるのである。

第8分科会(中会議室3) 司会:北仲 千里

(1)女性教員が記した戦後の暴力と集団的トラウマの存在に関する一考察 ─1950年代の「全国婦人教員研究協議会」記録を中心として

木村 松子

戦後、女性教員だけの研究協議会(日教組)が、1952・53・54年の3回開催されている。沖縄を除く全国から約2、3千名の幼・小・中・高校の女性教員が集まり、当時の職場(学校)での差別や家庭・地域での諸問題について討議した。28人の発表と延べ約400人の発言は、女性への威嚇や非難と集団的トラウマの存在を示している。これらの発言や森昭、宗像誠也、丸岡秀子、山川菊栄らの講評は、問題の原因をどう捉えたのかを明らかにする。

(2)子どもがドメスティック・バイオレンスを目撃するということ ─サバイバーの語りから

池橋みどり

2004年に同時に改正されたDV防止法と児童虐待防止法。両法は、「DVの目撃」を子どもへの虐待と定義することで、DVと児童虐待を結びつけた。子どもが両親のDVを目撃するとは、どのような経験なのか。子どもに顕れるさまざまな症状から、それらの過酷さを指摘する調査は少ないながらも出てきている。本報告では、子どもの立場から見た「DVの目撃」経験がどのようなものかを明らかにすることで、DV目撃サバイバーの支援のあり方を考えたい。

■シンポジウム報告

ジェンダー概念をめぐっての集まりに熱気あり!

イダヒロユキ

2006年3月25日に、「ジェンダー概念」シンポジウム実行委員会主催、イメージ&ジェンダー研究会と日本女性学会共催で「ジェンダー概念について話し合うシンポジウム」が東京でもたれた。全国から女性学研究者や女性運動にかかわる人びと約250人が集まり、「ジェンダー」「ジェンダーフリー」「男女平等」「バックラッシュ」などの概念と運動・実態をめぐって、熱い情報・意見交換がなされた。

豊富な資料と発表、話し合いの時間ももたれ、充実した内容であったし、バックラッシュの組織的な動きも確認されたし、基本的にバックラッシュ状況に対して、ジェンダーフリー概念も擁護して闘っていこう、ジェンダー概念の理解を一部に限定せず多様な使い方を認めていこうという基本認識は共有されていた。

だが、ジェンダー概念をめぐる材料は提起されたものの、各論者の違いを掘り下げて深く議論していくところにまでは至らなかった。私見だが、一部研究者はジェンダーを分析概念とだけとらえて、草の根運動で使われている「イメージや実態としての女/男のありかた」というジェンダー、女らしさ/男らしさとしての利用実態を十分視野に入れておらず、したがって「ジェンダー概念は価値中立だ」「政府の男女共同参画基本計画のジェンダー定義はまちがっていない」「ジェンダーフリー概念は使わない」「男女平等でよい」などと言ってしまっていると感じた。つまり、ジェンダー自体の意味として、規範や参照基準、それを内面化した性のあり方、性に関わる権力差別関係というような側面を認めないがゆえに、ジェンダーの囚われから離れるという「ジェンダーフリー」概念に抵抗感があるのではないか。これは運動と研究の関係の問題でもあると感じた。

また参加者の一部である、全国のジェンダー平等運動・市民運動に関わっている人々の間で、ジェンダーやジェンダーフリー概念の整理がバックラッシュと闘っていく上でいかに重要なのかが十分に伝わっていない場合があり、そのため今回のシンポジウムについても学者の言葉遊びのようなものと見てしまっている人がいるのでは、との印象を受けた。

今後、フェミ側でこの点の議論を積み重ねていき、認識の共有がすすみ、政府のスタンスへも適切に物申していく事が、バックラッシュに対抗していくために大事だと改めて感じた。

関連情報

日本女性学会・ジェンダー研究会編『Q&A 男女共同参画/ジェンダーフリー・バッシングの論点』(明石書店、2006年5月末出版予定)が完成間近です。バックラッシュ状況の中で、フェミ側が認識を共有すると同時に、ジェンダー平等行政の担当者や運動をしている人、バックラッシュの影響を受けて迷っている人々に、確信を深めることになるものになっていると自負しています。ぜひ手に取ってください。
また6月の大阪大会では、日本女性学会・ジェンダー研究会主催での、バックラッシュに対抗するワークショップも持ちます(プログラム参照)。ぜひご参加ください。

(イダヒロユキ)
 ☆  ☆  ☆

■講演会のご案内

国際基督教大学(ICU)ジェンダー研究センターでは5月23日(火)に尾辻かな子講演会「『虹色』の社会をめざして」を開催します。今日の日本において、性的マイノリティ(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・インターセックス・トランスジェンダーなど)の人々の置かれる困難な社会的状況が人権問題であることは、まだ十分に認識されているとはいえません。今回の講演では、大阪府議会で最年少議員であり、レズビアンであることをカミングアウトしてご活躍されている尾辻かな子さんをお招きします。女性、若者、そして性的マイノリティの人々の声を届けたい。政治の場に飛び込んだ尾辻さんがめざす「虹色」の社会とは?ジェンダー・セクシュアリティ・政治・人権・心理・教育・法などに関心のある、多くの方々のご来場をお待ちしています。

日 程 2006年5月23日(火)
12時30分〜14時30分(質疑応答を含む)
会 場 国際基督教大学 旧D館オーディトリアム
〒181-8585 東京都三鷹市大沢3-10-2
入場料 無料
言 語 日本語(英語への同時通訳あり。レシーバーを無料にて貸出します)

詳しい情報とお問い合わせは:
国際基督教大学ジェンダー研究センターまで。
Tel&Fax: 0422-33-3448
Email: cgs●icu.ac.jp(●を@に書き換えてください)
URL: http://subsite.icu.ac.jp/cgs/

■会員著書紹介

伊田広行著 『続・はじめて学ぶジェンダー論』 大月書店
2006年3月
1,900円+税
熊田一雄著 『<男らしさ>という病
—ポップ・カルチャーの新男性学』
冬樹社
2005年9月
2,200円+税
シンシア・エンロー著 『策略—女性を軍事化する国際政治』
上野千鶴子監訳/佐藤文香訳
岩波書店
2006年3月
3,465円
牟田和恵 『ジェンダー家族を超えて
—近代化の生/性の政治とフェミニズム』
新曜社
2006年4月
2,400円+税

▲2006年度会費納入のお願い

4月より、会計年度が新しくなりました。
同封の郵便振替用紙で2006年度会費7,000円をできるだけ早めにご入金下さいますようお願いいたします。

投稿日: 2006年5月1日 カテゴリー: NewsLetter

13号/2006年3月発行 定価2571円(本体2381円+税)(税込)

フェミニズムと戦争—『銃後』から『前線』への女性の「進出」!?を踏まえて —— 特集にあたって 千田有紀
特集 フェミニズムと戦争—『銃後』から『前線』への女性の「進出」!?を踏まえて
女性兵士をとりまく困難 佐藤文香
<前線/銃後>のモザイク化と再編される男性性の暴力 海妻径子
「暴力」の主体から「非−暴力」のエイジェンシーへ 岡野八代
投稿論文
現代ゴシックのホモフォビア —— 恐怖の近さと同質性 生駒夏美
イギリスにおける性とジェンダーの政治学 —— 女性「同性愛」の不可視性とその歴史的背景 野田恵子
「セックスワーカー」と「性奴隷」のはざまで暮らす、普通の女たち —— グローバル性産業の中のタイ女性の場合 青山薫
「廃娼論」と産児制限論の融合 —— 安部磯雄の優生思想について 林 葉子
ライフコースの多様化が生み出す女性間比較 ——「アグネス論争」の言説分析 妙木 忍
不可視化された女性の投票・投票行動 —— 昭和三十年代の愛知県豊田市を事例に 真野昌子
報告
女性学にとってのミードとマネー 井上輝子
『三十年のシスターフッド —— 七十年代ウーマンリブの女たち』を制作して 瀬山紀子
書評
Stephen Hicks and Janet McDermott ( eds.) Lesbian and Gay Fostering and Adoption: Extraordinary yet Ordinary 小松満喜子
秋山洋子『私と中国とフェミニズム』 大橋史恵
Barbara Victor Army of Roses: Inside tde World of Palestinian Women Suicide Bombers 清末愛砂

WOMEN’S STUDIES Vol. 13 (2005)

Journal of Women’s Studies Association of Japan

WOMEN’S STUDIES Vol. 13 (2005)

Edited by the Editorial Committee of the Women’s Studies Association of Japan

CONTENTS

Special Issue: Feminism and War
The Difficulties Surrounding Female Soldiers SATO Fumika
“Women’s Participation in the Mosaic Battlefront”and the Violence of Reorganized Masculinity KAIZUMA Keiko
From the Subject of Violence to the Agency of Non-Violence OKANO Yayo
Articles:
Homophobia in Contemporary Gothic: Proximity and Homogeneity of Terror IKOMA Natsumi
The Politics of Gender and Sexuality in England: the Invisibility of Female “Homo-Sexuality” and Its Historical Background NODA Keiko
Ordinary Woman Living between “Sex Workers” and “Sexual Slaves”: Cases of Thai Women in the Global Sex Industry AOYAMA Kaoru
The Connection between “Haisho” Theory and Birth Control Theory: the Eugenics of Isoo Abe HAYASHI Yoko
A Comparison of Women which Results from the Diversity of Female Life Courses: Discourse Analysis of the “ Agnes Controversy” MYOKI Shinobu
A Woman’s Vote/Vote Action Made Invisible: An Example of Toyota-shi in Showa of the ’30s MANO masako

Published by The Women’s Studies Association of Japan, Tokyo, Japan

投稿日: 2006年3月1日 カテゴリー: Journal

NewsLetter 第105号 2006年2月発行

日本女性学会NewsLetter

(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)

女性学会ニュース第105号[PDF] 2006年2月発行


 

学会ニュース
日本女性学会 第105号 2006年2月

日本女性学会大会シンポジウム案内

 

テーマ:ジェンダーをめぐる暴力とトラウマ
─暴力への対抗としての、フェミニズムの希望のあり方

 

日 時 2006年6月10日(土)午後1時〜4時半
場 所 大阪ドーンセンター
パネリスト 大越 愛子、木村 涼子、宮地 尚子
コーディネーター 伊田 広行

趣旨: グローバリズムと新自由主義の下で格差拡大/弱肉強食化がすすみ、憲法「改正」や戦争への抵抗感が低下し、フェミニズム・バッシングのような「人権運動」攻撃が起こっている。それは広義の暴力状況の蔓延である。あるいは暴力への鈍感さの広がりである。

それに対し本シンポジウムでは、三人の論者が、暴力やトラウマ概念との関係で、「私にとってのフェミニズムとはどのようなものか」「私にとってフェミニズム/ジェンダーがいかに大事か」「今のバッシング状況においてフェミニズムやジェンダーの視点がなぜ重要なのか」を語る。

もとよりそれは、単に個人的なことを語るとか、すでに確立しているジェンダーの議論をなぞるという話ではない。今回のシンポジウムは、参加者一人ひとりが、そこでの問題提起や提示される「視点」を受け止め、改めてフェミニズム/ジェンダー論を捉え直す契機とするための試みなのである。というのは暴力への理解が表面的でその影響に対する認識が深まらず、このことに比例してフェミニズム・ジェンダー論への理解も深まらない状況が見られるためである。三人の論者は、深いフェミニズムの理解を世間に提起するという意気込みで、各自のフェミニズム論を展開する。

もちろん、暴力概念は、戦争や犯罪や性暴力や虐待や人間関係における支配など多様な側面を持っている。ある意味、世間は、「もう十分、暴力を知っている」つもりであろう。しかし、それは事実であろうか。たとえば、「暴力(差別)の被害を受けるということ」がそれを体験したものにとって、どのような経験として認識されているのか、あるいは語れない記憶として封印されてしまっていたのか、いくつもの「なぜ」を重ねて暴力の体験のもつ意味について理解されているであろうか。

フェミニズムの場面に「女性への暴力(VAW)」の視点が確立して以来ここ10数年の取り組みを踏まえて、まさに女性と暴力の問題の認識にフェミニズムが拓いてきた地平を確認する作業として、本シンポはあると言ってもよいであろう。VAWの取り組みの中から、すなわちDV、レイプ、セクシャル・ハラスメント、「慰安婦」問題などの取り組みを通して、暴力に対するフェミニズムのまなざしは、より深くよりセンシティブな側面へと向け変えられ、暴力の内面的な理解において「トラウマ」の概念を不可欠とする、暴力の問題の認識論的なパラダイム転換を図ってきている。

しかしフェミニズムが暴力の主題においてあえて「トラウマ」概念を引き入れて議論の場を作ろうとするのは、阪神大震災以降の日本社会のメディア・世間を席巻する通俗化された心理主義に還元されるトラウマ論の尻馬にのるものではもちろんない。それらとは明確に一線を画しつつ、しかし「トラウマ」と「暴力」と「ジェンダー」のつなぐ主題の中で、三人の論者のそれぞれの運動や研究上のバックグラウンドからの問題提起を通して、なぜにフェミニズムの暴力への視座に「トラウマ」の概念が不可欠とされるのかについて問い、さらにそこから「フェミニズムの現在的課題」を参加者とともに確認しうる場となることを本シンポは期待しているのである。

あえて「トラウマ」という表現を使わないとしても、私たちの生きている日常世界には、大きな声のものが相手を圧倒するのがよしとされ、強引にジェンダーフリー・バッシングがまかり通り、日々、報道で暴力が消費され皆がそれに鈍感になっている、つまり自らの抑圧を踏襲してしまっているという現実がある。そうした現実を生きる一人ひとりの内面の「ジェンダーに基づく暴力による被傷感」、その「痛みの感覚」や「自尊感情の回復」に届くフェミニズムを考えるとき、「トラウマ」論が投げかけているものは無視し得ないはずだ。この暴力に満ち満ちた空間の「現在」を生きている人々の内面の生きがたさへの気づきの回路にとって、「トラウマ」という概念は、フェミニズムがこれまで家父長制やジェンダー概念によって見てきた問題とは違った側面を私たちに導いてくれるのではないか。そのような予感の中で「トラウマ」と暴力の主題は立てられている。

宮地尚子氏は、「暴力(差別)の被害を受けるということ」にトラウマという視点から切り込んだ研究をしている。暴力とは、恐怖とは何か、暴力の被害者はどうなるのか、それへの関わり方においてジェンダー概念にはどのような意義があるのかといった諸点に言及し、暴力/非暴力、加害/被害、当事者/非当事者、トラウマなどの問題を、女性=非暴力という本質主義に陥らない水準で議論するための手がかりを提示する。

大越愛子氏は、「従軍慰安婦」問題、日韓近現代史のテキスト作成、ウィメン・イン・ブラック(WIB)の運動、「女性・戦争・人権」学会の活動、などを通じて、暴力と対抗する活動に関わっている。そうした活動の中からつかみとり練り上げた自身のフェミニズムを改めて展開し、暴力的雰囲気が拡大する背景には何があるのか、「暴力」に対抗するとはどのようなことか、暴力に対抗する「非暴力主義」とは何か、について語る。

木村涼子氏は、『ジェンダーフリー・トラブル』(現代書館、2005年12月発行)の編者であり、教育の分野で豊かなジェンダー論を展開してきた。昨今のジェンダーフリー・バッシングは、そのあり方自体が暴力的であり、また教育の場で子どもたちを取り巻く環境全体も、多様な意味で暴力的である。その中でフェミニズムは、あるいは「ジェンダーフリー教育」は、どのような意味で暴力ではないものを伝えようとしてきたのかを語る。

こうした問題提起と議論を通じて、フェミニズムの理論的深化を目指すと同時に、ジェンダーフリー・バッシングおよび暴力への対抗論としての、フェミニズムの希望のあり方を社会に提示するための機会としたい。

●上野千鶴子さんの国分寺市講師外し事件について

すでにご存じの方も多いかと思いますが、昨年、東京都国分寺市が都の委託を受けて計画していた人権問題に関する講座で上野さんを講師に招聘しようとしたところ、都の方から講師を変えない限り委託契約を結ぶことはできないと告げられ、結果的に講座の計画そのものが中止となるということが起きました(新聞記事を参照)。

これに関して上野さんは、2006年1月13日付けで添付資料のような公開質問状を東京都と国分寺市宛に送り、また国分寺市市民の方々からも市に対して、市のとった行動の説明を求める公開質問状が出されました。さらにこれとは別に、若桑みどりさんが発起人となり、ジェンダー研究者らに広く呼びかけて作成された抗議文「上野千鶴子東大教授の国分寺市『人権に関する講座』講師の拒否について、これを『言論・思想・学問の自由』への重大な侵害として抗議する」も、1月27日、東京都に提出されています。この抗議文には1808人の個人と6団体が署名を行いました。

日本女性学会幹事会としてもこの問題の重大性にかんがみ、声明として以下の見解を発表することにしました。

◆「東京都による上野氏講師はずし事件」に関しての日本女性学会の声明

2006年2月1日 東京都国分寺市が、市民を交えた準備会をつくって準備していた人権学習の講座で、上野千鶴子・東大大学院教授(社会学)を講師に招こうとしたところ、委託関係にあった東京都教育庁が「ジェンダー・フリーに対する都の見解に合わない」と委託を拒否し、そのため講座自体が中止となった事件に対して、日本女性学会はここに意見を表明します。

1 東京都教育委員会が事業を委託したからといって、別自治体である国分寺市が市民と協働で企画した人権教育推進事業の講師選定に指示を出したことは、地方自治の本旨からいって越権行為である。

2 上野千鶴子氏が「ジェンダー・フリー」という用語を使うかもしれない、女性学の専門家であるといった理由で講演を中止させるのは、講師と市民に対する思想信条の統制であり、憲法第19条「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」、第23条「学問の自由は、これを保障する」に反する行為である。

3 女性学・ジェンダー研究者であれば、「ジェンダー」や「ジェンダー・フリー」という用語を使うことは当然ありえる。これらの概念を使用させないという考えは、まったく認められない。

4 今回の東京都の姿勢は、学問として確立された女性学やジェンダー研究に対して、それを偏った学問と判定していることになる。これは断じて認めるわけにはいかない。

5 東京都は、今回の一連の対応を総括し、謝罪と政策の修正を行うべきである。

日本女性学会第13期幹事会

 

■資料:上野さんの公開質問状

2006年1月13日

宛先:東京都知事・東京都教育長・東京都教育委員会委員長・東京都教育庁生涯学習スポーツ社会教育課長・国分寺市長・国分寺市教育長・国分寺市教育委員会委員長・国分寺教育委員会生涯学習推進課長公開質問状

平成17年度における文部科学省委託事業「人権教育推進のための調査研究事業」について、私を講師とする事業計画案を都教育庁が拒否した件について、国分寺市の「人権に関する講座」準備会のメンバーおよび、2005年11月20日に開催された「人権を考える市民集会」参加者から、経過説明を受けました。また2006年1月10日付け毎日新聞夕刊報道「「ジェンダー・フリー」使うかも…都「女性学の権威」と拒否」(別送資料1)によって、都の発言内容が一部明らかになりましたので、以下の事実について、説明を求め、抗議します。

2006.1.10

(1)今回の国分寺市の委託事業の拒否にあたって、都および市のどの部局がいかなる手続きによって意思決定に至ったか、その責任者は誰であるかを、私にお示しください。

(2)その際、上野が講師として不適切であるとの判断を、いかなる根拠にもとづいて示したかを、示してください。なお、報告と報道にもとづいて知り得た限りの、都の説明に対する反論を、以下に記しておきます。

1) 今回の講師案は「人権講座」であり、「女性学」講座ではない。講演タイトルにも内容にも「女性学」が含まれないにもかかわらず、「女性学」の専門家であることを根拠に拒否する理由がない。それならば、今後、この種の社会教育事業に、女性学関係者をいっさい起用しないということになる。

2) 女性学研究者のあいだでは、「ジェンダー・フリー」の使用について一致がなく、一般に私を含む研究者は「ジェンダー・フリー」を用いない者が多い。さらに私は、「ジェンダー・フリー」を用語として採用しない立場を、公刊物のなかで明らかにしている。(別送資料2)都の判断は、無知にもとづくものであり、上野の研究内容や女性学の状況について情報収集したとは思えない。

3) とはいえ、私自身は「ジェンダー・フリー」の用語は採用しないが、他の人が使用することを妨げるものではなく、とりわけ公的機関がこのような用語の統制に介入することには反対である。なお、「ジェンダー・フリー」という用語について申し述べておけば、「ジェンダー・フリー」を「体操の着替えを男女同室で行うなど、行きすぎた男女の同一化につながる」という「誤解」が生じたのは、「誤解」する側に責任があり、「ジェンダー・フリー」の用語そのものにはない。

4) 毎日新聞報道によれば、都の説明は「上野さんは女性学の権威。講演で『ジェンダー・フリー』の言葉や概念に触れる可能性があり、都の委託事業に認められない」とある。私は女性学の「権威」と呼ばれることは歓迎しないが、女性学の担い手ではある。都の見解では、「女性学研究者」すなわち「ジェンダー・フリー」の使用者、という短絡が成り立ち、これでは1)と同様、都の社会教育事業から私を含めて女性学関係者をいっさい起用しないことになる。

5) 上記、都教育庁生涯学習スポーツ部の説明では、「『ジェンダー・フリー』の言葉や概念に触れる可能性があり」と婉曲な表現をしている。だが、「可能性」だけで拒否の理由とすれば、根拠もなく憶測にもとづいて行動を判断することになる。そうなれば、「『ジェンダー・フリー』の言葉や概念に触れる可能性がある」との理由で、女性学研究者はすべて都の社会教育事業から排除される結果となる。

6) もしそうではなく、他の女性学研究者は講師として適切であり、上野だけが不適切であるという判断を都がしたのであれば、その根拠を示す必要がある。

7) 上野は、他の自治体の教育委員会や人権関係の社会教育事業の講師としても招請を受けている。また解散前の東京都女性財団に対しても、社会教育事業の講師として貢献してきた。かつての上野に対する都の評価が変化したのか、あるいは他の自治体とくらべて都に上野を拒否する特別な理由があるのか、根拠を示してもらいたい。

8) 以上の都の女性学に対する判断は、女性学を偏った学問とするこれこそ偏向した判断であり、学問として確立された女性学に対する、無知にもとづく根拠のない誹謗である。 以上の反論をふまえたうえで、上記2点の質問に対する回答を、1月末日までに、文書でお送りくださるよう、要求します。以上、内容証明付きの郵便でお届けします。なお、同一の文書は主要メディアおよび女性学関連学会にも同時に送付することをお伝えしておきます。

上 野 千鶴子
東京大学人文社会系研究科教授
東京都文京区本郷7−3−1

資料1:2006年1月10日付け毎日新聞夕刊報道「「ジェンダー・フリー」使うかも…都「女性学の権威」と拒否」
資料2:上野インタビュー「ジェンダー・フリー・バッシングなんてこわくない!」『We』2004年11月号(p.2-19)
(この資料は掲載していません)

■「ジェンダー概念について話し合うシンポジウム」についてのお知らせ

開催趣意

委嘱希望講師として上野千鶴子さんが挙げられていた、市民参画で企画していた国分寺市の人権講座が、「『ジェンダー・フリー』の言葉や概念に触れる可能性がある」という理由で、委託元である東京都教育庁によって難色を示されました(昨夏)。それをうけ、国分寺市は、準備会の計画通りの内容で正式に東京都に提出して欲しいという市民側の希望を聞き入れず、受託を取り下げることにより講座じたいを中止しました。

これまで、男女混合名簿についての通達、性教育に対する一部都議に煽られての介入、「君が代」斉唱をめぐる教員処分など全国でも突出して強権的支配を教育に対して行ってきた東京都の教育行政が、生涯教育の分野でも同様な暴挙に出たわけです。

これに対してジェンダー研究者を中心に、約2000人の署名とともに都に対する抗議運動を起こしました。今回のことは、国分寺市、東京都のことがきっかけではありますが、それだけにとどまらない、性差別撤廃を目指す研究や運動に対する一連のバックラッシユに対する広汎な市民を含む対抗運動であると把握しています。

この暴挙に抗議する運動を進める中で、「これまで、ジェンダー概念についての意見交流が、市民、研究者、行政、メディア相互の間で不十分ではなかったか?」という反省が出され、遅ればせながら今回のシンポジウムを企画することとなりました。

1970年前後からのフェミニズムの活性化に影響された女性学の中心概念である「ジェンダー」は、豊かな広がりと生産性を有したものであったし、今後もそうでしょう。それだけに、いろいろな含意や用法が重層的に存在しています。しかも、90年代になってからジュディス・バトラーらの理論が出て、議論はいよいよ錯綜して、一般の理解も多様になって来ました。

それらの多様性を「混乱」と称して保守側は初等中等教育の場に介入し、さらに、生涯教育や、大学におけ「ジェンダー」研究・教育にも干渉しようとしています。そうした悪意や敵意に基づく批判はともかく、「ジェンダー」概念をめぐる多様な見方や意見に耳を傾け交流しあうことが、現在、男女平等・男女共同参画社会の進展には必要と思われます。

今回のシンポジウムでは、学界での「ジェンダー」概念についての整理を研究者がおこない、「ジェンダー・フリー」についての教育学および現場の教育者の理解や実践上の問題、市民およびシャーナリズムでの「ジェンダー」の受け取り方について、ともに語りあうために、研究者、教育者、市民にそれぞれの問題提起をしていただきます。以上で約2時間余、後は、たっぷりと時間をとって参加者全員で意見交換をしていきたいと考えています。

なおこのシンポジウムにはメデイアのみならず政治家、行政からの参加も歓迎します。

ジェンダー概念シンポジウム実行委員会
2006年2月18日

 

「ジェンダー」概念を話し合うシンポジウム

「ジェンダー概念」シンポジウム実行委員会
イメージ&ジェンダー研究会・日本女性学会共催
日時 2006年3月25日(土) 午前10時〜午後5時
会場 港区男女平等推進センター りーぶらホール
(JR田町東口徒歩4分)

事前申し込みは不要です。資料代 一人1000円。必ず受付を済ませてください。その際ご住所とお名前を書いていただきます。会場は200席なので、当日先着順で定員を超えた場合には締め切らせていただきます。昼食はご持参されたほうがいいかもしれません。

司 会 : 細谷実 赤石千衣子
開会挨拶: 米田佐代子 10:00−10:05
趣旨説明: 細谷実 10:05−10:15
パネル
[1] 「ジェンダー」概念の有効性について 江原由美子 10:15−10:35
[2] 「ジェンダー」「ジェンダー・フリー」の使い方、使われ方 井上 輝子 10:35−10:55
[3] バックラッシュの流れ — なぜジェンダーは狙われるのか 若桑みどり 10:55−11:15
[4] 「ジェンダー・フリー」教育の現場から 11:15−11:35
ランチ休憩 85分
[5] 市民と行政と学界のはざまで 丹羽 雅代 13:00−13:20
[6] ことばは生きている あるいは よりよき相互理解のために 加藤 秀一 13:20−13:40
ブレーク 20分
全体討議 14:00−16:50
閉会の挨拶: 金井 淑子

●なお、取材をご希望のメディア関係者の方は、必ず事前に事務局までご連絡をお願いします。
連絡先メールアドレス; symposium_0325●excite.co.jp (●を@に書き換えてください)(3.25ジェンダーシンポジウム事務局)

■ジュディス・バトラー講演会報告

千田 有紀

『ジェンダー・トラブル』から15年を経て、ジュディス・バトラーの初来日ということで、1月14日にお茶の水女子大学で行われた「Undoing  gender」と題する講演には、雨にもかかわらず900人が詰めかけたという。聴衆は女子学生用の小さな椅子に鮨詰めにされたが、会場は熱気に満ちていた。印象を手短に述べれば、バトラーの講演は、何かを断言し言説を固定した瞬間に、その言説が固定化した意味を壊そうとするような、絶え間ない言説の往復運動のようであった。つねに両義性に言及される彼女の論文そのものという感じだ。

印象に残ったのは「差異が強調され、レズビアン、バイセクシュアル、トランスセクシュアル、インターセックス、フェミニスト運動家の間にすら、現在は過剰な緊張関係がある」と嘆いた後に、「しかし、偽りの統一性というものは抑圧をもたらすから必要ない」と付け加えられたことである。個人的には近年、過剰に差異を強調するような思想傾向が、逆説的だが、より抑圧された者の論理を真理として認めるべきだという統一性の抑圧をもたらしているように感じられ疲れ気味であったので、少し元気が出た。差異は本来反省の契機を与えてくれ、関係を豊穣にするものであるはずなのだから。

それにしてもバトラーは色々な顔をもつひとだなと、感心させられた。今回のように平易な英語で理論的な話をするかと思えば、ニューヨーク市立大学のようなユダヤ人の牙城で、レザージャケットを着てこれぞブッチというようないでたちで、ユダヤ教徒でありながら直接的な痛烈なイスラエル批判を繰り広げ、抗議する人々が次々と退場していっても平然としていたのを見たこともある。セクシュアル・マイノリティの若い子達の前では、早口で共感に満ちた講演をしていた。

今回は日本初お目見えの、礼儀正しい講演というところだろうか。個人的にはもう少し突っ込んだことを聞きたかった。ファンタジーや欲望と実践が異なるとしたら、その両者はどのように分節可能なのか(実際には分離可能ではないから問題なのである)。マジョリティの倫理とアイデンティティの関係はどのようなものなのか。このような課題は、わたしたち自身で答えを出さなくてはいけない宿題として受け取った。

● 研究会より

■『Q&A男女共同参画/ジェンダーフリーバッシングの論点』の編集状況について

上記の冊子の出版にむけて、その構成について編集委員の間でやり取りをし、最終質問項目と本書への基本スタンスを1月半ばまでに策定した。それを踏まえて、執筆者の確定を1月末に行い、2月末までに原稿を提出していただくよう依頼文を送る予定である。原稿が出揃ったあと、編集委員が調整し、そのうえで、3月31日午前に東京で研究会をもつ(場所 国立社会保障・人口問題研究所)。そこで執筆者が意見交換を行い、5月中には出版にもっていきたいと考えている。

(伊田広行)

■会員の著書紹介

しま・ようこ 『「フェミニズム」という命の思想』 文芸社
1400円+税
2005年12月
木村涼子編 『ジェンダー・フリー・トラブル—バッシング現象を検証する』 白澤社
1800円+税
2005年12月
小林とし子 『さすらい姫考—日本古典からたどる女の漂白』 笠岡書院
1900円+税
2006年1月
Mayumi Murayama(ed.) Gender and Development :
The Japanese Experience in Comparative Perspective
Palgrave Macmillan, NY
2005

●大会案内

日 程
2006年6月10日(土) シンポジウム(13:00〜16:30)
総会(17:00〜18:00)
懇親会(18:00〜20:00)
11日(日) 個人発表、ワークショップ(10:00〜15:30)
会 場 大阪府立女性総合センター(ドーンセンター)
〒540-0008 大阪市中央区大手前1丁目3−49 Tel. 06-6910-8500
京阪・地下鉄谷町線「天満橋駅」下車、徒歩5分
シンポジウム
テーマ 「ジェンダーをめぐる暴力とトラウマ
—暴力への対抗としての、フェミニズムの希望のあり方」

・個人発表、ワークショップの申し込みは3月20日までです。楠瀬または荻野まで、メールかファックスでお願いします。
楠 瀬 keiko-ku●mbox.kyoto-inet.or.jp  FAX: 075-702-3188
荻 野 mihogino●polka.plala.or.jp    FAX: 06-6850-5130
(●を@に書き換えてください)
タイトル・発表の概要(200字程度)・発表時に使用する機材をお知らせください(機材は希望にそえない場合があります)。
コンピューターは各自御持参ください。
・報告をされる方で、学生・院生・OD他、常勤職についておられない方には、学会より旅費の一部を補助する予定ですので、希望される方はその旨明記してください。
・両日とも保育室の用意がありますので、利用希望者は日と時間帯をお知らせください。
・今回は宿泊の斡旋はありませんので、遠方から来られる方は各自でホテルの手配をお願いします。

ドーンセンター案内

◆ドーンセンター TEL.06-6910-8500
◆開館時間
・午前9時30分〜午後9時30分
◆休館日
・毎週月曜日、祝日及び振替休日(ただし、その日が土曜日、
日曜日の場合は開館し、翌週火曜日が休館。またその日が
月曜日の場合は、翌火曜日の休館。)年末年始
◆交 通
・JR東西線大阪城北詰駅2号出入口から西へ550m
・京阪天満橋駅・地下鉄谷町線天満橋駅:1番出口から東へ350m
・市バス京阪東口からすぐ
◆駐車場・午前9時15分〜午後9時45分
・立体駐車場(92台)*普通車のみ(車高・車幅等制限あり)
最初の1時間まで・・・400円
超過30分ごとに ・・・200円

投稿日: 2006年2月1日 カテゴリー: NewsLetter

NewsLetter 第104号 2005年11月発行

日本女性学会NewsLetter

(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)

女性学会ニュース第104号[PDF] 2005年11月発行


学会ニュース
日本女性学会 第104号 2005年11月

日本学術会議の改革について

●学術会議の大胆な自己改革…20%に達した女性会員比率

上野千鶴子

「学者の国会」と言われる日本学術会議第20期が大幅な改組とともにスタートした。210名の会員のうち女性が42名、それまでの6%からいっきょに20%に達し、2000年に10年以内に女性比率を10パーセントに高めると、学術会議が自らに課した数値目標をクリアした。70歳定年制を敷き、40代会員もゼロから14人に増えて大幅に若返った。第19期にくらべて、会員の8割が入れ替わるというドラスティックな改革となった。日本の科学者コミュニティ70万人の利益代表、国家の科学技術政策策定のリーダーとなり、また科学者として責任のある発言を世に問う役割を背負った団体。とはいえ、これまでは長老支配と権威主義とで、遠くにあって何をするかよくわからない団体と思われていた。それが大胆な衣替えをしたのは、行革のもとでの、「このままでは学術会議はつぶされる」という科学者コミュニティの危機感だった。現役の発言力のある科学者を中心に、機動性を高め、政策発信力を強め、社会的なプレゼンスを増大するという目的のもとに、学術会議は自己改革をやってのけた。

新体制が成立したのは、会員選出方法が大幅に変わったせいである。分野別の選考委員会が学術団体からの推薦にもとづく母集団のなかから、業績審査によって新会員を推薦するコオプテーションという方式をとった。もちろんそのなかに、分野別だけでなく、性別、年齢別の「配慮」が働いたことは想像に難くない。特別に「女性枠」があったらしいことはささやかれているし、それは今回の総選挙の「女性枠」同様、怨嗟と批判の対象となっている。だが、それ以外の方法では、女性がいっきょに20パーセントに増えるという「快挙」がなしとげられなかったのも事実だろう。

学術会議の会員選出方法はそれ以前に2回、変更されている。初期は学術団体の分野別の連絡会を「選挙区」として、候補者を選挙で選出した。立候補は自由だったから、その当時は女性会員が何人かいた。その選出方法がポピュリズムに偏るという理由で(もっと露骨に言えば、組織票によって特定のイデオロギーの持ち主が選出されやすい、という理由で)1983年に変更された。それ以降は、学術団体の推薦する候補を、分野別の学術団体連合を選挙区として選出するという方式に変わった。この方式では、学会のボスが会員となり、各学会の利益代表としてふるまう傾向が強くなり、その結果、女性会員は激減した。小選挙区制効果と同じく、女性がいちじるしく出にくくなったのである。学術会議は学会連合の様相を呈し、国家的かつ国際的な視野に立って科学者コミュニティを代表し、科学技術に対して発言するという役割を果たすことがむずかしくなった。

今回の選出方法は、いわば「良識の府」としての学術会議の権威をもとに、密室における「推薦」によって会員を決めるという方式だから、それまでの選挙にくらべれば、民主的でもなければ、選出過程の不透明性も高まっており、そのことへの批判もある。70歳定年制と6年任期で再任を認めないというルールは、長老支配と既得権の維持を妨げるが、これ以降の新会員選出にも同じ方式(現会員による推薦)が継続することによって学術会議の権威主義は高まる。つまり先任者に認められない限り、新会員にはなれないからだ。

内示が来たとき、わたしにも抵抗がなかったわけではない。外部に不透明な権威主義を、自分が受容することになると思ったからである。もちろん、推薦を辞退するという選択もありえた。だがそれ以前の、選出会員であった原ひろ子さんたちの、あとから来る世代の女性科学者に対する尽力を知っていたわたしは、その役割をだれかが果たさなければならないと考えた。この10月3日から5日にかけての第20期の第1回総会では、さっそく「学術とジェンダー」懇話会が有志5名の呼びかけで発足し、メイリングリストもスタートした。「学術とジェンダー」特別委員会の設置のための要望書も提出した。女性メンバーをそれぞれ重要な委員会に送りこむこともできた。安部晋三を座長とする自民党のプロジェクトチームが、「ジェンダーフリー」バッシングのみならず、男女共同参画社会基本法の廃案をもくろみ、「ジェンダー」の用語を使うな、と主張している現在、学問研究のうえでジェンダー研究を守るのは喫緊の課題だからである。

新会員210名のリストを見ると、わたし自身がかねてからその仕事に注目し、敬意を払ってきた研究者がかつてなく多いことに気がつく。学会政治ではなく業績主義で選んだという効果は認めることができる。また学際的で先端的な業績をあげてきた人たちも目に付く。社会的な発信力を持った人も多い。伝統的な学会の中では、おそらく周辺的な位置にいたであろうと推測される人たちだ。わたしは長い間、大学自治の名における研究者集団の自浄能力や内部からの自己改革の可能性に強い不信感を持ってきた。大学の改革はほとんどが外圧か、外部からの強いリーダーシップなしにはなしとげられず、学内民主主義というものが既得権を持った者たちの組織防衛にしか奉仕しないことを見てきた。それからいえば、今回の学術会議の自己改革は、全会員の8割を入れ替えるという画期的なものである。6年任期で再任を認めないというルールのもとでは、3年ごとに会員の半分は入れ替わるという流動性は確保されている。問題はこのような自己改革が、不透明なエリート政治のもとでしか成立しなかった、ということだ。そしてまことに残念ながら、多数決民主主義のもとでは女性の進出はなく、このような大胆な改革も成り立たなかったであろう。そして学問研究に多数決がなじまないこともまた、事実である。

幸いに多くの新会員は、前例依拠を恃むことなく(それを知らないために)、意欲を以て新体制に取り組んでいる。初の総会での議論も、フランクで率直なものだった。改革の意図は、当面成功したと言えるだろう。だが、これもいずれ制度疲労を起こすようにならないとは限らない。どんな権力も既得権を守るようになれば腐敗する。どこにでも見られるように、ここでも権威主義の縮小再生産が始まらないとも限らない。学術会議会員の「良識」がそれほど信頼に足るものであるかどうかはうたがわしい。

わたしの耳に鳴り響いているのは、研究者の採用について語ったさる同僚の次のようなことばである。それを忘れないようにしたい。「人事の要諦とは、自分よりすぐれたと思える人を採用することです。」

朝日’05.10.17 13版27面

●日本学術会議の改革と日本女性学会

舘 かおる

今回の、日本学術会議の改革の要点は4点ある。第1点の会員の選出方法の改革に伴う意義は、上野千鶴子さんの文章に十分に述べられているので、ここでは省略する。その他の3点の改革とは、(1)これまでの人文科学部門3部、自然科学部門4部の7部門制が、「新分野・融合分野の出現に柔軟・的確に対応」するために、人文科学、生命科学、理学及び工学の3部門制になったこと、(2)総務大臣の所轄(総務省)から、「総合科学技術会議と連携して我が国の科学技術の推進に寄与」するため、内閣総理大臣所轄(内閣府)になったこと、(3)研究連絡委員会を廃止して、「緊急の課題・新たな課題に柔軟・迅速に対応」するため、連絡会員を新設したことである。

この改革による日本女性学会にとっての大きな変化は、社会学研究連絡委員会委員の特別枠として、日本女性学会の幹事の一人が必ず出席することができた、1997年からの制度が、研究連絡委員会制度の廃止とともに無くなったことである。この特別枠は、女性会員の少なさをカバーし、女性学からの意見を聴取する機会として機能していたと思う。だが、会員210名の日本学術会議において、女性が初めて会員に選出された12期の1982年段階と比べると、 2000年以降は、漸次女性会員は増加し、20期の今回は42名となった。これは確かに画期的なことである。

同時に、この女性会員の増加は、男女共同参画、女性学、ジェンダー研究の展開により可能となった面がある。1996年頃からの一番ヶ瀬康子さん、原ひろ子さんらの「女性科学研究者の環境改善に関する懇談会(JAICOWS)」の活動を嚆矢として、18期(2000-2003年)に日本学術会議内に「ジェンダー問題の多角的検討特別委員会」を設置して活動が活発化した。そして、19期(2003-2005年)には、13名の女性会員と研究連絡会委員が連携して、課題別研究連絡委員会枠で人文科学系の「ジェンダー学研究連絡委員会」(委員長江原由美子)、社会科学系の「21世紀の社会とジェンダー研究連絡委員会」(委員長浅倉むつ子)を設置して、ジェンダーをテーマとする様々な講演会や研究会などを行なった。両委員会の報告書『男女共同参画社会の実現に向けてージェンダー学の役割と重要性—』(2005年8月)には、日本の学術世界での、女性学、ジェンダー研究の蓄積と、今後の役割の重要性が提言として示されている。同報告書は、バックラッシュ対策にも活用することができると思うので、以下のサイトを参照されたい。(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-19-t1030-12.pdf

また、日本学術会議における様々な活動報告の中に、自然科学系の学協会の活動報告も見られるようになった。分子生物学研究連絡委員会・生物物理学研究連絡会委員会では『科学・技術者の人材のさらなる活用を図る男女共同参画制度の整備についてー理工学系の現状に基づく提言—』(2005年8月)を刊行している。(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-19-t1032-4.pdf)また、学術体制常置委員会は、『女性研究者育成の観点から見た大学院教育の問題点』(2005年8月)としてアンケート調査結果をまとめている。(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-19-t1033-3.pdf

2005年10月から開始された20期については、参考までに末尾に42名の女性会員の名前と専攻を抜粋して掲載した。この作業をしつつ、やはりまだ20%なのだという感を強くした。女性会員の専門分野にも偏りがある。日本女性学会の会員で日本学術会議の会員は、現時点では上野千鶴子さんと江原由美子さんのみだが、二人はそれぞれに、機能別委員会委員として選出されている。江原由美子さんの話では、この機能別委員会の1つである科学者委員会の分科会に、学術における男女共同参画委員会が設けられる予定とのことである。また、19期の「ジェンダー学研究連絡委員会」や「21世紀の社会とジェンダー研究連絡委員会」のような、ジェンダー学を冠した委員会はまだ設置されていないが、今後設置の方向で検討していくという。とりあえず、インフォーマルな組織として、上野千鶴子さんが中心となり「ジェンダー問題懇話会」を発足させた。

なお、先に登録団体とそこから選出された研究連絡委員会制度は廃止されたと述べたが、「登録団体」に変わって「協力学術研究団体」が新たに設けられた。この協力学術団体は、会員と連携会員の選出に当たって情報提供をするなどの「協力」を行うことなどが議論されており、特に学術研究団体の連合体との「協力」については個別の学術研究団体以上に「緊密な協力」を行うべきだなどの意見が、出されているとのことである。いずれにせよ、日本学術会議会員と学術会議連携会員と学協会とが実質的な関係を維持することが重要なので、「ジェンダー学連絡協議会」(2005.11.14発足)を組織したとのことである。

ともあれ、このように、日本学術会議改革に関連して、様々な女性学・ジェンダー研究ネットワークのルートが成立しつつある。冒頭にあげた日本学術会議の改革案も、3部門制や「総合科学技術会議」と連携することや内閣府所管になったことがどのような展開をもたらすのか、危ういものがあるが、その危うさにセンシティヴでありつつ、ジェンダーフリー・バッシング等の動きに抗する連携ネットワーク構築の好機到来と捉えることも必要であろう。

この10月に日本女性学会は、「ジェンダー学連絡協議会」の参加学会として、発足に参与した。現在、舘が日本学術会議関連担当幹事になっているが、過労のため起動力が落ちているので、このような活動に興味のある方の参加を呼びかける次第である。(tachi●cc.ocha.ac.jp)(●を@に書き換えてください)

日本学術会議における女性会員一覧(20期)

第1部 人文科学……25名

秋田喜代美(心理学・教育学)、秋山弘子(心理学・教育学)、浅倉むつ子(法学)、石倉洋子(経営学・副会長)、猪口邦子(政治学)、上野千鶴子(社会学)、碓井照子(地域研究)、内田伸子(心理学・教育学)、江原由美子(社会学・幹事)、大沢真理(経済学)、翁百合(経済学)、落合恵美子(社会学)、岸本美緒(史学)、木下尚子(史学)、桑野園子(心理学・教育学)、氣多雅子(哲学)、酒井啓子(地域研究)、桜井万里子(史学)、鈴木晶子(心理学・教育学)、田口紀子(語学・文学)、辻村みよ子(法学)、津谷典子(経済学)、川口和子(法学)、深川由起子(経済学)、山本眞鳥(地域研究)

第2部 生命科学……10名

大隅典子(基礎生物学)、加賀谷淳子(健康・生活科学)、春日文子(生産農学)、岸玲子(健康・生活科学)、郷通子(応用生物学)、水田 代(臨床医学)、中西友子(農学基礎)、新山陽子(農学基礎)、南裕子(健康・生活科学)、鷲谷いづみ(応用生物学・幹事)

第3部 理学及び工学……7名

石川幹子(環境学)、伊藤早苗(物理学)、今榮東洋子(化学)、栗原和枝(化学)、小舘香椎子(総合工学)、土井美和子(情報学)、永原裕子(地球惑星科学)

●小泉マドンナ選挙小括

岩本美砂子

8月8日に郵政民営化法案が参議院で否決されたあとの衆議院解散総選挙で、自民党は26人の女性を擁立した。郵政法案で造反した野田聖子などを非公認とし、「刺客」と称される議員候補(多くは新人)を送り込んだ。第1号の小池百合子もフェミニストとは呼びがたいが、元職の高市早苗・現職の西川京子・新人の稲田ともみは、名だたる「ジェンダー・フリー・バッシャー」である。しかし、民主党が女性を24人しか擁立できず、昨年9月に一度は打ち出した「比例11ブロック上位への女性の単独登載」方針は男性議員からの「逆差別」という反対にあってつぶれていた。

もし刺客候補が、中年の腹回りの大きい男性だけだったら、こんなブームは起きなかっただろう。小泉首相は2001年のブームの再来だと言った。あれは田中真紀子ブームでもあり、女性5閣僚の小泉第1次内閣は注目を集めた。しかし彼はフェミニストではない。「保育所待機児童ゼロ作戦」もどこかに行ってしまい、森山真弓法相のもとでも選択的夫婦別姓は実現しなかった。首相の靖国参拝に力を得て、自民党男性地方議員たちはジェンダー・フリー・バッシングに走っていた。

首相にはフェミニズムはないが、「〜したら選挙に勝てる」という山勘=センスは鋭く、総裁直属の世論調査機関が彼を後押しした。2005年小泉選挙の演説現場では、女子高生などが多かった2001年よりも中年女性が多かった。創価学会員の動員だとも言われる。見分け方は、「日の丸を手にしないこと」だが、気がついたときには選挙は終わっていた。

結果、43人の史上最大の女性衆議院議員が当選した。11月1日、日本初の男女共同参画大臣猪口邦子が誕生した。組閣には派閥の影響力はなく、小泉の独壇場だった。閣内に他にフェミニストはいない。彼女の成否は、首相にフェミニズムを理解させうるかに掛かっている。

しかし安倍官房長官は、めざとく山谷えり子参議院議員を内閣府の政務官として送りこんだ。猪口の敵は、当面小泉よりも山谷ということになる。「内閣府としての統一見解」をいかに作りだすことができるのか、猪口大臣のネゴシエーションとマネージメントの技能が問われている。

■研究会活動報告

伊田広行

2005年9月25日に、東京で「バッシングに対抗するためのQ&A改訂版作成などを目指す研究会」を開催しました。話題提供者は、細谷実さん、橋本ヒロ子さんでした。出席者は16名。

そこでの話し合いの結果、今後、プロジェクト・チーム(伊田広行、内海崎貴子、船橋邦子、渡部亜矢)を中心に、『Q&A 男女共同参画/ジェンダーフリー・バッシングの論点』(仮題)という本を研究会編で作成していくことになりました。

10月末段階では、プロジェクト・チーム内で項目の整理を行っており、11月以降に原稿依頼をしていく予定です。原稿をある程度書いていただいた上で、第2回研究会をもって皆で検討して、出版にもっていく計画です。

■書 評:『心に性別はあるのか?─性同一性障害のよりよい理解とケアのために』

中村美亜著

医療文化社、2005年9月 2520円

医療関係の出版社から出ているが、ひろく性別/性/文化のゆくえに関心のある人にすすめたい。トランスジェンダー、トランスセクシュアルなどにかぎらず、自分の性別/性に違和感をもつ人は、自分は何だろう、とアイデンティティの問題にも苦しんでいる。世に横行する「男らしさ」「女らしさ」の決まりやラベルに悩まされている人も、この本を読み、あ、そういうことだったのか、と納得するにちがいない。手術をすればそれで解決、というものでもないだろう。20代から40代の日本人男女へのインタヴューをもとにした分析と考察は、著者の個人的体験と学識をふまえて柔らかで鋭く示唆にとむ。

激白でも統計でもただの理論でもなく、本書は「そんなに単純にわりきれるものではない」というところに踏みとどまりつつ歴史を参照し、「問題の所在を明らかに」する。日本の政治家たちが、ジェンダーという言葉は性差を否定し日本の伝統的価値を崩すなどと妄言して世界の潮流に逆らい危うい動きを見せているなかで、本書刊行の意義は大きい。とくにその「ジェンダー・クリエイティブ」に向けての明快で真摯な提言に、若い人、年配の人、男女を問わずに耳を傾け触発されるなら、日本でのジェンダー論議はさらに広がり深まるだろう。性別/性は男と女の二つ、とは単純で頑強な思い込みであり刷り込みである。医療の現場の当事者だけでなく、法/制度/政策/教育にたずさわる人たちにも、それらを揺さぶる貴重な資料と文献を提示しつつの論考であり提言となっている。(小池美佐子)

■著書紹介

照井孝保著 『女性労働問題入門 改訂・普及版』 熊谷印刷出版部
定価500円
第1章 女性労働問題とは何か。
第2章 女性の労働と生活の歴史。
第3章 女性解放をめぐる思想。
第4章 男女平等への歩みと現代の課題。
木村涼子・小玉亮子著 『教育/家族をジェンダーで語れば』 発行:白澤社
発売:現代書館
定価1600円
「女らしさ」「男らしさ」を大切に、という言説から導き出されるのは、性別による社会的位置の優劣だ。だからこそ教育に文化に「ジェンダー」の視点は欠かせない。私たちがどのように「らしさ」を身につけていくかを、二人の若手研究者がラジカルに分析する。
スパドラー・ブタリアー著 『ダウリーと闘い続けて』 鳥居千代香訳
柘植書房新社
定価2000円
現代インドでは、あらゆるタイプ、階級、背景の男性の間で、ダウリー(花嫁の結婚持参金)が広範に存在し、女性を抑圧している。本書は、生涯をかけて現代インドのダウリー問題に直面している女性たちとともに闘い続ける先駆者の報告。

■大学院でジェンダー研究を専攻したい方へのお知らせ

大学院でジェンダー研究を専攻したい方にお知らせします。

お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士前期課程に、2006年度から「ジェンダー社会科学専攻」が開設されます。同専攻には、生活政策学コース、地理環境学コース、開発・ジェンダー論コースがあります。

同じく博士後期課程には2005年4月に、21世紀COEプログラム「ジェンダー研究のフロンティア」の研究教育拠点形成事業の一環として、「ジェンダー学際研究専攻」が設置されました。同大学院は1研究科ですので、専攻を超えて、ゼミに参加し、博士論文の指導を受けることもできます。なお、国立社会保障・人口問題研究所と大学院教育で連携をおこなっていますので、「社会保障・人口問題とジェンダー」に関心のある方は、同研究所所属の客員教授から指導が受けられます。

いずれも2006年度学生募集をしていますので、くわしくは同大学のサイトをご覧ください。

http://www.ocha.ac.jp/index.html
http://www.dc.ocha.ac.jp/gender/index-ja.html
http://devgen.igs.ocha.ac.jp/

■会員による研究会の企画募集

大会が年一回に減ったことを受け、研究会を活性化していくことになりました。

幹事会企画研究会を年に数回おこなう他、会員個人やグループ(自主的研究・運動グループ)のイニシアチブによる研究会についても、学会として経費補助や情報宣伝などを行って行くことになりました。

そこで、会員の皆様からの意欲的な研究会の企画をお待ちしています。

応募要件

  • 研究会の趣旨が日本女性学会の趣旨に適っているもの。
  • 少なくとも会員に対して、公開の研究会であること。
  • 研究会のタイトル、趣旨、企画者(会員個人・会員を含むグループ)、開催場所、開催日時、研究会のプログラム、全体の経費予算と補助希望額(2万円以内です)が決定していること。なお、未決定部分は少ないほど良いのですが、場所・プログラム・経費については予定=未決定の部分を含んでいても結構です。
  • 学会のニュースレター・ホームページに載せる「研究会のお知らせ」の原稿(25字×20行前後)があること。
  • 研究会の問い合わせ先を明記すること。

研究会終了後に、研究会実施の報告文を学会のニュースレターとホームページに書いていただきます(研究会補助費は、その原稿提出後に出金いたします)。学会総会での会計報告に必要なため、支出金リストと、総額での企画者による領収書をお出し下さい。
申し込みは、広報期間確保のために、原則として開催の3カ月前までに、研究会担当幹事まで、お願いいたします。
詳細のお問い合わせも、研究会担当幹事まで。
今期の研究会担当幹事は、伊田広行・内海崎貴子です。

来年度大会案内

来年度の大会の日程と会場が以下のように決まりました。

日 程
2006年6月10日(土) シンポジウム
11日(日) 個人発表、ワークショップ
会 場 大阪府立女性総合センター(ドーンセンター)
〒540-0008
大阪市中央区大手前一丁目3-49
Tel.06-6910-8500
大阪市内、京阪・地下鉄谷町線天満橋駅下車、歩いて5分の便利な場所です。
シンポジウムテーマ <未 定>

詳細は次号のニュースレターでお知らせします。
個人研究発表、ワークショップの申し込みは3月10日までに、ニューズレター担当の楠瀬または荻野まで、メールかファックスでお願いします。
メール:楠瀬 keiko-ku●mbox.kyoto-inet.or.jp ファックス:075-702-3188
荻野 mihogino●polka.plala.or.jp ファックス:06-6850-5130
(●を@に書き換えてください)
タイトル・発表の概要(200字程度)・発表時に使用する機材をお知らせ下さい(機材は希望にそえない場合があります)。

なお、報告をされる方で、学生・院生・OD他、常勤職についておられない方には、学会より旅費の一部補助をする予定ですので、希望される方はその旨明記して下さい。

投稿日: 2005年11月1日 カテゴリー: NewsLetter

NewsLetter 第103号 2005年9月発行

日本女性学会NewsLetter

(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)

女性学会ニュース第103号[PDF] 2005年9月発行


学会ニュース
日本女性学会 第103号 2005年9月

2005年度日本女性学会大会報告

シンポジウム:フェミニズムと戦争−「銃後」から「前線」への女性の「進出」!?を踏まえて

日  時:2005年6月11日
場  所:横浜国立大学
パネリスト:佐藤文香・海妻径子・岡野八代
コーディネイター:千田有紀

6月11日シンポジウム報告

千田 有紀

2005年度日本女性学会シンポジウムは6月11日(土)の午後開催された。

まずコーディネーターの千田が、シンポジウム「フェミニズムと戦争」というテーマについて説明し、女性が「銃後」から「前線」へと「進出」している現実を踏まえて議論したいという趣旨説明をおこなった。

佐藤文香氏の報告は、「女性」と「兵士」という相矛盾する役割の内実と、当事者の女性たちの調停の在り様について、軍隊内のセクシュアル・ハラスメントや職務の割り当てに着目し、聞き取り調査や統計資料を使いながら分析されたものであった。

海妻径子氏は、現在は、前線と銃後、戦争と平時(の経済支配)、生産と再生産という区分がすでにモザイク化しているのではないかということを指摘したうえで、アグレイブの捕虜の虐待問題について、従来のジェンダー秩序を壊すようにみえる現象もまた旧来のジェンダー秩序に基づいているということを、フェミナイゼーションという用語を手がかりとして分析した。

岡野八代氏は、ジュディス・バトラーの議論を使いながら、近代的な暴力の「主体」から「非-暴力」のエイジェンシーへとなることによって、責任/応答可能性を果たさなければならないことを報告した。

議論は多岐にわたったが、とくに暴力装置としての近代国家をどのように評価するかをめぐってなされた。ドメスティック・バイオレンスなどを例にとりながら暴力装置としての警察と軍隊の共通点と相違点について、また対抗的な暴力をフェミニズムはどのように考えるべきか、またネオリベラリズムとグローバライゼーションの進行のなか、戦争が民営化され、責任主体としての国家が曖昧化されるかたちで国家権力は逆説的に強化されているのではないか、などの点が議論された。

とくに国家権力の否定の根拠について探るという繊細さを要求される議論が、ジェンダーの視点から、しかも論者の立場の違いが鮮明にされながら、フランクになされた点は評価されると思われる。

取り残された論点は、二日目のワークショップでも活発に議論され、理解が深められた。

大会シンポジウムに出席して

時宜を得たシンポジウム

和智 綏子

ブッシュ政権の「ターゲット・リッチ環境」へと標的を絶え間なくずらして第三世界を攻撃する政策によって、まったく先の見えないイラク戦争の泥沼化の進行する現在、フェミニズムと戦争を考えるという実に時宜を得たシンポジウムの企画がなされた事をまず称讃したい。コーディネーターもパネリストもこの分野で精力的に論戦をはっておられる方たちばかりなので、C.エンローやJ.バトラーを読んでいる私たちの大学院生の間でもこのシンポジウムは前評判が高く、またその期待を裏切らない重みのあるものであった。

佐藤文香さんは、L.ブッシュ、S.ブレアを引用し、彼女たちは「虐げられた女性」を利用してイラクの石油資源、中央アジアへの軍事基地配備など戦争の目的を覆い隠す「加害者」であると指摘し、「戦闘機を女性が操縦するというアイディアに勇気づけられた」と言ったE.スミール、また女性士官が「男性の技術と男性のゲームを習得したことはなんと健康的なことか」と言ったB.フリーダンの「加害者」性を暴露している。

海妻径子さんは、周縁と中心という既存の考え方を批判し、モザイク化を通して新しい「再生産」論を提起した。

岡野八代さんは、J.バトラーやD.コーネルを通して「近代的主体」批判をし、なぜ、合衆国におけるフェミニストの多くが国家による軍事攻撃を支持しているかの疑問に答えた。

時間的余裕がなく、院生たちの多くは質問できなかった。一つは、米軍兵士のEOS調査で黒人やヒスパニックなどのマイノリティが「軍事化された方が良い」と答えている数値が他の集団よりも高いとしてマークされたが、それらは「軍事化されていない方が良い」「変わらない」の数値と較べれば、もう少し慎重な分析が必要ではないか、というものである。さらに、「加害者」としての女性兵士の資料よりも、セクハラ「被害者」としての資料の方が多いという指摘もあった。時間を取って議論をし、こうした優れた企画を続けられるよう希望する。

シンポジウム「フェミニズムと戦争」感想

内藤 和美

3者による問題提起のうち、佐藤文香さんと海妻径子さんの報告は、女性兵士たちの戦略的行動による軍隊の組織文化の維持再生産、戦争と平時のモザイク化による加担の不可視化、“真の男”と“それ以外の男”の線の引き直しによる“それ以外の男”の翼賛の調達といった「新たな軍事加担のかたちの現出」の指摘、および「市民領域で劣位におかれている者が軍隊に回収されていく構造の存在」の指摘を共有していた。

また、海妻径子さんと岡野八代さんの報告は、「安全保障を基点にした国家/国民関係像とそれに呼応した態勢を、人の傷つきやすさ・弱さとそれに応答するケアないし生命・生活・人生の再生産を基点にしたそれへ転換する・ずらす必要」の指摘においてつながっていた。

私には、3報告はいずれも目を見開かされる貴重なものであった。が、フェミニズム、あるいは裏返して家父長制と戦争の関係を問い直すというシンポジウムの趣旨をあくまで追求するには、3報告のこれらつなぎ目で踏ん張って論じ切りたかった。また、暴力という強制力と権力とを区別して論じる必要もあったように思う。

6月12日ワークショップに参加して

 

ワークショップ(1)
教育実習におけるセクシュアル・ハラスメントの現状と課題

−全国調査の実態から−
(内海崎貴子 岡明秀忠 蔵原三雪 清水康幸 田中裕)

内海崎貴子

本ワークショップでは、教育実習におけるセクシュアル・ハラスメント(以下セクハラと略記)の全国調査の結果(一部)、およびそれらの結果から見える教育現場(実習校と大学双方)の課題について報告がなされ,会場との意見・情報交換が行われた。参加者は6名、報告者を含めても10名の少人数でのワークショップであった。

はじめに、教育実習におけるセクハラの特徴と全国調査の意義と課題、調査結果の概要、大学における事前指導との関わりの説明と、調査研究の過程で把握した個別の事例紹介が行われた。個別事例紹介では、セクハラの内容とともに大学の教職課程,実習校,当該市町村教育委員会の対応について報告があった。

参加者からは「大学の事前指導が、実習生に注意を促すだけに終わっているのではないか」「セクハラが起った場合、加害者に抗議できる実習生を育てる必要があるのではないか」などの意見が寄せられた。

教育実習中の学生の安全管理義務は大学にあるにもかかわらず、これまで大学は、教育実習を実習校に「お願いする」という姿勢から、また、教育実習が教員免許取得のための必修科目であることから、セクハラを問題化/顕在化しないでいた。しかしながら、調査結果によれば実習生の約1割が被害に遭うことを考えると、今後、大学はもとより実習校、教育委員会をも含めた予防・対策が必要であることが確認された。

ワークショップ(2)
ドメスティック・バイオレンス問題の今

—求められている支援、私たちができること
(池橋みどり、原田恵理子)

池橋みどり

このワークショップ(以下、WS)では、前半は池橋が「ドメスティック・バイオレンスの家庭で育つ子どもへの支援に関する調査」結果を、原田が佐賀県 DV対策総合センターの取り組みを報告し、後半はフロアからの質問を受ける形で、この問題に対し、私たちは何をすることができるのか、参加者とともに考える場となった。

調査結果からは、必要性を感じながらも、少ない資金状況の中で子どものケアにまで手が回らないDV支援団体の存在や、子どもの学業成績に現れるDV目撃被害の影響などが示唆され、更なる調査研究の必要性が確認された。佐賀県の取り組み状況は、他の都道府県に先立つ先進的な取り組みとして、参考になる具体的な方法や重要な情報を提供することができた。

フロアから聞かれた声としては、地域に連携できる団体や機関がないということで、ネットワークをどのように作っていけばよいのか、改正DV防止法に義務付けられた自立支援の計画立案において加害者対策の位置づけをどうすべきか、男性相談を始めてみての問題や相談員の過重労働など、それぞれの現場で抱えている困難が出された。WSに参加した多くの方々からの発言があり、すべての問題がすぐ解決に向かうわけではないものの、多くの示唆に富む方向性が見出されたように思われる。普段は各地のそれぞれの持ち場で、大概の場合は孤軍奮闘している人々が、同じ問題意識を共有できる集まりを持つことができて、エンパワメントされる時間となったように思う。

ワークショップ(3)
シンポジウム「フェミニズムと戦争」をめぐって

金子 活実

ワークショップ(3)では、前日のシンポジウム「フェミニズムと戦争—「銃後」から「前線」への女性の「進出」!?を踏まえて」を受けて、パネリストを務めた岡野八代さん、海妻径子さん、佐藤文香さん、司会の千田有紀さんを囲み、市民の安全を守ることや国家の権力の在り方をフェミニズムはどう捉えるかについて活発な議論が行われた。

メインテーマとなったのは、国家はどのような形で市民の安全を守ることができるのかということだった。例えば、DVが女性に対する暴力で犯罪だと認められたことによって、警察の介入が法的に保障されたことは大きな進歩であったが、根本的な解決のために必要とされることが何であるかについては、引き続き取り組むべき課題であることが確認された。9.11後のNY市民の反応からも、国家の保安力が被害者に対してもつ説得力は大きいことが窺える。ワークショップでは、個人のもつvulnerabilityがどのように守られ、また国家権力によって利用されているのかについて、様々な立場からの議論がされた。

また、日常生活の中でvulnerabilityが刺激されること、すなわち「恐怖」の生産に敏感であることの重要性も指摘され、自己責任でリスクを引き受けさせる社会に対して、問題が提起された。自らの責任を免れようと政府が構築するリスク管理型社会にフェミニズムはどう取り組むのか、男たちとどう連帯して、政府や保守勢力の強大な力に対抗できるか、多くの課題が提出された。

小特集:ジェンダー・バッシングの現状をめぐって

最近、保守的勢力に扇動されるかたちでジェンダーフリー・バッシングが広まっているだけでなく、さらにはジェンダー概念そのものや男女共同参画基本法に対する攻撃まで見られるようになりました。編集部では、会員の方々といま何が起きているのかについての情報を共有し、今後の対策について考えていく手がかりとするために、数号にわたってこの問題に関する小特集を組むことにしました。今号では、会員1名、非会員で性教育の現場に詳しい2名の方々に、それぞれ報告を寄せていただきました。

この問題に関して情報やご意見をお持ちの方は、どうぞ楠瀬または荻野宛にご投稿ください。

見えない恐怖を乗り越える

國信 潤子

反動的ムードが今、着々とひろがっていると感じる。陰に陽にそれを感じる。あるいは露骨な誤解による批判・嫌がらせも、保守的政治家・研究者のメディアの間に蔓延し始めている。インターネットを通じてその量・質ともに進化している。すでに国際人権規約や基本法など、法制の基本で合意されたことにまで文句をつけ、改訂せよという声まででている。しかし1930年代との決定的違いは、グローバルなネットワークを使って反動派へ圧力をかける道がさらに強力になってきたことと、大学でジェンダー・女性学などに少しでも接した人が復古的方向では生き残れない社会になっていることを理解していることだ。しかし保守・反動という集団はそんなことには耳を貸さない。国や社会の保守化、反動化はこうして始まるのかと心配になる。立ちふさがる勇気が今必要だと思う。

私が日本各地に講演に行き、見聞したことなど、その現象のいくつかを紹介したい。

ある講演会で参加者が、会の後に相談にきた例である。ある町で回覧板が回され、捺印するようにと言われた。内容をみると「男らしさ、女らしさは重要であり、男女を混ぜた学校教育に反対する。名簿も男女区分するべき。体育なども男女はすべて分けるべき」といった内容の署名運動であった。そこで、その人は小さな町ゆえ自分がそこで捺印しないことは波風立つと思い、ウソも方便で「主人に聞いてみますので、今は捺印できない」として次に回したという。この回覧板の背後には町の決定機関にいる人物の影響力行使がある。地域の回覧板などで署名活動するなどということは不当であり、地方自治体の担当局に伝えるべきだ。しかし、地域というのは匿名性があるようで、ない。「あの人は・・・」とうわさで流され、それも子ども、高齢者など家族も含めて嫌がらせにあうことを危惧する親は多い。

ある地域では条例を保守的内容に改定した。その地域の例では周囲はまったく無関心、1名の声の大きな保守爺さん議員が復古調に条例を変えることを主張、その人に抗議するのも「面倒、時間がない、アホらしい」ということで他の議員も放置したという。

さらにHIV/AIDS教育の副読本などから「性行為が主な感染経路」ということばを削除せよとの「指導」があり、そのことばが消えたという。いったいHIV/AIDS蔓延を見過ごす性教育とは何なのか?

保守派はリベラル派の用語を使って換骨奪胎してゆく方法論が、アメリカなどでも蔓延しているという。この手法は中絶、テロ防止、売買春防止などということばへの対応に見え隠れする。地方自治体の多くの職員がジェンダー、女性学、男女混合名簿、男女共同参画条例などのことばを使うと波風立つので自粛している。

女性差別撤廃条約の批准がまちがっていたという声も保守政党の中にはあるという。この条約は一度批准したらもう、新たな保留も批准解消もできないものなのだから、不安になる必要もない。根拠の明らかでない恐怖を乗り越えるには、確実な情報チャンネルをもっていることだ。その意味で、今開設されている主に日本女性学会の有志による、入会手続きを必要とするMLなどは有用である。反動的力へ対抗する力を見えるものにして、「決してほっとかない」「ほっとけない」と声をあげてゆく市民力が必須だと思う。

いま、性教育現場で何が起きているか

河野美代子(産婦人科医)

ジェンダーフリー・バッシングと対となって、性教育バッシングが吹き荒れています。ご存じでしょうが、七生養護学校での教師の大量処分。これは、障害を持っている子どもたちに体を教えるために、頭から足の先までを順々にさわりながら歌う「からだうた」や、性器のついたお人形がわいせつとされたものです。目や耳や腕などと同じようにからだの一部分である性器の、「ペニス」「ワギナ」という名称はわいせつ。文科省や東京都の指示によると、これからは「いんけい」「ちつ」と「医学的に正しい用語」で呼ばなければならないそうです。性器のついたお人形も、大人と一緒にお風呂に入る子どもたちにとって、大人になると性器に毛が生えると言う事実は、嫌らしいことではありません。お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん(下着にナプキンをつけています)、双子の赤ちゃんなどほほえましい人形たちが、下着をおろされ、性器のみを露出した写真をとられ、わいせつな「セックス人形」とされました。まるでレイプされた後のようなこんな写真を撮る人こそ、体や性をいやらしいことと捉える感性の持ち主なのでしょう。

この東京都の動きはあっという間に全国にひろがりました。議会やマスコミを使い、それを教育委員会が使って現場に指示を出しています。過激な性教育がセックスをあおっていると言う論法です。私たちは、体や避妊や性感染症などについて知らせることによって、若者の行動も慎重になると考えています。セックスというのは、知らなくても、間違った知識を持っていても行動はとれるものなのです。

うそやでっち上げを言い続けると、社会では、まるでそれが本当のように受け止められてしまいます。今では、「小学校の低学年にコンドームの装着実習を行わせた」なんて、うそが『新国民の油断』という本に書かれています。では、どこの学校で? 小学校低学年のペニスでは、コンドームはつけられません。

私も、ひどいでっち上げで誹謗中傷を書かれました。だから、私は名誉毀損で提訴しました。誰かがしなければならないことです。内容はとてもこのスペースでは書ききれませんが、また機会があれば情報を発信しますね。なお、大月書店の『ジェンダーフリー・性教育バッシング』という本には、すべての流れが書かれてあります。

性教育バッシング─それは高橋史朗からはじまった

高橋 裕子(性教協)

1992年は、小学校理科と保健に性教育が登場する「性教育元年」と言われた年である。と同時に一部メデイアと『週間文春』の記事を利用した、性教育攻撃が始まった年でもある。それまでの性教育・性科学分野では、一度もその名を聞いたことがなかった明星大教授・高橋史朗(現・埼玉県教委)という人物が、全く唐突に「性交教育」「コンドーム教育」などとラベリングし、性教協(“人間と性”教育研究協議会)の会員を名指しで攻撃を始めたのだ。

統一協会の機関誌や広報誌に彼の言説がのっていることから、宗教がらみであることがわかった。しかし、なぜ、統一協会と高橋史朗が性教育を執拗に攻撃するのかがわからなかった。宗教学者や統一協会に詳しいジャーナリストなどに聞くことにより判明したことは、性教育の基本理念である「自分の性と身体は自分のもの」ということが、統一協会の教義である性とからだは教祖・文鮮明のものであるということに反するということであった。

しかし、教義とちがうというだけでなぜこれほどまでに執拗だったのか?今現在のこの時流のバッシングで、ことごとくもつれた糸がほどけるように判明した。“身体と性は自分のもの”という人間のもっともやわらかな部分を受け持つ性教育へのバッシングが始まったあと(正確には東京都の七生養護学校への不当介入)、都立学校での日の丸・君が代の強制、ジェンダーフリー攻撃、「つくる会」教科書の検定合格、教育基本法改悪・憲法改悪、これら全てに高橋史朗が主要な役割を担っていたのだ。

性教育が国の行政がらみでバッシングされる、という意味は、すべての国民の身体と性が国によって統制されようとすることを示唆する。これまで、「たかが性教育をしている一部の教師たちの問題」としてきたことはなかっただろうか、そして、こつこつと都や国と闘いつづけてきた私たち性教育をするがわにおいては、国がらみの大きなバッシングの前にもっと早く、例えば92年の攻撃の時に、連帯につなげる活動と、重要な問題提起として広く呼び掛けることをしていれば、と悔やまれる。2003年12月、七生養護学校への東京都の不当介入に関し、東京弁護士会が都教委区委員会に対して出した「警告」は、裁判へと繋がっていこうとしている。「ここから裁判」と名のついたこの闘いを、バッシングされている全ての分野・団体の連帯の力を元に「自分のこととして」闘うことを提起したい。

「女性学/ジェンダー学」および「ジェンダー」概念バッシングに関する日本女性学会の声明

最近、一部のメディアや政治活動において、ジェンダー概念や男女共同参画の理念を曲解した「ジェンダーフリー」批判が強まっている。この動きが、「ジェンダー学(ジェンダー論、ジェンダー研究)」、「女性学」、「性教育」等の教育実践や「男女共同参画社会」、「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」等の行政施策への揺り戻しにまで拡大している事態に鑑み、日本女性学会はここに声明を行うものである。

人間の平等の重要な構成部分をなす男女平等の理念は、長い歴史の中で多くの先人たちの努力によって追求されてきた崇高なものである。20世紀後半に展開した「女性学」、「男性学」、「ジェンダー学(ジェンダー論、ジェンダー研究)」、「セクシュアリティ研究」、「レズビアン/ゲイ・スタディーズ」、「クィア研究」等の学問は、いずれもこの理念を具現化したものとしてある。そして、これらの学問の中で中心的な役割を果たした概念が「ジェンダー」であり、この概念は現在、国際的な学術用語として確立し、学問領域を超えて分析に使用されている必要不可欠な概念の一つとなっている。

すなわち、今日では、階級や民族といった従来の分析概念とならんで「ジェンダー」に敏感な視点なしには、人間存在の多様性に配慮した豊かな分析・認識はありえない。これが国際的・領域横断的な学界の常識であることは、これまで「ジェンダー」に関連する文献が、世界中のどれだけ多くの分野にまたがって生み出されてきたかを見れば一目瞭然であろう。この蓄積を消滅させることは誰にもできない。

国連が1975年を「国際女性年」とし、続く10年を「国連・女性の10年」と定めて以降、国際的にも女性の地位向上、男女平等の施策が積み重ねられてきた。例えば、わが国も批准している女性差別撤廃条約やILO156号家族的責任条約は男女平等を推進する重要な思想に立脚したものであり、これらにおいては、男女の役割・生き方を従来のように本質主義的・固定的にとらえることが批判され、ジェンダー不平等を解消する上で、男女個々人がそれぞれ対等な権利で自立、エンパワメント、自己決定していくことの重要性がうたわれている。こうしたジェンダー平等の視点はもはや国際標準となっており、わが国の男女雇用機会均等法や育児・介護休業法、男女共同参画社会基本法、DV防止法等もその流れの中で策定されたものである。そして、男女共同参画社会基本法は、このような流れの中で、「ジェンダー」概念を包含しつつ打ち立てられた、日本社会の民主化と進展の重要な一里塚であった。

しかしながら、今、この国際的努力の成果が、拙速な議論のもとに反故にされようとしている。「ジェンダー」という用語の使用制限の要求は学問的に見れば非常識と言わざるを得ず、もしこのような要求をもとに、関連教育や男女平等政策への介入、男女共同参画社会基本法の骨抜き(内容の後退)、ジェンダー関係の書籍の排斥などが行われるのであれば、それは、「学問の自由」に対する侵害であり、国際的・国内的に積み重ねられてきた人々の英知に対する裏切りである。「男女共同参画」の英訳が”GenderEquality”であるように、両性の平等について発言・思考するにあたって「ジェンダー」概念を用いないことなどおよそ不可能である。すでに国際標準となった「ジェンダー」概念を使用しないなどと決めれば、日本は世界に向けて有意味な学問的発信ができなくなるばかりか、侮蔑と嘲笑の対象となるであろう。

学問は真理の探究を通じて、広く人類の福祉の向上のために行われるものであり、「ジェンダー」概念は、そのための不可欠なキー概念である。今や学会においてジェンダー部会の見られないところは少数であり、どの学問分野でも従来の学問体系に対するジェンダー視点での批判的見直し(再構築)が進められている。多くの大学では、ジェンダー学あるいは女性学関連の教育プログラムが設置され、ジェンダーに関する共同研究が進められている。

行政や女性センター、男女共同参画センターなどにおいても、男女平等・男女共同参画に対する啓発や教育プログラムが実施されている。豊かで公平で活力ある社会を築くこのような営みを破壊することは決して許されない。

日本女性学会は、他学会・研究機関、市民とともに、今後とも「学問の自由の擁護」と「人間解放に資する研究」への努力を惜しまぬ決意をもって、昨今の「ジェンダー」批判、「男女共同参画社会」揺り戻しの動向に抗議するものである。関連諸機関の適切な対応を期待する。

日本女性学会 第13期幹事会
2005年7月16日

追記:この声明文を関係各省庁およびマスコミ各社に送付しました。また、日本女性学会ホームページにも掲載しています。

■研究会報告

「ジェンダー・アイデンティティの起源
−性科学の最近の動向から」

海老原暁子

4月30日、小田急線鶴川駅前の和光大学学外施設「ぱいでいあ」に於いて慶応大学大学院社会学研究科博士課程の佐々木掌子氏、トランスネットジャパンの野宮亜紀氏を迎え性科学の最近の動向に関する研究会が開かれた。呼びかけ人は井上輝子氏、学部生数名を含め参加者は35名ほどだった。

ジェンダー・アイデンティティの起源について佐々木氏が研究動向を、野宮氏が論点の整理を担当された。佐々木氏は、一般に人文系の研究者には縁遠い臨床分野でのジェンダー・アイデンティティ研究の通時的な動向と、各研究者の特徴について、特にマネーとダイアモンドとの比較に焦点をあてて概説された。性科学は医学と社会学の交差点に位置する領域である。行動遺伝学を用いた分析方法について等、聞き手の側のレディネスがやや不十分である感は否めなかったが、日々評価の動く性科学の動向と論点についての報告は示唆に富むものであった。野宮氏は活動家の立場から問題の核心をあぶり出し、バッシング派がマネー理論の破綻を強調することの無意味さについて語られた。natureornurture? ばかりがことさら取り沙汰されることへの問題提起を含む氏の報告は、当事者視点をまったく欠いた一般の論調への警鐘でもあろう。

研究会後の茶話会は自然に二次会へと流れ、鶴川と新百合ヶ丘の駅前が常ならぬ賑わいを見せた一夜であった。

■催しのご案内

ICU(国際基督教大学)ジェンダー研究センターでは、9月16日から18日の3日間、CGS第二回国際ワークショップ『アジアのジェンダー表象(アジアにおける人間の安全保障とジェンダー)』を開催します。韓国、中国、タイ、フィリピン、マレーシア、インドネシア、ベトナム、インド、バングラデシュ、そして日本から、ジェンダーと表象に興味を持つ研究者やアーティストが集まります。アカデミックなセッションの他に、日本ではなかなか観られないアジアの映画上映と、監督によるトーク、パネルディスカッション、演劇を通してジェンダーを考えるフォーラム・シアターなどの企画もあります。ジェンダーと表象に興味をお持ちの方のご参加を、お待ちしています。日英同時通訳付。

プログラム

9月16日(金)
9:00-9:20 オープニング
9:20-11:00 セッション1 アジア各国のジェンダー表象概論1
(日本 中国 韓国)
11:15-12:55 セッション2 アジア各国のジェンダー表象概論2
(インド バングラデシュ マレーシア インドネシア)
13:00-14:50 シネマ・ランチョン
13:00-13:20 ランチ
13:20-14:20 『30年のシスターフッド』
14:20-14:50 山上千恵子監督、瀬山紀子監督とディスカッション
15:00-17:00 フォーラム・シアター・セッション
*学生達が日常のジェンダーを演劇化し参加者達とフォーラムを持ちます。
協力:フォーラム・シアター 竹森茂子、花崎摂
17:30-19:00 セッション3 アジア各国のジェンダー表象概論3
(タイ フィリピン ベトナム)
17日(土)
9:20-11:00 セッション4 言葉、表現、パワー
11:20-13:00 セッション5 アートとは何か? 身体、美、ジェンダー
14:00-15:30 セッション6 性とセクシャリティーの表現について
16:00-17:30 セッション7 新たな地平線へ:ジェンダー概念を再定義する
18:00-20:00 レセプション 学生による和太鼓演奏、創作ダンス
18日(日)
アジアン・フィルム・ショーケース: 新しい物語の地平をめざして
9:00-13:00 映画上映と監督のトーク
9:00-10:20 Venus,TokyoStupidGirls,Khoa
10:20-11:40 TheWeddingGift
11:40-13:00 女書
13:50-15:20 質疑応答、ディスカッション 司会 斉藤綾子
15:30-17:00 まとめのセッション

詳しい情報と申し込み方法については、ホームページをご覧ください。
http://subsite.icu.ac.jp/cgs/index-j.html
お問い合わせはICUジェンダー研究センターまで。
電話0422−33−3448 Eメイル:cgs-iws●icu.ac.jp (●を@に書き換えてください)

■著書紹介

 

水田宗子著
女性作家評伝シリーズ5
『尾崎翠−『第七官界彷徨』の世界』
新典社
1470円
 尾崎翠の内面への思考の旅が、彼女にとっての「東京」という都市や、上落合という場所の意味を浮かび上がらせ、孤独な夢想者の貌を甦らせる。
西村賀子著
『ギリシア神話』
中央公論社
861円
 古代ギリシアの詩や悲劇がどんな話をどのように語っているかを踏まえながら、西欧文明にきわめて深い影響を与えた伝承の数々を紹介する。
小林美恵子著
『昭和十年代の佐多稲子』
双文社出版
6825円
 戦後厳しく批判された“昭和十年代の佐多稲子の文業”を、“女の視点”から読み直す。
エマ・ゴールドマン著/小田光雄・小田透訳
『エマ・ゴールドマン自伝 (上)(下)』
ぱる出版
上下共に2940円
 アナキズム運動、女性解放運動の先駆者の一人として、アメリカ国内だけでなく世界に影響を与えたエマ・ゴールドマンの自伝。
ドゥルシラ・コーネル著/岡野八代・牟田和恵訳
『女たちの絆』
みすず書房
3675円
 ジェンダー概念の限界を超え、理想自我としてのフェミニズムを掲げる。現代思想書でありながら、母から娘へ、娘から母へ贈る一册。
姫岡とし子、池内靖子、中川成美、岡野八代編
『労働のジェンダー化——ゆらぐ労働とアイデンティティ』
平凡社
3150円。
 制度化された「労働」の批判。家事労働からセックスワークまで労働のなかの<女/男>をジェンダーの視点から分析する。制度・言説・表象の政治学の書。
木村涼子・小玉亮子(共著)
『教育/家族をジェンダーで語れば』
発行 白澤社
発売 現代書館
1680円
 学校や家庭など子どもをめぐる社会をジェンダーの視点で読みとく。より平等な社会へ向かうためにジェンダーの視点を持つことの意義を再確認する。

研究会のお知らせ

幹事会の研究会担当幹事を中心に、バッシングに対抗するためのQ&A改訂版作成などを目指す研究会を開催します。日程は以下のとおりです。会員のみなさま、どうぞご参加ください。

日 時 9月25日(日) 10:00−13:00
場 所 国立社会保障・人口問題研究所
(千代田区内幸町、日比谷国際ビル6階)
報告者 橋本ヒロ子さん、細谷実さん

なお、当日は日曜日のため、会場への入場に手続きが必要となります。参加にあたっては、以下の点にご注意ください。
○参加予定者は、前もって釜野幹事までメールで連絡を入れてください(s-kamano●ipss.go.jp)(●を@に書き換えてください)。
○当日は、9:50までに日比谷国際ビルの通用門(プレスセンタービル、ジュンク堂のうら付近)に集合してください。
(この時間に集合できない方は、メールでその旨をお知らせください。)

投稿日: 2005年9月1日 カテゴリー: NewsLetter

「女性学/ジェンダー学」および「ジェンダー」概念バッシングに関する日本女性学会の声明

最近、一部のメディアや政治活動において、ジェンダー概念や男女共同参画の理念を曲解した「ジェンダーフリー」批判が強まっている。この動きが、「ジェンダー学(ジェンダー論、ジェンダー研究)」、「女性学」、「性教育」等の教育実践や「男女共同参画社会」、「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」等の行政施策への揺り戻しにまで拡大している事態に鑑み、日本女性学会はここに声明を行うものである。

人間の平等の重要な構成部分をなす男女平等の理念は、長い歴史の中で多くの先人たちの努力によって追求されてきた崇高なものである。20世紀後半に展開した「女性学」、「男性学」、「ジェンダー学(ジェンダー論、ジェンダー研究)」、「セクシュアリティ研究」、「レズビアン/ゲイ・スタディーズ」、「クィア研究」等の学問は、いずれもこの理念を具現化したものとしてある。そして、これらの学問の中で中心的な役割を果たした概念が「ジェンダー」であり、この概念は現在、国際的な学術用語として確立し、学問領域を超えて分析に使用されている必要不可欠な概念の一つとなっている。
すなわち、今日では、階級や民族といった従来の分析概念とならんで「ジェンダー」に敏感な視点なしには、人間存在の多様性に配慮した豊かな分析・認識はありえない。これが国際的・領域横断的な学界の常識であることは、これまで「ジェンダー」に関連する文献が、世界中のどれだけ多くの分野にまたがって生み出されてきたかを見れば一目瞭然であろう。この蓄積を消滅させることは誰にもできない。

国連が1975年を「国際女性年」とし、続く10年を「国連・女性の10年」と定めて以降、国際的にも女性の地位向上、男女平等の施策が積み重ねられてきた。例えば、わが国も批准している女性差別撤廃条約やILO156号家族的責任条約は男女平等を推進する重要な思想に立脚したものであり、これらにおいては、男女の役割・生き方を従来のように本質主義的・固定的にとらえることが批判され、ジェンダー不平等を解消する上で、男女個々人がそれぞれ対等な権利で自立、エンパワメント、自己決定していくことの重要性がうたわれている。こうしたジェンダー平等の視点はもはや国際標準となっており、わが国の男女雇用機会均等法や育児・介護休業法、男女共同参画社会基本法、DV防止法等もその流れの中で策定されたものである。そして、男女共同参画社会基本法は、このような流れの中で、「ジェンダー」概念を包含しつつ打ち立てられた、日本社会の民主化と進展の重要な一里塚であった。

しかしながら、今、この国際的努力の成果が、拙速な議論のもとに反故にされようとしている。「ジェンダー」という用語の使用制限の要求は学問的に見れば非常識と言わざるを得ず、もしこのような要求をもとに、関連教育や男女平等政策への介入、男女共同参画社会基本法の骨抜き(内容の後退)、ジェンダー関係の書籍の排斥などが行われるのであれば、それは、「学問の自由」に対する侵害であり、国際的・国内的に積み重ねられてきた人々の英知に対する裏切りである。「男女共同参画」の英訳が“Gender Equality” であるように、両性の平等について発言・思考するにあたって「ジェンダー」概念を用いないことなどおよそ不可能である。すでに国際標準となった「ジェンダー」概念を使用しないなどと決めれば、日本は世界に向けて有意味な学問的発信ができなくなるばかりか、侮蔑と嘲笑の対象となるであろう。

学問は真理の探究を通じて、広く人類の福祉の向上のために行われるものであり、「ジェンダー」概念は、そのための不可欠なキー概念である。今や学会においてジェンダー部会の見られないところは少数であり、どの学問分野でも従来の学問体系に対するジェンダー視点での批判的見直し(再構築)が進められている。多くの大学では、ジェンダー学あるいは女性学関連の教育プログラムが設置され、ジェンダーに関する共同研究が進められている。行政や女性センター、男女共同参画センターなどにおいても、男女平等・男女共同参画に対する啓発や教育プログラムが実施されている。豊かで公平で活力ある社会を築くこのような営みを破壊することは決して許されない。

日本女性学会は、他学会・研究機関、市民とともに、今後とも「学問の自由の擁護」と「人間解放に資する研究」への努力を惜しまぬ決意をもって、昨今の「ジェンダー」批判、「男女共同参画社会」揺り戻しの動向に抗議するものである。関連諸機関の適切な対応を期待する。

日本女性学会 第13期 幹事会
2005年7月16日

NewsLetter 第102号 2005年5月発行

日本女性学会NewsLetter

(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)

女性学会ニュース第102号[PDF] 2005年5月発行


学会ニュース
日本女性学会 第102号 2005年5月

2005年度日本女性学会大会プログラム

日 時 2005年6月11日(土)・12日(日)
場 所 横浜国立大学 教育文化ホール
〒240-8501 横浜市保土ヶ谷区常盤台79-1
参 加 費 会員:無料 非会員:1,000円

 

第1日目6月11日(土曜日)
場所 横浜国立大学 教育文化ホール
開 場/受 付 12時30分
シンポジウム 13時〜16時30分
フェミニズムと戦争─「銃後」から「前線」への女性の「進出」!?を踏まえて
パネリスト 佐藤文香、海妻径子、岡野八代
コーディネーター 千田有紀
総会 17時〜18時
この間非会員向けにビデオ上映を行ないます
「30年のシスターフッド 70年代ウーマンリブの女たち」
(制作 山上千恵子・瀬山紀子/57分/2004)
懇親会 18時15分〜20時 大学会館
参加費 会員:無料 非会員:1,000円

 

第2日目6月12日(日曜日)
個人発表 10時〜12時
ワークショップ/個人発表 13時〜15時

 

シンポジウム
フェミニズムと戦争
−「銃後」から「前線」への女性の「進出」!?を踏まえて
コーディネーター 千田 有紀
 今回の大会シンポジウムでは、フェミニズムと戦争を根本的に問い直すことが課題である。戦後のフェミニズム思想では、第二次世界大戦において、女たちが「母」として、「銃後」を支えてきたことが、反省的に問い直されてきた。しかし、湾岸戦争からイラクにおける戦争にいたっては、女性が兵士として参戦するという事態が生まれ、女性が「前線」にまで「進出」してきた事態をどのように捉えるのかという問題がわたし達に突きつけられている。しかもアフガンに対する攻撃に際して、タリバンからの「女性解放」が口実として利用され、アルグレイブ刑務所において、男性性を模した女性兵士が男性を虐待している写真が全世界に衝撃を与えるなど、問題は錯綜してきている。このフェミニズムと戦争をめぐる問題の複雑性を損なうことなく、踏み込んで複雑性を解き明かし、議論することを目指したい。

交通アクセス

横浜国立大学へのアクセス
  • 横浜駅西口バスターミナルより乗車(西口は高島屋、ベイシェラトンホテル側)
  • 相鉄バス 10番乗り場 (交通裁判所循環)岡沢町下車→正門
    10−15分間隔、バス所要時間15−20分 徒歩3分
  • 横浜市営バス201系統 14番乗り場(循環内回り)岡沢町下車→正門
    毎時50分に1本のみ、バス所要時間10−15分 徒歩3分
  • 岡沢町バス停からは、前方歩道橋をわたり、右側道 沿いに歩き、階段を上ると正面に守衛所。
  • タクシーは、バスと同じターミナルから、1200−1500円 横浜国立大学正門へ。
  • 【横浜市営地下鉄】三ツ沢上町駅下車→徒歩約16分(正門)
    新横浜からは10分で便利ですが、徒歩距離はかなりあります。横浜駅からバス利用のほうがお勧めです。
    なお、お急ぎの場合タクシーは1500円ぐらい。
  • なお、バスターミナルの乗り場地図、岡沢町からの大学へのアクセスは、横浜国立大学ホームページのアクセスマップをご参照ください。

 

■大会事務局からのお知らせとお願い

  1. 懇親会参加費は4,000円です。当日受付にて申し込んでください。
  2. 第二日目の昼食弁当(600円)希望者は第一日目に受付にて申し込んでください。
  3. 宿泊に関しては、各自が手配してください。新横浜駅、横浜駅および会場周辺に比較的安いホテルが多数あり、インターネットでも検索できます。
  4. 書籍販売は、各自が責任をもって、持ち込み・管理を行なってください。

学会からのお知らせ
■学会誌に関する記事の訂正

前号ニュースレター掲載の学会誌編集委員会よりのお知らせの誤りを次のように訂正します。
「学会誌編集委員より投稿締め切り時期変更のお知らせ」
『女性学』第13号編集委員会(誤)
→『女性学』第12号編集委員会(正)
・「2005年度日本女性学会誌『女性学』12号投稿原稿募集」
12号(誤)→13号(正)

■2005年度会費納入のお知らせ

2005年4月より新しい年度になりました。
同封の郵便振替用紙で、2005年度会費7,000円(2004年6月12日の日本女性学会大会総会で承認されました)をできるだけ早めにご入金くださいますようお願いいたします。

■会員による研究会の企画募集

大会が年一回に減ったことを受け、研究会を活性化していくことになりました。幹事会企画研究会を年に数回おこなう他、会員個人やグループ(自主的研究・運動グループ)のイニシアチブによる研究会についても、学会として経費補助や情報宣伝などを行って行くことになりました。
そこで、会員の皆様からの意欲的な研究会の企画をお待ちしています。詳細のお問い合わせは、研究会担当幹事(伊田広行・内海崎貴子)まで。

■日本学術会議公開シンポジウムのお知らせ

日本学術会議第一部ジェンダー学研究連絡委員会では、以下のような内容で、シンポジウムを開催いたします。学校における男女平等教育のあり方や大学におけるジェンダー学教育のあり方などに関心を持つ方、ぜひご参加ください。

シンポジウム「教育とジェンダー」

日時 平成17年6月13日(月)16:00〜19:00
会場 日本学術会議2F大会議室
(〒106-8555 東京都港区六本木7-22-34
Tel. 03−3403−5706)
主催 ジェンダー学研究連絡委員会
共催 日本女性学会、ジェンダー史学会、国立女性教育会館
プログラム
司会 江原由美子
(ジェンダー学研究連絡委員会委員長、日本学術会議第1部会員、東京都立大学教授)
佐藤  学
(ジェンダー学研究連絡委員会委員、日本学術会議第1部会員、東京大学大学院教育学研究科研究科長)
報  告
(1) 「教育とジェンダーをめぐる諸問題」 国際基督教大学教授 藤田秀典
(2) 「大学文化とジェンダー」 東京女学館大学教授 天野正子
(3) 「教員養成・研修とジェンダー」 東京学芸大学教授 村松泰子

■『日本女性学会学会誌』を発行しました

日本女性学会『日本女性学会学会誌』
新水社、12号/2005年3月15日発行

定価2500円(税込)
特集 ウーマンリブが拓いた地平
基調講演「自縛のフェミニズムを抜け出して─立派になるより幸せになりたい─」 田中 美津
1980年代以降の女性運動とリブ─「女性に対する暴力」をめぐって 原田恵理子
引き裂かれた「女」の全体性を求めて 千田 有紀
フェミニズムとアカデミズムの不幸な結婚 菊地 夏野
投稿論文
下田歌子の社会構想と「手芸」 山崎 明子
強姦事件捜査にみる犯行動機−「性欲」という語彙 牧野 雅子
研究ノート
日本キリスト教婦人矯風会と五銭袋運動−1910年代後半の廃娼運動資金募集活動を中心に 楊 善 英
書評
ベル・フックス『フェミニズムはみんなのもの─情熱の政治学』 伊田 広行
金井淑子その他編『岩波 応用倫理学講義 5 性/愛』 吉田 俊実
Christopher Carrington, No Place like Home: Relationship and Family Life among Lesbians and Gay Men, Gillian A. Dunne (ed.), Living“Difference”: Lesbian Perspectives on Work and Family Life 釜野さおり

<書評>

9LOVE編 『9をまく』 大月書店 2005年

イダヒロユキ

ちょっといい本が出た。憲法9条や戦争/平和をめぐっていろいろな議論があるが、これはそれらとは少し違った角度から「9」をキーワードに、日常生活・足元の暮らし方に「平和/戦争放棄・軍隊放棄」の精神を見出そうとする。それは、パンを焼くことだったり、サーファーが海を守ることだったりもするが、とにかく、日本中に、世界中に、名もなき人々によっていろいろなことが行われ、考えられている。それを集めていく中で、「9」に命を吹き込もうとしている本なんだと思う。

とくに僕が気に入ったのは、沖縄のガンジーといわれるおじいちゃんの次の様な言葉だ。「武器をもたないで生きるものはすべて神様、宗教語でいうと善と考えるようになりました。あそこに歩いている鶏も生まれたときから死ぬまで人間のために奉仕し、人間がいくら卵を盗んでも武器を持って取り返しにこない。これも神様。」

また鶴見俊輔さんの「日本の知識人の記憶の短さ、○○はもう古いという批判の仕方、そういうことへの無自覚」という批判。大きな戦争というものはとめられないように感じるかもしれないが、そういうまともな人たちの言葉や行動を受け取り、受け継ぎ、自分がまたそういう思想を持つ存在になっていこうとするところに希望を見出す力がこの本にはあふれている。

僕にとっては、「10点満点」に対して、「減らす」「捨てる」「クールダウン」ということの積極さを「9」が示しているというような発想が印象深かった。走り続けなくてはという強迫観念から離脱すること、捨てること、ものや仕事を減らすこと、上からではない形で差し出すこと。僕にとっての大きな課題のヒントがここにもあった。

投稿日: 2005年5月1日 カテゴリー: NewsLetter

12号/2005年3月15日発行 定価2571円(本体2381円+税)(税込)

特集 ウーマンリブが拓いた地平
基調講演 「自縛のフェミニズムを抜け出して—— 立派になるより幸せになりたい—— 田中美津
1980年代以降の女性運動とリブ——「女性に対する暴力」をめぐって 原田恵理子
引き裂かれた「女」の全体性を求めて 千田有紀
フェミニズムとアカデミズムの不幸な結婚 菊地夏野
投稿論文
下田歌子の社会構想と「手芸」 山崎明子
強姦事件捜査にみる犯行動機——「性欲」という語彙 牧野雅子
研究ノート
日本キリスト教婦人矯風会と五銭袋運動—— 1910年代後半の廃娼運動資金募集活動を中心に 楊善英
書評
ベル・フックス『フェミニズムはみんなのもの —— 情熱の政治学』 伊田広行
金井淑子その他編『岩波 応用倫理学講義 5 性/愛』 吉田俊実
Christopher Carrington, No Place like Home: Relationship and Family Life among Lesbians and Gay Men, Gillian A. Dunne (ed.), Living “Difference”:Lesbian Perspectives on Work and Family Life 釜野さおり