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NewsLetter 第101号 2005年2月発行

日本女性学会NewsLetter

(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)

女性学会ニュース第101号[PDF] 2005年2月発行


 

学会ニュース
日本女性学会  第101号 2005年2月

日本女性学会大会シンポジウム案内

テーマ:フェミニズムと戦争

─「銃後」から「前線」への女性の「進出」!?を踏まえて

日 時:2005年6月11日(土)
場 所:横浜国立大学
主旨:
現代フェミニズムにとって、「フェミニズムと戦争」の関係を再び問い直すことが不可欠になりつつある。
アブグレイブ刑務所におけるイラク男性の虐待写真に笑顔でおさまった女性兵士、アフガニスタンへの空爆回数分の爆弾シールを機体に貼った女性戦闘機パイロット、サマーワ派遣前のインタビューで「男性自衛官のオアシスになりたい」と発言した女性自衛官−21世紀に入ってから、これまでフェミニズムが想定してこなかった事態が、目の前の現実として次々とあらわれている。その新たな事態とは、「戦争/軍事的行為の直接的参与者としての女性」である。
これまで、「フェミニズムと戦争」のテーマの下では、著名な婦人運動家をはじめ、一般の庶民女性たちの戦争協力を批判的に対象化する研究が続けられてきた。これらの女性たちは「銃後」の女性たちであったが、同じ協力であってもここに登場するのは「前線」の女性たちである。この「銃後」から「前線」への女性の「進出」をフェミニズムはどう捉えるべきなのか。おそらく見解の分かれるであろうこの点を単なる是非論にとどめることなく、フェミニズムが掬いだすべき事柄を丁寧に見ていきたいと思う。
さらに、「フェミニズムと戦争」のテーマの下では、1993年の「女性に対する暴力の撤廃に関する宣言」以降、戦争という非日常の暴力を日常的な家父長制的暴力と同じ視野の下で、「女性に対する暴力」として捉えようとする動きも広がっている。「『戦争と女性への暴力』日本ネットワーク」(VAWW-NET Japan)が世界の女性たちと連帯しつつ開催した「女性国際戦犯法廷」とは、戦前には公的権利を剥奪されていた日本の女性たちが進んで加害責任を担うことにより、公権力を握りながらもその責任を取らない国家と国家的権力者の論理の解体を迫る試みであった。一方、「戦争/軍事的行為の直接的参与者としての女性」は、男女平等な公的権利を賦与され、一労働者としてそれを「行使」する女性であり、現在ではその女性たちが「女性に対する暴力」の一翼を明白に担っている。ここでも、これらの事態を見据えつつ、錯綜する加害/被害の重層性を丁寧に捉えることが求められているだろう。
本シンポジウムでは、9.11以降のアメリカ社会に鋭いまなざしを向けてきた岡野八代氏、「帝国の男性性」の構築の問題に関心を寄せてきた海妻径子氏、軍事組織内における女性を取り巻く力学に注目してきた佐藤文香氏をパネラーとし、フェミニズムと植民地主義の関係について考察してきた千田有紀氏をコーディネーターにディスカッションを行う。

(佐藤文香)

[パネラーの変更によりHP掲載に際し、内容を一部変更しています]

ヌエックの単独施設としての「存続」決定!

金 井 淑 子

前号で、国立女性教育会館・ヌエックの統廃合をめぐる問題について、日本女性学会として要望書を提出したことを報告しました。すでにご存知のことと思いますが、その後、ヌエックは単独施設としてその存続が決定されました。相次ぐ災害や心重たい事件など暗いニュースの続く中で、また女性政策の場面でのジェンダー・フリー教育や男女共同参画社会「条例」作りへのバックラッシュが強まる中での、年末唯一といってよい朗報でした。
まず12月7日付けで、文科省生涯学習政策局より「独立行政法人(国立女性教育会館、以下ヌエック)の見直し状況について」のファックスが学会事務局に入りました。文科省関係では青少年教育関係3法人の統合があげられていますが、ヌエックについては統合の対象とならない方向が固まった旨の報告です。ついで12月10日、国立女性教育会館からも神田理事長名で、ヌエックの単独存続が次期中期目標期間(平成12年度〜22年度)において決定されたことについて、ファックスの報告が届きました。
「9月中旬以来3ヶ月にわたる厳しい〈闘い〉でございましたが、皆様方のご尽力を心から感謝いたしております。本当に有難うございました。これからも困難な険しい道が続くと思いますが、何はともあれ一つの山を越えた思いでございます。今後とも何とぞご協力ご支援のほど宜しくお願い申し上げます」というのが、報告に添えられた神田理事長のご挨拶の言葉です。
今回の決定に際して総務省が出した報道資料によれば、独立行政法人の主要な事務及び事業の改廃に関する勧告の方向性—政策評価・独立法人評価委員会の指摘—は次のようなものです。勧告の方向性として、32ある独立行政法人を約3割削減して32法人から22法人にする、研究開発教育関係法人はすべて非公務員化する、さらに事務、事業の廃止、重点化、民間移管等を指摘するものです。今回統合の対象となるのを免れた国立女性教育会館については、その重点化目標として次の2点、すなわち①男女共同参画社会に向け、真に必要な事務、事業に特化・重点化、②利用者ニーズに応じた受け容れ事業を実施し、全国的な利用を促進する、を挙げています。この内容は、日本女性学会をはじめとする関係諸学会、NGO各種団体がまさに望んだ方向—男女共同参画推進法に基づく女性政策のナショナルセンターとしての位置づけ—を得たというべきものであり、ヌエックを取り巻く幅広い「応援」の声が実を結んだ快挙というべきものでしょう。
ヌエックは残りました。しかし、神田理事長も指摘されるように、状況は予断を許しません。ユエックの存続決定を喜び合う声とほぼ同時的に、埼玉県上田知事の男女共同参画無視の発言や県教育委員にバックラッシユ派の急先鋒ともいうべき人物を起用する方針であることが判明し、「埼玉県の教育が危ない!」と強い危機感が飛び交っています。また豊中市財団法人「とよなか男女共同参画推進財団・すてっぷ」館長だった三井マリ子さんが、原告となって「館長雇止め・採用拒否に対する損害賠償請求」裁判を起こしたということも、暮になって入ってきたニュースでした。各地で、混合名簿や性教育実践などジェンダー・フリー教育のシンボルともいうべき取り組みが「行き過ぎたジェンダー・フリー」批判として攻撃され、「条例」の骨抜きを図る男女共同参画へのバックラッシュもさまざまな形で展開されています。
しかも必ずしもバックラッシュとしてではなく、行革・財政改革の名のもとに市場原理を取り入れたネオリベラリズム的な政策のもとでも、各地の女性センターの運営がどんどん民間委託に移管され、女性政策関連の予算の切りつめが進んでいることにも目を向けていかなければならない情況にあります。
福岡市の女性センター(アミカス)も2005年度をもって財団廃止、市の直轄運営になると報じられています。指定管理制度導入とも関係していて、今後の NPO のあり方評価にも関わる問題として注意深く見ていく必要はありそうです。
ヌエックの存続を勝ち取ったことをバネとして、バックラッシュ情況を押し返す力にしていきたいものです。

ジェンダーフリー概念を捨て去るという退却戦略は有効か?

伊 田 広 行

『We』2004年11月号や同時期の研究会などで展開されている、ジェンダーフリー・バッシングに対する「ジェンダーフリー概念を使わなければいい」という上野千鶴子さんや一部論者たちの意見に対しての私の意見を少し述べます。
そこでは、ジェンダーフリー概念をめぐる戦いは、言葉使用をめぐる象徴闘争、名目上の戦いにすぎず、意地の張り合いにすぎず、バッシング派と推進派のどちらが勝利しようと実際の女性の行動や運動は変わらないので、この戦いに乗らなければいい、ジェンダーフリーという用語を捨てたらいいというようなことが指摘されています。
またジェンダーフリーという概念が、バーバラ・ヒューストンの論文の誤読に基づくものだということを根拠にして、この概念を使うべきでないという意見もあります。

まず私が言いたいのは、前号でも述べましたが、外国人の誰がどう言った、言っていないというのは権威主義の発想だということです。(同じことは、政府・官僚の答弁についても言えます。)大事なことは、私がどのような意味で使っているか、日本の運動の中でどのような意味で使われているかです。「誤読だ」ということをもって何かが言えるというのは、とても狭いアカデミズム的な姿勢です。そもそも誰か一人の最初の使い方にだけ正当性があるということは言えません。細かい議論は省きますが、どこを見ての議論かが大事です。
次に、私がどのような言葉、概念を使おうと、反対のために反対する人から邪魔されたくない、と言いたいとおもいます。文句を言われたからある言葉を使うのを引っ込めるということが、本当にどうでもいい、名目的な象徴の戦いにすぎないと言えるでしょうか。
というのは、今、天皇制や戦争をめぐってつばぜり合いが続いています。日の丸・君が代の押し付けで処分があるとき、保守派がうるさく言うからと、日の丸を掲げましょう、君が代を歌いましょう、抵抗をやめましょうと言うのでしょうか。むしろ思想の自由を各人が表明するべきときなのではないでしょうか。そこをめぐって、自由に意見を言えるようにしようというとき、日の丸などをめぐる議論や言動の対立は、どうでもいい戦いと言えるでしょうか。
性教育では、この教材を使うな、ペニスやヴァギナという用語を使うなという圧力がかかっているときに、そう言われたから使うのをやめましょうとなるでしょうか。ジェンダーフリーについても、一部では、女性センターなどに「ジェンダーフリー」という用語が入っている文献をすべて撤去するような動きがあります。講演者の人選にもジェンダーフリーを主張している者を選ぶなという圧力があります。講演者に「ジェンダーフリー」という言い方は自粛していただけますかという要請もあります。そういうときに、上記の「ジェンダーフリー概念を使うのをやめよう」という意見は、どのような作用をもたらすのかという視点が大事です。
私個人はこれまでジェンダーフリーという用語は積極的には使ってきませんでした。しかし自分が使ってこなかったから安心ということで、ジェンダーフリーを使ってきた人たちが排除されていくのを横目で見ているだけでいいのかという思いがあります。歴史教科書にも出てきた、「最初は共産主義者、次に自由主義者が排除されていった」という事実をもう忘れたのでしょうか。
つまり、今、「・・・をしろ」「・・と考えろ」「・・に賛成しろ」という圧力があり、それとの関係で、「逆に・・・を言うな」、「・・・をするな」という圧力もあるのです。何がしかの「正しさ」の押し付けが現にあるのです。その「正しさ」を基準にした言葉狩りや行動狩り、言動チェック、監視体制が始まっているのです。それに従う人が増えているときに、それに反抗する人がそのスタイルを表明すること、自由な意見表明の大切さを訴えることはとても大切と思います。若者・生徒・学生一人一人に、大人はどのような気概で生きているのかを見せられるかどうかが試されている場面が続いているのです。多様性という概念を本当に伝えることができるかどうかの境目です。口先だけの民主主義理解のメッキがはがれるときです。
「ほうっておけばいい」と言いますが、ほうっておけば向こうはさらに図に乗って、法律や制度で周到に自分たちを正当化していき、こちらの自由はもっと少なくなる可能性が高いと思います。だからこそ、私は、どんな言葉を使ってもいいじゃないですかと言っていきたいと思います。「ジェンダーフリー」をやめて、「男女平等」にすればいいと言いますが、政治的な戦いは、一つ後退すると次は、ジェンダー(ジェンダー・センシティブ、ジェンダー・バイアス)やリプロや性教育や男女平等や中絶という用語をめぐっての戦いになるのです。すでに指摘されているように、「男女平等」概念だけでは、フェミニズムを通過しない男女性別特性論レベルのままになるからこそ、リブもフェミもさまざまな概念を豊かに展開してきたのです。だからこそ、各人が男女平等もジェンダーフリーも豊かに使っていけばいいのです。
ジェンダーフリー概念は確かに曖昧な概念ですが、ヘンな使い方には適切に否定しつつ、自分のなかの積極的な意味を前に押し出すことが要ると思います。ジェンダーフリーに賛成か反対かの踏み絵を迫られたとき、その内容をめぐって闘いつつ、私の自由を守るという意味で「賛成だ」とはっきり言うことが要るのだとおもいます。そしてその戦いを広げ、逆に相手方一人一人に、どういう意味でそう言っているのかを突きつけて議論をしていくことが要るのです。私なら、シングル単位論を展開します。これならジェンダーフリー概念が単なる意識の問題に解消しているとか、アファーマティブ・アクションにつながりにくいという心配もなくなります。
ヌード・ハダカ規制において、とにかくハダカがあるとダメ、そんな本を撤去しましょう、出版禁止としましょうというようなことは、思想統制のおぞましい社会といえます。同じように、内容に関係なく、「ジェンダーフリー」という言葉が入っている本はダメ、そんな文献は置かない、閲覧のところから撤去するというのは、思想統制社会です。そこをめぐっての闘争が、どうして空中戦でしょうか。ほうっておくとは、言いなりになって本を撤去することでしょうか。
以上の基本スタンスを押さえて、ようやく「戦略」の話ができます。
男女平等への同じ思いをもつフェミニストの中で、以上のような基本を押さえた上でも、今の状況の中で、ジェンダーフリーという概念は守りにくい「陣地」なので退却しようという意見があります。性別秩序自体の廃棄という究極状態をめぐって戦うときではないので、今は現状を変える次の一歩として、「究極像をイメージさせるジェンダーフリー」はやめて、個人の選択の尊重というラインまで下がって闘う時期ではないか、そのプロセスこそ大事だという意見です。
この意見はわかります。本当にうまく退却できて、新たに戦いに有利な陣地を作って、そこに犠牲を出さずに「転進」することができるならいいと思います。でもまず、上記したように「ジェンダーフリー」だけの退却ですむかという問題があります。それができるぐらいの力量があるなら、ジェンダーフリーという前線でも僕なら戦えるという感覚があります。ただ、行政という公的な場所では確かに退却するのも一つの道でしょう。問題は、単なる退却でなく、このことを通じて皆が、ジェンダーフリー論が目指していた高いレベルのフェミニズム、ジェンダー論を語れるかどうかということです。ですから、実はジェンダーフリーという言葉をめぐる問題は、フェミニズム側の質と量の問題だったのです。程度の低い反論などいつの時代にもあります。フェミニズムをめぐってはこれからも難しい議論が続くでしょう。そのひとつひとつに豊かに意見を構築していくことこそ大事なのです。
そしてその議論の中に、たとえば私のような「究極的理想像やラジカルなことを言うような論者」がいてもいいと思っています。「そういうことを言うやつがいるから迷惑だ」というのは危険な発想です。「そういう意見があってもいいじゃないですか、でも私はこう考えますよ」というスタンスを皆が持てればいいなと思います。そうしないと運動は常に分裂します。それに私はシングル単位的な関係は、部分的にならば今すぐ作れると思っています。
なお、フェミニズムの精神を伝えるイキのいい入門書として私は、サンドラ・ヘフェリンの『ドイツ女性 自立生活の楽しみ』(カッパブックス)と、ベル・フックスの『フェミニズムはみんなのもの』(新水社)をあげたいと思います。こうした勢いを持って、バッシングの波を押し返すのは楽しい作業だと思います。

学会誌編集委員会より投稿締め切り時期変更のお知らせ

『女性学』12号編集委員会

『女性学』投稿原稿の締め切りを、今号より従来と比べて大幅に遅らせることにしました。その狙いは、大会発表者の投稿を促すことにあります。よって本年に大会で発表を予定する方々は、できるだけ投稿の可能性も念頭に置きながら原稿を準備されることを期待します。むろん、口頭発表を経ない投稿も歓迎しますので、いずれの場合にも、以下の投稿要領を熟読の上、奮って投稿してください。
2005年度日本女性学会学会誌『女性学』13号投稿原稿募集

  1. 応募資格:日本女性学会の会員に限る。
  2. 応募原稿
    論文、研究ノート、情報、及び書評で、未発表のものに限る。論文は主題について論証が十分なされている点に、研究ノートは主題の提起に独創性があり、今後の展開が期待される点に、評価の基準がおかれる。また情報とは、国内外の女性学をめぐる動向を意味する。
    紙数制限(註・参考文献リストを含む):
    論文(400字×50枚以内)、研究ノート(同20枚以内)、情報、書評(同5〜10枚程度)
  3. 応募原稿はワープロ・パソコンを使い、A4用紙に40×30行で印刷する。使用言語は日本語とする。原稿は縦書き、横書きのどちらでもよい。学術論文であるが、専門分野の異なる人にも理解できる表現をこころがける。図および表は別紙に書き、写真は1枚ずつ別紙に貼る。通し番号をつけ、本文原稿の欄外に挿入箇所を指定する。
  4. 投稿原稿は、コメンテーターによる査読がなされ、最終的な採否の決定は編集委員の責任で行われる。
  5. 掲載が決定した場合
    (1)最終稿、(2)英文による表題、(3)論文の場合は、300words程度の英文要約を、フロッピーディスクで提出する(MS-DOSに変換し、使用措置、ソフトを明記する)。

編集委員に送るもの(各7部)

  • 執筆者情報(A4一枚におさめる)氏名・住所・電話Fax番号(引越・海外移住の場合は新住所と移転日を明記)あれば電子メールアドレス
  • 論文タイトル・関心領域・論文・研究ノート・書評など、原稿をホチキスでとめたもの(本文に氏名を表記しない)。

送 付 先:日本女性学会事務局
締め切り:8月31日(厳守)
発行予定:2006年全国大会の頃

執筆書式の詳細はこれまでの号の末尾に記載しているので、参照のこと

日本女性学会会員の皆さまへ

世界女性会議 コーディネータ
アジア女性学センター ディレクター
キム・ウンシル

世界女性会議2005(WW05)の開催を、日本の皆さまにご紹介できることを大変嬉 しく思います。多くの方がすでにご存知だとは思いますが、第9回学際的国際女性会議が2005年6月19日から24日までソウルで開催されます。この会議の主催者は、韓国女性学会と梨花女子大学です。世界女性会議は3年ごとに開催される国際会議ですが、今回がアジアで初めての開催となります。WW05には、120カ国以上の国々から、女性学/ジェンダー研究の分野で活躍している学者や専門家、女性の活動家や政府関係者が3000人以上参加すると見込まれております。

この会議は「世界の全住民を抱きしめて:東−西/南−北」というテーマを掲げ、 地球上の女性たちが今日直面している問題を共有し、情報を交換し、議論する場にしたいと考えております。WW05は、東−西/南−北の境界における変化や論争、東−西/南−北の間に見られる相違や不均衡をより広く熟考する場を提供することでしょ う。この主題テーマのもと、WW05では次のようなサブテーマを設定しました:

(1)グローバル化、(2)ジェンダー・アイデンティティ、(3)家族と日常生活、(4)セクシュアリティ、(5)ジェンダーと宗教、(6)NGOと行動主義、(7)環境と農業、(8)ジェンダーと科学・技術、(9)ジェンダーと ICT、(10)文化と創造性、(11)ジェンダーとメディア、(12)平和・戦争・福祉、(13)法と人権、(14)政治とガバナンス、(15)女性学・ジェンダー研究、(16)女性の健康とスポーツ、(17)新しい世界のための新しいパラダイム、(18)東と西/南と北、(19)アジア におけるグローバルな議題。

もうすでに締め切り期日はすぎておりますが、もし発表したい論文をお持ちであれば、まだ可能性がありますのでご連絡ください。特に発表や企画はないけれど、WW05に集う人たちとアイディアを共有し一緒にイベントを楽しみたいという方も、ぜひお出かけください。

日本の皆さまがWW05に参加してくださり、世界中から集まる人たちやアジアの仲間たちと知識や経験を共有してくださることを心から願っております。また、気心が知れ親しみやすい雰囲気の中で、連帯や友情を楽しんでいただきたい。WW05では、大学院生や若手女性活動家のための「ヤング」フェミニスト・フォーラムなど、いくつか文化企画も計画しております。さまざまな知識や経験が一同に会するフェスティバルというだけではなく、女性研究者や活動家にとってエンパワーメントの場になることを、私は切に希望しております。WW05に関してもっと情報がほしい時には、どう ぞ下記のホームページをご覧になってください。
www.ww05.org
登録もこのホームページからできます。

それでは、梨花女子大学でお目にかかれることを楽しみにいたしております。

研究会からのお知らせ

2005年6月の全国大会のメイン・シンポジウム「フェミニズムと戦争」にむけた研究会を開きたいと思います。奮ってご参加ください。

日時 2005年4月3日(日曜日) 10時から12時半
場所 かながわ県民センター 709号室
(横浜駅より歩いて3分)
話題提供者 佐藤文香さん、千田有紀さん
内容 大会シンポジウムの議論の基本方向をめぐっての提案

大会発表者へのお知らせ

2005年6月大会での個人研究発表、ワークショップの申し込みは、3月25日(金) までに、ニューズレター担当の楠瀬までメールかファックスでお願いします。
(メール:keiko-ku●mbox.kyoto-inet.or.jp    ファックス:075−702−3188)
(●を@に書き換えてください)
タイトル、発表の概要(200字程度)、発表時に使用する機材をお知らせ下さい (機材は希望にそえない場合があります)。
なお、報告をされる方で、学生・院生・OD 他、常勤職についておられない方には、 学会より旅費の補助をする予定ですので、希望される方はその旨明記して下さい。
大会の詳細は次号ニューズレターでお知らせします。

投稿日: 2005年2月1日 カテゴリー: NewsLetter

NewsLetter 第100号 2004年11月発行

日本女性学会NewsLetter

(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)

女性学会ニュース第100号[PDF] 2004年11月発行


学会ニュース
日本女性学会 第100号 2004年11月

日本女性学会ニュースレター100号記念
学会ニュース100号までの歩み

日本女性学会のニュースレターは、今号でちょうど100号となります。そこで記念企画の一つとして、バックナンバーから毎年の大会テーマと開催地を拾い出してみました。1980年2月に第1号を発行して以来、現在までの過程からは、日本の女性学がそのときどきに直面していた課題や問題意識が浮かび上がってくるのではないでしょうか。
なお、バックナンバーの調査にあたっては、内藤和美さんのご協力を得ました。貴重な資料をご提供いただき、感謝いたします。

1980年5月 「女性学の出発」 法政大学
1981年6月 講演・ダグラス・ラミス「日本文化と女性」 法政大学
1982年6月 講演・水田宗子「女が自分を語る時:宮本百合子とボーボワールの自伝小説を中心に」 神戸女学院大学
1983年6月 「フェミニズムと学問」 国立婦人教育会館
1984年6月 「女性と宗教」 早稲田大学
1985年6月 「いわゆる“性差”と女性解放:近代社会にどうだまされてきたか」 名古屋勤労婦人センター
1986年6月 「日本の文化的土壌とフェミニズム:フェミニズムを阻むものは何か」 国立婦人教育会館
11月 「日本的土壌とフェミニズム:女の〈不払い〉労働を考える」 京都市社会教育総合センター
1987年6月 「日本の文化的土壌とフェミニズム:女のセクシュアリティー(生と性)」 法政大学
11月 「日本の文化的土壌とフェミニズム:今、女性学を見直す」 京都市看護短期大学
1988年6月 「日本の文化的土壌とフェミニズム:視覚イメージの政治学」 国立婦人教育会館
11月 「日本の文化的土壌とフェミニズム:フェミニズムの原点に立ち戻る」 大阪女子大学
1989年6月 10周年記念対談「フェミニズムをどう生きるか:駒尺・藤枝、大いに語る」 法政大学
12月 「女性の人権と性差別」 京都精華大学
1990年6月 「生殖の政治学」 横浜女性フォーラム
12月 「女性への暴力:その構造を問う」 国立婦人教育会館
1991年6月 「均等法5年:女性は働きやすくなったか」 東京女子大学
11月 「従軍慰安婦・キーセン観光・在日韓国朝鮮人女性:アジア女性会議へ向けて」 京都市国際交流会館
1992年6月 「アジアの女性学を創る」 早稲田大学
11月 「フェミニズムと表現の自由」 京都精華大学
1993年6月 「夫から妻への暴力:婚姻関係の内外で」 せたがや女性センター
11月 「女子学生はなぜ就職できないか? 就職差別の現状と構造」 京都産業大学
1994年6月 「フェミニズム文学批評に何ができるか」 豊島区 立男女平等推進センター
11月 「女性が問う“家族法”:戸籍・別姓・非婚」 名古屋市女性会館
1995年6月 「フェミニズムと国家:おんなと戦争責任」 国際基督教大学
11月 「多様なフェミニズムと私」 追手門学院大学
1996年6月 「女と生殖:その欲求・技術・政治」 和光大学
11月 「フェミニズムと政策決定過程」 愛知淑徳大学
1997年6月 「何のための女性学か:日本の女性学20年の「現在」を問う!」 かながわ女性センター
11月 「きしむ「家族」:制度と感情の乖離」 長岡短期大学
1998年6月 「自己決定という「フィクション」:生・性・からだ」 慶應義塾大学
11月 「専業主婦という「選択」:その是非または幸、不幸」 北九州市立女性センター・ムーブ
1999年6月 「20世紀の女性表現を考える」 城西国際大学
11月 「働きたい、働けない:派遣・パート労働とリストラのいま」 大阪府立ドーンセンター
2000年6月 「フェミニズムと政治権力」 東京大学
2001年6月 「女性学の制度化をめぐって」 千葉市女性センター
2002年6月 「ポルノグラフィーの言説をめぐって」 エル・パーク仙台
2003年6月 「「男女共同参画社会」をめぐる論点と展望」 十文字学園女子大学
2004年6月 「ウーマンリブが拓いた地平」 鳥取県 男女共同参画センター
(荻野美穂)

ヌエック問題、日本女性学会幹事会も、要望書を提出しました

新聞等でご存知のことと思いますが、学会としての対応について、少し経過を説明させていただきます。このかん、ヌエックの名で慣れ親しみ、日本女性学会も浅からぬ関係にあった国立女性教育会館が、行革推進の中での独立行政法人の統廃合の流れを受け、独自施設としての存続が危ぶまれる状況にあるという問題が急浮上してきました。22法人を8法人に統合し、国立女性教育会館はオリンピック記念青少年総合センター、青年の家、少年自然の家と統合すると提案されたのです。またまた、「女・子ども」問題は一緒、の発想なのでしょうか。

この事態を受け、まず、独立行政法人国立女性教育会館の運営を考える会が、個人の連名で、9月27日に文部科学大臣、官房長官、総務大臣、行政改革担当大臣、「独立行政法人に関する有識者会議」「規制改革・民間開放推進会議」「総務省政策評価・独立行政法人評価委員会」「自民党行政改革推進本部メンバー」などに要望書を出したということです。

女性学・ジェンダー関連の国内の学会・研究会がどのような対応をすべきなのか、いろいろやり取りがありましたが、統一的な書面による要望ではなく、それぞれの学会・研究会の歴史や活動を踏まえて、それぞれの会の責任において要望書を提出することと、提出時期の目途を10月18日に予定されている「有識者会議」に向けてということで、上記の関係メンバーあてに要望書を提出することとなりました。

日本女性学会は、急を要する事態でもあり、大会も終えたばかりで会員全体の総意を確認する手立てがない中では、「13期幹事会」名で要望書を届けるのが一番現実的であろうということを幹事会内で確認し、以下の要望書を作成し、郵送で関係者に送付した次第です。

幹事会としては、今後も必要に応じて関係方に働きかけをしなければならない場面もあるかと考えておりますが、是非、皆様も事態の成り行きを関心をもって見守っていただくと共に、それぞれの場面からなしうる働きかけをお願いいたします。

(金井淑子)
平成16年10月15日

独立行政法人国立女性教育会館の統合等に関する要望書

日本女性学会幹事会  代表幹事
金 井 淑 子

私たち、日本女性学会は、1979年、日本の「女性学研究」を推進することを目的に、さまざまな学問研究分野からの研究者をネットワークすることによってスタートした研究者グループです。発足後は、会員は研究者にとどまらず学校教育・社会教育の現場さらに地域で学習を深めたリーダー的存在まで広がりをもち、現在、会員730名を擁する学会に発展し、日本学術会議の登録団体にもなっています。日本には、女性学研究の目的をもつ研究者ネットワークは、日本女性学会のほかにも日本女性学研究会、女性学研究会、国際女性学会がありますが、1978年にオープンした国立婦人教育会館(現・独立行政法人・国立女性教育会館)の存在は、これらの4研究団体を始めとする国内の研究者の情報交流とネットワークの場として大きな役割を果たしてきたことはいうまでもありません。

とくに会館が80年代以降実施してきた「高等教育機関における女性学開設状況」調査が、日本の女性学教育推進と女性学研究の裾野の拡大に果たした意味は少なくないと考えております。同会館がまさに国内外の女性学教育のナショナルセンターとして4半世紀にわたり展開してきた研修・交流・調査研究・情報などさまざまな事業が、日本の女性のエンパワーメント教育に果たした意味ははかりしれません。私ども日本女性学会のメンバーは、同会館の主宰する講座や国外からゲスト講師を迎えてのシンポジウムの開催において、講師、助言役などの任を果たしたことも多々あり、その意味で、会館と共に日本の女性学推進の一翼を担ってきたという自負を抱いてもおります。

日本社会も男女共同参画社会基本法の制定を経て、21世紀の日本社会の福祉や教育など、新しい社会システムへの構造的転換を模索する取り組みが問われている中で、さらにまた国際化・グローバル化する世界における日本社会の女性の役割がこれまで以上に問われている中で、国立女性教育会館の女性のエンパワーメント教育のナショナルセンターとしての比重もまたこれまで以上に大きくなっていると考えております。

さて、そのような中にあって、今回、各方面で行われている独立行政法人の組織、事務の見直しに関連して、国立女性教育会館を国立オリンピック記念青少年総合センターなどの青少年教育関連法人と統合する案が検討されていることを知り、たいへん驚きかつ憂慮しております。昨今の日本社会の、行財政改革・構造改革の流れの中では、独立行政法人の組織、事務の見直しが避けがたいことと承知しておりますが、それでも、国の女性教育推進のナショナルセンターとしての国立女性教育会館の存在が見えなくなるような方向での統合計画案には、どうしても納得しがたい思いを強めております。

なによりも、日本社会が、国際女性年およびそれに続く国連女性年の10年とその国内行動計画を受けて基本法まで到達した女性政策の成果を国際的な場面にアピールし、「平和と平等」実現に向けた国際社会の取り組みに日本の女性たちが参画していく、その活動と情報の国際社会からの受発信のナショナルセンターとしての同会館の存在が見えなくなることは、日本の女性政策の後退の印象を各国に与えかねないのではないかという危惧を抱いております。

男女共同参画社会の実現に向けて、むしろこれからこそ、女性のエンパワーメント教育の意味が新たに問われているのだと考え、日本女性学会も女性学推進の観点からこの流れに寄与したいと考えております。そのためにも国内外の女性学研究者の交流と情報の受発信、ネットワークの拠点となる国立女性教育会館がいま以上に必要であり、本来の目的を明確にした単独法人として、今後も政府責任のもと存続することを強く願い、さらなる発展を期待するものです。

以上、ご賢察のうえ、ご高配くださいますようお願い申し上げます。

お知らせ

◇ジェンダー史学会設立のお知らせ

本年12月、人類の歴史にかかわる諸学問領域をジェンダーの視点から深く研究するための学際的研究団体として、ジェンダー史学会が設立されます。趣意書には、「歴史・文学・言語・教育・宗教・思想・美術・音楽・演劇・経済・社会・民俗・政治・法・科学等々、多くの分野を含み、学際的双方向性において、歴史におけるジェンダーの包括的研究を行うこと」、さらに「人種・民族、階級など他の諸要素とジェンダーとの諸関係を構造的に明らかにすること」が、目標としてかかげられています。

以下のとおり、設立大会シンポジウムが開催されます。詳細については、下記にお問い合わせください。
12月4日(土) 中央大学駿河台記念館281号室
記念講演 13:00〜13:40
アン・ウォルソール「ジェンダーの政治学」
シンポジウム 14:00〜17:00
「今、なぜジェンダー史学か?」
大橋洋一、服藤早苗、前山加奈子、大森真紀、若桑みどり
問い合わせ先:中央大学経済学部 長野ひろ子研究室
FAX:0426-74-3425
Email: genderhistory1●khh.biglobe.ne.jp (●を@に書き換えてください)
http://www7a.biglobe.ne.jp/〜genderhistory/

◇第9回国際学際女性会議開催のお知らせ

第9回国際学際女性会議(WW05)が、2005年6月19日から24日まで、韓国ソウルの梨花女子大学で開催されます。会議全体のテーマは「地球を抱きしめる:東と西、北と南」で、その下に20の多彩なサブ・テーマが用意されています。
参加申し込みの締め切りは2004年12月31日です。
申し込み方法、そのほか詳細については、
www.ww05.org
をご参照ください。

◇お茶の水女子大学21世紀COEプログラム

「ジェンダー研究のフロンティア」
主催シンポジウムのご案内
第1回F−GENSシンポジウム
「グローバル化、暴力、ジェンダー」
12月11日(土)
午前の部 基調講演
「ジェンダー法学と暴力の再解釈」戒能民江
午後の部 分科会A
「いかにして権力はパフォームするのか」
分科会B
「パネル調査に見る東アジアのジェンダー格差」
12月12日(日) シンポジウム
「再生産領域における〔複数の〕グローバル化と暴力:
アジアにおけるジェンダーの論題をめぐって」
会    場:お茶の水女子大学
(詳細は以下にお問い合わせください)
問い合わせ先:電話 03-5978-5547
FAX 03-5978-5548
URL: http://www.igs.ocha.ac.jp/f-gens/
Email: f-genszn●cc.ocha.ac.jp (●を@に書き換えてください)

◇ホームページ検討ワーキング・グループからのお願い

幹事会内に、学会ホームページ(以下HP)の将来的なあり方を検討するワーキング・グループ(以下、WG)を設置しました。メンバーは、幹事の伊田広行、釜野さおり、佐藤文香、武田万里子で、今年度中に一定の結論をえることを目標とします。

現在、学会のHPは、会員向け情報媒体であるニュースレターに掲載された情報を基本に、年数回更新し、5万円程度の経費をかけています。具体的には、設立趣意、規約、入会案内、大会案内、学会誌宣伝、研究会案内、科研費講座案内、学会関与のイベント案内などを掲載し、学会の外部への宣伝機能を担っています。

しかし、情報化の進展のなかで、学会のHPは将来的にどういう機能をもつべきなのか、何のために、誰を対象に、どういう情報を掲載するのか、本格的な検討が必要と考えられます。英文版の必要性の検討も必要でしょう。どのような実施体制をとり、どの程度の経費をかければそれらを実現できるのかも、問題です。

「こんなHPにしたい」「こういう情報をのせよう」「こんな機能がほしい」という要望、すれば実現できる」というお知恵を、もよりのWGメンバーもしくは幹事までお寄せください。

(文責・武田万里子)

次回日本女性学会大会予告

時 期:2005年6月11日(土)、12日(日)
場 所:横浜国立大学( 横浜市保土ヶ谷区常盤台 )
テーマ:「フェミニズムと戦争」(仮題)
* 詳しくは次号ニュースレターでお知らせいたします。

投稿日: 2004年11月1日 カテゴリー: NewsLetter

NewsLetter 第95号 2003年7月発行

日本女性学会NewsLetter

(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)

女性学会ニュース第95号[PDF] 2003年7月発行


学会ニュース
日本女性学会  第95号 2003年7月

2003年 日本女性学会大会報告

シンポジウム:「男女共同参画」をめぐる論点と展望 コーディネーター

舘 かおる

2003年度日本女性学会シンポジウムは、6月7日(土)の午後、上記のテーマで開催された。まず、本シンポジウムの開催趣旨について、コーディネーターから「男女共同参画及びフェミニズムへのバッシング状況を把握するとともに、その論理及び政治構造を分析すること」に置いたとの説明があった。

亀田温子報告は、「ジエンダーフリー教育は、性差解消により男女を画一化するもの」という「つくりだされた定義」により、危険な教育という認識を広げることで、進み始めた男女平等教育をゆり戻す動きが強まっている状況、その中で行政の事業や予算の変更も行われている現状を明らかにした。一方、学校教育現場で試みられている「性」や「家族」に関わる教育や男女混合名簿の実践への攻撃、さらに教師に対する個人攻撃のかたちで教育批判が展開している実態も報告された。そして教育の右傾化の動向に対し、ジェンダーフリー教育の実質を捉えられる教師の力量形成と、地方行政担当者が自己規制しないことを重要なポイントとして提示した。

船橋邦子報告は、具体的に大阪府、千葉県、宇部市などの男女共同参画条例制定をめぐるバックラッシュの論点を整理し、反共主義勢力が、戦後左翼への違和感を抱く層を巻き込み、有事関連三法の法制化などにつながる路線を強めていることを指摘し、次々に法案を成立させる国政と地方分権政治の関係を、緊張感をもち注視することの重要性を提起した。

伊藤公雄報告は、バックラッシュ派の論理の基本的枠組みを提示した上で、その背景を整理した。「バックラッシュの論理」として、本来ジェンダー・バイアスからの解放を意味する「ジェンダー・フリー」を「性差の否定」とねじまげて批判する動きや、「専業主婦否定」、「家族の絆を破壊する」、「リプロダクティーブ・ヘルス/ライツ」批判、さらに「結果の平等の押し付け」や「洗脳」だというバックラッシュ派の論理の構図が分析された。その上で、こうしたバックラッシュ派の論理のレトリックが考察され、バックラッシュの流れが整理された。つまり、イデオローグとしての「伝統的・反動的保守」とともに、「自称リベラル」の「フェミニズムは価値観の押し付け」であるという批判の動きが整理され、それを支持する人々の背景に、他者を攻撃することで「不安定な自己の普通さ」を防衛する動きや、「解放の理論」であるはずのフェミニズムが、彼ら・彼女らには「抑圧の論理」として把握されていること(いわば「反体制派」をきどるバックラッシュ派)、さらに、社会の大きな変化のなかで不安を抱き始めた男性たちの姿が分析された。なかでも、女性のサポートを前提にして生活してきた男性たちが、女性の自立・社会参加によって、これまでの「女性への依存」状況が切り崩されるのではないかという危機感を抱いている状況についての言及がなされた。

参加者からは今後の分析軸となる問題提起がなされた。例えば「フェミニズム言説の捏造のされ方」、「政策と個人の内面のズレ」、「一元的な語り方ではなく多様性をもたせるフェミニズムや男女共同参画政策のレトリック」、「政策に両脚を乗せない運動の大切さ」、「海外でのフェミニズムとジェンダー主流化政策推進へのバックラッシュの状況調査」などである。

シンポジウムの参加者の半数の約100名は会員以外の政策担当者や学生であり、アンケート調査の感想は「バックラッシの構図が理解でき、大変参考になった」、「問題の根深さが理解できた」等が多数を占めたが、若手研究者からは、もう少し理論的な議論が必要との感想も見られたという。ウーマンリブ運動、国連の女性差別撤廃条約に基づく各国の政策、そして「ネオ・コン」と称される新保守主義の台頭という歴史的状況の変化の中で、現在の日本の男女共同参画政策とフェミニズム、女性学、ジェンダー研究の関係を、理論的かつ政策的に検討していくことは、今後も不可欠の課題であろう。日本女性学会では引き続き、このテーマを研究会の場で継続していく。

会場から実り多い情報

根岸泰子

司会者からの、写真撮影および無断録音はご遠慮くださいとの呼びかけから始まった今回のシンポジウムは、昨今の男女共同参画社会基本法やそれに準拠した条例へのバッシングと揺り戻しの顕著な動きに呼応した今回のテーマへの緊張感を改めて認識させつつ、全体としては淡々と、しかし実り多い情報をもたらしてくれたように思う。

印象に残ったのは、条例がちゃんとしているところは総合的・横断的女性政策課の役割がきちんと機能しているという船橋発言だった。福祉・医療・教育・警察関係etc.が一カ所で錯綜する場としての女性問題に日々直面し苦闘する部署では、イデオロギーよりも何よりもこの総合的・横断的機能が有効なのだということを身にしみて知っている。共同参画基本法のこのような現実的効用を保守派イデオローグはどう意味づけるのだろう。

そのいわゆる保守派に照準を当てた伊藤分析「バックラッシュの構図」では、バックラッシュのイデオローグとその支持者について今話題の小熊英二・上野陽子『<癒し>のナショナリズム』を援用しつつ、さらに男性たちの内的もろさへと半ば自己言及した指摘があり参考になった。前者については昨今のウェブ上での女性センター掲示板への攻撃的な書き込みをよく目にする私としてうなづける点が多かった。

時間が押していたせいか最後のフロアとの直接応酬がちょっと少なかったのが残念だったが、「一元的なメッセージの語りでは運動はダメで、正確に伝えるためには多様に開かれた語り口(レトリック)をめざすべき。また韓国(性差別禁止法)や台湾など東アジアのジェンダー状況の調査・連帯が必要」(伊藤)、「人とのネットワークが大切。教組だけでない新しい人のつながりを強めていくことが一番の基本」(亀田)、「柔軟な対応が大切だが自己規制はダメ。みんなでサポートして孤立しないという状況作りも必要」(舘)という三者の発言は、期せずして今後の私たちの対応について、共通の方向性を示唆してくれていたのではないだろうか。

理論、運動論の構築が必要

森屋裕子

今回は、私の身近でも頻繁に起こっているバックラッシュについて、その背景や構造を整理し、あわせて女性学がどのような形で対峙するのか、できるのかの効果的な方策を探りたいという問題意識をもって参加した。

大会第一日目のシンポジウム「男女共同参画社会をめぐる論点と展望」では、亀田温子さん、船橋邦子さん、伊藤公雄さんによって、「教育改革」「条例制定」の現場でのバックラッシュの状況やその論理構造、背景などについての分析がなされ、現状整理に大変参考になるパネルが展開された。行政や学校、議会の現場は、「全国統一規格」の、声高なレトリックによる攻撃への対症療法的対応に追われている。そうした状況下では、攻撃の背景にある複数の流れとその実力のほどを冷静に分析し、それに基づいた対応方法を議論し、提示していくことが女性学に求められている。その点で、今回のシンポジウムは時宜を得た企画であったと思う。

しかし、内容的には、バックラッシュの構造や背景を現場の状況と有機的にからめて議論を深めていくことについては、物足りなさが残った。考えてみれば、グローバル化の中でのネオコンの隆盛ひとつとっても、事態が日々刻々動いており、その分析については幾筋もの議論が現在進行中である。パネラーの方々や参加者がそれを共有し、教育や条例策定の現場にひきつけて議論していくには絶対的時間が不足していた。

本学会には、各地の条例作りや教育も含めた男女共同参画政策の展開にフェミニズム、女性学の専門家として、行政職員として、活動家としてかかわる会員が多いと思うが、最前線での対応がせまられている今は、政策決定、実施過程におけるそれぞれの役割や立場の共通点と違いをふまえた理論、運動論の構築が必要である。二日目のワークショップ「男女共同参画推進条例づくり攻撃に対抗する」では若干試みられていたが、よりつっこんだ展開が、早急に求められていると考える。

日常の議論の中の歪みを正していこう。

松尾奈々

2003年6月、私が初めて参加した日本女性学会大会のシンポジウムのテーマが「バックラッシュ」だった。学会に参加する以前から日本における「バックラッシュ」については耳にしていたが、ここまで組織化されているとは知らなかった。2001年、私は、アメリカのオレゴン大学で女性学に出会った。 WST101(女性学基礎)で最初に出された宿題が、Susan Faludiの “BACKLASH−The Undeclared War Against AmericanWomen−”(1991) のリーディングだった。それまで女性学もフェミニズムも聞いたことがなかった私が女性学に関しては、ほぼ私と同レベルのクラスメイト達が最初に学んだのがフェミニズムがこの社会でどのように映っているか、そして、何が偏見なのかだった。それを知った上で、私たちは女性学を学び始めた。アメリカにも日本にも共通する点は、反論する側がその本質を理解することなく間違った解釈でメディアなどを媒体に反論しているという点だ。

シンポジウムの2番目のパネリストである船橋邦子さんが、行政にまつわるバックラッシュの話をされた。手渡されたレジュメに添付されていた「日本時事評論」の記事を見て、「ぎょっ!」とした。第一に見た目がとても嫌な感じで、まるで悪徳商法の紹介をしているようだった。内容をよく見てみると勘違いだらけ。勝手に男女共同参画社会の定義付けをし、それに反論している。それを見ながら、もし、私が女性学に出会う前に、この記事を読んでいたら?と想像してみた。男女共同参画の本質を知らないからこそそれが偏見なのか正しいのかどうか、見抜く力がない。だからとりあえず、男女共同参画から遠ざかるような気がする。私が現在関わっている行政でもゆり戻しが起こっている。まず、社会教育講座を企画する段階で、「タイトルに『女性』『ジェンダー』を付けてはいけない」「対象者を女性限定にしてはいけない」などと言われ、タイトルや対象者を変更する必要があり、内容がぼけてしまう場合がある。行政内部だけではなく、一般市民からも「男女共同参画」に対する抗議電話を受ける。それから日々の私生活でも、女性学を専攻しているというと、「男女平等って言うけど、元々男と女は違う生き物なのだから・・・」と始まる。そしてやはりそこでも歪んだ定義を基にした男女共同参画について批判的な意見を受ける。

シンポジウムに参加して組織化されたバックラッシュの現状を知り、自分には何が出来るか考えた。とりあえず、すぐに出来ることは、この様な日常の議論の中にある歪みを一つ一つ正していくことだと思った。

ワークショップ報告

(1)日々の活動から、女性学とのつながりを求めて

渋谷 典子

学びから実践へ、実践から研究へ。その接点を求めて、ワークショップを開催。ウイン女性企画の成り立ち、活動目的、『出口の見える循環型講座』についての説明、そのなかの『読み書き論文講座』の成果と課題について報告することからはじまった。「30年にわたってどうやってグループ活動が存続したのか」「新しい人材がなぜ参加するのか」「法人格を取った経緯は?」—参加者からのさまざまな質問や意見でテーマは広がっていった。そして、「女性学は当事者性が重要な学問であり、学び・活動・研究が一体化している」—このことを参加者とともに共有できたことを記しておきたい。

NPOで活動しているわたしにとって、日々の変化はめまぐるしい。2月にワークショップの申込をした段階では想定していなかった「名古屋市男女平等参画推進センター/つながれっとNAGOYA」(6月18日オープン)の協働運営NPOとして、名古屋市から事業を受託した経緯についてもあわせて報告。「NPOへの委託は、行政が運営することと比べると少ない予算なのでは?」「有償労働になり効率性を求めるようになると?」「活動のなかでの関係性と仕事については?」—これから事業を実施していくわたしたちにとって、有意義な質問や提言をいただくことになった。名古屋市では、NPOが施設の協働運営を受託する初めてのケース。その分野が「男女共同参画」であれば、その成果は必ず「男女共同参画社会の実現へ」とつながるはずである。新たな実践の場から、研究へ。次の一歩がはじまっている。

(2)ポルノグラフィー被害を考える〜DV、セクシュアル・ハラスメントと「ポルノ被害」

春原千咲
ポルノ・買春問題研究会

当研究会が実施した「ポルノに関連した被害についてのアンケート」調査報告をもとに、女性の人権という視点から、ポルノに関する被害と加害についての認識を深め合うことを目的におこなった。とりわけ、調査実態からドメスティック・バイオレンスとポルノ被害との関連性を中心とする報告と討論を通じて、ポルノグラフィが、女性への人権侵害であるという認識への共感が得られたことが、意義深かった。

討論の概要は、今後、当事者にとって危険のない形でどのように被害を語ってもらうことができるのかが課題となるとの重要な指摘をはじめ、痴漢冤罪を流布するメディアや性犯罪をすり抜けようとする様々な言説への批判をおこなう必要性、外国人女性が強いられている売買春の深刻な現状などについての発言があった。さらに、インターネットやデジタル・カメラ、携帯電話などの急速な普及が犯罪の温床となっている現実に触れ、不特定多数へポルノが送られてくることへの問題化が不可欠であること、「児童ポルノ」、「殺人ポルノ」への戦慄と恐怖、怒りなども語られた。

そして、ポルノが「女性への暴力」であるという事実に加え、同性愛者間のポルノによる暴力を見落とすことがあってはならないという趣旨の意見が出され、まさに「女性に対する性暴力」を問題化する中で明確にしていくべき課題として、その重要性が確認された。今回、調査協力をいただいたひとりの女性弁護士が、現場からの声として、会の依頼を受けいくつかの判例をもって参加されたことも、重要な柱のひとつとなった。「盗撮」や「のぞき」などに対する社会の甘い風潮が、そのような犯罪を助長しているという点に言及し、ポルノ視聴は単なる趣味の範疇ではないのだ、との説得力ある発言をおこなった。

今後の課題を模索していく上での貴重な場となったことと、参加者への感謝を記したい。

(3)当事者の視点で問う「DV防止法」

原田恵理子

「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律(DV防止法)」の見直しの動きのなかで、DVの被害をうけた当事者にとっての有効な援助施策など見直しの課題を探ることが、このワークショップの目的であった。

特定非営利活動法人ウィメンズ・ライツ・センターから、DVの被害者3人が参加して、それぞれの思いを語った。9年前に子どもを連れ着の身着のままで家を出てシェルターに避難したAさんは、被害者が居所を失うことが前提になっているDV防止法の問題点をあげ、「加害者の厳罰を求める。加害者を家から退去させるよう改正してほしい」「現在のDV防止法は、シェルター以後の支援策がない。女性と子どもは、家を出たあとにより困難を抱える」と、子どもへのケアもふくめたきめ細かい総合的支援策の必要性を訴えた。10代の娘を夫の元に残して家を出たBさんは、家裁調停での二次加害や、単身女性への援助施策とりわけ就労の貧困さをあげ、働く場の確保と被害者の相互支援・支えあいが、被害者支援策の中核に据えられ必要があることを強調した。国際結婚・離婚を経験したCさんは、イギリスのレフュージ(シェルター)でのサポートと比較しながら、日本では、地域での援助システムの不備がDVの潜在化や被害者の孤立化につながっているのではないかと述べた。参加者からは、内閣府や参議院の動向について、また加害者対策の効果等について質問があった。

2003年2月末に参議院共生社会調査会にDV防止法見直しのためのプロジェクト・チームが発足し、内閣府も見直しに向けての「論点整理」を公表するなど動きは活発化している。見直しのポイントとしては、被害者の権利の明記、行政責任の明記、被害者の定義の拡大、暴力の定義の拡大、保護命令制度の改善、関連法の改正、若年者への非暴力教育などがあがっているが、被害者の「声」は、届きにくい。このワークショップはささやかな試みではあるが、DV防止法の改正のみならず、今後、参加者がそれぞれの地域で、被害者とともに支援システムを模索していく契機となることを期待したい。

(4)「シングルマザー」を考える

山本 昭代

「シングルマザー」はジェンダーや家族を対象としたあらゆる分野の研究のなかでも、今日ますます比重を増しているテーマであるが、依然としてその対象は他者化され、研究者から差異化された存在として扱われがちである。このワークショップでは、母子家庭の母の当事者団体であるしんぐるまざあず・ふぉーらむの会員を中心に、シングルマザー当事者であるさまざまな分野の研究者ら5人が集った。当事者がシングルマザー研究に取り組むことを通じて、これまでの研究の問題点を検討しなおし、新たな方向性を提示することを目的とした。

まず山本昭代(社会人類学)は、欧米におけるシングルマザー研究と途上国における女性世帯主世帯研究のこれまでの流れを検証し、メキシコ先住民村においていかに「シングルマザー」が出現し、共同体の中で位置づけられるようになったかを紹介した。次の杉山直子(アメリカ文学)の報告では、アメリカ文学においてどのように「母の語り」が出現するようになり、近年「権威ある母親」「強い母親、脅威とならない父親」という新たな家族モデルが描かれるようになってきたことを論じた。さらに小林亜子(西洋史)は、16〜17世紀ヨーロッパにおいて、非嫡出子の扱いがどのように変化したか、母親と父親に対していかに異なった扱いがなされていたかを明らかにした。次いで堀田香織(臨床心理)は、これまでの母子家庭を巡る心理学研究の動向を振り返り、その問題点を明らかにするとともに、新たな視点からの母子家庭研究の必要性を提起した。最後に赤石千衣子(しんぐるまざあず・ふぉーらむ理事)は、日本の母子家庭の当事者運動の歴史を振り返り、戦後の母子福祉制度の確立に当事者からの積極的な働きかけが大きな役割を担っていたことを示した。

このように多岐にわたる分野でそれぞれに異なった視点からの研究であるが、いずれも主体としてのシングルマザー自身のダイナミクスに着目している点が興味深かった。しかし時間的な制約のため議論を十分に深めるには到らず、今後とも研究会などの形で継続していきたいと考える。

(5) 男女共同参画推進条例づくり攻撃に対抗する

出納いずみ、斎藤周、橋本ヒロ子、内藤和美

1)、2)、3)の3報告を踏まえ、57人の参加者とともに意見を交換した。

1)「男女共同参画推進条例づくり攻撃に対抗する」−千葉市、千葉県の場合

「千葉市条例」は当初、素案を公表しない方針の行政側が、市民、一部議員の抗議で素案公表となり、「女らしさ、男らしさ」「家族を中心に」が突然入ったことがわかり、抗議活動をし、削除された。素案の公表は不可欠。「千葉県条例案」は県民参加で1年半をかけたが、自民党が「性別にかかわりなく」「性の自己決定権」をはじめ多くの部分に反論を展開し、継続審議を繰り返し、最後は自民党案の提出となったが、両案とも廃案となった。6月議会でのゆくえは不明。議会の勢力構成は重要である。

(出納いずみ)

2)前橋市での条例制定経過を振り返る

群馬県前橋市の条例(3月の市議会で全会一致で可決成立)の制定経過を紹介した。反対運動が強まる中で制定にこぎつけることができた要因として、協議会(市民15名で構成)が熱心な議論を積み重ねて市長に提言を提出したこと、しっかりとした姿勢の事務局が協議会提言を尊重して庁内の調整にあたったこと、市長が前向きの姿勢であったこと、市議会に強硬に反 対する議員がなく、疑問をもつ議員も市長与党の一員として賛成したこと等があげられた。

(斎藤 周)

3)条例制定におけるバックラッシュの概況と対応

2003年3月に制定されたさいたま市と朝霞市の条例を紹介し、全国的なバックラッシュの傾向分析と影響を少なくするための対策を報告した。さいたま市条例は、最大会派の女性議員、市民グループ、行政担当者の連携により、反対派が意図した内容にならなかった。リプロも表現を変えて入った。一方朝霞市では、案より後退したものの特徴的な事業評価などが条例に入ったが、担当者は交代し条例案策定に貢献した市民・専門家が審議会に入らず条例実施の継続性が困難になった。

(橋本ヒロ子)

会場からは、「法律・条例など制度ができることに焦点をあてて活動することもさることながら、そこからあるいは別のかたちでどのような活動を展開するかが大事だ」、「攻撃する側のインターネットを通じた発信は上手で人を引きつける。インターネットによる発信をもっと工夫・活用してはどうか」、「ネットワークこそが力である」などの意見が述べられた。こうした情報・意見の交換の場を密に積み上げていくことの大切さを確認したワークショップであった。

(内藤和美)

■個人研究発表

信楽町の共同参画への取り組み 寿崎かすみ
「教育とジェンダー」に関する意識調査
—同志社女子大学卒業生対象の調査研究より
三宅えり子
作られた自爆攻撃者の母親像?
—パレスチナ滞在から見えてきた虚像
清末 愛砂
バングラデシュにおける「女性への暴力」を考える
—新聞報道と現地芸術家によるアートの考察
水野 桂子
ICTとジェンダー 國信 潤子
活用事例調査から見たNPO/NGOにおける女性のICT活用事例とその傾向 松浦さと子
セクシュアルマイノリティが照射する人権教育の課題
—大学教育実践「同性愛者と語る会」の視点
吉田 和子
下田歌子の社会構想と「手芸」 山崎 明子
ポルノグラフィー(アダルトビデオ)とフェミニズムの距離感 矢島 千里
メディアの中の「ロリータ」
—日本における「ロリータ」構築をめぐって
須川亜紀子
日本の新聞におけるピルの報道にみるジェンダー観の分析
—80年代半ば以降を中心に
アナリア・ヴィタレ
性犯罪裁判を読む—ある強姦事件の事例から 牧野(博田)雅子
法律学における婚外子の問題化過程
—商業誌の記事分析から
橋本マコト

■「少子化対策基本法」に対する意見書

日本女性学会は、「少子化社会対策基本法案」に対し、6月7日の総会出席者一同で、下記の「要望書」を、衆議院内閣委員会に提出することを決議した。6月12日(木)衆議院本会議で可決されたのちも、参議院内閣委員会に同文の要望書を提出した。しかしながら7月22日(火)には参議院内閣委員会で可決され(付帯決議つき)、参議院本会議で成立した。

「少子化社会対策基本法案」に対する要望書

2003年6月3日
日本女性学会総会出席者一同

今国会に再上程された 「少子化社会対策基本法案」に対し、日本女性学会では、6月7日の総会において、以下の理由から、法案の慎重審議を決議し、ここに要望書を提出する。

I.「女性の人権」を尊重した立案の必要性

「少子化社会対策基本法案」(以下法案と略す)は、少子化を「21世紀の国民生活に深刻かつ多大な影響を及ぼす」とする現状認識から作成され、その基本理念には、「家庭や子育てに夢を持ち、子どもを生み育てるための環境整備」を講ずるとある。しかしながら、本法案は、妊娠、出産、育児により多大な影響をうけることが多い女性の立場を十分に考慮した立案となっていない。本法案においても位置づけられている男女共同参画社会基本法、世界的には国連の女性差別撤廃条約等の基本理念となっている「女性の人権」を重視した観点が希薄と言わざるを得ない。特に、1994年のカイロ人口会議以降、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)は、産む、産まないまたは産めない女性の人権を重視して国際的に合意形成された理念である。少子化社会対策にあたっては、女性の多様な生き方の自己決定や選択可能性を認め、不利益を被らないような施策が、最も重視される必要がある。

II.母子保健医療体制充実の項目検討

法案は、基本法であるにもかかわらず、不妊治療の規定が別項に規定され、突出している。現在生殖医療技術の利用に対する法の制定準備作業が進められており、いまだ国民の間で十分な議論がなされないままである。生殖補助医療は、不妊原因が男性にあっても女性が治療の対象になるものであり、特に、日本のように、女性に子どもを産むことを求める家族・親族・社会の圧力の存在が否定できない社会においては、慎重にこの問題に取り組んでいくべきである。また、正常出産の場合は、健康保険が適用されず自己負担となっており、費用は非常に高額であることから、現在の正常出産に対する助成や周産期医療の不十分さを是正することを盛り込むことが必要である。現在の母子保健医療体制をめぐっては様々な問題点があるので、十分な検討のうえ、妊娠と出産に関するサービスの提供の充実を図るべきである。

III.出産・育児の負担を軽減する環境整備政策の重要性

少子化の原因分析を十分検討し、子育て環境整備の具体化を盛り込んだ観点を重視すべきである。内閣府が行った「社会意識に関する世論調査」(2002 年)において、「理想の子ども数」を2人、3人と答えた人は合計8割以上であった。人口問題審議会の「少子化に対する基本的考え方について」(1997 年)では、少子化の要因を「育児の負担感、仕事との両立との負担感、教育の経済的負担」と分析している。「厚生白書」(1998)でも子育て支援策として、仕事と家庭の両立支援策をあげた女性が多かった。少子化に関わるこのような分析をもとに、具体的かつ適切な対策を法案に反映させることこそが重要である。

IV.両性による育児の共同責任及びひとり親家庭の支援等の明文化

施策の基本理念における子育て責任については、国が父母その他の保護者の養育を援助する等の責任を負うことを盛り込むべきである。少子化の原因の一つが育児の負担感と仕事の両立の困難にあることは上述のとおりであるから、子育てについて国が個人を援助する等、国にも責任があることを明記すべきである。このことは、「子どもの権利に関する条約」、ILO156号条約、同165号勧告、男女共同参画社会基本法等で明記されている。また、婚外子やシングルペアレントなどのひとり親家庭の支援についても重点を置く必要がある。さらに、教育、啓発に関して規定するのであれば、少子化社会にあって、女性と男性の多様な人生選択を可能にする男女共同参画社会形成のための教育、啓発を規定すべきである。

V.地球規模で「人口問題」を考慮する必要性

地球規模で考えるならば、「人口増加をいかに抑制するか」が、人口問題の課題となっている。日本を含む先進諸国のエネルギー消費は、人口増の途上国を遙かに上回っており、人口と環境の関係は、単なる人口数ではなく、一人ひとりの地球環境に対する重みの問題であることが確認されている。しかしながら、この法案には、日本という限られた国家のみを見て、かつ少子化を有史以来の未曾有の深刻な事態と把握することを前提にしている。日本という地域を対象にするとしても、自国の出産奨励のみではない、より広範な視野にたった考察が不可欠である。本要望書は、法案自体を全面的に否定するものではないが、上記のような重大な問題点があるので、今国会での成立は見合わせ、慎重な議論を求めるものである。

連絡先:日本女性学会事務局
(千葉県市川市南八幡1-16-24)

■会員の活動

著 書
杉田聡 『レイプの政治学—レイプ神話と「性=人格原則」』  明石書店 2003

女性学・ジェンダー論 関連科目についての調査への協力の依頼

独立行政法人国立女性教育会館情報課より以下のような依頼がありましたので、掲載します。

当国立女性教育会館では、全国の高等教育機関における女性学・ジェンダー論関連科目についての調査を行っております。これは、全国の大学・短期大学より最新データを収集し、これらの科目の開講状況をWEB上データベースとして広く一般に公開することを趣旨とするものです。しかしながら、例年、調査漏れの指摘、データ追加の要請等を頂いておりますので、関係者の方々に貴学会からも広報にご協力くださいますようお願い申し上げます。

そこで、たいへん恐縮でございますが、貴学会のニューズレターやWEBページ、メーリングリスト等の媒体を通じて、女性学・ジェンダー論研究者に対して調査への協力を呼びかけていただけませんでしょうか。当館からの依頼文を添付ファイル“joseigaku.txt”としてご用意させていただきましたので、ご活用いただければ幸いです。

ご承知のように本データベースは、継続的に実施している唯一のものであり、網羅的にデータを収集し、充実整備を図りたいと考えております。

なお、昨年度までの調査結果につきましては、当会館のWEBページhttp://www.nwec.jp/の「女性学・ジェンダー論関連科目データベース」もしくは「女性学科目DB」の項目をご覧ください。今年度の調査につきましては、6月24日をもちまして調査依頼を各大学・短期大学に送付いたしました。

ご多忙のところ恐れ入りますが、何とぞ本調査の趣旨をご理解いただき、ご協力を賜りますようお願い申し上げます。

独立行政法人国立女性教育会館情報課

公募のお知らせ

 

中京大学 女性学専任教員公募

学  部・研究科 教養部
職  名・人数 教授、助教授または講師1名
担当科目 全学共通科目の女性学およびその関連科目
応募資格
(1) 女性学/ジェンダー論関連領域で博士号を取得、あるいはそれに準ずる研究業績を有する者。狭義の女性学にとどまらない研究領域を持つことが望ましい。
(2) 生年月日が1965年4月1日以降であること。
(3) 採用後、勤務地近辺に居住できる者。 採用時期 2004年4月1日
応募締め切り 2003年9月22日(月)必着
提出書類
(1) 履歴書 (市販履歴書用紙に準ずる書式。写真貼付)  1部
(2) 研究業績目録 1部
(3) 主要研究業績5編以内の要旨(各1,000字以内) 1部
(4) 着任後の研究計画と教育の抱負(各1,000字以内) 1部
選考方法 教養部教授会において審議決定する。
書類提出先
〒468-8666 名古屋市昭和区八事本町101−2
中京大学 教養部長 桑村哲生 宛
電  話 052-835-7181(教養部事務室)
※封書に「教養部『女性学』教員公募書類在中」と朱筆し、書留で郵送すること。
その他
(1) 提出書類された応募書類は返却いたしません。
(2) 一次審査通過者には、研究業績10編以内の現物、または写しをお送りいただきますので、あらかじめご用意ください。
(3) 二次審査通過者には、健康診断書をご提出の上、面接に望んでいただきます。

安倍フェローシップ  個人研究プロジェクト公募

国際交流基金日米センター(CGP) と米国社会科学研究評議会(SSRC)が共催する安倍フェローシップ・プログラムは、社会科学分野の個人研究プロジェクトを公募しております。締め切りは9月1日です。
安倍フェローシップ・プログラムの詳細につきましては、
http://www.ssrc.org/fellowships/abe あるいは
http://www.jpf.go.jp/j/region_j/cgp_j/intel/abe/index.htmlをご参照下さい。
米国社会科学研究評議会(東京事務所)
代表 フランク・ボールドウィン
戸田 拓哉

ニューズレターへの投稿・研究会企画の募集

*今年度大会シンポジウムのテーマ〈「男女共同参画」をめぐる論点と展望〉に関するご意見をお寄せください。
締め切り: 10月10日
宛先: 牟田(次号担当)

*研究会企画を随時募集しています。学会から補助が出ます。
希望者はお問い合わせください。
細谷(研究会担当)

投稿日: 2003年7月1日 カテゴリー: NewsLetter

NewsLetter 第94号 2003年5月発行

日本女性学会NewsLetter

(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)

女性学会ニュース第94号[PDF] 2003年5月発行


 

学会ニュース
日本女性学会  第94号 2003年5月

2003年 日本女性学会大会

日 時 2003年6月7日(土)・8日(日)
会 場 十文字学園女子大学
〒352‐8510 埼玉県新座市菅沢2‐1‐28
tel: 048-477-0555 fax: 048-478-9367
共 催 十文字学園女子大学 女性と情報研究センター
参加費 非会員:1000円
会員および十文字学園女子大学学生:無料
プ ロ グ ラ ム
第1日 第2日
12:30 受付開始 9:30 受付開始
13:30〜16:00 シンポジウム 10:00〜12:30 個人研究発表
16:30〜17:30 総会
(総会の間、懇親会出席の非会員向けに別室でヴィデオ上映)
13:30〜15:30 ワークショップ
18:00〜20:00 懇親会

2003年大会シンポジウム

「男女共同参画社会」をめぐる論点と展望

コーディネーター 舘 かおる(お茶の水女子大学教員)

1999年の男女共同参画社会基本法制定後、2000年6月、日本女性学会は、シンポジウムのテーマに「フェミニズムと政治権力」を掲げた。コーディネーターの大沢真理氏は、趣旨説明文に「フェミニズムの一定の制度化にたいして保守派はいらだちを隠さない。改憲派やいわゆる自由主義史観派は、フェミニストを家族の破壊者と見立てて悪罵の声を高めている」と記した。そして3年後の現在、男女共同参画及びフェミニズムへのバッシングの言動はますます激化し、地方議会で男女共同参画の主旨に反した条例の制定がなされている。こうした動向に対し、日本女性学会は、2002年11月「男女共同参画をめぐる論点研究会」を立ち上げ、状況把握と論点整理に努めた。そして、男女共同参画への典型的な批判例をとりあげ、『Q&A—男女共同参画をめぐる現在の論点』(『学会ニューズレター号外(2003年3月)』)を刊行した。
こうした活動の上に、今回のシンポジウムでは、母体保護法、民法改正、国旗・国歌法制定時から顕在化し、新しい歴史教科書を作る会の慰安婦記述等の削除、女性戦犯国際法廷報道改ざん問題、有事関連三法の法制化、教育基本法改定、憲法改定へと進んできた動向が、どのような関係の下に存在しているかを構造分析し、男女共同参画及びフェミニズムへのバッシングや揺り戻しへどう対応するかについて議論を行うことが不可避であると判断し、開催を意図した。さらに、この今日的状況にフェミニズム、女性学がどのように対峙し、今後の女性学を構築していくかを議論することも射程にいれている。
シンポジストの報告概要は以下のとおりである。このほかに状況把握に役立つ関連文献リストの配布と参加者からのコメントも予定している。

(文責 舘)

シンポジストと発題テーマ

◇条例制定をめぐるバックラッシュ再考

船橋邦子 (和光大学教員)

大阪府の条例策定検討委員として、千葉県平等条例ネットのメンバーとして条例策定に運動にかかわってきた立場から以下のような視点からバックラッシュの動きを検討する。
千葉県議会において、周知のように条例検討専門部会、自治体、県民の協力により作成された条例案は、廃案となった。この間の反対派との抗争のなかで、彼らの主張は、フェミニズム、男女共同参画にたいする必ずしも無理解、曲解から生じているのではないことが明確となった。いや、むしろ、彼らの家族経営協定、性的自己決定権、性教育の推進の否認は、家族の絆論やプロ・ライフ派など保守派と結びついたネオ・コンサーバティブの世界的な潮流と同様の国家主義的な右傾化の流れに位置付けられる。従って、バックラッシュは極めて政治的問題であり、有事法制や住基ネット、教育基本法改悪などの動きと男性支配の強化との関係をフェミニズムの視点でいかに分析するのかが今回の課題ではないかと考えている。その意味で条例制定に向けてわれわれが主張してきた内容の再検討も求められるだろう。

◇教育改革と男女共同参画バックラッシュ

亀田温子 (十文字学園女子大学教員)

男女共同参画に対するバックラッシュが進む中で、「学校」はどのような装置として機能させられていくのだろうか。これまでの学校のかかえる問題、こどものかかえる問題を解決しないまま、教育改革により学校は階層やジエンダーを再生産する機能がより強められ、一方では心理主義化により社会とのかかわりやつながりをもつ力を希薄にしていく動きがある。さらに学校改革による教師をささえる集団がどのように抑圧構造へと変化しているのか、バックラッシュによる動きを教育・学校を通して探る。

◇バックラッシュの構図

伊藤公雄(大阪大学教員)

時代の転換点ともいえる大きな変化のなかで、近年、保守派の急速な台頭が国際的にも目立って広がりつつある(イラク戦争の「原動力」であったアメリカ合州国のネオ・コンサーヴァティヴは、その最も典型的な例だろう)。

日本社会においても、「新しい歴史教科書を作る会」の運動にみられるように、イデオロギー的諸集団と一部メディア、さらに保守的政治勢力の連携による「反動的」といっていい動きが目立ちつつある。この動きは、人々の多様な価値観や生活スタイルの広がりを、ある「ひとつ」の固定的な観点に立脚して反動的に押し潰そうとする傾向をもっているという特徴がある。しかも、そこには、「対話」による問題解決ではなく、性急な「力」の論理がつねにともなっている。さらに、コケンやメンツといった、自らの空虚さを強がりやこけおどしで抑圧しようという<男らしさ>の論理が、しばしば見え隠れしているのも事実である。

その意味で、こうした保守派の動きが、ジェンダー平等への運動に対するバックラッシュと結びつくのは必然だっただろうと思う。ジェンダー・バイアスをともなう固定的で抑圧的な社会構造を、一人ひとりの多様性の承認に向かって開いていこうというジェンダー平等への動きは、あらゆるものを固定的な論理(そこには明らかに男性主導というイデオロギーが含まれている)のもとへと統合しコントロールしようとする保守派の人々にとって、何よりも我慢がならないものだからである。

本報告では、社会の大きな変化の流れを見据えつつ、こうしたジェンダー平等へのバックラッシュの動きを中心に、そこで語られている言説の特徴や運動の構図を読み解いてみたいと思う。

個人研究発表

第1分科会 司会:内藤和美

(1) 信楽町の共同参画への取り組み

寿崎かすみ

現在、滋賀県の信楽町では2003年度末に男女共同参画条例を策定するための準備を進めている。信楽町は、やきものと農業、そしてゴルフ場が主な収入源であり、昔からの町内会組織、婦人会組織が残っている。また同和問題が政策課題として掲げられる土地柄でもある。このような町で、町民の意識を草の根から変えるために、実効性のある条例を作る作業がすすめられている。筆者はこの条例づくりに、地元の有志とともに委員として関わっている。この、信楽町のとりくみについて報告する。

(2)「教育とジェンダー」に関する意識調査:同志社女子大学卒業生対象の調査研究より

三宅えり子

当研究は同志社女子大学研究プロジェクト「教育とジェンダー」の一環として行った意識調査にもとづいている。卒業生182名の対象者から、ジェンダー意識、就業状況、大学生活、建学の精神、教育理念、個人データについて得た回答をSPSSで統計処理し、分析を行った。
60項目の質問をそれぞれ集計した上で内容により年代別、就業グループ・無就業グループ別で様々なクロス集計を行い、大学教育の成果と就業状況とジェンダー意識の重層的相関関係の分析を試みる。この調査研究は男女共同参画社会実現に寄与するための高等教育における女性教育のあり方を考察することを目的としている。

第2分科会 司会:新田啓子

(1)作られた自爆攻撃者の母親像? パレスチナ滞在から見えてきた虚構

清末 愛砂

イスラエルによるパレスチナ自治区への軍事占領は、その過酷さを増す一方、その占領の産物として、自爆攻撃による抵抗を試みるパレスチナ人の若者たちが、少数ながら生まれてきた。「テロリスト一掃作戦」を標榜するイスラエルにとって、自爆攻撃は、自らの軍事占領を正当化するための格好の材料となり、「パレスチナ人=テロリスト」像がますます浸透しつつある。その過程の中で、パレスチナの母親たちは、「自らの子どもを自爆攻撃に送り込む血も涙もない母親」あるいは、「自爆攻撃を率先して推進する母親」として描かれるようになってきた。

私は、2002年7月中旬から11月中旬にかけて、ヨルダン川西岸地区ナブロス近郊のバラタ難民キャンプに滞在した。同キャンプでの滞在を通し、自爆攻撃者の息子を持つ3人の母親たちと交流を重ねてきた。本研究発表では、彼女たちとの会話・交流を通して見えてきた「自爆攻撃者の母親」像の虚構を分析し、そのカウンターイメージを打ち出していきたいと思う。

(2)バングラデシュにおける「女性への暴力」を考える
—新聞報道と現地芸術家によるアートの考察

水野 桂子

バングラデシュでは、統計や新聞報道等メディアに現れる数以上に、実際には「女性への暴力」は非常に多いとこちらでの開発と女性(WID)に関する仕事を通じて推測できる。今回の報告では地元英字紙・ベンガル語紙における「女性への暴力」の報道の切り抜きと、及び芸術家による直接的な表現から、暴力の背景や実態について紹介・分析し、各国で共通する女性への抑圧の問題を考察する。

第3分科会 司会:田中和子

(1)ICTとジェンダー

國信 潤子

ICTの活用が女性をエンパワーするにはどのような対応、施策が必要かを探求することが今回の調査の主旨である。
アンケート調査からみえた活用状況:地方自治体による女性関連施設、民間組織でジェンダー平等化を促進を主旨とする組織、大学関連図書館そして女性学等研究所などに絞ってアンケート調査の結果を紹介する。国信は調査の全体構造と、女性学関連研究所、施設の活用状況について報告する。民間組織等における活用状況については松浦が報告担当する。
また国際比較としてタイ、スェーデンにおいて事例調査を実施、その結果と、先行資料調査等により、国際的に ICT 活用のジェンダー格差について今後の対応と課題を考える。

(2)活用事例調査から見たNPO/NGOにおける女性のICT活用事例とその傾向

松浦さと子

1980年代のコンピュータは男性優位の職場環境において、女性が「支配」され、「省力化」される道具であったが、1990年代以降におけるコンピュータ利用は、インターネットとの接続によりコミュニケーション利用の範囲が拡大し、女性にとって「連帯」、「創造」の手段として非営利目的に活用される事例が急増している。
そして、能動的に組織やネットワークを構築することのできた女性たちが経験や知識を分け合い、社会に働きかけ政策提言を行い、現状を変革することに成功しているケースが少なくない。
女性がICTを使いこなすことで、情報社会において可能性を拡大する一方、限界や障害がどのように現れているのかをも並行して報告する。

第4分科会 司会:舘かおる

(1)セクシャルマイノリティが照射する人権教育の課題
−大学教育実践「同性愛者と語る会」の視点−

吉田 和子

岐阜大学教育学部の教育実践学・教育実践学特論の公開授業「同性愛者と語る会」、その大学教育実践の視点と同時に、セクシュアルマイノリティが照射する人権教育の課題を検討するとともに大学教育実践の課題をも提起したい。

セクシュアルマイノリティが照射する人権教育の課題

  1. 不可視化から可視化へ−microと macroの politicsの顕在化
  2. 異性愛強制の再生産と家族・学校の共犯的重層差別
  3. 差別の複合性と弱者のままで存在することの意味を問う人権教育
  4. 分断のない性と生をいきる人権教育へ

(2)下田歌子の社会構想と「手芸」

山崎 明子

下田歌子は、近代日本の代表的な女子教育のイデオローグである。下田は、宮中出仕、イギリス留学、婦人会組織さらに実践女学校の設立等の経歴を経て、儒教思想及び社会階級制度、さらにジェンダー・システムを巧妙に利用して、近代国家における女性役割を確定することを目指していた。この近代的な女性統御には、皇后を頂点とし、「主婦」を中核とし、さらには女工や下婢等の下層の女性たちを底辺とするピラミッド型のヒエラルキーが想定されており、上から下へと「感化」する回路が下田自身によって構想されていた。
本発表では、この「感化」のシステムについて論及するとともに、その具体的な方策であった「手芸」を取り上げる。「手芸」は下田の主張する「実学」として重視されており、その目的は女性を精神的・身体的に統御していくことにあったと考えられる。
以上の点を、下田が著した二冊の手芸テキストの分析を通じて明らかにする。

第5分科会 司会:船橋邦子

(1)ポルノグラフィー(アダルトビデオ)とフェミニズムの距離感

矢島 千里

アダルトビデオの一部表現が女性に対する暴力と権利の侵害であると、いくつかの女性団体が何回となく抗議行動を起こしている、にもかかわらず訴えられた監督や会社は、それを逆手にとってメディアをバックに、更に周到に制作や販売を行い、最近では、勢いに乗ってメジャーに売り込み、関連本は一般書店の店頭に平積みされるようにまでなっている。そしてそのなかで「ヒステリックにポルノを批判し自由な表現を規制しようとする人達=フェミニスト」と繰り返し発言している。しかし、振り返って女性達はこの業界のどこまでを知り、どうしたいというのか。この半年間で50本のアダルトビデオを視聴し、製作者との面談のなかで考察したものを発表してみたい。

(2)メディアの中の「ロリータ」—日本における「ロリータ」構築をめぐって

須川亜紀子

「ロリータ」は1960年代にロシア人亡命作家ウラジーミル・ナボコフの小説『ロリータ』から名づけられ、日本では「ロリータ」とは、「青年・中年男性の性的対象物としての10代の少女」の意味合いが持たされ、また「ロリータ・コンプレックス」(略して「ロリコン」)は、青年・中年男性が成熟した女性に性的興味を持たず/持てず、10代(特にローティーンを指す場合も多い)の「少女」に性的興味を抱く「症状」として意味されることが多い。
この発表では、小説のプロットから外れて、他国には見られない「ロリコン」という日本での使われ方をめぐって、80年代のビデオの普及と幼児殺人事件をきっかけにした「ロリータ」をめぐるメディアの言説の分析と、存在しないものを表象し、反復することで根拠をもってしまうメカニズムを、いわゆる「(恋愛)育成シュミレーションゲーム」や幼児・ローティーン向け TV アニメにおける少女表象を例にとって解明する。そこには、ターゲットとされる男性ユーザーの少女育成への欲望、幼児・ローティーン少女視聴者の構築された欲望とその反復があると思われる。

(3)日本新聞におけるピルの報道にみるジェンダー観の分析—80年代半ば以降中心に

アナリア・ヴィタレ

本報告の目的は経口避妊薬(ピル)に関する80年代半ば以降の新聞記事を手がかりにして、日本のジェンダー観について検討することである。新聞には55年からピルに関する記事が登場するが、とりわけ80年代半ば以降のそれは、ピルを医学的な問題としてではなく、さまざまな観点から取り上げることになる。こうしたピルについての記事の分析からは、(1)ピル=女性権利(2)ピル=性の乱れ(3)ピル=男女不平等関係(4)ピル=ホルモンに対する恐怖というディスコースが存在しているということが明らかになった。分析の対象とした記事は85年から99年(ピルの認可された年)までの読売新聞、毎日新聞、朝日新聞、日本経済新聞に掲載されたピルに関する150件あまりの記事である。

第6分科会 司会:戒能民江

(1)性犯罪裁判を読む—ある強姦事件の事例から—

牧野(博田)雅子

従来よりフェミニズムは、主に、条文や判決文、被害女性の扱われ方を対象として、性犯罪裁判の分析を行い、刑事司法の男性中心主義性を批判してきた。その批判を実際的な改善につなげるためには、公判廷における言説や事件記録も分析の対象とし、より厳密に刑事司法の問題点を指摘することが必要であると思われる。
発表者は、2001年12月より、ある強姦事件の加害者及び関係者に対する聞き取りを行い、当該裁判に関しても、公判傍聴や事件記録の分析等の詳細な調査をする機会を得た。本発表では、裁判における調査を通して見えた、刑事司法が前提とする「性犯罪本能説」や犯罪の独占、男性による女性所有の思想、女性に対する一方的な価値観の強要や性のダブルスタンダードといった、被害女性を貶めるばかりか、性犯罪を生み出す社会文脈を強化する恐れのある問題を指摘し、男性中心主義を批判すると共に、システムの改善へと繋がる方法を模索したい。

(2)法律学における婚外子の問題化過程—商業誌の記事分析から

橋本マコト

近年、日本の家族問題論において「夫婦別姓」などと共に活発化している議論のひとつに、「婚外子差別」の問題がある。「婚外子差別」に関する一連の議論(以下、婚外子問題言説と呼ぶ)は、両親が法律婚をしていないために「非嫡出子」という法的地位を与えられた人々に発生する法制度上の処遇を「差別」であるとして問題化してきた。
一見してわかるように、婚外子問題言説の問題枠組みは、法律学的な知によって強く規定されており、法律学分野においても非嫡出子「差別」をめぐる活発な議論が行なわれている。問題になっている法制度上の処遇は、現行民法の下で一貫して行なわれてきたものである。
だがしかし、法律学分野において、ごく最近まで社会問題は存在してはいなかった。従来の議論の枠組みは、あくまでも認知手続きなど実務上の問題あるいは当事者間のコンフリクト調整の問題であり、「差別」という社会問題ではなかったのである。にもかかわらず、このような非嫡出子の問題化について、そのプロセスを社会学的に検討する作業は、これまで行なわれてこなかった。そこで本報告は、法律学分野における非嫡出子をめぐる議論を検討し、法律学における婚外子の問題化過程を明らかにするとともに、「差別」問題化を支えているロジックを析出することを目的とする。

ワークショップ

(1)日々の活動から、女性学とのつながりを求め
〜『差異の政治学』をテキストとした「読み書き論文講座」の報告〜

渋谷典子(特定非営利活動法人ウイン女性企画)

男女共同参画社会の形成を第一の目的としている特定非営利活動法人ウイン女性企画(以下、ウイン女性企画)の日々の活動と、女性学とのつながりを考えることを目的とする。
その方法として、ウイン女性企画が2002年11月から実施している主催講座「読み書き論文講座」を取り上げる。この講座は、『差異の政治学』(上野千鶴子・著、岩波書店)をテキストとし、月に1回実施し、全6回(現在は、3回が終了)の参加型講座である。参加者はテキストの論文を読み深めつつ、日々行っている自分自身の活動を軸とした論文を書き進めていく作業を行っている。
ワークショップでは、講座の報告とともに、「学びから実践へ」「実践から学びへ」女性学をとおして、そのつながりと発展について考えていきたい。また、「誰が語るのか」についても考えていきたい。

(2)ポルノグラフィ被害を考える
〜DV、セクシュアル・ハラスメントと「ポルノ被害」〜

春原千咲、ポルノ・買春問題研究会*

ポルノグラフィをめぐる問題は、ポルノ制作過程における人権侵害のみならず、殺人、レイプ、ドメスティック・バイオレンス、セクシュアル・ハラスメント、子ども性虐待など様々な問題と深く関わっている。しかし現状では、ポルノに関わる被害は認識されにくく、このことがさまざまな性犯罪、被害に対する取り組みの一つの障壁となっていると思われる。
当会が昨年実施した「ポルノに関連した被害についてのアンケート」調査報告、相談機関など専門職の方々とパネルディスカッションをおこなう中で、参加者と共に「ポルノ被害」「加害」についての認識を深め合い、「女性に対する暴力」に対するより包括的な取り組みの方途を探る場としたい。

*「ポルノ・買春問題研究会」APP研—Anti Pornography & Prostitution research group)とは:
 現在、”ポルノや売買春は当事者の「合意」のもとに行われるのでとくに問題はない”という議論(性的リベラリズム)が大手を振ってまかり通っています。ポルノ・買春問題研究会(APP研)は、こうした議論を批判しつつ、女性の人権・性的自由・性的平等を擁護するフェミニズムの見地から、ポルノ・買春問題をはじめ、セクシュアリティをめぐるさまざまな問題を研究することを目的として、複数の研究者および運動家によって1999年12月に結成されました。

(3)当事者の視点で問う「DV防止法」

原田恵理子

2001年4月に「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律(DV防止法)」が成立し、ドメステイック・バイオレンスに関する社会の認識は、一定変化してきたが、被害者への援助施策は十分とは言い難く、二次被害も後を絶たない。今年はDV防止法3年後の見直しの時期にあたる。参議院共生社会調査会は、2003年2月末から見直し作業に着手し、各都道府県やNGO等の意見を求め、今年秋にも見直し法案は国会上程される模様である。このワークショップでは、DVの被害を受けた当事者から問題提起をうけ、DV防止法の課題、有効な援助施策などを考える。

(4)「シングルマザー」を考える

赤石千衣子、小林亜子、杉山直子、堀田香織、山本昭代

今日「シングルマザー」は、経済や人口移動のグローバル化が進む中で、世界的にその数を増やしている。しかし性別分業や男女の賃金格差は依然として根強い一方、社会政策のさらなる後退のなかで「自立」を強いられているのも、日本、米国をはじめとする多くの地域でみられる傾向である。
「シングルマザー」は、今日の世界が抱えるジェンダー化したさまざまな問題を、もっとも鮮明な形で引き受けている存在であるといえる。だが「シングルマザー」はその周縁性のゆえにステレオタイ プ化され、問題視されるのみで、「主体」としての「シングルマザー」が語られることはほとんどなかった。
このワークショップでは、これまでの「家族」と「シングルマザー」を巡る研究の問題点とあらたな位置付け、今後の研究の方向の可能性を、学際的に検討する。特に、「研究される対象」としてだけではなく、「発言する当事者」としてのシングルマザーに注目することが目的のひとつとなる。

(5)男女共同参画推進条例づくり攻撃に対抗する

斎藤周、出納いずみ、船橋邦子、橋本ヒロ子等

男女共同参画推進条例づくりが全国的に広がり始めた2001年暮ごろから、反対派からの攻撃がひどくなった。特に促成ではなくじっくり時間をかけて優れた内容の条つくりをしている自治体における攻撃が強い。条例制定をした自治体は急増したが、条例づくりは危機的状況にあるといってよい。このような攻撃に対して、男女共同参画社会の実現を推進する立場にあるものは、どのように対抗していくか。日本女性学会が2002年から開催した3回の研究会成果も踏まえ、千葉市、千葉県、前橋市、埼玉県朝霞市、さいたま市など地域での実情報告などをもとに今後の対策を検討する。

■会員の活動

著書

佐藤千登勢 『軍需産業と女性労働—第二次世界大戦下の日米比較』 彩流社
2003
村尾祐美子 『労働市場とジェンダー』 東洋館出版社
2003
M. ジャコーバス/E. F. ケラー/S. シャトルワース編
田間泰子・美馬達哉・山本祥子監訳
『ボディー・ポリティクス−女と科学言説』 世界思想社
2003
河地 和子 『自信力はどう育つか』 朝日新聞社
2003

■大会案内

* 懇親会のご案内

会場:十文字学園女子大学カフェテリア
参加費:4000円
5月31日までに、以下へ「懇親会申し込み」の件名でお申し込みください。
お名前と連絡先を忘れずにお書きください。
e-mail: gender●jumonji-u.ac.jp (●を@に書き換えてください)
fax: 048-478-9367
十文字学園女子大学 日本女性学会大会事務局

* 大会期間中の有料保育のご案内

日本女性学会大会中有料で保育を行います。地域の子育てネットワークにお願いします。時給900円で最低2名からお願いできます。保育料は子どもの人数で割ります。それにおやつ代100円、傷害保険掛け金154円(子どもの人数が3人以下の場合は、500円を人数で割った金額です)が必要です。
希望者は5月15日までに、以下へお申し込み下さい。
申し込み先:e-mail: gender●jumonji-u.ac.jp (●を@に書き換えてください)
申し込みのさいに、次の5項目を明記してください。
(1)保護者氏名、(2)保護者連絡先、(3)お子さんの氏名(ふりがなもつけて)、(4)お子さんの年齢、(5)大会期間(6月7日13時〜17時30分、8日9時40分〜15時40分)の間の、保育を希望する時間帯

* 大会会場へのアクセス

十文字学園女子大学(http://www.jumonji-u.ac.jp/univ.htm)
〒352-8510 埼玉県新座市菅沢2-1-28
tel:048-477-0555 fax:048-478-9367
JR武蔵野線 新座駅下車、徒歩8分
東京方面からは、東武東上線で池袋から朝霞台(急行18分)、JR武蔵野線に乗り換え北朝霞経由で新座(3分)
・JR埼京線武蔵浦和乗り換え、JR武蔵野線新座(12分)
・JR中央線西国分寺から新座

* 宿泊のご案内

池袋から大学までの電車の乗車時間は30分、徒歩を入れると40分です。池袋、新宿に宿泊されても便利です。会場近くでは、JR北朝霞駅(東武東上線朝霞台駅)あたりが便利です。北朝霞駅そばのホテルを一ヶ所ご紹介しておきます。
シティ・イン北朝霞
tel:048-487-1711  fax:048-487-1713
シングル1泊:6000円ダブル、ツインもあり。

投稿日: 2003年5月1日 カテゴリー: NewsLetter

NewsLetter 号外『Q&A−男女共同参画をめぐる現在の論点』 2003年3月発行

日本女性学会NewsLetter号外

(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)

学会ニュース 号外
『Q&A−男女共同参画をめぐる現在の論点』

2003年3月

皆さま

皆さま

「男は仕事、女は家事育児」という性別分業が日本で作り出されたのは明治末でした。戦後の高度経済成長期を通じてそれはピークを迎えましたが、現在、終身雇用慣行の崩壊、女性の社会進出、少子高齢化などによって変化を迫られています。20世紀末から行政によって模索されてきた男女共同参画というヴィジョンは、こうした情況下で必然となった変化の一環とも言えるでしょう。

ところが、21世紀を迎えるとともに、一部のマスメディア(特に産経新聞社系メディア、あるいは統一教会系メディアなど)、草の根運動、議員、伝統的保守団体の連係による、男女共同参画社会、ジェンダーフリー、女性学、フェミニズムなどに対する批判やバッシングが強まってきました。

日本女性学会の内外の有志による本研究会は、こうした動向とその主張について情報収集と分析、議論を重ねてきました。そこで明らかになったことの一つは、多様なかたちをとって行われている批判のほとんどが、誤解あるいは曲解に基づくものであるか、単なる懐古的な主張であることです。しかし、その批判は大声で荒々しいものですので、異を唱えにくい雰囲気になっています。

この『Q&A −男女共同参画をめぐる現在の論点』は、しばしば見受けられる典型的な批判を27挙げ、それらに回答を試みたものです。
この『Q&A』の著作権は本研究会にありますが、必要に応じてコピーのうえ、自由にご利用ください。

2003.3 日本女性学会 男女共同参画をめぐる論点研究会

1.「男らしさ/女らしさ」をめぐる論点

[批判1] ジェンダー・フリーは、男らしさ/女らしさを全否定するものだ。
[回答1] ジェンダー・フリーは、男はこうあるべき(たとえば、強さ、仕事・・・)・女はこうあるべき(たとえば、細やかな気配り、家事・育児・・・)と決めつける規範を押しつけないことと、社会の意思決定、経済力などさまざまな面にあった男女間のアンバランスな力関係・格差をなくすことを意味しています。ですから一人ひとりがそれぞれの性別とその持ち味を大切にして生きていくことを否定するものではありません。「女らしく、男らしく」から「自分らしく」へ、そして、男性優位の社会から性別について中立・公正な社会へ、ということです。
[批判2] 世の中は、男/女の違いがあってこそおもしろい。ジェンダー・フリー社会は、同じような人々しか存在しない平板で退屈な社会だ。
[回答2] 男/女の違いばかりが人の違いではありません。ジェンダー・フリーの社会は、金子みすずが「みんな違ってみんないい」と言ったような、男性にも女性にもいろいろな人がいる、一人ひとりが多様に違う楽しい社会なのではないでしょうか
[批判3] 思春期の頃に「男であること/女であること」を強く意識して自らに課して引き受けていくことを通じて、人間は社会的な自分を形成し成熟していくことができる。しかるに、ジェンダー・フリー教育は「男であること/女であること」を意識させないものなので、そうした成熟に関与しない。
[回答3] 思春期に必要なのは、一人ひとりが、性別ということと自分の気持ちにていねいに付き合っていくことです。性別を、乱暴な男/女のステレオタイプの二分法で捉え、その一方の鋳型に自分を押し込んでいくことは、成熟ではなく、むしろ幼稚な思考でしょう。
[批判4] 例外的な存在はあっても、大多数の人々は男/女のどちらかであるから、そちらが規準になるべきである。人を男/女の2群に分けてとらえる「男女の二分法」に対する批判は、どちらでもない少数の例外的な人が在る、ということの方を規準に置き換えようとする考え方である。
[回答4] 問題は、「例外」の話ではありません。分かりやすく、身体の大きさを例に考えてみましょう。男女一万人ずつの身長分布を図示してみると、ピークの位置がずれた、しかし重なり合う正規分布になります。この場合、大多数とは誰のことで、例外とは誰のことでしょう?どこに明確な線が引けるのでしょう?このような現実を「男は女よりも体が大きい」と二分法で理解してしまうことがどんなに乱暴なことであるかは、すぐに理解できるでしょう。多くの精神的特徴についても同じで、人間を特徴によって二つに分けるなどということはそもそもできないのです。「大多数/例外」という区別自体も乱暴な二分法にほかなりません。
[批判5] 男女共同参画政策は、鯉のぼりやひな祭りなどの伝統や慣習を破壊するものである。
[回答5] 伝統や慣習は不変ではなく、時代とともに取捨され改変され、今日にいたっているものです。例えば、明治初期にチョンマゲや帯刀などの伝統は放棄されてしまいました。鯉のぼりとひな祭りに含まれていた「男は強く元気に/女は優しく美しく」と、性別と人のありかたを結びつけるシンボリズムは、今日では適切とは言えません。現在、5月5日は、すべての子どものための祝日とされています。ひな祭りも、性別と関係づけないお祝いにするのが良いと思われます。なぜ、そうしないのでしょう?
[批判6] 男女共同参画政策は「トイレや風呂を男女共用にしろ」というような、人々を困惑させるような主張をしている。
[回答6] 男女共同参画政策は、いつ・どこでそのような主張をしたでしょうか?どなたかご教示ください。「性別にとらわれず・性別にかかわらず、だれもが等しく尊重され、等しい機会を得られ、その結果を等しく享受できる社会をつくる」ということを男女が全く同じになることだとか、性別をなくすことと解するのは曲解というものです。
[批判7] 「男の子はブルー、女の子はピンクや赤」ということを否定すると子育てや教育現場で混乱が起こる。ふつう、女の子はピンクを選ぶし、男の子はプルーを選ぶ。
[回答7] 「男の子にはブルー、女の子にはピンクや赤」という性別に基づいた固定的な考え方や決めつけ、選択の余地のない押しつけを問題にしているのです。ブルーや寒色系が好きな女の子に、女の子はピンク・赤だからとピンクや赤の持ち物ばかり持たせることは、本人の意思や感情を尊重しない強制です。ピンクや赤が好きな男の子にとっても同じです。また、自分がどのような色が好きなのか、似合うのかを本人が考え・選ぶ余地なく、機械的に男の子にはブルー・女の子にはピンクのものが与えられるという経験の中では、色彩について考える習慣も、自分で選ぶ力も身につきません。

2.家族をめぐる論点

[批判8] 男女共同参画は、専業主婦という生き方を軽視し否定している。
[回答8] これまで、一見専業主婦という生き方は誉められ、税制など制度上も優遇されていたかに見えます。しかし、それは被扶養の妻である限りでのことです。夫と死別したり離婚したりしたら、専業主婦という足場はたちまち消失します。また、年金保険料の拠出義務免除は優遇されているとも言えますが、その結果、65歳以上になって受給する年金は月に6万円ほどの基礎年金のみです。一人の人間の生活費としてはむしろ冷遇と言えるでしょう。男女共同参画は、女性たちが他人に頼らなくては生きていけないのではなく、しっかりした生きる足場を持てるような社会の仕組みを作り出していこうという考え方です。専業主婦という生き方をしている個人のあり方・生き方を軽視したり否定したりする、などと、個人を問題にする次元の話ではありません。
[批判9] 母になり子育てすることは、女性だけの使命であり特権であるのに、男女共同参画などを言う女性たちは、それを理解せず、男と同じになること、男と対等に肩を並べることをめざそうとしている。
[回答9] 「母になり母として子育てすることは、女性固有の使命である」というような世の中の考え方が、妊娠・出産できない、または望まない女性たちをどんなに生きづらくしてきたことを、また、子どもを産むことや子育てについて男性がもち得る可能性やチャンスを狭めてきたことを考えたことがありますか? 妊娠・出産・母乳授乳をした女性たちの多くが男性には経験できないその経験を通じて幸福を感じるということはもちろんあるでしょう。しかし、女性に固有の経験は、妊娠・出産・母乳授乳のみであって、子産み・子育てに関するそれ以外の経験は性別と関係ないはずです。子どもが産まれ育つこと、子育てに関する男性の喜びは、なぜ語られないのでしょう? こうした、女性のみを子産み・子育てと結びつける考え方は、社会的活動(とりわけ仕事)と妊娠・出産、育児や介護を含む家事など生活活動を二者択一的に分け、前者を男性、後者を女性と結びつける、これまでの社会の慣行に基づいています。男女共同参画は、男性にも女性にも、そうした二者択一の選択を強いる社会を変えていこうという考え方です。
[批判10] 働く女性が増えると出生率が低下する。
[回答10] データはそうなっていません。子育て期の30歳から39歳の女性が働いている割合の高い県の方がむしろ、出生率が高いですし、「実際に産み育てている子ども」の平均人数も就業女性は1.98人、専業主婦は1.91人と就業主婦の方がやや高くなっています。25‐34歳女性の労働力率が高い国ほど出生率も高い傾向にあるという国際比較調査の結果もあります。
[批判11] 子育て期の母親が、子育てに専念せず、就労をすることは、子どもの発達に悪影響を及ぼす。
[回答11] そのようなことは実証されていません。母親の就労と子どもの発達の関係を調べたある調査では、0歳から5歳までに「異常行動」がみられた割合は、母親が専業主婦である子どもの方が高いという結果が示されています。また、別の調査では、育児不安や、虐待にもつながりかねない過度なしつけをしている人の割合は、専業主婦の方が高くなっていました。専業主婦にさまざまな人がいることは言うまでもありませんが、子育てや家事と両立する良い条件の就業機会を整えていくことは、それがないために専業主婦を選んでいる人の不満を解消し、結果的に育児不安や子どもに対する不適切な対応を減らすことにつながります。人間の子育ては多くの要因の複雑なかかわり・影響によって成り立っている、つまり、特定単一の要因が決定的な影響を及ぼすとは考えにくい、複雑な営みなのではないでしょうか。ライフスタイルの選択、働きかた、子育てのしかたはもちろん個人の自由です。が、男女共同参画社会基本法の基本理念の一つ、第6条は、女性も男性も、家庭生活の役割と就労等社会的活動の両方ができるよう社会的条件を整えていくべきことを定めており、そのもとに施策が進められています。
[批判12] 男女共同参画は、夫婦別姓、世帯単位ではなく個人単位の諸制度、離婚における破綻主義、“事実婚”等を導入し、社会の基本単位である家族や家族に関する制度を破壊し、社会的安定・公序良俗・安寧秩序を破壊する「崩しの思想」である。
[回答12] 社会を構成しているのはあくまで個人です。家族は、それを望む個人がより良く生きていくためにつくり・営む、共生のしくみとして尊重されるものです。そして、その共生には多様なありかたがあり得るはずです。2000年の国勢調査では下図のように多様な世帯が存在していることわかりました。モデル世帯とされている夫婦・子ども2人という世帯は、全世帯の13.4%に過ぎません。単親世帯は、7.6%、単独世帯(一人住まい)は27.6%とモデル世帯の倍にもなり、世帯・家族の多様化が急激に進んでいます。従って税制度などはモデル世帯をもとにできず、個人単位にする方向しかなくなったのです。
もし、個人を生きにくくさせるような家族のあり方があれば、それは当然批判されるべきです。例えば、家庭内暴力を許すような家族のあり方、構成員の誰かに不当な重荷を与えるような家族のあり方、特定の人を排除するような家族のあり方に対して。そして家族に関する制度は、家族は個人の尊重のうえに成り立つものだ、ということを前提に考えられるべきです。構成員の誰かが制約や不利益を受けることを許す余地のある制度、特定の生き方や家族のあり方を前提とする(つまり、それ以外のあり方を選ぼうとする人々に不利益になり得る)制度であってはなりません。ひとりも犠牲にされない人々の共生を可能にしていくことを通じて、安定性のある安全で住み良い社会を目指すのが、男女共同参画の考え方です。
[批判13] 男が女を守る−そうした自然な愛を排斥するのがフェミニズムである。
[回答13] 「男に守ってもらいたいとは思わない。しかし、危機が迫ったら、一緒に戦うか、一緒に逃げるかして欲しい。自分だけ逃げ出すような男は最低だ」。ある、20歳くらいの女性の発言です。一般に、強い者が弱い者を守る。それが「自然な愛」に基づくものなのかどうかはわかりません。しかし、望ましいモラルとは言えるでしょう。ただし、「男が強い者で、女が弱い者である」とは必ずしも言えませんね。
[批判14] 母が子どもを産み・育てる−そうした自然な愛を排斥するのがフェミニズムである。
[回答14] 子どもを産んだり、育てたりする過程で親が子どもに対してもつ愛情が素敵なものであることを否定するものではありません。しかし、その愛が「自然な」ものであるとか、母に固有のものであるとか、あらゆる母が自動的に備えるものであるといったことは、もはや反証されています。父が子どもを育てる愛もとても素敵ですし、さまざまな要因で子どもとの愛情関係を形成できない人のことも見落としてはなりません。
[批判15] 主婦が家族の世話をする−そうした自然な愛を排斥するのがフェミニズムである。
[回答15] 「自然な愛」と称して、家族の世話が、女性の役割(主婦という慣習上の制度)にするというかたちで為されてきたことが問題なのです。世話を必要としている人は、それを担える身近な人たちが自発的にかつ協力・調整し合って、また、社会的なサービスを活用しながら世話をしていくと考えるべきではないでしょうか。

3.性(セクシュアリティ)をめぐる論点

[批判16] 性と生殖に関する女性の自己決定権(リプロダクティブ・ライツ)を認めないのが世界的潮流である。
[回答16] 2002年12月にバンコクで開催された第5回アジア太平洋人口会議で、性の自己決定権は、ブッシュ政権のアメリカが反対しましたが、日本、中国、インド、マレーシア、インドネシア等31カ国が賛成、2カ国棄権で採択されました。世界には、確かにイスラム教諸国のように性の自己決定権を認めない国も少なからずあります。しかし、それら諸国と最近政策変更したアメリカの存在を「世界的潮流」と呼ぶのは、情報な恣意的な取捨選択ではないでしょうか?
[批判17] 性と生殖に関する女性の自己決定権を認めよというのは、フリーセックスの推進である。
[回答17] 性と生殖についての女性の自己決定権という考え方は、最終的には、妊娠・出産をその身に担う女性の意思が尊重されなければ、女性の、個人としての尊厳、生命の安全は保障されない、という認識に基づくものです。つまり、妊娠・出産を身に負う人々である女性の人権を守る考え方で、結果的に女性が不利になるフリーセックスの推進とは結びつきようがありません。
[批判18] 女性の、性と生殖の自己決定権を認めることは、夫の了解なく妻が勝手に中絶することを進め、家庭崩壊を招く。
[回答18] 出産や中絶について、夫婦で相談して決めることが大切であることは言うまでもありません。しかし、夫との合意が成立しない場合や、どうしても子どもを育てられない情況にある場合などには、最終的に、妊娠・出産をその身に担う女性の意思が尊重されなければ、女性の、個人としての尊厳、生命の安全は保障され得ません。ましてや、日本を含む世界の多くの地域では、男女間の政治的・経済的・社会的・文化的なアンバランスな力関係が完全に撤廃・解消されておらず、いまなお、女性が強制を受けやすい情況にあります。こうしたことから、性と生殖についての最終的な自己決定を女性の基本的権利と考えるものです。
[批判19] 「性と生殖の自己決定権」は、女子高校生、女子中学生が“援助交際”をすることを助長するものだ。
[回答19] 宮城県、千葉県、石川県、岡山県、大分県の中高生3133人を対象に警察庁「青少年問題調査研究会」が行った調査では、「同年代の女子が見知らぬ人とセックスすること 構わない 9.6%、問題だが本人の自由 58.1%」、「同年代の男女がセックスすること 愛し合っていればいい 38.0%、したければすればよい34.7%」、「援助交際によるセックス して構わない 5.9%、問題だが本人の自由 44.8%」という結果が示されています。“援助交際”などによるエイズの蔓延も大きな問題となっています。性に関する情報が氾濫するなか、性に対してこれほど寛容な現在の中・高生が、“援助交際”に追いやられたり、性的人権侵害に巻き込まれることを防ぐのに必要・有効なのは、性のタブー視や禁欲教育ではあり得ません。必要なのは、セックスや妊娠や性感染症についての正しい知識、自らの性に関することの自己決定の尊重とその力、他者の尊重理解・他者に対する想像力を育てること、衝動のコントロールなど、発達段階に応じた性教育です。家庭や学校できちんとした性教育を行っていくことこそ大人の責任です。と同時に、大人と子ども、金銭の払い手と受け手、とくに少女では男性と女性という三重の力関係の下、不当な性的強制を受けやすい18歳未満の子どもと、金銭を支払って性的かかわりをもつことを、法律(児童買春禁止法)で禁じ、性に関する自己決定の力が未発達・未成熟な子どもたちを保護しています。
[批判20] 性教育パンフレット『ラブ アンド ボディ』は、中学生に性交渉を奨めている。
[回答20] 中学生に対して、性について決定を委ねることと、自己決定できる力を持てるように教育していくことは、まったく別のことです。『ラブ アンド ボディ』には、「欲望のままに性交渉をしないように」と明記してあり、中学生のセックスを奨めてはいません。現在、大学生であっても、性について無知であったり偏った知識しかもっていない人が少なくありません。適切な性教育を受けることなく、メディアが発信する性情報だけにさらされた結果です。彼ら・彼女らが性的な不幸に見舞われることのないよう、家庭や学校で、セックスや妊娠や性感染症について正しい知識を提供していくことは大人の責任です。

4.その他 の論点

[批判21] 暫定措置であることを明記しない積極的改善措置の規定は、女性の優遇を永続させる。
[回答21] 積極的改善措置とは、もともと、改善され格差がなくなったら必要がなくなる措置のことです。すなわち、暫定的であることは、はじめからその意味のなかに含まれています。
[批判22] 男女共同参画はマルクス主義に基づく思想であり、変装した共産主義である。
[回答22] 男女共同参画社会基本法の前文は、男女共同参画社会について「男女が、互いにその人権を尊重しつつ責任も分かち合い、性別にかかわりなく、その個性と能力を十分に発揮することができる」社会と説明しています。つまり男女共同参画はあくまで個人の尊重を旨とする考え方です。その元には、社会に、性別による不平等や女性に対する差別が存在すると認識し、それらを撤廃しようとする思想や運動の総称であり、個人の尊重と平等、公正な社会をめざすヒューマニズムの一種であるフェミニズムがあります。フェミニズムの思想には、性別による不平等や女性に対する差別の歴史的な成り立ちの分析や、差別の撤廃・公正の実現の展望のしかたによって、いろいろな流れ、いろいろな立場があります。が、共通しているのは、フェミニズムは、単に女権拡張、つまり女性が男性並みになったり、女尊男卑の社会をつくることをめざしているのではなく、女性も男性も「女だから」「男だから」ということから解放されて、性別にかかわりなく、自分らしく、お互いを尊重しあえるような対等な人間関係をつくりだしていくこと、多様性を認め、誰もがありのままの自己表現ができること、自分を愛せることで他の人の命も大切にする、つまり人権が尊重される社会、また暴力(力による強制)のない平和な社会をつくることをめざしている、ということです。
[批判23] フェミニズムは、個人の問題を、男女間の敵対の問題にすり替えている。
[回答23] フェミニズムは、性別にかかわらず一人ひとりの個性や可能性が大切にされることこそをめざしており、男性を敵視するなどというものではありません。人を男性と女性に分け、この2群を違って扱ってきたのは(そのような慣行を性別分業といいます)、むしろこれまでの社会の方でした。たとえば、今なお、家事労働の大半は女性によって担われている、一方、就労の場では、日本の女性雇用労働者の平均賃金は男性の半分あまり、管理職の男女比は93:7、国会議員の男女比は9:1、というように、「性別にかかわらずひとり一人の個性」どころか、人が性別によって異なって扱われている現実があります。フェミニズムは、そうした、人を男/女と分けて違う扱いをする社会秩序・社会慣行を問題にしているのです。
[批判24] フェミニズムは、男女を敵対物として捉える、階級闘争史観と同様の、西欧的な憎悪の思想だ。
[回答24] 性別で秩序化されている社会では、男女の間に利害対立や葛藤が生じる可能性はあります。そうした対立や葛藤は、隠蔽するのではなく、適切に解決・解消をはかるべきです。現実の問題を、見方の問題にすり替えてはいけません。例えば、現在、北の高度工業諸国と南の諸国の間には、経済の構造的な格差・利害対立があります。それを、「南北を敵対物として捉える西欧的な憎悪の思想だ」と評することがいかに抑圧的な隠蔽であるかを考えてみてください。南北間関係が仲良く良好であることは、もちろん望ましいことです。それは、両者の間の利害対立や葛藤を隠蔽することによってはなく、適切に解決・解消をはかっていくことを通じて可能となることです。
[批判25] 男女共同参画社会は労働を至上価値とするマルクス主義に基づく「尊い家事育児を担っている専業主婦も含め、みんな働け!」イデオロギーである。
[回答25] 貴族社会では蔑まれた労働に高い評価を与えたのは近代資本主義であり、マルクス主義の労働観もその延長線上にあるということは広く共有されている認識でしょう。男女共同参画社会はむしろ、労働に至上の価値をおく近・現代の産業社会で軽視されしわ寄せを受けてきた家事・育児・介護など生活にかかわる活動の意義を、高く評価し直そうとする社会です。が、それらを特定の人(専業主婦)の役割にするような「慣行」がつづいてよいとは考えないのです。個々の人が、人生のある時期に就労をせずに家事労働に専念するのはもちろん自由です。そういう選択を含めて、女性も男性も、生活にかかわる活動について多様なやり方が認められ、選んでいけるような条件整備をしようというのが男女共同参画社会の理念です。
[批判26] 国の男女共同参画会議や地方自治体の男女共同参画審議会はフェミニストに乗っ取られ、今やフェミニストは体制派となって、フェミニズムという全体主義をおし進めている。
[回答26] 回答22で述べたように、フェミニズムは、社会に、性別による不平等や女性に対する差別が存在すると認識し、それらを撤廃しようとする思想や運動で、個人の尊重と平等、公正な社会をめざすヒューマニズムの一種です。全体主義とはまったく相容れないものです。男女共同参画政策は、1980年ころからの、フェミニズムの視点で取り組まれる学問である女性学(近年では男性学も)の発展を背景に、その成果を採り入れながら整備推進されてきました。それは、フェミニズムの視点を基づく女性学(男性学)が、現代の性別に関する問題の解明と解決、人の平等と社会の公正をめざすうえで有効性をもっていたからです。一方、男女共同参画会議議員の半数は大臣ですし、残る半数の有識者も、また、地方自治体の男女共同参画審議会委員も、あくまで人の平等と社会の構成を多様な立場・見識が反映されるように選ばれることになっており、フェミニズムであれ何であれ、特定の思想をもつ人々が意図的に「乗っ取る」ことができるようなものではありません。「フェミニストのたくらみ」「陰謀」「乗っ取る」「全体主義」などという描き方は、フェミニズムに反感をもつ立場からの、それこそ意図的な言いがかりと考えざるを得ません。
[批判27] 国の男女共同参画会議には監視機能を与えられている。これは、市民生活を監視する全体主義と同じである。
[回答27] 国の男女共同参画会議がもつ監視機能は、各省庁の施策や方針が、性別について中立的であるように、つまり、いずれかの性別の人々に不利益を与えたり性別の偏りを作り出したりすることのないようモニターするもので、市民生活を監視することではありません。それは、労働基準監督局のように、事業所に出向いて使用者や労働者に尋問したり、違反があった場合の労働基準監督官が発動できる司法警察官のような権限も持っていません。市民の権利を守るための行政の活動を監視する機能を、市民の権利を制限するための全体主義的な監視機能であるかのように意味をねじ曲げて伝えるのは、悪意に基づく行為でしょう。
投稿日: 2003年3月1日 カテゴリー: NewsLetter

NewsLetter 第93号 2003年2月発行

日本女性学会NewsLetter

(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)

女性学会ニュース第93号[PDF] 2003年2月発行


 

学会ニュース
日本女性学会 第93号 2003年2月

 

次回大会予告

 

2003年6月7日(土)・8日(日)

於 十文字学園女子大学
(埼玉県新座市 地図はhttp://www.jumonji-u.ac.jp/univ.htm参照)

シンポジウム:「男女共同参画社会」をめぐる論点と展望

大会日程

一日目 6月7日
13:00〜16:00 シンポジウム
その後総会、懇親会
二日目 6月8日
10:00〜12:00 個人研究発表
13:00〜15:00 ワークショップ
*個人研究発表、ワークショップの申し込み受付中!
タイトルと概要(200−400字程度)を2月末日までにニューズレター担当の牟田、伊田までメールかファックスでお願いします。

大学院生等への旅費補助について

ワークショップ、個人研究発表で報告する学生・院生(OD、研修員等を含む)、本務校を持たない非常勤講師に対し学会から旅費の補助をします(総額10万円を、人数と距離に応じて配分しますので、各人どれくらいの額になるかは未定です)。
報告の応募の際に、「旅費補助希望」の旨申し出て下さい。
ただし、今回は埼玉県での開催ですので、関東地方の方は対象外です。

大会シンポジウムのねらい

パネリスト(敬称略):船橋 邦子、亀田 温子、伊藤 公雄ほか未定

「男女共同参画社会の形成」が政策課題として市民権を得、主流化しつつある一方、これを批判し反対する動きも顕在化していることを憂慮して、シンポジウムでは、このテーマを取り上げます。そのため、2002年10月からプロジェクトチームを立ち上げ、研究会を開いてきました。
1999年の男女共同参画社会基本法、2001年の内閣府男女共同参画局の設置、いわゆるDV法の制定など、不十分ながら日本でもジェンダーの主流化が始まってきました。2000年から始まった地方自治体の男女平等条例の制定は、2002年12月末には40都道府県98市区町になりました。条例制定は、急激な勢いで全国に広がってきました。基本法には盛り込まれていない特徴のある積極的改善措置や苦情処理機関などを盛り込んだ条例も少なくありません。ところが、2001年の大阪府の条例制定あたりから、反動的な動きが強くなってきて、名称の「男女共同参画推進条例」とは全く逆行したこれまでの固定的性別役割分業観を賛美するような条例まで宇部市で制定されました。
反動派は、千葉県、千葉市、さいたま市、前橋市、仙台市などで、次々と行動を起こしています。幸い千葉市は全国の女性からの署名運動などが効を奏して、反動派による改悪をおしとどめましたが、千葉県は危機的な状況にあります。
反動的な動きは、男女共同参画社会基本法や条例に対して始まったことではありません。反動派の論客は、母体保護法改正(悪)問題、夫婦選択別姓問題、新しい歴史教科書を作る会などともオーバーラップしています。憲法改正(悪)や有事法制の推進者などとも繋がっているようです。
現在のフェミニズムに対する攻撃は、基本法や条例だけではありません。ジェンダーに敏感な家庭教育のためのパンフレットや性と生殖の健康と権利を具体的に述べた性教育パンフレットも攻撃を受け、発売禁止などの措置などが出ております。
日本女性学会大会シンポジウムでは、特に条例と教育に焦点を当てて、情況と議論を整理・精査し、展望について議論をします。
会員だけではなく幅広い非会員の参加も歓迎します。

会場へのアクセスと宿について

JR武蔵野線 新座駅下車、徒歩8分
東京からは東武東上線池袋から朝霞台(急行18分)→JR武蔵野線北朝霞経由新座駅(3分)
JR埼京線武蔵浦和乗換え、JR武蔵野線新座駅(12分)
JR中央線西国分寺から新座駅
ホテル:池袋から大学まで電車の乗車時間は30分、徒歩をいれると40分です。池袋、新宿に宿泊されてもよいのですが、近いのはJR北朝霞駅(東武東上線:朝霞台)あたりに宿泊されると便利です。
北朝霞駅(新座駅から3分)そばのホテル:
シティ・イン北朝霞
TEL:048−487−1711
FAX:048−487−1713
シングルベッドルーム ¥6,000 円
ダブル、ツインもあり
詳しいプログラムは次号ニュースレターでお届けします。

男女共同参画をめぐる論点研究会報告

お茶の水女子大学生活科学部で11月2日に第1回目、12月16日に第2回目を行った。第1回目に、反動派の男女共同参画攻撃の文言はいずれも同じ内容であり、これらへの対応マニュアルを至急につくる必要があることが確認され、第2回目はその案について検討した。第3回目は2月初旬を予定している。(詳細な記録は日本女性学会研究会ホームページ参照)

第1回報告

参加者は学会幹事を含め12人。報告は2002年6月に反「男女共同参画推進条例」を制定した宇部市から小柴さんと自民党の反対で継続審議となった千葉県から出納さんの2人。以下は報告と議論の概要。

1.宇部市の状況

宇部市は議員32名中女性6名、4名の女性県議会議員のうち2名は宇部市選出で、リベラルな地方都市である。’98年には男女共同参画宣言都市となり、’01年に男女共同参画宣言都市サミットを開催した。
’00年3月と6月の議会での条例制定についての質問に、市は「前向きに」と回答した。同年10月に男女共同参画審議会に諮問し、11月〜12月に市民意見をインターネットで公募した。公聴会は開催されなかった。2002年1月に男女共同参画審議会が答申したが、予定された3月議会では上程されなかった。同年4月に男女平等行政を推進してきた男女共同参画課課長(女性)が定年退職。同年4月末に市の人材養成講座修了生で作成した市の男女平等推進パンフレットに一議員がクレームをつけ、市は謝罪して、回収した。同年5月に「良識ある男女共同参画条例を求める宇部市民の会」が要望書を提出した。同時期に宇部女性会議、宇部連合婦人会など3団体は、審議会案の条例早期制定を求める署名簿4000人分を提出した。その時すでに、助役と委員長で、改悪条例案が作られていたことを知らなかった。6月1日に宇部女性会議は、大沢氏を講師に、男女共同参画推進条例に関する講座を開催、150人が参加した。同日、男女共同参画を考える宇部女性の会が、岡本明子氏とエドワーズ・博美氏を講師に講演会を開催、400人が参加。同月26日に、執行部案が可決された(27対5)。反対票は共産党だけ。共産党以外の女性議員3名は改悪案に投票した。
宇部市条例で問題のある箇所は以下のとおりである。
基本理念1「男女が、男らしさ女らしさを一方的に否定することなく男女の特性を認め合い…」
基本理念4「家族を構成する男女が、家庭尊重の精神に基づいた...」
基本理念5「専業主婦を否定することなく、現実に家庭を支えている主婦を男女が互いに協力し...」

2.千葉県の状況

千葉県では、ユ01年3月、懇話会に「条例専門部会」(渥美雅子座長、大沢真理、鹿嶋敬、金城清子ほか3名)を設置し、11回開催(うち3回公開)し、県下4ケ所の公聴会を開催し、ユ02年9月議会に提案予定で400件以上の県民意見を集めた。ところが、議会開会前に千葉自民党県連が以下の4項目を修正要求。

  1. 「入札参加資格審査に男女共同参画の取組の報告を考慮」の全文削除
  2. 「家族経営協定」の文言の削除
  3. 「教育活動」の項「性別にかかわりなく、(その個性および能力を十分に発揮する)」を削除。
  4. 「生涯にわたる女性の健康支援」の項「(男女が、互いの人格を尊重し、性及び子を生み育てることについて、)自らの意思で決定することができるよう(性教育の充実及び促進)」を削除。

堂本知事は1、2については了解。
しかし、自民党の若手議員が3.4についても強硬に主張したため、堂本知事は、これは「条例の根幹にかかわる」と拒否。さらに、県議会開会中、自民党の質問では多くの質問と主張がされた。以下はその一部。

  • 行政が個人の思想や良心の自由に踏み込むおそれがある。
  • 「男らしさ、女らしさ」を一方的に否定している。社会の制度や慣行に対する配慮がなされていない。条文ごとにあげればきりがないほど党内にさまざまな意見がある。
  • 「胎児の生命権」は認められるべきもの。「自らの意思で決定できる」は削除すべき。中絶は世界的に合意されていない。
  • アメリカでは連邦政府が1996年に結婚までは禁欲のみの性教育プログラムに大規模な助成を始めてから、10代の妊娠、性感染が減少。禁欲教育が肝要。
  • 「性別にかかわりなく」は、「男女の平等」というより、「男女間の性差の区別」を否定する考えから表現されたもので、「ジェンダーフリー」の過激な思想に基づくもの。

条例案は「継続審議」となっており、自民党は20項目以上手を加えた独自の「自民党案」を弁護士もまじえ、作成しているということである。

その他、神戸市、前橋市、さいたま市の状況が報告され、以下のことに合意した。

  • 審議会(懇話会)案に対する審議会(懇話会)の対応の弱さ、
  • 行政担当者の認識の弱さと市民団体との連携欠如、
  • 女性議員の連帯の欠如、・対応マニュアルの必要性
(橋本ヒロ子)

 

第2回報告

話題提供者3名の反動派に対する反論をたたき台にワークショップ形式で展開した。参加者23名のなかには初めて出席という人も多くいた 。地方自治体職員、教員、活動家、弁護士、研究者など多様な立場の参加者が自由討議した。
まず國信は、専業主婦という生き方をどのように考えるかについて反論の論点をレジメにそって報告。その論点は

  1. 無償労働男女共同分担の必要性:家事、育児、介護という仕事は重要な役割であり、その役割を担う人は男女ともに必要。
  2. 経済的責任分散:男性のみが家計を支えるという生活では景気低迷の折支えきれない、また男性にとっても過重となる。
  3. 次世代育成は生きがい:家事、子育ては男性にも楽しいものであり、 生きがいとなる。あらたな生活の側面を発見・学習できる役割である。子供との親密な関係を形成できる。
  4. 年収103万円以下の働き方がトクという言説のウソの説明:パート主婦という生き方については103万円の壁が女性を低賃金労働にとどめている。また税金免除、年金積み立て免除をされている人(専業主婦・年収103万円以下のパート主婦たち)が1200万人もいることは今後の日本の福祉政策にとって資源不足の原因となる。女性の労働機会の拡大、平等な社会保障の充実が必須。

次に細谷が「〜らしさ」と伝統の問題について報告。現在ある二分化された男女の「〜らしさ」に100%当てはまるような人は稀だ。子どもを男/女らしさのどちらかの鋳型にはめ込むことは無理がある。またジェンダー・フリー教育は男女の別を否定すると保守派は批判しているが、スポーツや活動を男向け・女向けと固定的に決めるのではなく、双方が選べるようにすべきであるとしているだけである。子どもが苦手なことを伸ばすのも教育だが、本人の状態の見極めを押し付けをすると、子どもが自信を喪失したり、学校嫌いになってしまうこともある。やさしさ、勇気など現在において望ましい性質は、男女の別なく教育してゆくことを目指すべきである。
フェミニズムは伝統的文化、慣例を破壊しようとしているという保守派の批判に対しては、伝統自体が多様な変化をへているものであり、時代に適した変容をしつつ受け継がれてきているものである。伝統をまったく変えてはならないというのは、逆に伝統を全否定することと同様に不適切だと反論した。
最後に橋本は性と生殖の自己決定権について報告した。それは女性が不利になるようなフリーセックスを推進することではなく、そのような議論は誰もしていない。自己決定とは女性が望まない性行為、妊娠、出産を強制されないことである。本人とパートナーとの合意のもとに生殖、性行為があることが重要なのである。援助交際など18歳以下の少女による性的サービスはたとえ少女が自己決定し望んだとしても男性によって買われた性には少女側に自己決定はない。したがって性の自己決定を認めると少女が援助交際にはしるという論理はまったくの曲解、誤解である。中学生に性教育を実施することは性行為を10代の子供たちにしろと勧めることではなく、性のあり方、意味を正確な情報にそって教えることである。「ラブ・アンド・ボディ」という性教育の冊子も、性について誤った情報が蔓延するなか、正確な情報、子どもの権利を擁護できる情報をつたえることが主旨となっている。
このあと熱心な自由討議が行われた。

(國信潤子)

◆研究会費用申請の仕方について◆

学会では、会員の催す研究会の補助を行っています。補助についての趣旨の確認を図り、活発な利用をお願いするため、申請の仕方を以下に再掲します。

◇会員企画研究会の企画募集

大会が年一回に減ったことを受け、研究会を活性化していくことになりました。
幹事会企画研究会を年に数回おこなう他、会員個人やグループ(自主的研究・運動グループ)のイニシアチブによる研究会についても、学会として経費補助や情報宣伝などを行って行くことになりました。そこで、会員の皆様からの意欲的な研究会の企
画をお待ちしています。
以下の諸点が要件です。

  • 研究会の趣旨が女性学会の趣旨に適っているもの。
  • 少なくとも会員に対して、公開の研究会であること。
  • 助成金は講師への謝礼・交通費、会場費などにあてるものとする。
  • 研究会のタイトル、趣旨、企画者(会員個人・会員を 含むグループ)、開催場所、開催日時、研究会のプログラム、全体の経費予算と補助希望額(2万円以内です)が決定していること。なお、未決定部分は少ないほど良いのですが、場所・プログラム・経費については予定=未決定の部分を含んでいても結構です。
  • 学会のニュースレター・ホームページに載せる「研究会のお知らせ」の原稿(25字×20行前後)があること。原稿には研究会の問い合わせ先を明記のこと。
  • 研究会終了後に、研究会実施の報告文を学会のニュースレターとホームページに書いていただきます(研究会補助費は、その原稿提出後に出金いたします。)
  • 学会総会での会計報告に必要なため、支出金リストと、総額での企画者による領収書

申し込みは、広報期間確保のために、原則として開催の3カ月前までに、研究会担当幹事まで、お願いいたします。
詳細のお問い合わせも、研究会担当幹事まで。
今期の研究会担当幹事は、橋本ヒロ子、國信潤子、細谷 実です。

■会員の活動

男女共同参画研修事業の報告

伊田久美子

昨年12月7日・8日に大阪女子大学女性学研究センターと大阪府男女協働社会づくり財団共催による男女共同参画政策推進のための研修事業が行なわれました。この共催事業は今年度で3回目になります。
今年度は「男女共同参画政策の現状と今後—より一層の発展をめざして—」と題して、7日はドーンセンターを会場として大沢真理さんの講演、および住田裕子さん、藤枝澪子さんをお迎えしてのシンポジウムを、大阪女子大学女性学研究センター主任研究員の足立眞理子さんの司会で開催しました。大沢さんは基本法のあらましやその後の動向とともに、男女共同参画ビジョンのめざす「性別による偏りのない社会システムの構築」という目標が現在の日本の経済・社会の新たな展開にとっても必要かつ有効な手段であることを、明快にお話しくださり、その後国や自治体で審議に関わってこられた経験をふまえた住田さん、藤枝さんのご発言やフロアーからの自治体職員や市民の立場からのご発言など、マクロな政策レベルとミクロな実践上の問題意識が交流する討論が行なわれました。また翌8日は大阪女子大学を会場として東京自治研究センターの菅原敏夫さんによる「市民による行政評価システム」についての講演と自治体や市民グループによるワークショップを行いました。
バックラッシュの動きが活発化している現在、あらためて男女共同参画政策の意義と課題を確認する貴重な機会であったと思います。

学術会議シンポジウム「学術の世界におけるセクシュアル・ハラスメント−加害と被害」

戒能 民江

昨年12月24日午後、学術会議講堂において、表記シンポジウムが開催された。学術会議が大学等におけるセクシュアル・ハラスメントをテーマにシンポジウムを主催するのは、はじめてのことである。主催は、学術会議「ジェンダー問題の多角的検討」特別委員会。  学術会議には女性会員が圧倒的に少ない。男性優位の日本の学術研究体制を象徴する学術会議において、大学等のセクハラ問題がとりあげられ、しかも、文部科学省の対応責任者をパネリストに迎えたこと、被害と加害の構造的認識にたった政策提言検討の必要性を呼びかけたことは意義深い。
自然科学系の大学教員である加藤万里子さんは、自身の被害経験や多くの女性研究者の実例をあげながら、「学問の世界に特有な状況のもとで」セクハラが起きやすいこと、セクハラ被害が学術研究に大きな影響を与えていることを、女性研究者の昇格問題など、具体的に報告した。さらに、大学への告発によって深刻な二次被害を受け、被害が拡大する情況についても指摘し、加害者に対する厳しい処罰と再教育の必要性を強調した。
大学の法的責任について問題提起をしたのは、民法学専攻の大学教員松本克美さん。近年、大学の教育研究環境配慮義務を一般論として肯定する裁判例や、直接には加害者個人の不法行為責任を追求する場合でも、加害者個人の責任認容の前提として、大学の教育研究配慮義務を認める裁判例が出てきていることを指摘し、大学が構成員の権利義務を具体的に保障する場として、「法化」社会となるべきことを主張した(詳しくは、ジュリスト2003年1月号参照)。
戒能からは、キャンパス・セクシュアル・ハラスメント全国ネットワークが昨年7月に発表した「提言−被害を受けた人の権利保持と権利回復のために」(同ネットHPに掲載)および共同研究「大学の取組みの現状と課題」調査結果中間報告を説明して、大学の取組みの問題点と課題について報告した。
文部科学省担当者は、セクシュアル・ハラスメントを理由とした国立大学教員の処分の増加傾向(H13年12名、H14年12月現在14名)を指摘し、大学等でセクハラは絶対起こってはならないという国の基本姿勢を強調した。だが、防止について責任を持つのは各大学であり、各大学の努力を求めるという姿勢に終始した。
会場からは専ら文科省への質問、要望が中心であり、文科省としての予算や人員の確保、大学への指導の強化など、国のやる気を求める意見が多く出された。また、文科省の指導を受けながら、隠蔽策とも思える不適切な対応で人権侵害を続けている国立大学のケースに対する告発の声があげられ、依然として変わらない大学の姿が浮き彫りにされた。
国の対応の問題点として、文科省の担当部局が教職員の処分を扱う人事担当であり、高等教育政策のなかにセクハラが位置付けられていないことと、私立大学の学生に対するセクハラが制度の狭間にあることがあげられる。国立大学法人化以降は、国立大学も、現在の私立大学と同様、均等法21条の対象となる。私立大学の事例は、現在でも厚労省の雇用均等室による相談及び行政指導の対象となるが、大学におけるセクハラの構造的特質や大学特有の事情、大学の対応による二次被害や加害者からの二次加害により増幅している学習・研究環境の侵害の実態を押さえた上での支援や行政指導は期待できない。やはり、文科省が施策の責任を取るべきであり、高等教育・学術研究体制の問題として、早急に具体的な取組みを強めるべきである。
大学におけるセクシュアル・ハラスメント防止への取組みのきっかけは、数多くの裁判でのたたかいを背景に、1995年日本女性学会がワークショップを開催し、文部省へ要請したことから始まった。1996年には学術会議の会員を中心に設立された「女性科学研究者の環境改善に関する懇談会」JAICOWSが共催したキャンパス・セクハラシンポジウムを契機に、ネットワークの必要性が認識されるようになった。日本学術会議が今後も継続的にセクシュアル・ハラスメントについて、さまざまな議論の場をつくり、積極的に国に対して提言を行っていくことを期待したい。なお、日本女性学会としても、全国ネット「提言」を受けて、セクハラ防止ガイドラインを制定する予定である。

出 版

安達みち代  『近代フェミニズムの誕生』世界思想社
服藤早苗編著 『歴史のなかの皇女たち』小学館
三宅義子   『女性学の再創造』ドメス出版
(訳 書)
キャンダス・デュ・ピュイ、デイナ・ドヴィチ著
片山亜紀訳  『癒しのカウンセリング−中絶からの心の回復』 (平凡社)

展覧会・音楽会

「FL♂RA」(フローラ)展  内籐千文

花のようにたおやかな美しい裸夫を描いた絵画展です。
期間 2003年2月25日〜3月2日
11:00〜19:00 最終日17:00
場所 ギャラリー16
京都市左京区岡崎円勝寺町1−10 スクエア円勝寺2F
tel 075-751-9238

「日本の女性作曲家とタイユフェール
〜女性作曲家を聴く・その5」

昨年、女性作品も含めた質の高い音楽週間を開いたフランスで、日本女性の作品が紹介される。20世紀に生きた5人、金井喜久子、渡鏡子、松島彜、外山道子、吉田隆子の作品が一挙に紹介され、同時にフランス6人組の女性作曲家タイユフェールの作品も取り上げられる。
2003年3月28日(金) パリ日本文化会館
18:00 会議室 プレ・レクチャー:辻浩美 入場無料
20:30 ホール
出演者:奈良ゆみ(ソプラノ) 小林美恵(ヴァイオリン) 花岡千春(ピアノ)
入場料:12ユーロ 仏語チラシ請求可
主催:女性と音楽研究フォーラム(小林緑)

日本女性学会誌『女性学』第10号……2月初旬刊行!!

特集<ポルノグラフィの言説をめぐって>

論文
風間孝「介入の場としてのゲイ・ポルノグラフィ」
沼崎一郎「ポルノグラフィの象徴人類学」
森岡正博「男性のセクシュアリティとポルノグラフィ」
北原みのり「レポート・オーストラリアのポルノ規制と日本の現状比較」
他、論文、研究ノート、書評 を掲載
2500円。

会員には一冊ずつ送付されます。それ以外で入用の方は大手書店、または新水社へお申し込み下さい。

次号ニュースレターは5月上旬発行

掲載希望の原稿締切は3月末日
次号編集担当伊田

投稿日: 2003年2月1日 カテゴリー: NewsLetter