| 投稿論文 | |
|---|---|
| 「女ことば」と権力 | 鷲留美 |
| 教育の客体から参加の主体へ | 金田淳子 |
| ジェンダー化された軍事化 | 佐藤文香 |
| 大学におけるセクシュアル・ハラスメント | 合場敬子 |
| 女と身体 | 林千章 |
| 小特集 「女性学の制度化を考える」 | |
| 上野千鶴子/江原由美子/細谷実/浅野千恵/千田有紀/大海篤子/町田美千代/深澤純子 | |
| 研究ノート | |
| 中島みゆき 夜会『金環蝕』フェミニズム的試論 | 藤田ひろみ |
| 書評 | |
| Marilyn Jacoby Boxer. “When Women Ask tde Questions: Creating Women’s Studies in America. “ | 小野坂順子 |
WOMEN’S STUDIES Vol.9 (2001)
Journal of Women’s Studies Association of Japan
WOMEN’S STUDIES Vol.9 (2001)
Edited by tde Editorial Committee of tde Women’s Studies Association of Japan
CONTENTS
| Articles: | |
|---|---|
| “Women’s Language” and tde Power | WASHI Rumi |
| From an “Object to Teach” to a “Subject to Engage”: tde Girl Readers of a “Shojo Shosetsu (Novels for Girls)” in tde 1980s | KANEDA Junko |
| Gendered Militarization | SATO Fumika |
| Sexual Harassment in tde University: Factors Influencing Perception | AIBA Keiko |
| Feminist Perspective of Body | HAYASHI Chiaki |
| Special Issue: Institutionalization of Women’s Studies | |
| UENO Chizuko, EHARA Yumiko, HOSOYA Makoto, ASANO Chie, SENDA Yuki, OGAI Tokuko, MACHIDA Michiyo, FUKAZAWA Junko | |
| Progress Report: | |
| NAKAJIMA Miyuki’s Yakai “Kinkanshoku” (Evening Concert “An Annular Eclipse” | FUJITA Hiromi |
| Book Reviews: | |
| Marilyn Jacoby Boxer. When Women Ask tde Questions: Creating Women’s Studies in America | ONOSAKA Junko |
Published by tde Women’s Studies Association of Japan, Tokyo, Japan
NewsLetter 第89号 2002年2月発行
日本女性学会NewsLetter
(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)
女性学会ニュース第89号[PDF] 2002年2月発行
学会ニュース
日本女性学会 第89号 2002年2月
次回大会予告
(略)
■女性センター情報4
次回大会会場仙台エルパークより
エル・パーク仙台は、1987年にオープンした仙台市の女性センターです。七夕で有名な東一番町通りとケヤキ並木が美しい定禅寺通りが交じわるこの場所は、仙台市の文化、行政、観光、交通の要所でもあります。また、この建物は当時、市街地再開発ビルの中に公共施設が入り、一体的な運営を行っている成功例としても、関心を呼びました。
二つのホールを持つセンターは、今でも、年間17万人が利用し、市民利用文化施設という側面も併せ持っていますが、一方では、このことが施設を女性センターとして理解されにくいという課題も残すことになりました。今、東北地方各地に続々女性センターがオープンし、まさに、東北からも力強い変革の動きが現れています。エル・パーク仙台は、男女平等に関する啓発事業をはじめ、相談、託児事業を行ない、東北地方の男女平等の取り組みの底上げの役割を一定果たしてきました。中でも、特筆すべきは、グループ活動支援のための「女性サークル室」の存在です。今や、女性センターばかりでなく、市民活動支援施設には必ず併設される、印刷機やロッカーなどを備えたフリースペース、このアイデ
ィアと精神は、ここから全国に広がっていきました。
昨年4月、男女共同参画社会基本法の施行も受け、仙台市は、その取り組みを一層強化するために、(株)せんだい男女共同参画財団を設立しました。財団はエル・パーク仙台の施設と事業の管理を市民文化事業団から引き継ぎ、施設の位置付けもより明確になりました。
今年の6月、仙台市内はワールドカップサッカーの公式戦開催、イタリアチームを本拠地として迎え、何かと賑わっていることでしょう。皆様のお越しを心よりお待ち申し上げます。
■研究会のお知らせ
| 日時 | 2月18日(月)、 6時30分〜9時 |
| 場所 | 文京区女性センター (丸の内線本郷三丁目下車3分) tel 03-3814-6159 |
| 講師 | ジャクリーヌ・ベルント 横浜国立大学人間科学部助教授 「米国の日本研究からみたエロマンガ/レディスコミック」 北原みのり 「オーストラリアのポルノ規制と日本の現状比較」原稿募集 |
次号(5月上旬発行)掲載希望の原稿〆切は3月末日。
臨時特集:
テロと戦争にフェミニストはどう対抗するか
●あげた手をおろす 上野千鶴子
昨年の同時多発テロ以来、なんともやりきれない思いが続いている。テロは許せない。何の関係もない民間人の命を奪ったのは卑劣だ。怒りがわく。そしてこぶしを握りしめて手を挙げる……その手をどこにふりおろそうというのか?
アメリカは挙げた手を、アフガニスタンにふりおろした。世界最大の軍事大国が、その軍事技術の粋を尽くして、長年にわたる戦乱で疲弊しきった貧しい小国をたたきのめした。ブッシュ大統領が決断したこの宣戦布告なき戦争、国際法にのっとらない他国への攻撃行動を、アメリカ議会はたったひとりの反対を除いて支持した。世論の圧倒的多数派も大統領の決断に賛意を示した。たったひとりの反対派は、バーバラ・リーという女性議員だった。女は平和主義者なのか?いや、彼女以外のすべての女性議員は賛成にまわったのだし、ブッシュの軍事戦略の影には、ライス長官という女性の参謀役がいる。国民の8割の支持のなかには、当然たくさんの女性が含まれている。
小泉政権がただちにブッシュ支持を表明し、テロ特措法を性急に決めたとき、日本国民の賛否は、男性と女性とでは逆転した。女性のほうが武力の行使にためらいを示した。だから日本の女は平和主義者だと言えるだろうか?半世紀前、女たちが翼賛の旗を振ったことをおぼえているわたしたちは、女だというだけで自動的に平和主義者だということにはならない、と知っている。
新聞の投稿欄に、女性のつぶやきが載っている。アメリカのアフガニスタン攻撃に批判的な感想をもらした彼女に、夫は声をあらげてこう言った、という。
「だからって、何もしないわけにはいかないだろう?」
アメリカの男は、アメリカの女たちも、おなじように言う。アメリカのフェミニストもそう言う。
「だからって、何もしないわけにいかないでしょう?」
わたしはそれを聞くたびに思う。アメリカのフェミニストは、フェミニストである以前に、アメリカ主義者だ、と。彼女たちはいったい何をしているのだろうか?声が聞こえてこない。そう思っていると、タリバーンが女性から職をとりあげ、教育を禁止し、ブルカを強制した性差別者だ、だから攻撃してもよい……という声がとどく。わたしのきもちわるさは募る。これがフェミニズム?武器と暴力でおしつけられる「解放」って何だろう?フェミニズムとは、他者の救済ではなく自己解放、なによりも自己定義権の獲得のことではなかっただろうか?「これがあなたにとって解放よ」と、当事者以外のだれが、アフガニスタンの女に「教えてやる」ことができるだろう?
理不尽な暴力に遭う。ゆるせない、と拳をにぎりしめる。そこまではおなじだ。そこで、くちびるをかみながら拳をおろす。そんな経験を、わたしたちはしてこなかっただろうか。ヒロシマ、ナガサキの惨劇のあと、日本には拳をふりあげる力さえなかった。夫に殴られつづける妻も、食ってかかって反撃したりはしない。なぜか。自分の無力さが骨身に沁みているからだ。反撃すれば、もっと手痛いしっぺがえしが待っていることを、知っているからだ。この経験は、無力なものには親しい。
「だからって、何もしないわけにいかないでしょう?」
そう言えるのは強者の権利。強大な軍事力という危険な道具を手にしたもののおごり。
わたしは湾岸戦争のときに、あるアメリカのフェミニストと激しい議論をしたことを思い出す。湾岸戦争を批判したわたしに、彼女はこう言ったのだ。
「だったらあなたはフセインの蛮行をだまって見ていろ、というの?」
そう。そのとおり。ヒロシマの人々は、アメリカの蛮行をされるがままに受けいれた。ニカラグァの人々もアメリカの侵攻を黙って耐えた。なぜなら……無力だったからだ。
もしあなたが無力なら、あなたは反撃しようとはしないだろう。なぜなら反撃する能力があなたにはないからだ。あなたが反撃を選ぶのは、あなたにその能力があるときにかぎられる。そしてその力とは、軍事力、つまり相手を有無を言わさずたたきのめし、したがわせるあからさまな暴力のことだ。
反撃の道が封じられているとき。わたしたちはどうしたらいいのだろう?問いは、ほんとうはここから始まるはずだ。同じだけの力をつけたらよい、という答は、相手と同じ土俵に乗ることを意味する。それができないからこそ、無力な者の思想がためされる。
わたしはフェミニズムを、ずっと弱者の思想だと思ってきた。もしフェミニズムが、女も男なみに強者になれる、という思想のことだとしたら、そんなものに興味はない。弱者が弱者のままで、それでも尊重されることを求める思想が、フェミニズムだと、わたしは考えてきた。
だから、フェミニズムは「やられたらやりかえせ」という道を採らない。相手から力づくでおしつけられるやりかたにノーを言おうとしている者たちが、同じようにちからづくで相手に自分の言い分をとおそうとすることは矛盾ではないだろうか。弱者の解放は、「抑圧者に似る」ことではない。
アフガニスタンでは「戦争」がまだ続いている。挙げた手を、いつ収めればよいか、事態の収拾の時期をブッシュはつかみかねている。最近の世論調査によれば、「ビンラディンを拘束するか殺すまで、空爆をつづけるべきだ」という意見に、アメリカの多数派が賛成したという。テロ対策、つまり「自衛」が、この正統性のない攻撃の大義名分だから、「敵」将の首級を挙げなければ、矛を収めることはできないのだ。
しかもこの機に乗じて、「テロとの闘い」の名のもとに、イスラエル政府によるパレスティナへのあからさまな武力攻撃が始まった。ゲリラ的な攻撃や自爆テロに対する「報復」として民間人の住む街や施設が破壊され、犠牲者が出る。アメリカのアフガニスタン攻撃と同じ論理、同じやりくちである。そしてアメリカとおなじく、それをおしとどめる力はどこにもない。アメリカは「テロ対策」と称して、フィリピンにも軍隊を送り、軍事行動を開始した。「テロとの闘い」という名目さえあれば、アメリカの軍隊は世界中いたるところで主権を無視して軍事行動をおこすことができる。「パックス・アメリカーナ(アメリカの平和)」が、あからさまな暴力で支えられていることを、こんなにも目に見えるようにしたのが、ポスト冷戦の効果というべきだろうか。
アフガニスタンの人々にしてみれば、犯人だという証拠もなくどこにいるか所在もあきらかでないビンラディンという、しかも外国人のために壊滅的な打撃を受けることになった。ピンポイントというが、爆撃は軍事施設だけを破壊するわけではない。その下にいる人間を殺傷し、民間人を犠牲にする。アフガニスタンで犠牲になった6万人といわれる人々は、いったい何のために死ななければならなかったのだろうか?
空爆の恐怖を覚えている人々が日本にはいる。そのひとたちは、空爆下のアフガニスタンの人々に、半世紀前の自分のすがたを重ね合わせている。11月26日の朝日新聞の歌壇には、次のような歌があった。
「空爆のニュース日すがら流れいてむせび泣くなり沖縄の母 新里スエ」
東京大空襲では10万人の人々が死んだ。主として民間人だ。空爆は第1次世界大戦のときにドイツがはじめて考案し、ただちにイギリスが追随した。しかも民間人を直撃する都市のじゅうたん爆撃だ。なぜこんな無法な攻撃方法が、戦争犯罪と見なされなかったのだろう?非人道的攻撃と?だが、日本という国は、核兵器さえ非人道兵器と主張することのできない国だ。
しかしただちに次のような問いが浮かぶ。合法な戦争というものはあるのだろうか。人道的な攻撃は?戦争犯罪というからには、犯罪にならない戦争があることになる。「戦争犯罪」というかわりに、どうしてわたしたちは、「戦争が犯罪だ」ということができないのだろう?
日本人の一国平和主義とは言われたくない。女は本質的に平和主義者だとも信じない。もしわたしたちが、今でもそしてこれからも、フェミニストをなのりつづけるなら……憲法ナショナリズムにもジェンダー本質主義にもよらない非戦・非暴力の論理を構築することが、思想としてのフェミニズムに求められている。もしあらゆる暴力が犯罪だ、と言うことができなければ、わたしたちはDVすら解決することができないのではないだろうか。
●アクティビズムの必要性 レベッカ・ジェニソン
昨年の11月にアメリカの国際法に反する「報復戦」がエスカレートしていた。イスラムの人々にとって重要なラマダンに入っても、「空爆は中断しない」とブッシュが宣言した頃だった。「みやビジョン」というケーブルテレビ会社がイギリスのBBCとの契約を止めたために、私は仕方なく、CNNを見ることになった。
湾岸戦争のときより、メディア操作が徹底しているといわれているなかで、アメリカのテレビで絶対報道されないことは、地上戦、難民キャンプやアフガンの人々が直面している飢餓の危機、世界中で高まっている「反米」の意識、そして、アメリカ国内にある「反戦」の運動などなどであった。しかし今回、さらに特徴的であるのは、「ブッシュ型女性解放論」であり、これは湾岸戦争のときにはなかったメディア戦略である。
11月16日の各社の新聞一面には、「ブルカをとり、笑顔でカメラを見ている」アフガンの女性の写真が載った。同じ日に、大統領夫人のローラ・ブッシュが初めて全米ラジオ放送に登場し、「テロに対する戦いは、女性の権利と尊厳を獲得する戦いでもある」と訴えた。ローラ・ブッシュの演説の最中、 1992−97年の間、戦時下の虐待で「有名な」北部同盟のドスタム将軍が、アメリカの軍事的支援を受けながら、カブールに侵入していた。その数週間後、ブッシュ大統領自身が、「アフガンの女性/子供たちは、十分苦しんだ。われわれの偉大な国アメリカが、彼女らを救済し、希望を与えるように、最善の努力をしています」と演説した。
日本においても、アメリカのメディア(報道)に対するさまざまな分析や批判が行われているが、ここで、10月15日という早い段階にインダパール ・グルワール他、6人の女性学研究者たちが出した声明文の一部を紹介したい。 ”Transnational Feminist Perspectives Against War”という声明文がProfessors for Peace (http://www.action-tank.org/pfp) というホームページに掲載された。それは、目の前で起きているメディア操作や、暴力/武力の推進の仕組に光を当て、反帝国主義、反レイシズムをめざすフェミニズムの立場を主張しているものとして、私は11月なかばに興味深く読んだ。(この長い文章の翻訳する時間もエネルギーもなかったので、一部を要約しここに紹介する。読者にはなるべく原文を直接みていただきたい。)
- 非暴力の解決を求めることは勿論のこと、今回盛り上がっている「国家主義」の徹底的にジェンダー化、人種化された効果を分析しなければならない。例えば、メディアにおける戦争報道のなかでは、強制的異性愛とその二元論的ジェンダー役割が再生産されていることに注目しなければならない。
- アフガンの女性たちが、飢餓、暴力に日常的に直面していることは、タリバン政権の責任だけではなく、むしろ、もっと長い間続いた植民地や戦時化の状況のためである。アメリカの責任も大いにある。戦争という暴力の下で、ブッシュが「文明」と「救済」を説くのは納得できない。
- 「テロリズム」というtropeを解体しなければならない。そのトロープが冷戦構造において、「反テロ」対策を名目にして、どれだけ、どのように利用されてきたか。そこで、「テロリスト」とレッテルを貼ることでどれだけ人種差別を再生産してきたか。また、新しい「危険な」カテゴリーである「ムスリム」の人々にも注目しなければならない。
- ムスリムの女性たちの不在、または、「ビクティム」(犠牲者・被害者)として、組み込まれていく、取り組まれていくことに注目しよう。同時に、「白人」や「西洋人」としてみられる女性たちが「救済者」、文明の代表として表現されていることにも注目しなければならない。メディア産業におけるイスラム文化への攻撃に対して、フェミニズムのアプローチがどのように組み込まれ、悪用されているかを分析しなければならない。
- 軍事的介入に反対する。それが西、中央アジアに広がりかねない危険性を認識しよう。国家主義的、二元論的用語を拒否し、人種差別的なプロファイリング(意図的なイメージ作り)を許さない。国家主義的、または国際的軍事介入を、「女性解放のため」というな発言は絶対みとめない。
今日の新聞の一面に「アジア・アフリカ人のテロプロファイリングが開始される」と報じられている(International Herald Tribune, Jan. 20, 2002)。21世紀の始まりが暴力/武力の暗い影に覆われているなかで、「トランスナショナル」、anti-racist, anti-imperialistなフェミニズム 理論とアクティビズムもますます必要になっていると思う。
以下のホームページ参照:
Professors for Peace Website: http:www.action-tank.org/pfp
Flanders, Laura. “Beyond the Burga,” ZNet Commentaries, Dec. 14;http://www.zmag.org/
■研究会報告
「ポルノと性表現をめぐって」研究会報告
12月25日、予定していた紙谷雅子さんが急遽参加不可能になり、幹事の江原、船橋、細谷の3氏の報告について参加者10人で活発なディスカッションとなった。
3人の報告は、ポルノ問題について、規制の根拠と可能性という枠組みでおこなわれた。
ポルノグラフィの定義については、性表現に対する受け手の側の快/不快の問題、すなわち個人の主観的質的解釈や、性表現が他者に及ぼす影響、すなわち客観的量的解釈に、定義の尺度を還元してしまうことによって問題が見えにくくされてしまうのではないかという意見が出た。
結論として、ポルノグラフィの定義は、法規制に賛成派と反対派の人々の言説を実際に分析しなければわからないので、何を議論の主題とするにしても、その前段階として、その議論を行う前の準備が必要であるということで一致した。
個人の嗜好やニーズ、すなわち個人の自由と自己決定の問題と他人への迷惑の問題は、例として、たばこの喫煙が取り上げられ、消費者個人の自己決定の問題、喫煙者のマナーおよび喫煙のルールの問題、生産者側の問題、という観点から議論され、ゾーニング制やグレード制によって規制する方法も出たが、たばこの喫煙とポルノグラフィを同列に論じることの問題点として、ジェンダーブラインドな議論に陥っていることが指摘された。
むしろ、電車内や路上で見られる性差別的な宣伝広告に対する地道な抗議活動の重要性や、夫や恋人からのポルノグラフィの強要やポルノグラフィ制作の現場で起きている性暴力を問題化していくことが重要であるという意見が出た。
結論として、フェミニズムはポルノの法規制に対して、まずは現状の「自由主義」の言説実践に見える性差別を指摘し、他方で生身の女性のセクシュアリティの多様性を尊重していくことが重要であるということで一致した。
最後に、ポルノ規制に反対するなら、性表現の自由の保護を名目に、あたかも性的客体となることが「女性の性の自由」であるかのようにそれを固定化し、女性に対する抑圧をこれまで以上に推進するものではあってはならないし、ポルノ規制に賛成するなら、女子の保護を名目に抑圧的な社会秩序を守るための手段として利用されてはならない、と私には思われた。総じて、慎重論が優勢だった。
■ホームページのご案内
2001年4月より、日本女性学会のホームページを開設しました。内容も徐々に充実し、現在、規約、入会案内、学会誌、研究会に加えて、新たにニューズレター(過去1年のもの)を見ていただくことができるようになりました。是非ご覧いただき、ご意見ご要望をお寄せ下さい。ホームページアドレスは表紙をごらん下さい。
■書評
竹中恵美子編『労働とジェンダー』 明石書店、2001年
労働の平等はフェミニズムが長く取り組んできたにもかかわらず、依然として解決の困難な課題である。近年進行している労働の女性化は、性別役割分業によるジェンダー格差を解消するというよりは、むしろ安い不安定な労働力としての女性の労働の新たな搾取のように見える。しかし市場労働への女性の登場は、支払われないがゆえに「見えない労働」であり続けた家族内の再生産労働をはじめとするアンペイドワークに焦点を当て、労働の概念を大きく変えることになった。
本書はこれまでの経済学枠組みそのものを問い直し、生産人間の再生産の経済学を提起することをめざす『叢書・現代の社会とジェンダー』全5巻(竹中恵美子、久場嬉子監修)の第2巻として編集されている。構成は第1部が総論で、労働の定義をめぐる新しい問題提起やそれをめぐる議論の検討、整理、およびジェンダー概念を導入した日本経済の分析が行われている。第2部では、日本の労働におけるジェンダー的特質を規定する要因を労働組合、労働市場政策、ビルメンテナンス業のケーススタディ、パート労働、労働時間政策などの多角的な観点から検討している。第3部では、農村労働市場、ケアワーク、ボラントリー・セクターなど、従来の労働概念の外に会った自営業、アンペイドワークをとりあげ、トータルな労働力再生産の社会化論をめざしている。
今日労働をめぐる状況は大きく変化しつつある。従来の男性世帯主のフルタイム労働を基準とする労働観では、その多くを女性が担っている、多様化し、不安定性を増していく新たな雇用形態を捉えることはできない。日本の実情に即した具体的な問題提起は大変新鮮で、学ぶところが多い。本書をきっかけとした労働とジェンダーをめぐる新しい議論の展開が期待される。
■会員情報
キャンパス・セクシュアル・ハラスメントネットワーク関西ブロック例会
『セクシュアル・ハラスメント問題解決に役立つ相談機能を目指して〜東大の場合〜』
講師:東大セクシュアル・ハラスメント相談所・非常勤相談員 丹羽 雅代さん
日時:2002年3月21日(木、祝) 14時〜(13時30分開場)
場所:ウイングス京都(京都女性総合センター)
市営地下鉄烏丸御池駅・四条駅下車、阪急烏丸駅下車(いずれも徒歩約5分)
(京都市中京区東洞院通六角下る) tel:075-212-7470
東京大学では、ハラスメント対策委員会が発足し、専門相談員が常駐する相談窓口をスタートさせました。全国の大学にさきがけるこの新しい取り組みについて運用の実態をうかがいます。
事前申し込みは不要です。キャンパス・セクシュアル・ハラスメント全国ネットワーク会員以外の方も自由に参加できます。問い合わせ先:三宅川(みやがわ) 天理大学おやさと研究所
天理ジェンダー・女性学研究室からのお知らせ
2002年3月24日(日)天理にて、シンポジウム「エコフェミニズムの可能性—フェミニズム・エコロジー・宗教」を開催します。
場所 天理大学研究棟3階 第一会議室
プログラム[午前の部]
基調講演
カレン・J・ウォレン (マカレスター大学教授、哲学倫理学)逐次通訳付
[午後の部]
パネルディスカッション 「日本におけるエコフェミニズムの可能性」
パネラー 河上 睦子(相模女子大学教授)
小原 克博(同志社大学助教授)
萩原なつ子(宮城県環境生活部次長)
堀内みどり(おやさと研究所助教授)
詳しくは下記までFAXでお問い合わせ下さい。プログラム、宿泊案内、交通案内等をお送り致します。
天理大学おやさと研究所
天理ジェンダー・女性学研究室 シンポジウム係
FAX 0743-63-7255 担当 金子珠理
■会員の活動
白水紀子『中国女性の20世紀−近現代家父長制研究』明石書店
深澤純子、堀田碧・森野ほのほ『ジェンダーセンシティブからジェンダーフリーへ−ジェンダーに敏感な体験学習』すずさわ書店
『子どもは私の生きがい』−DVサバイバーへの援助
(インスー・キム・バーグのソリューション・フォーカスト・アプローチ入門)
日本語版60分ビデオ、消費税・送料込み10,000円
DV(ドメスティック・バイオレンス)の被害者への有効なカウンセリングの一つの方法が示されている面接のビデオです。
制作・販売・問い合わせ先:カウンセリングSoFT 玉真慎子
栗原涼子『日米女性参政権運動史 The Japanese Woman Suffrage Movement inComparison with the American Movement』 信山社 5,300円
NewsLetter 第88号 2001年11月発行
日本女性学会NewsLetter
(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)
女性学会ニュース第88号[PDF] 2001年11月発行
学会ニュース
日本女性学会 第88号 2001年11月
誌上シンポジウム
「女性学の制度化をめぐって」(2)
■女性センターについて想うこと
船橋 邦子
8月に行われた国立女性会館(NWEC)主催の「女性学・ジェンダーフォーラム」に参加した。例年どおり、自分たちでワークショップを企画している女性たちが全国から集まり、熱気でパワーが充満していた。残念ながら日本女性学会はとても太刀打ちできないパワーだ。私は、1980年代後半から企画委員として前身である女性学講座にかかわってきたせいか、同窓会のような思いで、多くの参加者の方々と再会を愉しんだ。(しかし、それだけ小さな世界なのだ。私の選挙結果をみて、応援して下さった全国の方々から自分たちの地域での広がり、男女共同参画への認識の現状、女性運動の真の力を再認識したというお便りをいただいた。)数あるワークショップのなかから女性センターに関するものに参加した。最近では、男女共生、男女共同参画推進、あるいは支援センターなどに名称変更しているところが増えてきている。女性差別が厳然と存在するなかで、男女共生、男女共同参画もないだろう、という批判はごもっとも。マーでも、定年退職した男性を取り込むのも悪くはない。要は、女性センター、男女共生、男女共同参画センターの目的をどう認識しているかの問題だ。それは、女性差別撤廃にとどまらず、いままでの男性中心社会が価値としてきたもの、その文化を変革し、新たな価値と文化を創りだしていくことだ。ところが、現実はセンターの運営においても、女性のアンペイドワーク、有償といえども信じがたいペイ、しかも運営にかかわる女性たちを行政側が階層分化している実態もあることが、明らかにされた。
女性たちのすばらしいパワーが行政、体制に実にうまく利用され、女性たち自身もそれで不満に思いつつも、その状況に甘んじている。制度化された女性センターが、体制の補完ではなく、目的達成のための機能を果たせるためにも、NWECや日本女性会議に参加する女性たちに、私を含め、女性学教育・研究に携わってきたわれわれが、女性学の本来の目的をより一層、明解に伝え、女性センターの運営、企画においても、従来の男性社会とは異なる、オルターナティブな方向を見出す努力が求められているように思う。
■大学院生の立場から
◇ 現在私は、女性学を専攻している大学院生です。以前には授業科目になかった女性学を、(大学)制度のなかで、それも専門分野として学ぶことができることはとてもうれしく思う一方で、日々疑問も感じています。
まず、就職の問題については、学位論文を書いても就職がない先輩の姿を見ていると、女性学で論文を書くには「自分が書きたいから」という純粋に自発的な動機がますます支えとなり、そうなると、好きでやっているのだから就職に結びつかなくてもしかたがないと諦めざるをえなくなります。実際、一旦は女性学コースの門をくぐりながらも、女性学では就職ができないからと、既存の学問分野に入りなおす人もいるような状態です。
また、指導教官との関係においては、集まってくる学生の研究関心が、女性学という学問の性質上多様であるにもかかわらず、女性学を専門とする教官の人数が限られているのが現状です。このことは、女性学がその他の学問に比べていまだ狭い世界にあるということからも、指導教官への依存度を高くさせ、気がつけば、心身ともに身動きがとれないと学生の側に感じてさせてしまうことにもなります。このような閉塞状況を乗り越えるには、相当の「心意気」が必要であることはいうまでもありません。
ここにこのような一学生の現状認識を書いたのは、これまで指摘されてきた女性学の制度化をめぐる問題が、一方で、個人、とくに学生・院生の「心意気」の問題だけに返されてしまう向きがあると危惧していることを指摘したいからです。女性学における就職難などの問題が常態化している状況のなかで、学生は就職ができるかという悩み以前の段階で消耗しているような気がします。だからこそまずは、これまで自分自身が乗り越えていく、あるいは乗り越えていかなければならない個人的な問題として抱えてきたことをひとつの意見として発言しようと思いました。権力構造に敏感になることは、女性学こそが率先して実践していく問題であり、この視点がまさに制度化の最中にある女性学の構造自体を問う取り組みのなかで見落とされるべきではないと強く思います。
(大学院生 博士課程)野田さやか
◇ 大学院で女性学を専攻しているにも関わらず、今回の大会特別部会のテーマが、女性学の制度化・権威化と聞き、正直私はあまりピンと来なかった。それは、女性学の制度化・権威化ということばが、壇上でも触れられた「一つの大学に女性学の教員は一人いれば十分」という大学の現状と合致しないように思えたことにもよるが、この度の学会大会に参加して感じたものとも、合致しなかったからだ。
日本女性学会大会は、僅かではあるけれども私の知っている、どの社会学会大会よりも、院生や教員という参加者だけでなく研究機関外の人たちが、その存在が見えるほど多く参加し、またそのような参加者への配慮が為されているように見えた。開催場所が大学ではなかったのも一つの要因となっているのかもしれないが、研究者であるか、その他の大義名分でもなければ参加しにくいような頑なさを、この度の学会大会で、私はほとんど感じなかった。失礼かもしれないが、そのことに逆に違和感を覚えてしまったほどである。
このような違和感は私の女性学に対する姿勢の問題なのかもしれない。女性運動の大きな波を経験してはいない私のような世代の者が女性学を専攻することは、自分のジェンダーやセクシャリティによって様々な問題を抱えているにも関わらず、自分の直面する問題の解決を求めて、というよりは、むしろ多くの興味深い学問分野から一つの学問をチョイスする感覚に近いものがあるのではないだろうか。だからこそ、他の学会でジェンダーが取り扱われる場合と日本女性学会における場合との違いに違和感を覚えてしまうのだと思う。
これは、まさに私が制度化された女性学しか知らないということを示しているのだろう。けれども、私たちの世代の多くの女性は、幸か不幸か、「女性学を学んだり女性運動に参加したりしなければ人間として生きてゆくことができない」という自覚はない。このような状況のなかで、その学問を学んでいるというだけで「男に伍して戦う強い女」たることを期待される女性学に足を踏み入れた私としては、どちらかと言えば、さらに女性学が制度化されて、「強い女」たることを期待され自分の研究分野と普段の生活が照らしあわされるような負担を軽減させたい、あるいは、その負担に似合うような将来の展望を持てるようになりたいと願ってしまう。
壇上で、「院生には就職のことなど考えずに研究に専念して欲しい」という教員からの発言もあったが、フェミニストが感じる経済的に自立するべきというプレッシャーは、男性が感じるそれより、むしろ強いのではないだろうか。
(大学院生 修士課程)
※「誌上シンポジウム」にどしどしご意見をお寄せ下さい。
あて先は、牟田 伊田
研究会報告
《セックスワーク論とフェミニズム》
2001年9月14日 於東京ウェメンズ・プラザ
27名定員の部屋に30名前後の参加者で研究会をおこなった。川畑智子氏が「セックスワーク論は何を主張しているのか?」、杉田聡氏が「「セックスワーク論」批判」、細谷実が「セックスワーク論の可能性−聖母/娼婦の分断の批判に向けて」という報告をし、その後に全体で質疑討論した。
質問は、川畑氏には「性行為を売ることができるという考え方は、心と身体の一体性を保障しようとする現代 人権論を掘り崩すことになるのではないか」、杉田氏には「売春以外のホステスや女優やモデルなどがおこなう性的サービス商品の売却についてはどう考えるのか、また、男性売春者についてはどう考えるのか」、細谷には 「男たちには、聖母/娼婦の分断のような分断がなされないのはどうしてか」、などが出された。活発に意見交換がなされ、盛り上がったところで時間切れとなった。
現行の売春防止法の問題性に関して、売春婦取り締まりではなく買春男性処罰へと変えるべき(杉田)、売防法を撤廃して、代わりに売春婦と非売春婦のすべての人々の性的権利を保護する性暴力禁止法を作るべき(川畑、細谷)、と部分的には一致をみた点は特筆される。その後、15名前後が近所のお店に席を移し、11時過ぎまで意見交換をおこなった。
セックスワーク論の支持者と批判者とが一緒に研究会を持ち、実質的な意見交換をしたというのは、あまり他に聞かない話である。江原由美子氏の司会力の寄与も大きかった。
これまで、日本女性学会でセックスワーク論が論じられたことはなかったと思う。今後さらに議論していく必要のある問題であると考えられる。
(文責 細谷)
■研究会のお知らせ
日本女性学会と愛知淑徳大学ジェンダー・女性学研究所共催による研究会開催のお知らせ
日 時:2002年1月10日(木) 18:30—20:30
報告者:ベラ・マッキーさん オーストラリア カーティン工科大学教授、国際文化学部長 お茶の水女子大学 ジェンダー研究センター客員教授 専攻 女性学、日本女性史、フェミニズム
テーマ:フェミニズムと多文化コミュニケーション
場 所:愛知淑徳大学 研究棟 2階K1会議室
参加費:無料
報告言語:日本語
問い合わせ、申し込み先:愛知淑徳大学ジェンダー・女性学研究所
住所 480-1197 愛知県長久手町片平9
(名古屋駅より地下鉄東山線で本郷駅下車、バスで 大学前迄)
電話 0561-62-4111 内線498 山田清美
FAX 0561-63-9308
e-mail igws●asu.aasa.ac.jp (●を@に書き換えてください)
現在、お茶の水女子大学に客員教授として日本においでのベラ・マッキーさんを愛知県にお招きして、「フェミニズムと多文化コミュニケーション」をテーマに研究会を開催します。マッキーさんは日本のフェミニズムについての研究をライフワークとしておられ、かつアジア、太平洋諸国のジェンダーと社会変化についても研究しておられます。アジア、太平洋地区のフェミニズムについて最新情報を提供していただけると期待しています。
会員の皆様、ふるってご参加ください。参加希望者は予め上記連絡先にお申し込みください。
(國信)
※研究会の企画を募集しています。学会より補助が出ます。問合せ先は、細谷・江原
2002年度日本女性学会学会誌『女性学』10号
投稿原稿募集
1. 応募資格 日本女性学会の会員に限る
2. 応募原稿 論文、研究ノート、情報及び書評で未発表のものに限る。論文は主題について論証が十分なされている点に、研究ノートは主題の提起に独創性があり、今後の展開が期待される点に評価の価値がおかれる。また、情報とは、国内外の女性学をめぐる動向を意味する。 紙数制限(註・参考文献リストを含む):
論文(400字×50枚以内)、研究ノート(同20枚以内)、
情報、書評(同5〜10枚程度)
3. 応募原稿はワープロ・パソコンを使い、A4用紙に 40字× 30行で印刷する。使用言語は日本語とする。原稿は縦書きとする。学術論文であるが、専門分野の異なる人にも理解できる表現をこころがける。図および表は別紙に書き、写真は一枚ずつ別紙に貼る。通し番号をつけ、本文原稿の欄外に挿入箇所を指定する。
4. 投稿原稿は、コメンテーターによる査読がなされ、最終的な採否の決定は編集委員会の責任となる。
5. 掲載が決定した場合
(1)最終稿(2)英文による表題(3)論文の場合は、300words程度の英文要約を、フロッピーディスクで提出する(MS-DOSに変換し、使用機種、ソフトを明記する。)
編集委員会に送るもの(各7部)
■執筆者情報(A4一枚におさめる)氏名住所・電話fax番号(引越・海外移住の場合は新住所と移転日を明記)あれば電子メール・論文タイトル・関心領域
■論文・研究ノート・書評など原稿をホチキスでとめたもの(本文に氏名を表記しない)。
送付先
日本女性学会事務局
締め切り
2002年2月20日(厳守)
書式の詳細は次頁に記載。
執 筆 要 領
見出し/小見出し
原稿の最初に見だし/小見出しを掲げる
【例】
はじめに
一 読者研究と投書・投稿欄分析
二 「少女読者共同体」の規模と成員の年齢構成
三 読者ネットワークとしての「少女共同体」
(1)拡大する少女たちの「交際」圏
(2)活発化する読者ネットワーキング
四 「他者」の定義と共同体の境界
(1) 「他者」の摘発
(2) 読者と愛読者の境界
(3)「清い少女」の共同体
五 「少女共同体」の囲い込み
(1)共同体に対する監視の強化と「誌上交際」の成立
(2)封じ込まれる「少女的言説空間」
終わりに
文中の引用
書名は『 』、論文名、文中の引用には「 」を用いる。邦訳がないものは、執筆者訳による著者名、書名に続けて、( )を用いて原著情報を簡略に記す。註 註は、本文のその箇所にasの通し番号をつけ、内容は本文の後(文献目録の前)に一括して記載する。読者が読みやすい文章を心掛けるためにも、本文の流れの中に含めることができるものはできるだけ本文中に組み込み、省けるものは省く。
引用文献の出典は、註を使って記載してもよい。本文中に記載する場合は、括弧内に著者名、出版年(発行年、刊行年)(必要であれば該当頁)を記し、詳細は文献目録に記載する。参考文献目録 文献目録は、論文の末尾にまとめて記載する。
(1)参考文献目録は、本文、註の後に一括して記載する。
(本文、註、参考文献目録の順)
(2)著者名はABC順に並べる。(和書、外国語書混合とする。)
(3)同一著者の文献は、発表年度の古いものから順に並べ る。
(4)記載項目
著著(編薯)の場合:著者(編著者)名、書名、(出版社名、出版年)頁。
共著の場合:論文著者名、論文名、編者名、書名、出版社名、出版年、頁。
雑誌の場合:論文著者名、論文名、雑誌名、巻、号、(出版社名)出版年、頁。
邦訳のある場合は、邦訳者名、邦訳題名、(頁)出版地、出版社名、出版年を
原書の内容の記載後に続けて書く。
(5)日本語の場合:論文には「 」を、単行本、雑誌名 には『 』をつける。
英語などの場合:論文には” “をつけ、単行本、雑誌名はイタリックにするかアンダーラインを引く。
【例】
Firestone, Shulamith, The Dialectic of Sex, New York: Bantam Books, 1971 (林弘子訳 『性の弁証法』、評論社、一九七二年)
Mitchelle, Juliet, “Women: The Longest Revolution,” New Left Review, No.40 (November-December, 1966), pp. 11-37.
井上輝子 『女性学への招待』、有斐閣、一九九二年。
亀田温子 「平等をめぐる世界の動き・日本の動き」 西村絢子編著『女性学セミナー』、東京教科書出版、一九九一年、二二四〜二四八頁。
〈女性センター情報〉3
「女性センター」で働き始めて1年
三井マリ子(とよなか男女共同参画推進センターすてっぷ館長)
夜8時半。羽田を飛び立った飛行機から大阪の明かりが見えてくる。
機内からの夜景は美しい。夕食後の家族だんらんの時間だ。この家々の明りの下で暴力に苦しんでいる女性がいるなんて想像だにできない。
しかし実態は? 豊中市の調査(注)によると、身近な男性から暴力を受けた女性は7割にのぼる。拳骨や物で殴りられたり、髪を引っ張られたり。その結果、「包丁で切りつけられ胸に血がにじんだ」「頭を縫う怪我をした」。
身体への暴力ばかりではない。「帰宅が遅いと怒られ」「子どもが泣くと、外へ連れて行けと怒鳴られ」「友人とのつきあいを制限され」と、女たちは精神的に支配され追い詰められている。
私が、大阪豊中市の男女共同参画推進センターすてっぷで働くようになってちょうど1年。DV法施行を控え、今、センターは関連事業がめじろ押しだ。豊中市は人口40万の住宅都市。大阪中心街から電車で15分。議会には、全国初の車椅子女性議員が健在で、町には、「女の喫茶店フリーク」の姐御たちがいる。
そんな自治体で、性暴力や性差別撤廃のために働く仕事はおもしろい?と思って就任したのは「初代館長募集」に応募し、受かったから。日本に200以上ある公的女性施設館長が公募なのは、日本で、現在、豊中市のみ。公的ポストは全て公募の北欧とは大違いだ。
しかし、頭を抱える問題も多い。50億円で建てた4500施設にしては職員不足。常に忙しく連絡調整時間不足。市からの出向職員と非常勤職員間の雇用条件の格差。財団方式とはいえ市の丸抱え予算であり、それゆえ制約も多い点。
こうした点を抱えつつも素敵なのは男女平等への情熱と能力を持った職員に囲まれてること。今月招いたストックホルム市議に「プロフェッショナルな雰囲気で講演しやすかった」と言われホッとした。長距離通勤は身体にこたえるが、参加者のメモに「からだが震えるほど感動しました」という走り書きを見つけた時など、疲れは吹き飛ぶ。
視察大歓迎。 06-6844-9772
注)「夫・パートナーからの女性に対する暴力」調査報告書 (2001年3月、豊中市人権文化部女性政策課発行)
■渡辺和子さん追悼文集案内
〜渡辺和子の人生は、日本の女性学の歩みそのもの〜
—「女性学年報」第22号 特集 渡辺和子追悼集
「ネットワーキングの20年—運動とシスターフッドのフェミニズム—」のご案内
日本女性学会幹事を数期にわたってつとめられ、昨年末逝去された会員渡辺和子さんの追悼集が、このたび日本女性学研究会の「女性学年報」第22号の特集として発刊の運びとなりました。総勢60人の執筆者が渡辺さんのお仕事や思い出を寄せています。内容は以下のとおりです。
渡辺和子さん追悼集発刊にあたって 姫岡とし子
I 部 渡辺和子 遺稿
論文 「ロマンティックな友情」の表象
—ジュエットとフリーマンのクローゼットのなかの女同士の関係— 渡辺和子
解題 「ロマンティックな友情」を生きた人 竹村和子
学会コメント 「日本における男性の美容」について 渡辺和子
解題1 和子さんと共に会議に参加して 落合恵美子
解題2 会議のオーガナイザーとして ジャン・バーズレー/落合恵美子訳
講演 女性の人権の立場から 渡辺和子
II 部 渡辺和子さんを通してみる80年代・90年代フェミニズム
1章 運動
1. メディアにおける性差別
「まいっちいんぐマチコ先生」に抗議します−性差別を訴えて 渡辺和子
まいっちんぐマチコ先生 坪井眞規子
2. 女性学教育
「女性学教育ネットワーク」のチャレンジ 渡辺和子
渡辺和子さんと女性学敦育 内海崎貴子
『女性学教育の挑戦−理論と実践』ができるまで 金谷千慧子
3. 非常勤講師組合
渡辺和子さんと非常勤講師組合 伊田久美子
4. セクシュアル・ハラスメント
「キャンパス・セクシュアル・ハラスメント全国ネットワーク」の結成 渡辺和子
渡辺和子さんとキャンバス・セクシュアル・ハラスメント全国ネットワーク 沼崎一郎
渡辺さんが教えてくれたこと 牟田和恵
渡辺和子さんに出違って
−キャンバス・セクシュアル・ハラスメント裁判の原告として− 森夏奈絵
思い出の断片 中山まき子
矢野事件と渡辺さん 小野和子
おなごには、こんくらいにしとくと良か
−熊木県会議員セクシュアル・ハラスメント事件 田問泰子
渡辺和子さん、テクハラ問題に乗り出す 小谷真理
5. ドメスティック・バイオレンス
家庭内暴力のサバイバーとして 渡辺和子
ドメスティック・バイオレンス−相談現場から渡辺さんへの報告− 長谷川七重
2章 女性学
1. アメリカ文学
渡辺和子さんとアメリカ文学 別府恵子
2. 日本女牲学研究会
「十一月例会に初めて参加して」 渡辺和子
とうとうVOWの編集担当をやらないまま逝っちゃった
−日本女性学研究会と渡辺和子さんとの縁 松本澄子
3. 女性学年報
実践と理論をつなぐ—渡辺和子さんと『女性学年報』 藤田久美
ある年、夏の京都で 神川亜矢
4. 日本女性学会
いくつかの場面−日本女性学会幹事会で− 秋山洋子
5. フェミニズム辞典
『フェミニスム辞典』の翻訳に関わって 桂容子
6. グローバルネットワーキング
「世界女性会議ネットワーク関西」の結成にあたって 渡辺和子
世界女性会議ネットワーク関西と渡辺和子さん 森屋裕子
海外の女性学会で垣間見た渡辺和子さんのことなど 三木草子
3章 思い出
多湖正紀/本田須美子/青木理恵子/上田美江/上野千鶴子/ロベルタ・ウォロンズ/落合恵美子/傘敦子/北原恵/清水愛砂/楠瀬桂子/國信潤子/ジョイス・ゲルブ/児玉佳與子/レベッカ・ジェニスン/巽孝之/バディ・ツルミ/富岡明美/中西豊子/ジャン・バーズレー/平田洋子/福岡和子/古久保さくら/溝畑幸栄/森松佳代/米林安子
III 部 最後の1年
渡辺さんの最後の一年 三宅川泰子
和子さんの闘病 小貫慶子
世界市民、カズコ・ワタナベ フローレンス・ハウ/荻野美穂訳
渡辺和子さんを偲ぶ会のご報告 古久保さくら
年譜
(論文)
女性兵士の描かれかた 秋山洋子
母乳哺育の文化史序説 伊賀みどり
恋とわたしの領域と 藤田嘉代子
風景のなかの女 細川祐子
菊5版 352頁
定 価 2000円
発 行 日本女性学研究会
発 売 松香堂書店
*お申し込み先:540-0012 大阪市中央区谷町1丁目7-4
MF天満橋ビル6F オフィス・オルタナティブ
tel:06−6945−5160/fax:06−6920−8167
■書評
牟田和恵『実践するフェミニズム』
岩波書店、2001年、2400円+税
フェミニズムが学術的目的のみに奉仕し、現実の女性差別的現実を変容する力に何の手も貸さないのでは無意味、という視点にキチンと立つ著者ならではの、よく整理された問題提起である。具体的事例もあがっているためにわかりやすい。セクシュアリティ(特に性暴力)にテーマを絞ったところに今日的意味もある。
なかでもセクハラに関して、「どのような行為や言辞をセクハラというのか」といった絶えまない質問をめぐって、著者はそのような基準の有無より、性差別と結託した権力構造を問題にしていくべきだと述べる。そしてともすればこのように「風俗問題的レベル」として捕らえられがちな論点に警告を発する。どのような言辞も行為も、それに「ノー」が言えれば、そしてそれが障害にならなければ、セクハラと言われることはないはずであろう。評者もこの意見にはまったく同感である。
ただしプラクティス3は論旨がやや平板になっている(あるいは二項対立を止揚する論点を明確に提示できていない)ところが残念である。
それにしても、である。男女のこの認知のギャップをどうするか。セクシュアリティの感性(源初的情動といってもいい)と思考のフレームワークは一見別物にみる。しかし感性は都合よく後発の思考を取り込みアイデンティティの安定をはかろうとするのである。ジェンダーの社会化過程のこの領域におけるより深い掘り下げが必要だと思われる。
(河野貴代美)
■会員情報
キャンパス・セクシュアル・ハラスメント全国ネットワーク関西ブロック特別講演会
調査の極意教えます
〈大学でのセクハラ調査をどのように行うか〉
講師:辻本育子弁護士 (女性協同法律事務所・福岡)
ビデオ「セクハラ相談 加害者ヒアリングの進め方」(日本経済新聞社)上映付き
日 時:12月8日(土)1時30分〜4時30分
場 所:ウイングス京都(京都女性総合センター)
市営地下鉄烏丸御池駅・四条駅下車、阪急烏丸駅下車
(いずれも徒歩約5分)
(京都市中京区東洞院通六角下る)
tel:075-212-7470
参加費:3000円 学生1000円
大学でのセクハラ事件への対応では、被害者(相談者)・加害者(申し立てを受けた人)に対する「調査」が多くのケースで必要となってきます。しかし、双方の言い分は対立することがしばしばで、調査は容易ではなく、関係者を悩ませ、問題解決を遅らせることになってしまいます。そこで今回、職場・大学でのセクハラ事件を多く手がけ、調査にも携わっておられる弁護士の辻本育子さんをお迎えし、調査のノウハウ、知っておくべき法など、セクハラ調査の極意を学びます。はじめにビデオを上映しますので、実際には調査を経験したことがない方々にも調査の具体的なイメージがつかんでいただけます。各大学の担当者はじめ、セクハラ問題に取り組む方々に必見です。
事前申し込みは不要です。キャンパス・セクシュアル・ハラスメント全国ネットワーク会員以外の方もご自由に参加できます。
問い合わせ先:三宅川(みやがわ)
■会員の活動
◇会員の漆田和代さんより、高齢女性の性愛を喜劇タッチで描いた映画「百合祭」(浜野佐知監督)の上映のお知らせがありました。
9月26日より全国各地で上映会が行われています。
問い合わせは、「百合祭」上映委員会(tel:03−3426−0820)まで。
◇会員の坂田千鶴子さんより以下のご著書の報告がありました。
坂田千鶴子『よみがえる浦島伝説—恋人たちのゆくえ』 新曜社、2001
※「会員情報」「会員の活動」コーナーについて
会員から寄せられた情報を、とくに公共性の高いものを「会員情報」として、その他を「会員の活動」として掲載いたします。書籍の紹介も「会員の活動」として紹介します。掲載希望者はニューズレター担当(牟田、伊田)まで情報をお寄せ下さい。なお書評は従来どおり、寄贈本の中から、幹事会で選択して取り上げることといたします。
来年度大会案内
来年度の大会の日程と会場が以下のように決まりました。
日程:2002年6月8日(土)・9日(日)
会場:仙台エルパーク(仙台男女共同参画財団)
例年どおり、8日は大会シンポジウム(テーマは未定)、総会、懇親会。
9日は個人研究発表、ワークショップ、の予定です。
※個人研究発表、ワークショップの申し込みはニューズレター担当の牟田、伊田まで、
2月末日までにメールかファックスでお願いします。
NewsLetter 第87号 2001年8月発行
日本女性学会NewsLetter
(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)
女性学会ニュース第87号[PDF] 2001年8月発行
学会ニュース
日本女性学会 第87号 2001年8月
2001年度大会報告
総括
河野貴代美(代表幹事)
日本女性学会2001年度大会が、千葉市女性センターとの共同主催で6月9日(土)・10日(日)に行われました。女性(男女共同参画推進)センターとの共催は、フェミニズム(女性学)を地域の市民により知ってもらい、何らかの形で参加してもらえるいい機会です。千葉市のセンターはまだ開設されて1年半にしかならないために、建物が新しいのみならず、発表用の電子機器が完備していたのはありがたいことでした。紙上を借りてお礼を申し上げておきます。
さて、学会のフレームワークは例年と変わらず、特別部会(ラウンドテーブル方式)、懇親会に、個人研究発表(7本)、ワークショップ(3本)でした。
「女性学の制度化をめぐって」と題されたラウンドテーブル方式のディスカッションは、参加者200名弱という盛況。このテーマを取り上げた動機等は発題者、上野さんがすでにニュースレター86号にお書きになっているために繰り返しません。またディスカッサントの発表内容も、学会誌の編集委員の立場、リカレント教育受講者、近過去の「師ー学生」という関係性にあった者、など多士さいさいでした。
もともと「アンチ体制」(草の根的)として出発し、そこにカウンターフォースとしてのアイデンティティをもっていた女性学も、思えば遥かな道をきたものです。もういやおうなく「制度化」しているとの上野さんの指摘は的をえたものでしょう。トークンのような地位をしめているところもあることを考えれば制度化は不十分(江原)という意見も聞くべきものがあります。研究(専門知)と当事者性(日常知)の乖離(浅野、上野)、世代間格差・問題意識の違い(江原、浅野)、ポストが容易にない(大海)などの指摘がありましたが、なかなか論議を深めることができませんでした。その上に、観客には多様な人がいるわけで、テーマにそぐわない質問が出て、これは今後の課題だと思います。いずれにしても司会をふくめた9人のうち7人までが大学教員であってみれば、おのおのがこの制度化という現実をいかに認識し、「よりよい制度化」へ向けての取り組みをすすめるか、今後の大きな課題といえるでしょう。
特別部会〈女性学の制度化をめぐって〉
各発言者の報告要旨
・細谷 実
女性学のアカデミックな制度化が意味することは、女性学がそれ自身の内部に、金銭的基盤と、目的・モチベーションと、評価システムと、人的資源のリクルートシステムと、理論内在的な問題枠組みと問題群とを持つようになったということである。
かつては三位一体として存立していた「女性問題」と「女性運動」と「女性学」の中から、理論としての女性学が切り離され自立してきたわけで、研究者は「学問としての学問、学問のための学問」をしていくことが期待され、学習者は既製の理論体系と研究蓄積とを真理視することとなり、それらをお勉強していくことが 課せられる。問題は、
(1)自他共に認めるような研究者たちの制度的権威化の弊害。
(2)ある主義主張を持った思想(女性学もそうだ)が制度化されていく時の、ある種、護教的な態度が実践されていく危険性。
(3)若い世代は、上の世代が作った学問にまず出会う。自分たち自身の問題と運動と思想の三位一体から出発することの困難化。
(4)評価およびリクルートシステムは、たてまえとしては男女無差別に開かれる。その中で、「女性の女性による女性のための学問である」という制度化以前の女性学の性格付けは、特に「女性による」という部分は、否定される。それによる変質の可能性。
・深澤純子
7号、8号の学会誌の編集委員を務めて、女性学にかかわる人々もずいぶん様変わりしたのだとの感を強めた。
私が日本女性学会に入会したのは1987年、藤枝澪子さんに声をかけられて「視覚イメージの政治学」という大会セミナーで発表することになったのが、きっかけであった。美術大学で自分の経験した女性差別や西洋美術についての疑問を、ひとりであれこれ考えたり、調べたりしてはいたが、自分自身は「学会活動」なるものとは終生無縁であろうと思っていたので、躊躇が先にあった。しかし「何の権威もない」ということを聞いて、安心して入会した。そこでいろいろな分野の方とフェミニズムについて語ることは本当にたくさんの果実をもたらしてくれた。
そのうちに、自分もいつしか自治体の女性学の講座などで講義やワークショップの講師を務めたり、大学の非常勤もするようになったりと、自分が女性とアートに関して考えてきたことを、少しずつ外へ向けて表現するようになってきた。そんな手作りのプロセスで力となったのは、問題意識を共有する人々との数え切れないほどの話し合いが持てたということに尽きる。
学会誌に寄せられた投稿論文は、8号の編集委員会有志の小文でも触れているように、修士・博士課程の人で論文としての体裁が整うことに注意を払ってはいるが、フェミニズムの「魂」の希薄なもの、逆に自分が伝えたい思いはあっても説得力のあるかたちにまとまっていないものとに二分されることであった。投稿数は、ここのところ毎号20編以上ありながら、双方の要素がきちんと折り合いまとまったものになって、掲載に至るものは毎号2、3編に限られてしまう。なぜだろうか。6号の編集委員会のころから、この問題意識は継承されていた。
学会誌編集作業も、学会員が主体的に担っていることは、会員に共有されていることだと思っていたが、当日フロアから私に向けられた質問で、私のことを会員ではない専門の編集者であるとの前提のものがあったことに驚いた。私が編集委員を引き受けたのは(実際は他のメンバーに引っぱられたこととはいえ)、学会誌の編集という活動も、会員としての表現であるし、また義務であると思っているからであり、日本女性学会の活動自体が女性学の実践的な活動だと思っているからである。
女性学の専門化は専門家によってのみ担われているのではなく、本来プロとアマの境もないことがめざされているはずだ。学会誌『女性学』は、専門性に妥協する必要もない最もこわい読者を相手にしている、と誇れるものになるべきだと思う。
ステージに乗っている時に気づいたのだが、ステージに乗ったスピーカーのほとんどが国立、公立大学の関係者であった。これは女性学の「制度化」の実状を象徴しているのではないだろうか。
・上野千鶴子
日本の女性学は、制度化のふたつのオプション、統合か分離か?のうち、女性学部・学科を設立するという分離戦略の方向に行かず、結果として統合戦略を採用したことになる。そのなかで、学知の再生産の制度化を経験しつつある女性学が、今日直面している問題点を、現場の担い手のひとりとして、あらいだしてみたい。
わたしの専門分野である社会学のなかにおける、ジェンダー研究の教育目標は、(1)ジェンダー研究の分野での国際競争力のある人材の養成、および(2)社会学分野における(男性と競合しうる)競争力のある人材の育成、のふたつであるが、その過程で以下のような問題群に直面している。
(1)専門知と日常知の乖離
(2)統合による効果と逆効果(専門ディシプリンへのとりこみ)
(3)専門分野内における周辺化・ゲットー化
(4)世代間格差(動機づけ、アジェンダ設定、運動経験等)
(5)就職の困難
詳細に立ち入る余裕がないが、別稿を期したい。
・江原由美子
これまで10数年にわたり大学院で指導してきましたが、私は、大学院生の研究意欲や問題関心の持ち方にそれほど大きな相違が生じているとは思っていません。確かに主題には大きな変化があります。しかし、問題関心の切実さという意味では、現在の院生も、非常に強いものがあるように感じています。世代間に相違があるとすれば、むしろその問題関心をストレートに研究に結び付けられるかどうかということについての期待に違いがあるのではないかと思います。自分の世代では、まずそういうことは考えられなかった。けれども女性学の制度化が、「これを研究の主題として良いのだ」という期待を形成してしまった。ところが、「女性学の制度化」は実際には非常に不十分であり、さまざまな学問で必ずしも高い評価を受けているわけではない。論文評価や就職において必ずしも高く評価されないわけです。授業科目名・専攻名・学科名・学部名などにまで制度化されていない。教員個人の研究教育活動にとどまっています。教員の恣意が院生の状況を大きく規定している。こういうことの結果、期待と現実の落差という点では、現在の院生は過去の院生以上に、厳しい状況に置かれてしまっている。ここをどう解決するかということが、私は最も重要な問題だと思います。そのために日本女性学会ができることは何かを、討議できればと思います。
・浅野千恵
私が大学生だった80年代後半、現代思想がブームとなり、そのひとつとしてフェミニズムが登場した。家族や性といった問題を学問として取り上げる点に共感を抱き、女性学研究者を志した。後に指導教官となって下さった江原先生のもとに相談に伺ったとき、「自分は大学院を職業教育の一環として考えている」と言われ、「この先生なら」と思ったことを覚えている。
しかし、進学してみると、自分が思い描いていた状況とはかなり異なっていた。アカデミズムではフェミニズムや女性学は必ずしも評価されておらず、日常的な差別や偏見も根強い。そのために、志半ばで大学院を辞めていく女性たちも少なくないように思う。私自身、修士論文では「フェミニズム」という言葉を使わず、社会学のジェンダー研究としての体裁を整える「努力」をした。
大学院修士課程2年、博士課程8年の計10年間、私は大学院に在籍し、ようやくこの春に地方の女子大に就職した。これまで、なかなか就職できないのは自分の努力不足なのか、女だからなのか、こういう分野の研究をしているからか、それともポスト自体が少ないからなのかと、あれこれ思い悩む日々だった。しかも実感として、大学院生だった時にはそのような疑問を口に出したり、意識化したりすること自体を抑圧する力が働いていたような気がする。私たち若い世代は、当事者性が希薄だとか甘えているとかの批判も受ける。けれども、女性学やフェミニズムを正面に据えて学位論文を書くようになった初の世代であり、固有の困難も存在するのではないだろうか。今後、これらの問題になんらかの形で取り組むことができないかと私自身は考えている。
・千田有紀
シンポジウムでわたしに与えられた課題は、女性学の制度化のメリット、デメリットについて、大学院生時代の経験を織り交ぜつつ述べることだった。
制度化のメリットは、「研究テーマの正当性」が調達されることである。大学に女性学の専門家が来る以前は、フェミニズムというテーマを論じる妥当性を説得することに、研究の労力の大半を割いていた。どの分野でも新しいテーマを研究しようとする場合は同様のことが起こるのかもしれないが、これでは実際の研究に入る前に、若い研究者志望者が疲弊してしまう。
制度化のデメリット(?)は、にもかかわらず、女性学の専門家がいたとしても、アカデミズムの組織がもつ権力構造は、依然として存在するということである。とくに大学院生は、就職予備軍であり、組織のなかでは弱い立場にいる。このことは、一番セクハラのターゲットにされやすいのが大学院生であるというセクハラ調査結果などが、端的に示しているだろう。
女性学が制度化されることで、体制内化されてしまう危険性はある。しかし男性中心主義的に生産される知の現場に食い込んでいくことも、重要であると思われる。今後の課題は、各組織で女性学のポストを複数創設することの抵抗をどう改善していくかということである。また指導学生と指導教官を、同一視するような傾向にも危惧を覚えている。
・船橋邦子
女子大学の存在意義が問われる中で、大阪女子大学の女性学研究センターは、大学の特色・看板としての役割を果たしてきた。
地域に開かれた大学として府民向けの「女性学連続講演会」や「公開講座」、自治体の女性政策担当者に向けての「男女共同参画推進事業」の実施、女性学理論を深めるためのコロキアムの開催、副専攻としての女性学の位置づけ、韓国梨花女子大学アジア女性学センターとの学生フォーラム・アジアにおける女性学カリキュラムの構築にむけてのプロジェクトへの参加などの事業を実施してきた。しかし破産宣言をした大阪府の限られた予算の枠内では、事業開催のための予算獲得が専任研究員の任務であり苦労をした。
女性学の制度化のために女性学研究センターの果たす役割は大きい。韓国ではすでに11大学において女性学の修士課程がある。梨花女子大学では女性学の専任教師は5名、インドの女子大学の女性学センターの内容も日本と比較にならない程充実し、抑圧された女性の解放の学として、その存在は大きな位置を占めている。
女性差別や暴力のない、公正な社会の実現に向けて女性がいかに力をつけるか、そのための制度化こそが問われている。
・大海 篤子(おおがいとくこ)
私は子育てを終える頃、地域の活動を基盤に仲間が区議会議員に当選したことがきっかけになって1987年に法学部に入学しました。選挙が終わり、議会活動が始まったとき、議員も仲間も議会のことをほとんど知らないことに気づきました。その選挙で、地方議会に女性が出て行く流れはできたと思われましたが、選ばれる人も、支える人も政治、政治学、法律に疎い女性が多く、運動の発展を期待した私は、法律や政治学を学びたいと思ったのです。活動の中で学んだばかりの法律知識を生か
すチャンスがしばしばあり、本当に楽しく学びました。
活動家としての経験は、学問への意欲をもつ2つのきっかけをもたらしました。1つは政策に関して学びたいという意欲です。もう1つは、自分が女性であること、私と私の仲間に関していえば、主婦であることへの問い直しであります。自分の生き方、矛盾、問題を解決するための学問は、女性学が有効であろうと思っても、どこで学ぶことができるのか、現在の教育制度では見つけにくく、自治体の講座やフェミニズムの本を読んでも、すっきりとしない思いを抱いて日々を過ごしていました。私の場合は、お茶の水女子大学という数少ない女性学が制度化されているところを知り、活動家として学問に近づく2つの機会を生かすことができました。その点で、私は制度化された場で学び続けられた恵まれた立場ではありますが、メデタシ、メデタシというわけではなく、厳しい年齢差別のために、研究者としての道がほとんど閉ざされており、その戦いは熾烈で、現在の私は活動家と研究者の真中で揺れています。
◇フロアからの感想◇
・北田幸恵
大会第一日目午後の「女性学の制度化」をテーマにしたラウンド・テーブル・ディスカッションは、河野貴代美氏の司会で上野千鶴子氏、江原由美子氏など八名の発言者によって行われ、現在の女性学がおかれている状況を実によく反映したものとなった。この二十年余における日本の女性学の制度化の着実な広がり、そこで生起している多様で複雑な問題が浮き彫りになった。女性学とのかかわりの来歴と自己の場所。既成の学問分野との遠近度、ジェンダーか女性学か、アクティヴストか研究者か。教員か大学院生・学生か、大学院生・学生でも社会人か否か。女性学コースの設置大学・大学院か否か。業績を判定する側か受ける側か。その他、世代、地域などの複合的組み合わせによる立場により、一つの事象も複数の解釈・評価が成立する段階に入ったことをの発言者たちの発言はよく示していた。日本女性学会ならではの率直でユーモアある発言が相継ぎ、壇上とフロアが一体となった活力のある全体セッションであった。
一定の制度化の中で、女性学がかかえこまざるをえない問題は、多面的に具体的に提出されることにより、参加者の共通の認識となったと思われ、その意味で今回の討議の意義は十分認められよう。ただ、今後の制度化の方向や課題については、アプローチが希薄だったという観は否めない。国際的な女性学の進展の中での日本の女性学の制度化の特有な課題、その克服の社会的条件などについての総括的な発言も聞きたかった、という感想も抱いた。特にこの種の議論にはじめて接する参加者のためにも議論のコンテクストがわかる設定が必要ではないだろうか。全体としては、今回のセッションは女性学の「現在」を自己検討する意義ある積極的な試みであった。と同時に、「いかなる制度化か?」という問題は今後に残されたように思われる。
・瀬山紀子
女性学は制度化されたのだろうか。そんな疑問を抱えながらラウンドテーブルを聞いた。確かに、女性学を銘打つ大学での授業や「ジェンダー論」コースなどが大学の中に存在しつつある。が、一方でキャンパス・セクシュアル・ハラスメントなど、大学の構造そのものに根深く存在する性差別構造が発する問題が問題化されながらも、それを個人的問題へと矮小化して捉える傾向が大学内に存在している。女性学が、大学も含めた社会のなかの「性差別」を問題化し、それに対する抵抗を行う学として制度化されてきたのか、といえば、やはり疑問が残る。今回のラウンドテーブルでは、大学という場や、そこに属している人々が、「当事者」の立場で問題を語った。大学院生という同じ立場を共有する私自身は、多くの問題を我が事として受けとめられる立場にいた。しかし、ラウンドテーブルで提起された多様な問題、例えば、(「女性学」を志向する)大学院生の孤立化という問題や大学を含めた
学問の評価・選抜基準をめぐる問題などが、互いに絡み合う問題としては議論されなかったのではないか。また、8号学会誌で提起された「権威化」の問題も、それが「制度化」とは別の問題であるとして、今回のラウンドテーブルのなかでは、深められることがなかった。「制度化」が、「権威化」をもたらす危険性や、学問としての女性学が実践や運動(定義は様々ではあるが)とどのように結びついているのか、といった問題は、現在の制度化に関する議論のなかで、今後さらに論じられるべき課題なのではないかと考えた。
◇特別部会を受けて:紙上シンポの提案
上記のように、大会では多様な論点が挙げられ、とても刺激的な集まりでした。しかし、限られた時間での中で、消化不良の面もあったかと思います。言い足りなかった人、発言しそびれた人がたくさんいるようです。当日参加できなかった人たちも含めて、ニューズレターで「紙上シンポジウム」として討論を続けましょう。どしどし投稿下さい。その口火を次号編集担当の伊田さんが切ってくれます。さらに、議論を受けての提言が内藤さんの方からあります。
紙上シンポ投稿は1000字以内、あて先は伊田
次号〆切は9月20日です。
・伊田久美子
とくに大学院生の立場からの問題提起に私は関心があったのですが、院生問題については、OD問題、就職差別問題、大学非常勤講師問題等の、研究者の労働問題とのつながりを充分議論したかったと思います。それがないと大学という特殊な空間での特殊な問題、という受け止め方しかされないのではないでしょうか。
依然として女性研究者がマイナーな存在であり、女性学の周辺的位置付けが相変わらずであること、大学院での指導や専任教員採用人事で女性が差別されがちであること、女性学の研究職が乏しく、それによって生計を立てていくのが困難であることは、制度化が不十分であることの結果であると思います。
不充分に制度化された女性学教育研究は、院生、OD、非常勤講師の不安定低賃金、あるいは無償の労働によって支えられています。実際女性学関連授業の多くが非常勤講師によるものです。社会運動の要素を持つ女性学はやりがいのある授業である一方、「女性学を発展させたい」という気持ちに「つけこまれやすい」面もあります。制度化の不足分が女性労働の搾取によって補われていると言えるでしょう。
同じことが自治体関係の女性センターの活動についても言えるのではないかと思うのです。こうした活動は予算が乏しく多くは非常勤、嘱託、アルバイトなどの低賃金不安定労働、あるいはボランティアのような無償労働によって成り立っています。女性学を学んだ人たちが学んだことを生かしてできるやりがいのある仕事なのですが、ここでもそうした「やる気」が搾取されやすく、無制限の貢献を要求されがちです。実態としてはたとえば主婦のような、とりあえずカネには困っておらず、女性学に関心があって、モチベーションが高い、という人たちに支えられているのではないかと思います。
将来の見通しの立たない労働、無償労働、あるいは失業状態は、見えにくい権力関係の温床です。NOが言いにくく、際限のない「貢献」を、表面的には「積極的に」に行わざるを得ない、という働き方が生じやすいからです。
せめて女性学の領域で生じる女性労働の搾取には、できるだけ敏感でありたいと思います。現状では根本的解決が難しい問題ではありますが、労働条件の観点からのよりよい制度化を求めていくことが必要であり、そのためには女性学に関わる人たちの間で、雇用条件のちがいを越えて問題意識を共有したいと思います。
■「女性学副専攻プログラム化/単位互換」に関するワークショップ(仮)の立ちあげについて
内藤和美
6月9日のラウンドテーブル「女性学の『制度化』をめぐって」では、多様多次元の”制度化”が論じられました。そうした中、今具体的に追求・実現し得るのが「女性学の副専攻プログラム化」であるということについては、多くの会員が認識を共有したように思えます。そこで、この機運を形にし、各地・各大学での副専攻プログラム化を促進するために、学会内に何らかのかたちでワークショップを立ち上げ、これについての情報の集約や交換、情況分析、課題解決のための議論等の拠点としていきたいと考えました。折しも本年実施されるヌエックの「高等教育機関における女性学関連科目等の調査研究」の教員調査の中でもこれが扱われる予定であり、それらとも相俟って副専攻プログラム化の検討・追求が促進されればと願われます。なお、関係する事項として単位互換等についても検討したいと思っております。ワークショップの立ち上げ・運営を共にしてくださる方を募ります。E-mailをお待ちしております。
連絡先:内藤和美
大会のその他のプログラム報告
■ワークショップ
(1)非暴力と平和の文化を創造する:非暴力ワークショップ
主催者 竹下美穂
カウンセラー、学生、公務員、教員、主婦など8名が、クエーカー教徒の反戦、反核運動や沖縄の反基地運動などに基づいたトレーニングに参加した。
まず、裁判所や警察署など権力を象徴する建物について、参加者が交互にジェスチャーによる表現をし、他の参加者がそれをあてるゲームを行った。
次に2人一組になり、約束を破った方と破られた方の二つの立場を交互に演じるロールプレイをした。謝り方や非難の仕方に、参加者一人一人の攻撃的もしくは妥協的な性格がかいま見えたようである。
次のロールプレイは、図書を長期間借りて返却した時の状況を、2つの異なったシチュエーションで行った。お互いに相手の非をとがめだてしたため険悪化したケースと、お互いに自分の非を先に認め、穏かに解決するケースである。ただ、DVなどでよく見られるような、相手の非だけをとがめる人と自分の非を認める人の組み合わせも演じてみれば、より実態に即していただろう。
2人組みで、後出しで負けるじゃんけんをした。ほとんどの参加者は、負けるためのじゃんけんには戸惑いがみられた。じゃんけんなどゲームでは勝つ方法しか身に付いていないことに気づかされた。
最後に様々な雑誌類を切りぬいて、暴力と非暴力についてのコラージュを作成し、互いの作品を発表した。充実した2時間半であった。
(記録 橋本ヒロ子)
(2)美術の制度とジェンダー
“女性とアート”プロジェクト
主催者 香川檀、西山千恵子、深澤純子
美術界で女性が不当に処遇されている事例が紹介され、意見交換が行なわれた。具体的に紹介されたのは、あるミニコミ批評家が映像作家の出光真子に対して書いた文章と、大分市で行なわれた「ネオダダ」の展覧会での岸本清子の扱われ方である。
前者では、女性作家に対して個人を性的に揶揄侮辱するという攻撃方法を常習的に使う批評家の、出光に対する批評文が問題とされた。出光は、この件を周囲の仲間に訴えたところ、逆に誠意無い対応をされ、いわゆる二次被害にもあっている。この批評家の氏名は、報復の恐れありということで、出光本人が記述を望んでいない。
後者に関しては、「ネオダダ」展覧会を企画した美術館が、11人の男性メンバーを丁寧に扱っている一方で、岸本に関してはほとんど下調べをせずに単に「花を添えた」女性として付け足し的に扱って済ませた方法が問われた。ワークショップのメンバーが後に申し入れたインタビューに対し、学芸員の対応は誠意を欠くものであったという。
概して、女性作家に対する評価は、性差無しとして男性原理で説明する方法、「女性の性」を忌み嫌ってそこから生じるフォルムを抑圧する方法、「女性の性」を誉め上げる方法(若い女性作家の場合)のステレオタイプになっているという。
女性アーティストが不可視化されないために、美術界の組織の姿勢、美術批評、美術館の姿勢、画廊の姿勢、教育制度が検証されなければならないという指摘がなされた。
発表後、参加者も交えて活発な意見交換、情報交換が行なわれた。
(記録 広瀬裕子)
(3)〈表現の中の暴力、表現による暴力〉からの自由
主催者:宇野朗子(さえこ)、池橋みどり
本ワークショップは、主催者も参加しているポルノ・買春問題研究会での継続的な研究に基づき行われたものである。
プログラムではポルノ映像をビデオ上映する予定になっていたが、参加者は当日会場で「上映の中止」を知らされた。「映像を見ることによって受けるショックを避けられないことが分かった。影響を考えてやめにした。」という主旨の説明があった。
問題の映像を「見ている人」と「見ていない人」という立場の違う2者間のコミュニケーションギャップを検証していくワークショップが行われたが、時間をかけて準備されたものであることが感じられた。
ワークショップ全体を通じて、主催者には、「映像を見ていない人」に何をどこまで伝えられるか。という問題意識があったように思う。だが、その問題意識がどこまで参加者に共有されていたのか疑問が残る。時間の制約もあったろうが、参加者の多様な問題意識そのものを語り合える機会があるともっとよかった。
(記録 与語淑子)
■個人研究発表
富岡 明美 レズビアンスタディーズの現在
古田 睦美・岡崎啓子・諸藤享子 自営農世帯のジェンダー分業
春木 育美 韓国における女性国会議員の議会進出過程
森 玲子 女性たちのNPO
内海崎貴子・田中 裕 学芸員におけるジェンダーバランスについての研究
臼田 明子 駐在員夫人の環境適応状況
寿崎かすみ 働く母親の増加に伴うPTA活動の変化
■研究会報告
《映像と暴力—アダルト・ビデオと人権をめぐって》
2001年5月20日(日)13時30分〜16時30分に、東京ウィメンズ・プラザで、日本女性学会幹事会とポルノ・買春問題研究会の共同企画で、暴力アダルト・ビデオ(以下、暴力AV)に関する研究会が開催された。当日の報告は、ポルノ・買春問題研究会が財団法人東京女性財団から2000年度の助成金を受けて実施した「暴力的アダルトビデオにおける女性の人権侵害の調査・研究」に基づいてなされた。この調査は、出演女性に対して実際にひどい暴力を行使していると見られるAVを収集し、それらのAVでどのようなやりとりがなされているかを詳細に分析するとともに、暴力AVを取り巻く社会状況や法的問題を批判的に検討したものである。暴力AV はレイプを演技化し、映像作品として商品化したものである。AVの撮影という形態をとれば、レイプがレイプでなくなる、レイプに見えなくなる、というからくりがある。当日は時間が不足し、これらの点に関して十分に報告できなかったので、関心のある方はぜひ報告書を読んでいただきたい。
会の中頃で、参加者に映像の一部を視聴してもらう時間を設けた。しかし、映像を見ること自体が被害体験になりうる危険性があるので、事前に視聴にあたっての注意を述べ、最初や途中で自由に退室できるよう配慮した。それでも万全とはいえず、視聴後の報告が頭に入るような状態ではなかった、もっと気持ちを分かち合う時間を持ちたかった、といった感想も見られた。さらに、映像を公開することで、被害を受けた女性たちを再び傷つけることになりはしないかと心配する声もあった。
暴力AVを社会問題化することの困難も、まさしくこれらの点に関わっている。今後は、実際の映像を見せずに社会問題化する方法についても、もっと検討する必要があろう。そこで早速ではあるが、そのひとつの試みとして、6月9日の日本女性学会大会でワークショップを開いた。
当日は最大時で80名くらいの参加があった。たくさんの方々に参加していただけたことを、この場をお借りして感謝いたします。それから、報告書は2千円(別途送料)にて販売しています。申し込みは、福島大学中里見研究室まで。
(浅野)
■研究会のご案内
《セックスワーク論とフェミニズム》
売買春問題について新しいスタンスでのアプローチを展開してきているセックスワーク論を、フェミニズムとの関連において検討の俎上にのせる。
スピーカーと報告仮題
川畑智子 セックスワーク論は何を主張しているのか?
杉田 聡 セックスワーク論への批判
細谷 実 セックスワーク論の可能性
司会は、江原由美子
2001年9月14日金曜日 18時−21時
東京ウィメンズプラザ 第2会議室
(青山の青山学院大学の向かいの国連大学ビルの右側奥のビル)
◆定員37人の部屋なので、椅子が足りない場合、立ち見になる可能性もあり。
◆女性学会会員以外の参加者は、当日会費として500円いただきます。
◆問合は、細谷まで。
■会員情報
◎日英教育研究フォーラム主催公開シンポジウム
テーマ「教育とセクシュアリティ−そこから見た日英の教育の現在」
2001年9月30日 13時30分〜
於:早稲田大学国際会議場
参加費 500円 報告書 1000円
ジェンダー概念だけでなくセクシュアリティ概念をも導入した教育制度分析を目指す方向で、日英の教育の現状を浮き彫りにする。そのためには性的マイノリティへの視点ばかりでなく、性行動のケア、サポートという形の行動の「統御」でもある性教育についての考察、家族が個々人と社会をセクシュアリティで媒介する制度であるという視点、セクシュアリティの諸現象、諸相の把握などは不可欠である。
〈シンポジスト〉
Diana Leonard (Institute of Education, London ) 「教育、ジェンダー、セクシュアリティ」
Michael Reiss (Institute of Education, London ) 「英国における若者をめぐる状況と、学校における性教育」
中西祐子(武蔵大学) 「日本における教育とジェンダー研究の現在」
広瀬裕子(専修大学 ) 「セクシュアリティ概念を導入した教育分析について」
(なお、Diana Leonardは、フランスのフェミニスト理論家デルフィーの英訳などでも知られている。日本語版は『なにが女性の主要な敵なのか』(勁草書房)。)
シンポジウムについての問い合わせ先専修大学:広瀬裕子
◎NPO『アカデミック・ハラスメントをなくすネットワーク』設立記念講演会のお知らせ
このほど、アカハラ被害者を中心にして、NPO『アカデミック・ハラスメントをなくすネットワーク』が設立されました。設立目的は、『大学、短期大学、高専、研究所など研究・教育活動の場及びそれに関連する施設に在学、在籍、勤務する人に対して、研究や教育活動の妨害、教育を受ける権利の侵害、差別待遇、いじめ、嫌がらせなどのハラスメントのない環境を確保するための事業をおこない、もって差別の撤廃、人権擁護、男女共同参画社会の形成に寄与すること』です。当面の活動は、相談と調査が主です。現在、大阪府に認証申請中で、予定通りにいけば10月中旬に認可となる見込みです。
このNPOの設立を記念して講演会を下記日程で行います。ご参加ください。
日時:10月28日(日)午後1時半〜5時
場所:大阪府 ドーンセンター(地下鉄谷町線、京阪 天満橋駅下車10分)
講演:上野千鶴子さん
大久保由紀子さん
■会員の活動
◎出版
青島祐子『女性のキャリアデザイン』学文社、1700円
まつばらけい他『なぜ婦人科にかかりにくいの?』築地書館、1400円
牟田和恵『実践するフェミニズム』岩波書店、2400円
◎その他
内藤千文「美神展」(絵画展)
9月24日〜29日ギャラリー白(はく)
大阪市北区西天満4-6-14 千福ビル2F(淀屋橋駅下車)
『女性学』原稿募集
日本女性学会誌第10号の原稿を募集します。「募集要項」ならびに「執筆要領」を次号に掲載します。
第10号からは、テーマおよび概要の提出は必要なく、原稿の提出だけになります。
締め切りは2002年2月20日(必着)で、これまでより1ヶ月早くなりました。
紙数制限はこれまでどおり論文400字×50枚以内、研究ノート 20枚以内、情報・書評 5−10枚です。(担当 橋本ヒロ子)
NewsLetter 第86号 2001年5月発行
日本女性学会NewsLetter
(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)
女性学会ニュース第86号[PDF] 2001年5月発行
学会ニュース
日本女性学会 第86号 2001年5月
2001年 日本女性学会大会
2001年6月9日(土)・10日(日)
会場:千葉市女性センター
〒260−0844 千葉市中央区千葉寺町638番地
(千葉市ハーモニープラザ内)
tel:043−209−8771 fax:043−209 −8776
ー プ ロ グ ラ ム ー
第1日 13:00〜 受付開始
13:30〜16:00 ラウンドテーブル「女性学の制度化をめぐって」
16:30〜17:30 定期総会
18:00〜20:00 懇親会
第2日 9:30〜 受付開始
10:00〜12:00 個人研究発表
13:00〜15:00 ワークショップ
第1日:6月9日(土)13:30〜16:00
特別部会(ラウンドテーブル・ディスカッション方式)
テーマ:女性学の制度化をめぐって
発言者:細谷実/上野千鶴子/船橋邦子/深澤純子/江原由美子/
浅野千恵/千田有紀/大海篤子
司会:河野貴代美
女性学が成立してから、4半世紀。初期の「いかなる制度化か?」が問われる段階に入った。
アカデミアのなかで、女性学の制度化は着実にすすんできた。大学や学会のなかで女性学の講座や部会が持たれ、女性学の研究所やセンターも設立され、女性学のポストができ人事もおこなわれるようになった。女性学に関心を持ち、それを専攻する学生や大学院生も数が増え、彼(女)らの将来についても配慮する必要が生まれた。女性学会じしんも、日本学術会議に登録し、レフリーつきの学会誌を刊行するなど、学術団体としての体裁を整える方向をみずから選択してきた。今年度から、期限付きとはいえ、文部科学省科研費の分科細目に「ジェンダー」が採用されるなど、女性学の制度化に向けての先輩女性研究者の方々の努力も実りを迎えている。
それとともに、日本の女性学はこれまで経験しなかった予期せぬ問題に直面している。女性学の資源の既得権化、プロの研究者とアマチュアとの分離、研究と運動のギャップ、教育カリキュラムのディレンマなど、現場で解決しなければならない問題は多い。
もはや女性学の制度化をしりぞけるというオプションは、現実性を持たない。制度化してしまったなら、よりよい制度化をめざして「いかなる制度化か?」を模索する必要に迫られている。
今回の特別部会では、女性学の制度化に異なる立場でかかわってきたさまざまな人々をスピーカーに招いて、現場で直面している問題点を洗い出すのが目的である。したがってラウンドテーブル方式で、多くの発言者に短時間、自由に話してもらうというやり方を採用した。もちろんフロアとの討論も予定している。
ちなみに、女性学の「制度化」は「体制化」と同義ではない。もし女性学が既存の(ジェンダー)秩序の再生産に貢献することになれば、それは「体制(内)化」と言えるが、「制度化」そのものはニュートラルな用語である。学会誌『女性学』最新号の特集は、「女性学の権威化をめぐって」というものだが、「権威化」も「制度化」と同義ではない。「女の経験の言語化」をめざし、「フェミニズムの理論的
武器」を自認してきた女性学の出自をかんがえれば、「いかなる制度化か」とは、「体制化」「権威化」をともなわない制度化は可能か?という問いにつながっているはずである。
スピーカーの役割分担は以下のとおり。
司会の河野貴代美は冒頭に主旨説明をおこなう。ついで細谷実は学会、業績審査、ポスト、研究費の配分等、学術団体としての制度化について発言する。上野千鶴子は、すでに学知の制度的再生産のサイクルにはいった女性学の専門教育の問題点について述べる。船橋邦子は、女性学研究所・センターの運営上の問題点とその功罪について述べる。深澤純子は学会誌の編集委員としての経験から、投稿論文の内容やスタイルなどへの疑問を報告する。江原由美子は、女性学教育の過程で生まれた世代間格差とコミュニケーション・ギャップについて論じる。さらに浅野千恵と千田有紀は、つい最近まで大学院生だった立場から、女性学の制度化の直接の受益者でありかつ被害者でもある経験について述べる。さいごに大海篤子は、社会人としてリカレント教育を受けた経験から、草の根の市民アクティビズムにとって、女性学教育が有効か否かを述べる予定である。
(文責:上野)
第2日:6月10日(日)10:00〜12:00
個人研究発表
◇レズビアン・スタディーズの現在:クィア理論の影響を中心に
富岡 明美
1994年に「アメリカでのレズビアン批評はここまで来た:日本でのレズビアン批評はあり得るか」というタイトルで、それまでのレズビアン・スタディーズについて発表したが、その後、特にこの4、5年の間に、レズビアン・スタディーズは凄まじい勢いで成長した。その現状と背景を報告し、その中で特に「クィア理論」がコミュニティに与えた影響や、それに対する反論を論究する。
また、日本におけるレズビアン・スタディーズとゲイ・スタディーズを比較することで、日本の状況についても言及したい。
◇女性たちのNPO
−男女共同参画社会における学習プログラムの可能性−
森 玲子
現在、日本には100を越える女性関連施設が存在し、様々なプログラムが実施されている。プログラムの企画者そして参加者も、様々なねらいと思いを持って実施し、参加しているのが現状であろう。
しかし近年、これらの学習プログラムを、知識の「お勉強」の場としてとらえているケースが多くはないだろうか。生涯学習推進という官民あげての取り組みが、その傾向を助長している感がある。
女性(そして男性)が、人間として自立し共に社会参画を実現するためには具体的目標を持った、また持てるような学習プログラムが必要と考える。その一例としてNPOを取り上げ、その活動を実施するためのプログラム例について考えてみたい。
◇学芸員におけるジェンダー・バランスについての研究
内海崎貴子、田中 裕
男女共同参画社会の実現に向けて、社会教育施設の公民館・女性センターなどでは女性問題学習が進められている。これに対して、同じ社会教育施設である博物館の活動にはジェンダー視点が取り入れられることが少ない。その理由の一つには、博物館活動の中心である学芸員のジェンダー・バイアス問題があると考えられる。そこで、今回は、本研究の第1段階として実施した「全国博物館園職員録−平成11年−」(財団法人日本博物館協会編)の調査結果を報告し、これまで研究されてこなかった学芸員のジェンダー偏在の問題を明らかにしたい。
◇自営農世帯のジェンダー分業
古田 睦美、岡嵜 啓子、諸藤 享子
JA信州うえだ女性部での調査をふまえ、自営農世帯の夫と妻の家事・農業・社会的活動におけるジェンダー分業を分析する。
◇韓国における女性国会議員の議会進出過程
春木 育美
本研究は、韓国における歴代女性国会議員の議会進出過程を実証的に分析することで、1948年の制憲国会から現在に至るまで、韓国においてどのような経歴を持つ女性が、いかなる経緯で国会議員になったのかを明らかにするものである。社会的・政治的変動の中で、女性が政界に進出するルートは、その時代ごとに様々な変化を遂げてきたと思われる。そこで本研究では第1代国会から第16代国会までの女性国会議員を、李承晩政権、朴正煕政権期、全斗煥・廬泰愚政権期、文民政権期(金泳三・金大中)と大きく4つの時代に区分し、各国会ごとの女性国会議員の経歴や、議員になった経緯、女性運動団体の動きについて分析し、韓国における女性国会議員の議会進出過程について考察を試みる。
◇働く母親の増加に伴うPTA活動の変化
寿崎かすみ
働く母親が増加していることで、「母親=専業主婦」を前提とした小学校のPTA活動が変化を迫られている。少子化の中、学級あたりの子どもの数が減っており、働く母親をも役員に引き込んだPTA活動が専業主婦の母親からも要求されているが、活動時間の調整をはじめまだまだ試行錯誤の段階にある。さらに、働く母親といっても、フルタイムの勤務をする母親とパートタイム就労の母親では違った要求があり、新しい方向を模索する上での課題が多い。このような現状と今後の課題を報告する。
◇駐在員夫人の環境適応状況:オーストラリア・シドニー在住の幼稚園児の母親の場合
臼田 明子
駐在員夫人はアメリカの場合いくつかの調査対象となっているが、その他の国の場合はあまり報告されていない。本報告は、幼稚園児をもつ駐在員夫人へのアンケート調査と、数名の調査に協力的情報提供者、および駐在員夫人を主に顧客として仕事をしている永住権保持者の日本人へのインタビューの複合的意見から、比較的若い世代の駐在員夫人の環境適応状況をうかびあがらせるものである。主に夫との関係を中心に質問したが、結果として本人の性格、日本人社会、シドニーという土地柄やオーストラリアの幼児教育制度が、彼女らのシドニー生活満足状況と関係している様子を探る。
第2日:6月10日(日)13:00〜15:00
ワークショップ
◇映像と暴力ワークショップ:
<表現の中の暴力、表現による暴力>からの自由
ポルノ・買春問題研究会
当研究会は、昨年から1年間、東京女性財団の研究助成を受け、アダルトビデオと性差別・性暴力に関する共同研究を行ってきました。その成果を踏まえ、日本女性学会幹事会との共同企画で、「映像と暴力」という研究会を5月20日に開催します。それを受け、このワークショップでは、「表現」と暴力、性差別の問題をどのように捉えればよいのか、暴力的・性差別的表現に対する批判的なメディアリテラシーはどのように構築していけるのか、その可能性について、参加者のみなさんと共に考えていきたいと思います。
日常、私たちは、様々な暴力表現、差別表現に接しています。そんな時、皆さんはどのように対処していますか? 例えば、女性を鑑賞<物>として描くポルノグラフィ。「仕方がない」「いやなら見なければよい」「どんな表現も許されるべきだ」「私ひとりが声をあげても変わらない」・・など、無力感を感じてはいませんか? または、ある表現物を批判する声を聞いて「なぜそんなことを言うのだろう?
」と疑問に思ったりしたことはありませんか?
このワークショップでは、ポルノグラフィという「表現」をめぐる私たち自身の混乱した感情を見つめ直します。その中で、男女平等という政治的課題と性差別表現との問題や、制作過程での人権侵害、視聴者の模倣行為による被害など、「いやなら見なければ」ではすまされない深刻な問題とのつながりを発見するでしょう。このような包括的な批判的視点を獲得することは、不快や不安、無力感を感じる私たち自身のエンパワーメントにもつながります。
「表現の自由」とは、暴力的な表現、差別的な表現などが、一切の批判を免れることなのではありません。国家権力による規制からの自由である「表現の自由」は、市民間の自由な議論をこそ不可欠の要件としているのです。よりよい社会をめざして、私たちが性差別「表現」に対してどのような主体的な関わりをもっていけるのか、もちたいのかについて、一緒に考えていきましょう!
<なぜワークショップ形式にするか>
暴力アダルトビデオの問題は、単に、被害を受けた女優、視聴による犯罪行為の犠牲者を「他者」として救済しようという問題ではありません。この問題が、自分自身が日頃感じている、不快感や不安などと地続きであることを、参加者に是非理解していただき、当事者性を自覚しつつ主体的にこの問題との関わりをもつことが重要だと考えます。そのことによって、圧倒的なメディア暴力に対して無力感を感じる人々が互いにエンパワーされることを目標にしています。
これを実現するために、主体的に問題を認識し、ともに考える<ワークショップ>という場が極めて有効であると考えます。なお、当日は、映像の一部を視聴していただく予定です。参加者は開始時刻に遅刻しないでください(定員制限があります。時間途中からの参加はできません)。視聴する映像には暴力的なシーンが含まれています。視聴にあたっては、映像によるショックをできるだけ緩和するための配慮を行いますが、視聴によって心身に悪影響が及ぼされる危険性がありますので、ご注意ください。当日、体調が悪い方やビデオを見たくない方は、ビデオ視聴の時間に一時退室することも可能です。
そのほか、このワークショップに関するお問い合わせは、浅野(hqc02447●nifty.ne.jp)まで。(●を@に書き換えてください)
◇非暴力と平和の文化を創造する〜非暴力ワークショップ
竹下 美穂
ジェンダーの平等と正義をもたらし、社会的公正のもとに私たちの世界をつくりかえよう、そして平和の文化を広げていこうとする取り組みはこれまでも多くの人々によってなされてきています。なかなか、簡単なことではありません。時間もかかります。ここでは「アートと社会変革」をテーマに考えつつ、コラージュやロールプレイを通じて、楽しみながら、非暴力の思想や実践を体験してみようという試み
です。公民権運動、学生運動、市民活動で行われてきた非暴力の思想を取り入れて新しい「非暴力」の知恵を出し合ってみたいと思います。
◇「美術の制度とジェンダー」
“女性とアート”プロジェクト(香川 檀、西山千恵子、深澤純子)
美術での表現をこころざし、制作、実践活動を続けている女性は多い。制作は最小限でも個人の努力で続けることはできるが、専門教育場面、発表、批評、経済的援助、流通、美術界での権力関係や人間関係など、女性アーティストがぶつかる壁は多い。美術史、作品批評などでのフェミニズムの作業は活発になってきた。そこでさらに現実的な障碍について語り合う場を持ちたいと思う。アーティスト当人のみならず、他ジャンルでも女性が社会的に活動していくときという点で、関心ある方の参加を広く呼びかけます。
■誌上シンポジウム「フェミニズムの障害」(2)
「フェミニズム自体の問題性について」
合場敬子(明治学院大学)
誌上シンポジウムでの、藤田さんと日合さんのご意見に非常に共感しました。細谷さんのまとめに従って、私の意見を書いてみます。
現在、フェミニズムと若い女性たちの関心とは、乖離していると思います。私の専門はジェンダーと労働社会学の交差する領域なのですが、それに関する文献をゼミで 読ませても、女子学生の反応はよくありません(私のゼミはほとんど女性ばかりです)。お金を稼ぐ切実さがないということと、経済的に自立していく意志とか情熱が乏 しいためではないかと思います。藤田さんが指摘されていたように、彼女たちが進んで関心を示すジェンダー問題との接点は、恋愛やセクシュアリティ、そして私の見たところ、ファッションです。
20歳前後の人々に対してフェミニズムが影響力を低下させているのは、フェミニズムがその世代に対してメッセージを伝えていないからだと考えます。私がジェンダーやフェミニズムに興味をもった80年代は、一般商業誌が職業的な成功を収めた女性をよく取り上げていました。もちろん、そのような女性の生き方がフェミニズム思想のすべてを具現しているわけではありませんが、彼女たちの生き方や考え方にはフェミニズム思想の断片が存在していたと思います。
現在のフェミニズムは、20歳代の女性や男性に結びつくメディアを持っていないように思います。恋愛やセクシュアリティのような身近な問題に、フェミニズムが答えてゆくことで、そのような問題がジェンダー論やフェミニズム思想に結びつき、その思想を生きてゆくことが、ジェンダーに捕らわれない「個」としての生き方に繋がることを訴えていけると考えます。
誌上シンポジウム まとめ
いくつかの障害について投稿されましたが、主に議論になったのは、フェミニズムをめぐる女性たちの間のジェネレーション・ギャップでした。ギャップも姉妹くらいの世代差なら何とかなるけど、母娘くらいになるとなかなか架橋できないという感じでした。しかし、考えて見ると、シスターフッドを、50代から40代へ、さらに30代へ、さらに20代へと繋げていけばよいわけです。すると、40代・30代がカギです。彼女らが自分自身にとってのフェミニズム問題を言語化して発信しえて来たか、が問われます。世代論の有効性には疑いが残りますが、例えば、会員の年齢構成と関心テーマ・専門分布の調査分析などをしてみてもいいかもしれません。
また、この問題は、6月大会シンポジウムでも、主題の一つとなるはずです。上野・江原(指導教官)と千田・浅野(元院生)のバトル(?)が期待されます。
他の障害については、残念ながら、あまり議論になりませんでした。秋に「フェミニズムの障害」で研究会ができないか、と考え中です。「やりたい/やって欲しい」という人は研究会担当幹事までぜひ連絡ください。 誌上シンポは、また別のテーマで再開される予定です。
細谷 実
■研究会報告
男性による女性への暴力防止運動─カナダホワイトリボン運動創始者M.カウフマンさんと語る会
2001年4月2日(月)18時〜21時に、東京ウィメンズプラザで、ホワイトリボン・キャンペーン(カナダの男性による女性への暴力防止運動)の創始者であるマイケル・カウフマンさんを囲んで語る会が日本女性学会、アジア女性資料センター、愛知淑徳大学ジェンダー・女性学研究所の共催で開催された。
カウフマンさんは1992年にカナダにおいて男性たちによる女性への暴力防止にとり組み始めた。そのきっかけとなったのは、89年12月にモントリオールで一人の男性が自分が不合格となった工学部に入学した女子学生14人を逆恨みし銃で殺害するというショッキングな事件であった。それまでの長いフェミニストによる性暴力防止運動の蓄積もあり、一夜にしてカナダ中のマスメディアが男性による女性への性暴力を社会問題として取り上げた。
カウフマンさんは92年までヨーク大学で政治学を教えていたが、その後、大学教員を辞して運動に専念している。彼は、保守から革新の政治家まで、またロック・スターから大企業経営者まで幅広い男性層を「女性への暴力反対」というシングル・イッシューに絞り込むことで巻き込みつつ、自分が女性に暴力を奮わないと同時に他の男性による女性への暴力に反対する意志を表明する白いリボンを広げる運動を、作り出してきた。
21時になっても話はつきず、アジア女性資料センタ ーに場所を移してさらに日本、カナダの社会状況の相違などについて23時すぎまで熱い議論が続いた。
カウフマンさんは愛知淑徳大学ジェンダー・女性学研究所が招聘し、全国6箇所で3月30日から4月8日ま で講演した。各種資料ご希望の方は実費でCanada HRC 資料送ります。
(國信)
■研究会(幹事会企画)のご案内
「映像と暴力−アダルト・ビデオと人権をめぐって」
日時と場所
2001年5月20日(日)午後1時半〜午後4時半
東京ウィメンズ・プラザ 視聴覚室
(東京都渋谷区神宮前5-53-67TEL 03-5467-1711(代)
http://www.tokyo-womens-plaza.or.jp)
アダルト・ビデオ(AV)の中には、出演者に対して暴力や虐待を行なうビデオが存在し、市販されている。それらのAVにおいて、出演者に対する虐待はいかなる形で行使され、正当化されているのか。そのからくりを明らかにし、暴力AVを批判的に問題化するための社会的・法的枠組みを提示する。さらに、そのようなビデオを批判的に問題化することには、いかなる意義や困難があるかについて考える。現在の日本において、この問題についての批判は殆ど展開されていない状況です。しかし、この問題には、撮影現場での虐待の可能性や、差別表現の問題など、人権に関わる深刻かつ幅広い問題を含んでいると、私たちは考えています。ひとりでも多くの方に、この問題を知っていただきたいと願っています。皆さんのご参加をお待ちしています。
報告予定者−浅野千恵・中里見博ほか「ポルノ・買春問題研究会」メンバー。
当日は実際に映像の一部を見てもらう予定です(チラシの裏面に、視聴にあたっての注意が記されていますので、ぜひお読みください)。
詳しいタイムスケジュールはチラシの裏面にあります。暴力的な映像を見ていただくため、時間進行にはかなり注意を払っています。途中での入退室は自由ですが、ビデオを視聴なさりたい場合は、できるだけ最初から参加してください。いきなり映像をご覧になると、心理的ショックが大きくなる危険性があります。
当研究会は、ポルノ・買春問題研究会(APP)&日本女性学会幹事会の共同企画です。参加への事前申し込みは必要ありません。日本女性学会の会員以外のかたも参加できます。
なお、ポルノ・買春問題研究会として、財団法人東京女性財団の2000年度研究助成金を受けた調査研究の報告会を兼ねています(事業名「暴力的アダルトビデオにおける女性の人権侵害の調査・研究」)。当日、会場で、調査報告書の販売を行います。報告書には日本におけるAVの調査報告以外に、アンドレア・ドウォーキン、キャサリン・マッキノン著『ポルノグラフィと公民権−男女平等の新たな夜明け』(1988年)の翻訳が収録されています。以下はその宣伝です。
「ポルノは男女の市民としての不平等を生みだし持続させる、中心的な役割を果たす。ポルノは性的搾取の組織的な実践である・・」この大胆な主張とともに、ポルノに対するまったく新しい法理論−−ポルノグラフィは性差別であるという公民権アプローチが提唱された。80年代アメリカで展開された反ポルノ理論と実践を今に伝える歴史的名著!
〈問い合わせ先〉
浅野千恵 または、細谷実
■女性センター情報
千葉市女性センター(今大会会場)
千葉市女性センターは,調査研究事業,情報収集提供事業,研究学習事業,相談事業,交流啓発事業の5つの事業を柱として,平成11年12月にオープンしました。
当センターの1階部分は,交流のフロアとして交流コーナー・情報資料センター・相談室などが配置され,情報資料センターは現在約18,000冊(蔵書目標30,000冊)の図書と約400本のビデオソフトを所蔵し,また,オープンと同時に開設したホームページにより情報提供を行うとともに,市民利用端末として常時インターネット接続した端末機が17台設置してあります。
2階は学習のフロアとして,研修室・創作室・料理実習室などが,3階部分は活動のフロアとして,エアロバイク7台などが設置されたフィットネスルームと親子席を用意した可動席200席の小ホールがあります。
当センターは稼働して間もないため,平成12年度の実施事業は,調査研究事業1事業・研修学習事業17講座・交流啓発事業シアター3回・情報誌の創刊・1周年記念事業などとまだまだ少ない状況ですが,平成13年度は調査研究及び研修学習事業は実施事業が倍増する予定であり,また,市民公募による利用者懇談会やセンターまつり実行委員会など市民とともに創り上げる事業もスタートしました。昨年7月に新館長としてお迎えした元NHKエグゼクティブアナウンサーの加賀美幸子館長のもと,さらなる事業展開を進めていく予定です。
千葉市女性センター
〒260-0844 千葉市中央区千葉寺町638−1(千葉市ハーモニープラザ内)
Tel 043(209)8771 Fax 043(209)8776
http://www.chp.or.jp/
丸島
■会員の著作
このたび会員より、下記の書物が寄贈されました。
・ジュヌヴィエーヴ・フレス著 小野ゆり子訳
『性の差異』現代企画室 2001 ¥2300
・竹中恵美子編
『労働とジェンダー』明石書店 2000 ¥3800
■学会誌編集委員の募集
日本女性学会誌第9号(今年度中に発行予定)の編集委員1─2名を緊急募集しています。
ご関心のある方は編集委員の堀 または、橋本宛にメールをくださるようお願いします。
■学会誌書評会のお知らせ
日本女性学会学会誌8号の書評会を下記のとおり開催いたします。申し込みは特に必要ありません。東京での開催のため、遠隔地の方にはご不便をおかけしますが、たくさんの方のご参加をお待ちしています。
8号編集委員会 学会誌8号書評会
○日時 5月13日(日)午前11時より午後1時
○会場 NPOサポートセンター会議室
東京都中央区銀座8-12-11 第2サンビル6階
会場直通電話 03-3547-3206(当日のみ)以上
■ホームページ開設のお知らせ
この度日本女性学会のホームページが開設されました。
1999年秋季大会でワークショップを行ったWIN-Lに業務をお引き受けいただいております。これからも内容を充実させていきますので、皆様のご協力をよろしくお願いします。アドレスは以下の通りです。 http://www.joseigakkai-jp.org/index.htm ( index.htmまで入力しないと開かないようです。)
■会員からのお知らせ
キャンパス・セクシュアル・ハラスメント全国ネットワーク集会のお知らせ
「渡辺和子さん追悼記念全国集会─キャンパス・セクシュアル・ハラスメント対策の次段階をめざして」
7月28日(土)
13:30〜17:00 全体会議
主な内容:調査・調停 のあり方を考える/ガイドライン見直し/
被害者救済のありかた(アカハラ問題含む)
7月29日(日)
9:00〜11:30 分科会
13:00〜17:00 シンポジウム
メインスピーカー 角田由紀子さん
場所:ウイングス京都(地下鉄・阪急烏丸駅下車徒歩5分。京都駅より地下鉄利用で約20分)
会員以外も参加できます。
宿泊の申し込み、詳しいプログラムのお問い合わせなどは牟田まで
日本女性学会2001年大会
会場:千葉県女性センター tel:043−209−8771 fax:043−209−8776
〒260−0844 千葉市中央区千葉寺町638番地千葉市ハーモニープラザ内
問い合せ先:日本女性学会事務局 tel:047−370−6068 fax:047−370−5051
〒272−0023 千葉県市川市南八幡1−16−24
日時:6月9日(土)・6月10日(日)
参 加 費:会員、千葉市民:無料 非会員:500円
◇懇親会について:
6月9日(土)午後6時、大会会場にて。
参加費:2000円から2500円程度
申し込みは5月末日までに日本女性学会事務局(tel:047−370−6068
fax:047−370−5051)までお願いします。
*なお会場はノーアルコールが規則になっております。どうしても飲みたい人は自分でコンビニなどで買ってきて、空き缶は自分で持ちかえる、ということでお願いします。
◇書籍販売のコーナーも設けます
書籍販売のコーナーも設けます。販売希望者は各自が責任を持って販売をおこなってください。
◇会場付近の宿泊のご案内
千葉市内JR千葉駅周辺宿泊施設 施設名 住所 電話・ファックス 料金・他
- 東横イン 中央区富士見1-14-6 TEL 043-227-1045 FAX 043-221-1046 予約サービスTEL043-204-6655 シングル料金 5,800円(消費税込み)徒歩5分
- バーディーホテル千葉 中央区新千葉1-6-5 TEL 043-248-5551 FAX 043-248-6233 シングル料金 6,000円〜6,500円(消費税別)徒歩5分くらい
- ホテルサンシティ千葉 中央区新千葉1-3-18 TEL 043-247-1101 FAX 043-247-1022 シングル料金 5,800円(消費税込み) 徒歩1分
- 千葉ワシントンホテル 中央区富士見1-13-1 TEL 043-222-4511 シングル料金 5,800円、7,000円(消費税込み) 徒歩3分
- パークサイドホテル 中央区弁天3-2-18 TEL 043-284-7001 FAX 043-284-7101 シングル料金 5,900円(消費税込み) 徒歩7分、モノレール千葉公園駅徒歩4分
- スーパーホテル 中央区弁天215-3 TEL 043-255-9000 FAX 043-284-9600 シングル料金 4,800円(消費税込み) 徒歩1分
千葉県女性センター案内図(地図略)
- 女性センターへは、電車、バスをご利用ください。
- 駐車場の駐車スペースは限られていますので、女性センターへは電車、バスをご利用ください。(障害者専用駐車場は10台分を用意しています)
- 西千葉駅稲荷町線は、中央分離帯が連続しているため、矢作トンネル方面から車で来られる場合、女性センター入口前での右折はできませんのでご注意ください。
- 女性センター周辺道路へは、絶対に駐車しないようご協力ください。
- 女性センターまでのアクセス
■電車利用の場合
●京成電鉄千原線「千葉寺駅」下車、徒歩6分
■バス利用の場合
●JR千葉駅東口から千葉中央バス「白旗行」
「千葉リハビリセンター行」「誉田駅行」「鎌取車庫行」等に乗車し、「ハーモニープラザ」下車(1日往復で約400本が運行)
●JR蘇我駅東口から「大学病院行」に乗車し、「ハーモニープラザ」下車(1日往復で約30本が運行)
WOMEN’S STUDIES Vol.8 (2000)
Journal of Women’s Studies Association of Japan
WOMEN’S STUDIES Vol.8 (2000)
Edited by the Editorial Committee of the Women’s Studies Association of Japan
CONTENTS
| Articles: | |
|---|---|
| Theoretical Formation of Women’s Studies in China | AKIYAMA Yoko |
| The Women with Disabilities Movement in Japan: Through 1970-1980 | SEYAMA Noriko |
| Black Feminism in Britain: the Controversy about the Idea of ‘Blackness’ and Its Effects on Black Feminist Politics | OKUMURA Yukari |
| Special Issue: | |
| Women’s Studies and “Authorization”: the Representation of Others | |
| Looking at the Process of Creating Helping Partnership with the Survivors of Violence Against Women: To Avoid Making Women’s Studies Another Tool of Oppression |
FUTAMI Reiko |
| Lesbian Representations and the Unspeakable | WATANABE Mieko |
| Being a Feminist and Being a Researcher | NAITO Kazumi and TSUJI Tomoko |
| Expression Is a Violence | TAGAWA Kenzo |
| Closing Remark for the Special Issue: Today and Tomorrow of Women’s Studies and Our Journal |
By Members of Women’s Studies Vol.8 Editorial Committee |
Published by The Women’s Studies Association of Japan, Tokyo, Japan
NewsLetter 第85号 2001年2月発行
日本女性学会NewsLetter
(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)
女性学会ニュース第85号[PDF] 2001年2月発行
学会ニュース
日本女性学会 第85号 2001年2月
新企画:誌上シンポジウム
フェミニズムの障害
今年から学会大会が年一回になりました。これを補足し、学会活動をさらにパワーアップしていくために、研究会の充実を図るとともに、ニューズレター紙上でも「誌上シンポジウム」をもつことになりました。その第一回として、前号の次のよ うなよびかけに、いくつかの声が寄せられました。
◇コーディネーター よびかけ
フェミニズム パラパラほども 広まらず
言うまでもなく、上記は華城の句のパクリです。「パラパラ」とは、20世紀の終わりの日本の若い女性たちの間で流行している踊です。もちろん、体制的でない思想は、基本的には少数派の位置に甘んじる覚悟も必要でしょう。毒を失い牙をなくし志を捨てて多数派になっても仕方ないです。しかし、フェミニズムは、自分たちのみが清く正しくあることでよしとする道徳運動ではありません。他者への働きかけによる味方・共鳴者・理解者の拡大も必要でしょう。そこに、いくつかの障害が横たわっています。
1、 フェミニズム自体の問題性
2、 伝統的保守イデオロギー(前近代的ジェンダー観と近代的ジェンダー観の双方 )
3、 ポストモダン・イデオロギーのある種の傾向
4、 新自由主義的な個人主義と能力主義
2は、これまでにも多く分析されていますが、最近、ヴァージョン・アップして登場していると思います。1・3・4は、断片的にしか分析されていません。1−4の障害について、フェミニズムの戦略的視野に立っての検討が欲しいところです。
◇変わらない現状
女子大学では:
私の所属する女子大学は、高校生の共学志向の流れの中で、学園創設者の遺志を受け継いで、女子大として存続することが課題となっています。2000年4 月、女子大として生き残り隆盛を取り返しつつあるアメリカの有名女子大へ情報収集に、理事長他数名の教員で渡米しました。その報告会を諸般の事情で6ヶ月遅れでやっと教授会に引き続き行ってもらえました。女性学をコアにすることで女子大として存続できたことも報告した時の教員の反応は興味深いものでした。 50〜60代の男性教員から「女性学は結局滅びてしまったマルキシズムと同じようなイズムではないか」(元某大新聞のワシントン支局長)、「中ピ連とどう違うのか」という類の質問。40代以上の女性教員は相対的に好意的でしたが、それより若い層の教員は男女とも無関心という印象を受けました。これからどう進めていけば良いのでしょうか。
自営業女性と農村女性の実態は:
自営業女性の調査結果が最近報告されました。売上等収入が減り、銀行等金融機関からも締め出され、13.3%が高利貸し業者から借り受け、国民年金の保険料支払い困難層が21%、国民健康保健の保険料の滞納が18.1%の業者にありました。日本のODAは今年も世界一ですが、確実に貧困層に占める女性の割合が増えています。
新潟県で条例や行動計画の市民案を策定している女性団体に関わっています。新潟県では農家女性の経済的自立を促進する家族経営協定を結んでいる家族は0.4%に過ぎません。自分名義の預貯金等を持っていない女性が35%もいます。
和歌山県は近畿地方では最も家族経営協定を結んでいる農家の割合が高く8147戸中340戸ですが、それでも4%です。この協定を推進している農業改良普及センターによると、協定が普及しない最大の理由は、「家族の中で協定など水臭い」ということだそうです。総理府が昨年12月に発表した男女共同参画基本計画には、家族経営協定が入っていません。1996年に策定された2000年プランには農林水産省が進めるべき施策として入っていました。基本計画で入らなかったのは、閣議で検討する際、与党からこのような制度は家族を破壊するという反対が入ったからだというふうに仄聞しました。日本の町村議会の50% 以上には女性議員が一人もいません。
◇総プロ化の弊害
細谷さんが提起した誌上シンポジウム<フェミニズムの障害>に寄せて、やや若手の立場から日頃感じていることを、述べたいと思います。私が以下で述べようとしていることは、細谷さんの整理された四点のいずれかにぴったりあてはまりませんが、あえて言えば、「フェミニズム自体の問題性」かと思います。
私が、日々若い女性に接していて感じるのは、フェミニズムのメッセージが、そういう届くべきところに届いていないということです。特に恋愛・セクシュアリティの点に関してそう思います。そういった領域は、厳然としてある、リジッドな女性差別に対していかにも軟派というか、取るにたらない領域と思われているからでしょうか。しかし、恋愛やセクシュアリティという、関係性のあり方の部分が、家父長制という強大なイデオロギーと複雑にリンクし支えることになっているのはご存知の通りだと思います。
『女・エロス』やウーマンリブのころ、あるいは80年代くらいまで、作品としては未完であっても、それなりに生の声や切実な悩みとかが、流通していたように思います。しかし、今は、フェミニズムとして恋愛・セクシュアリティについて発信しているのは、北原みのりさんなどの活動を除くと、非常に少ないといえるのではないでしょうか。単的に言ってしまえば、若い女性にとって「参考に出来るものがな
い!」状況なのです。
それは、良くも悪くもフェミニズムが「プロ」化し、フェミニズムと言えばあたかも女性学という「学」をさすかのようにになってしまい、そこだけが焦点化されるようになったことの一つの帰結なのかもしれません。今や、それらのニーズはフェミニズムでない領域、内田春菊などのマンガとか、椎名林檎などのポピュラー・ミュージックとか、それから、フェミニストと自称しないライターによる文章などによって担われているように思います。しかし、それ自体はフェミニズムの拡散という意味でいいことなのかもしれませんが。
また逆のことをいうようですが、フェミニズムの言説の総量は依然として少ないとも言えるとも思います。私が住んでいるニュータウンの地元の書店には、その種の本はほとんどありません。確かに、文庫になっている本は、学陽書房の女性文庫を除くとほとんどありませんものね。
話があっちこっちしてしまいましたが、フェミニズム自体が抱えている問題としてここで私が言いたいのは、総プロ化というか、実際プロかどうかは別にして、プロ的な発言がとても多くて、今現在恋愛やセクシュアリティについて問題状況に置かれている女性に対して、届くものがあまりにすくな過ぎやしませんか、ということなのです。洗練された「思想」ではない、リアルで具体的な経験に基いた声は、いつの時も一定程度必要と思うからです。
◇大学におけるフェミニズムの戦略的問題
女性のフェミニズム離れは、私が所属する大学の学生にも見られる傾向である。彼女たちの言い分は一様に「押し付けがましい」というものであった。何故フェミニズムが20代の女性、特に学生にとって押し付けがましいものとして認識されるのであろうか。ここには、大学におけるフェミニズムの戦略的問題があると思われる。
1990年代を学生として過ごした私たちにとって、大学内のフェミニズムは、社会的に一定の地位が確立され、一般化された既成の「理論」として、講義で教授されるものであった。ここにフェミニズムと学生の考え方との間に齟齬が生じる問題点がある。こうして教授される「理論」は、権威を持った既成のものとして、固定的で他の方向性を認めないかのようなイメージを与え、一般化ゆえに個人的な問題意識にまで届くことのない、よそよそしいものという印象を与えがちであった。また、ポストモダン的風潮の強い社会で、カテゴリー分けを嫌って個人的嗜好に傾く学生たちにとって、「女」という同一性を優先させるフェミニズムは、パターナリスティックなものであるかのように受け取られる傾向があった。加えて、「女性抑圧の構造」という現実は、学生であるがゆえに男女の差異による不自由をさほど感じずにいられる女子学生にとっては、まだ実感を伴うものではなかった。したがって、女性抑圧の構造の精緻な理論的分析は、性急な実際的処方箋を求めるマニュアル世代の学生には、かえって平等社会に対する自分の素朴な信仰を打ち砕き、意気阻喪させるものとしか見えない。そこに、フェミニズムに対する不信感が生じたのである。
この問題で最も優先されるべき課題は、フェミニズムの現段階についての評価・検討であろう。上述のように、教壇からの啓蒙的介入の困難は、フェミニズムがある程度の地位を占めたことを表す。フェミニズムは次の段階に移らねばならない。そのことを踏まえた上で、フェミニズムが今後採るべき戦略を考察する必要があるのである。 (神戸大学大学院)
コーディネーターより再びよびかけ
今回3人から発言がなされました。
そのうち、橋本さんの「自営業・・・」は、イエ的意識とその土台としてのイエ的経営体が支配的な産業分野における「障害」の話です。そこにおいて保守政治家が強く、かつその基盤を死守しようとしている事態も指摘されています。さらには、そういう政治家は国政レベルで発言力を持っていて都市部住民のフェミニズムにとっても「障害」であることも述べられています。大問題です。
藤田さんが論じるフェミニズムのメッセージの回路は、学校の内外双方のことでしょうが、学校内で考えますと橋本さんの「女子大学では」と日合さんの「大学における・・・」と重なる問題です。大学では、なお家父長的教授連(男)が健在の上、学生たちも授業で与えられるフェミニズムのメッセージを「押し付けがましい」、自分たちの切実な悩みに「参考に出来るものがない!」と見ていることが述べられています。
ここでは、家父長的教授連のことは置いときます。「フェミニズム自体の問題性」については、
(1) 一般に、現在のフェミニズムのメッセージは、現在の20歳前後の人々の関心やニーズから解離しているか?
(2) 解離しているとしたら、なぜか、また、それをどうするべきか?
(3) もしも授業が学生からの何らかのフィードバックを受けながら進められるものだとしたら、なぜ学生の関心やニーズと現在の女性学的授業がかくも解離しているのか?
とりわけこの3点について、また、自営業や農村での問題について、また、その他の問題について、ぜひとも皆様のご発言をお寄せください。
800字を越える長い原稿は、こちらで勝手に短縮させていただくこともあります、悪しからず。
渡辺和子さんを悼む
会員の渡辺和子さんが昨年12月25日に逝去されました。享年57歳でした。
渡辺さんは、日本女性学会の発足後まもなくの1982年に入会されました。アニメ「まいっちんぐマチコ先生」に抗議する会代表として、行動への協力のよびかけを学会に寄せてこられたのがきっかけでした。
その後、第3期(1984-1986)・第6期(1990-1992)・第8期(1994-1996)・第10期(1998-2000)の4期にわたって学会幹事を勤め、学会を引っ張ってこられました。
そのほか、1994年の春季大会で分科会「キャンパスにおけるセクハラとその背景」を主催され、この分科会の参加者を中心とする有志が文部大臣あて「キャンパスセクハラに関する声明」を作成し、翌年春季大会の翌日文部省へ持参した、ということもありました。この学会ニュースにも、幹事として、大会の発表やワークショップの報告、国際会議の報告などたびたび投稿してくださいました。
渡辺和子さんのこれまでの女性学と日本女性学会への貢献に感謝するとともに、ご冥福を心より祈りたいと思います。
渡辺さんを悼む
渡辺和子さんと、呼びかけたところで、あなたは答えてくれないのですね。異次元に飛んだあなたは、きっと身も心も軽くなっていることでしょう。呼びかけなど聞こえないくらいに。
ご病気は、アメリカでの治療でとてもよくなられた、と聞いていた私達には突然の訃報でした。
FemNetにリンクされた追悼ページにNYでの女性会議に出席されたあなたの笑顔が載っています。その後、わずか半年。あなたご自身が残念だと思われるひまもなかったのかもしれません。だから私達もそうは思わないでおきましょう。
去年6月の学会前の幹事会でお目にかかった時、ビルの入り口で、いきなり、これからテレビに出るから忙しいんだ、とかやや興奮気味におっしゃるのだけれどよくわからない… あなたの話し方は、こんな風に時に脈絡を欠きましたね。その時心を占めていたものを、場面が異なったからといってすっと、切り替えて状況に合わせる、ということが上手じゃなかったと言えばいいか。こう書きながら、まさしくあれはあなたらしかったな、と思います。
私達は、あなたの業績をよく知っております。暴力の告発に関しては、そのイニシアティヴをとられた一人でした。損得をあまり考えない勇気というか動機には、誰にもひけをとらないものがおありになったのでしょう。私の記憶に間違いがなければ、確か、京都産業大学で教員組合を作られた(その呼びかけ人の一人?)のもあなたでしたか?いうまでもなく、このような動きは、「出世」や「風あたりの無さ」には不向きです。ある意味では、マイノリティにご自分のアイデンティティを置かれていたのでしょうね。
「別にそんなの、やりたいからやっているのよ」とおっしゃる声が聞こえます。でしょうね。渡辺さん、あなた、やりたいようにやってこられたのよね。私達も、あなたのそう長くもなかった命を残念に思うのはやめて、やりたいようにやってこられたあなたの人生をshareしましょう。そして私達みんなもそうあれるように、残りの時間を生きていきましょう。
反差別と反暴力の灯火を掲げながら、私達は、その遅々とした歩みを進めていきます。もし私達の灯火がチラリとでも見えたら、電波を送って下さい。こういうものを受け取るのがうまい人はいるのですよ。
渡辺さん、安らかに、安らかにお眠りください。あなたは、それぞれの心のなかにそれぞれに生き続けることでしょう。
告別式での友人代表弔辞
渡辺和子さんには、本当にたくさんの友人がいます。そのなかで私が代表して弔辞を述べさせていただくのは、偶然にも、和子さんの最後のレストランでの夕食を共にし、また病院での最後の晩餐を見守り、病床で意識不明になる前の最後の言葉を聞くめぐりあわせになったからです。
一緒に食事をしたのは11月24日金曜日、和子さんが最後に緊急入院をする丁度一週間前のことです。そのとき彼女はとても食欲旺盛で、また4月から大学に復帰して教えるんだと力強く語っていたため、容体急変はまったく予想外のことでした。最後の晩餐は、おかゆを二口ほど口にしただけ。でも彼女は元気になるためには食べなくてはならない、人間、食欲があるうちは死なないと自らにいいきかせるように必死で食べようとしていました。彼女の最後の言葉は、何と「帰って」でした。重病人扱いしてほしくなかったのだと思います。最後まで生きることしか考えていなかった、そして生きるために、あらゆる手段をつくした和子さん、さぞかし無念でしょう。私たちも至極残念です。まだまだ一緒に語り合いたい、語り合うことが山ほどあるのに。和子さんの病気が発見されたのは、昨年のちょうど今頃です。3ヶ月前にお母さんを同じ病で亡くされ、それが早期発見につながったと、彼女は説明して
> いました。しかし、病状はもっと深刻だったようで、彼女は日本では認可されていない薬が使えるアメリカでの抗ガン剤治療と手術という道を選びました。どんな進行癌でも、こんなにたくさん治療のオプションと成功例があるよと示してくれるアメリカの医療に、彼女は希望をみいだしたのです。彼女がもっとも重視したのは、治療中のクオリティ−オブライフです。幸い副作用もほとんどなかったため、アメリカでは美術館やコンサ−ト、友人たちとの食事会など、一方ではソ−シャルライフを満喫し、他方で6月にニュ−ヨ−クで開かれた「北京プラス5」会議でワ−クショップを主催したり、政府間会議のロビ−活動を展開したりと、活発に女性運動を続けていました。アメリカでの治療と充実した日常生活、他人にはまねのできない、こんなすばらしいことをやってのけられたのは、あなた自身がフェミニズム・グロ−バル・ネットワークの生みの、育ての親だったからです。和子さんは専門のアメリカ文学でも多くの業績を残しました。しかし、あなたの人間性がもっとも発揮されていたのは、自身が先頭にたって牽引したフェミニズム運動です。メディアにおける性差別、性暴力、女性学教育、セクシュアルハラスメントと、いつも陣頭指揮者で切り込み隊長、理論的支柱でした。あなたのすごいところは、時間と忍耐を要求される裏方の仕事も、きっちりこなしていたことです。あなたは、とても優しい人でしたね。深夜まで電話やメ−ルによるセクハラ相談に応じて、いつも睡眠不足。気がつけば、研究室で夜明かししていたなんてこともしょっちゅうでした。「あなたの得意技は居眠り」だと私は冗談をいっていたけれど、まさに骨身を削っての活動でしたね。おかげで、どれだけ多くの人があなたの活動で救われ、あなたからエネルギ−をもらったことか。そんなあなたを失うことは、世界のフェミニズム運動にとってはかりしれない痛手です。日本でも海外でもフェミニズム関連の大きな会議があると、主催者やパネリストである場合はもちろん、一人の聴衆としても、いつもあなたはちゃんとその場にいました。あなたの好奇心と行動力、パワ−とエネルギ−には、誰もが脱帽します。誰にもまねはできません。人間機関車和子号は、休むことなく走り続けてきました。これからは、ゆっくり眠ってください、なんて私はとてもいう気になりません。居眠りであってほしい。天国からときどきひょっこり顔を出して、私たちをエンパワ−メントしてくださいね。
女性センター情報
東京女性財団廃止!? 東京ウィメンズプラザ直営方針に女性たちの反対運動強まる
東京都は、11月22日東京ウィメンズプラザ(95年開設、佐藤洋子館長)を管理運営する東京女性財団(92年発足)を廃止することを決めた。財政悪化を受けて監理団体の見直しを行い62団体のうち真っ先に廃止が決まったのだ。
しかし、男女共同参画条例ができたのは1999年。女性に対する暴力へのとりくみもこれからだ。唐突な決定に疑問が起こっている。
都は直営によって7200万円の歳費削減を行えるという。
女性センターの公設民営化による弾力的な運営は時代の流れ。なぜ、あえて直営にするのか。
東京都生活文化局は、「女性問題が解決したとは思っていないが、ゼロベースで監理団体を検討した結果だ。企業の参画促進のためには直営の方がメリットがある、DV相談は予算を増やした」と「実」を取ったと強調する。
しかし、背後に女性問題へのバッシングを読みとる人は多い。性別役割分業に触れる「ジェンダーチェック」の内容について、都議会議員からクレームがついたらしい、従軍慰安婦問題に助成金を出すのが都知事は気にいらないらしいなど非公式の情報も入ってくる。少なくとも、助成金の審査会などで、今後政府の方針に反する女性問題に対して、今までと同じように助成金がつくかは疑問だろう。
こうしてみると予算だけの話ではない。
理事会、評議会も廃止に反対のため、最悪の場合女性財団廃止が決まらないまま、予算ゼロで兵糧責めもありうる。
東京女性財団問題は2月の定例都議会では、焦点のひとつにもなりそうだ。すでに東京・生活者ネット、共産党、公明党、民主党もほぼ、廃止に反対を表明している。
女性問題軽視は全国に波及しかねない。国際婦人年連絡会が提案した女性財団存続を求める署名活動へのご協力をお願いします。
☆緊急集会☆
(仮)女性無視の東京女性財団廃止
ウィメンズプラザ都直営化に反対する緊急集会
■日時 2月12日(休) 午後2:00
■場所 東京ウィメンズプラザ・視聴覚室
連絡03(3402)3238 ふぇみん・婦人民主クラブ
femin@jca.apc.org
遺伝子研究倫理指針
文部科学省研究振興局生命倫理・安全対策室より、学会宛「ヒトゲノム・遺伝子解
析研究に関する倫理指針(案)」が送られてきました。ご覧になりたい方は、庶務
幹事内藤までご連絡ください。
会員からの情報
女性国際戦犯法廷を終えて
昨年暮れ、東京で女性国際戦犯法廷(2000年12月8日−12日、国際公聴会を含む)が開かれた。この法廷は、韓国挺身隊問題対策協議会、フィリピン・女性の人権アジアセンター、「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(VAWW-NET Japan)を中心に、朝鮮民主主義人民共和国、中国、台湾、インドネシア、マレーシア、東チモール、オランダなどの団体や個人、国際諮問委員会、公聴会によって準備、開催された民衆法廷で、そこでは、旧ユーゴ国際戦犯法廷前所長であるガブリエル・マクドナルドを裁判長とする四人の裁判官によって日本軍による第二次大戦前及び大戦中の性暴力(性奴隷制)が裁かれた。法廷では、被害各国による起訴状が提出され、被害者でありサバイバーである女性たちによる証言が語られ、同時に参考人、専門家証人、また加害兵士による証言が語られた。法廷に参加した各国の被害者とその支援者は、あわせて400名を越え、法廷は日本軍性奴隷制からのサバイバー同士が出会い、語りを聞きあう場になり、加害国である日本の元兵士による証言にサバイバーが歓声を上げる場にもなった。法廷の傍聴人は、連日千人あまりに達した。
法廷は、4人の裁判官のサバイバーによる証言の断片の朗読と東京裁判で性暴力を裁き得なかった旧連合国の責任、また天皇裕仁が日本軍性奴隷制を黙認し、それを防止しえなかった故に人道に反する罪を有すること、その他、国連への勧告などが言い渡され閉廷した(判決文全文は、3月8日に発表される)。この法廷は、判決日の裁判官による判決文の朗読が意味したように、証言者として来廷したサバイバーの一人ひとりが今に至るまでの長い間、さまざまな形で苦しめられ続けている被害経験を受けとめ、その語りをくり返し聞き、くり返し心にとどめ、わたしたちが聞いたその被害経験を元に日本軍性奴隷制を裁くということに意義があったと感じた。
私は、法廷記録班のメンバーとして法廷で使うためのビデオによる被害証言の撮影、編集に関わり、現在は法廷の記録ビデオを作成している(法廷に関連したビデオに関する問い合わせは、ビデオ塾まで)。
渡辺和子さんを偲ぶ会ご案内
私たちの友人渡辺和子さんが昨年12月25日に、駆け足で去っていかれました。渡辺さんを偲びつつ、彼女が私たちに残してくださったもの、私たちとともに目指してきたものなどを、いま改めて語りあいたいと思います。彼女の意思や抱負を多少とも分かち合うことができれば、きっと天国でも元気に活動を続けることができるのではないでしょうか。渡辺さんにまつわる多彩な話題をもってご参集くださいますようお願いいたします。
日時:3月20日(火・休日)午後2時より5時まで
場所:ホテル・パステル京都
京都市中京区東洞院通三条下ル三文字町215-1
電話075-213-0111(代)
(地下鉄「烏丸御池」駅5番出口から、三条通りを東へ、
中京郵便局前を南へ下がり、すぐ西側、徒歩3分。
阪急「烏丸」駅から東洞院通りを北へ、徒歩7分)
会費:1万円
※なお、会費の一部は、後日出版します渡辺和子さんの追悼集に充当し、当日参加いただいた方々にお送りいたします。追悼集への寄稿など、詳細については後日改めてご連絡いたします。
呼びかけ人(順不同)中西豊子、米林安子、三宅川泰子、小貫慶子、三木草子、荻野美穂、
姫岡とし子、田辺玲子、福岡和子、牟田和恵、伊田久美子、松井京子、田中かず子、楠瀬佳子
連絡先:松香堂内、中西豊子
会員の著作
学会に寄贈がありました
飯野正子・亀田帛子・高橋裕子『津田梅子を支えた人々』有斐閣
訂正
前号のお知らせに誤りがありました。以下のように訂正します。
振込先 (年会費以外)
誤:東京信用金庫 本八幡支店
正:東京東信用金庫 本八幡支店
口座名 日本女性学会 代表 河野 貴代美(かわのきよみ)
口座番号 普通預金 3042505
NewsLetter 第84号 2000年11月発行
日本女性学会NewsLetter
(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)
女性学会ニュース第84号[PDF] 2000年11月発行
学会ニュース
日本女性学会 第84号 2000年11月
特集:シンポジウム「日本の学術とジェンダー」報告
来年度より文部省科学研究費時限付き特別分科細目「ジェンダー」が新設される運びとなり、これを記念して9月11日にシンポジウム「日本の学術とジェンダー」が開催されました。参加された内藤和美、上野千鶴子、村松泰子、江原由美子の各氏に報告、コメントを寄せていただきました。
日本学術会議社会学研究連絡委員会 主催・日本女性学会他共催
科学研究費補助金時限付き分科細目「ジェンダー」設定記念特別シンポジウム
◇日本の学術とジェンダー
女性学・ジェンダー関係研究者の年来の念願が叶い、科学研究費補助金の分科細目に「ジェンダー」が新設されることになった。関係者のご尽力の賜物である。当面、2001年度より3年間の時限付きであり、これが時限を越えて恒常化するか否かは、ひとえに応募件数にかかっているという。
去る9月11日、分科細目「ジェンダー」の時限付き設定を記念し広くその意義を伝えるために、科学研究費補助金時限付き分科細目「ジェンダー」設定記念特別シンポジウム「日本の学術とジェンダー」が開催された。主催は日本学術会議社会学研究連絡委員会、日本女性学会を含む6団体の共催、そのほか7学・協会の協賛により、100人を越える参加者を得てもたれた密度濃い時間であった。司会は、本学会幹事で日本学術会議社会学研究連絡委員会委員の上野千鶴子さんが務められ、内容は以下のようであった。
〈第1部 — 報告〉
1)挨拶および第1報告:「文部省の科学研究費配分政策とジェンダー:
分科細目「ジェンダー」が設定されるまで」
塩原 勉(日本学術会議会員、社会学研連委員、甲南女子大学学長)
2)第2報告「科研費分科細目「ジェンダー」設定の意義と効果」
大澤真理(東京大学教授)
3)第3報告「学術会議の男女共同参画へ向けて」
原ひろ子(日本学術会議第1部会副部長、文化人類学・民俗学研連委員、放送大学教授)
〈第2部 — 討論〉
科研費申請なんでもQ&A
柏木恵子(白百合女子大教授)
塩原さんは、科学研究費の趣旨・方針と、昨年度行われた制度改革、現下の課題、学術会議とくに研究連絡委員会における分科細目「ジェンダー」設定実現までの経緯を話され、また、「ジェンダー」は領域ではなくcross-road keywordであると私見を述べられた。
大沢さんは、分科細目設定を学界における“gender concern”の拡がり、あるいは制度化のひとつの節目と位置づけられ、ジェンダーで学位(Ph.D)が出るかということを今後の一課題に挙げられた。
原さんは、ご自身がその中心的担い手であられつづけた、これまで10年余の、日本学術会議における男女平等への取り組みを、学術会議が折々の総会で決議してきた声明,要望等を辿りながら話された。
第2部は、柏木さん、村松さんに原さんも加われての、申請へ向けての具体的なQ&Aであった。採択される研究とは、丁寧に具体的に練り込まれた、そしてあらゆる面で実現可能性のある研究計画であること、研究代表者が大学等と研究機関の常勤職に限られることへの対策など、実に具体的な情報交換だった。「ジェンダー」の設定が、科目新設にとどまらない意味をもっていることを感じた2時間半であった。
◇文部省科研費期限付き特別分科細目「ジェンダー」設定記念シンポジウムの報告
さる9月11日(月)18:00〜20:30にわたって日本学術会議大会議室で、文部省科研費期限付き特別分科細目「ジェンダー」設定を記念して、学術会議社会学研究連合委員会の主催による「日本の学術とジェンダー」と題するシンポジウムが行われました。共催団体に日本学術会議文化人類学・民俗学研究連絡委員会、日本学術会議歴史学研究連絡委員会、日本女性学会、日本家族社会学会、比較家族史学会、日本家庭科教育学会、さらに協賛団体に国際女性の地位協会、女性学研究会、国際女性学会、日本女性学研究会、日本家政学会家族関係部会および同生活経営学部会、女性科学研究者の環境改善に関する懇談会(JAICOWS) を得て、100名以上の参加者とともに活発な質疑応答が行われました。以下は、シンポジウムの趣旨説明です。
「近年、社会科学のあらゆる分野にわたって、女性学・ジェンダー研究のアプローチがめざましい増加を見せています。このたび関係者のご尽力によって、ながらく女性学・ジェンダー研究者の念願であった科研費の新しい分科細目「ジェンダー」が、今年度から実現されるにいたりました。とりあえず3年間の時限付きですが、これが時限を超えて恒常化するかどうかは、ジェンダー関係の研究者がどの程度熱意をもって科研費に応募するかにかかっています。科研費分科細目「ジェンダー」の新設を記念し、多くのジェンダー関係の研究者に広くその意義をお伝えするために、次の特別シンポジウムを開催いたします。」
設定までの経緯
科研費分科細目「ジェンダー」が設定されるまでには、多くの人々の努力が背後にあります。1989年に「文部省科学技術研究費補助金系・部・分科・細目に女性学を加える会」(代表・原ひろ子)から分科細目検討委員会文学小委員会幹事、中根千枝さんあてに「要望書」を提出。多くの女性学研究者の運動が実って、1999年7月 社会学研連から期限付き分科細目「ジェンダー」を優先順位1位で学術会議に提案することを決定。内部の検討を経て2000年7月「ジェンダー」採用が決定しました。
シンポジウムまでの経緯
2000年6月の社会学研連委員会で「ジェンダー」採用決定の見通しが研連委員長の綿貫譲治さんから報告あり。その場で女性学会の研連委員上野から、特別シンポの開催を提案。承認された。第17期研連委員の任期が9月半ばまでと決まっていたことから、委員の任期中に日程を組むことと、科研費の締め切りが 11月28日なのでそれまでに間に合うように配慮する必要から9月11日に決定。学術会議職員の長野浩二さんの特別の配慮で、時間外に本部講堂を使用できることになった。夏休みに入る関係から、原則として電子メイルを中心としたやりとりで、企画、構成、人選、連絡、広報をすべて処理することとなり、開催までこぎつけました。
期限付き特別分科細目とは?
新しい研究分野の成立にともなって登場した細目。今期(平成13〜15年度)は「ジェンダー」のほかに「生物資源の返還と展開」「水循環システム」「生物多様性」が採用されました。3年間の時限を超えて定着するためには、「相当数」の応募件数がのぞましいとされます。「相当数」とは、約200から250 件。件数にかかわらず採択率は25%(4件に1件)と、分野を越えて調整されますから、応募件数が多ければ多いほど、配分率は高いことになります。
分科細目「ジェンダー」とは?
科研費公募要領から引用します。
「女性学は、女性によって、女性にかかわるとされる事象を研究の主題とすることから始まり、身体、性、心理、労働、日常生活、芸術表現、社会活動、歴史的体験その他の多様なジャンルにわたって、専門的または学際的に進められてきた。生物学をはじめとする自然科学の近年の成果によれば、生物学的ないし医学的な性差(セックス)は人類を明確に二分するものではない。にもかかわらず男/女の二項対立的な区分は、社会・文化における諸関係を構成する基本的な要素として機能しており、女性学はこの男/女の二分法に「ジェンダー」という語をあてた。セクシュアリティや表象など、従来は学問研究の主題とされにくかった種々の対象の考究が、女性学や、その影響のもとに成立した男性学およびジェンダー研究によって、一段と進展することが望まれる。またジェンダーに対して中立または無縁であるように見える事象や学問も、その中心概念や根本的な諸前提を構成するうえで、深くジェンダーに関与することが解明されつつある。本分野は、あらゆる対象・専門領域におけるジェンダー変数の作用を問題化する研究を含む。」
科研費に応募するには?
今回(平成13年度)の科研費の応募条件は次のとおりです。
- 研究種目:基盤研究(C)「研究者が一人で行う研究又は複数の研究者が共同して行う研究であって、独創的、先駆的な研究を格段に発展させるためのものを対象とする」
- 申請総額:500万円以下
- 審査区分および研究期間:一般(2〜4年)、企画調査(1年)
- 申請書類の提出期限:平成12年11月22〜28日
申請資格
研究代表者:「次の研究機関に常勤の研究者として所属する者(大学および高等専門学校/文部省および文化庁の付属機関で学術研究を行う者/学術研究を行う機関で文部大臣の指定するもの他)」。ただし「共同研究者」には大学非常勤講師職にある人、「研究協力者」には大学院在籍中の院生がなれます。
申請書類の入手方法
頒布および文書による申し込み:科学研究費補助金計画調書用紙頒布会(JR水道橋より5分)
〒101-0061 東京都千代田区三崎町2-7-6 浅見ビル1階
Tel.03-3263-9092, 9093
インターネットによるダウンロード:学術会議ホームージ
http://www.scj.go.jp/
私記
シンポ当日のやりとりを通して、「自分には関係のない特権的なひとたちのあいだのやりとりだ」と感想をもらした参加者がいました。女性学の担い手には、民間の研究者や無名の市民、草の根の活動家のような人々がいます。日本女性学会が学術会議公認団体になったことを含めて、今回の科研費分科細目「ジェンダー」の設定まで、日本の女性学は「制度化」の道を歩んできました。現在でもその方向に対するねづよい反発はありますが、私見では女性学の制度化は是か非か?の問いの段階は過ぎ、制度化の方向をくつがえすことはもはや非現実的です。「制度化」は「体制内化」と同義ではなく、問題は「どのような制度化か」の内容を問うことでしょう。
◇科研費申請のノウハウ
今回「ジェンダー」で申請できるのは「基盤研究(C)」という研究種目である。
単独研究・共同研究とも可能で、(C)は研究期間(2〜4年)の申請総額が500万円以下の研究を指す。とりあえずの時限である3年間は毎年、新規の研究課題の申請を受け付けるので、たとえば今回の時限とされる2003年度の申請時(02年の秋)に最大4年間の研究までを申請できることになる。
申請書には、研究課題名、各年度の経費、研究組織のほか、研究目的、従来の研究経過・研究成果又は準備状況、研究計画・方法などを記入する必要がある。審査委員には、女性学・ジェンダー研究の分野の研究者が推薦されていると聞くが(具体的な氏名は任期後に公表される)、幅広い研究課題の申請が考えられるので、申請内容と審査委員の専門が一致するとは限らない(審査委員は第一次審査では、ふつう一人で数十件の審査をする)。その意味でも、目的(何を明らかにするのか、研究の意義など)、計画・方法などが直接の専門分野の審査委員でなくてもわかりやすく説得性があるように、具体的で明確に書いてあると、よい評価を受けやすいだろう。2〜4年という研究期間が必要な理由、それぞれの年度の内容の区別なども明示する必要がある。設備備品の経費は研究経費総額の 90%を超えてはならないとされているが、設備備品の購入が主目的であるかのような研究は、採択されにくいだろう。
このほか、申請用紙のそれぞれの欄の大きさに応じて、しかるべき量の記入をすること、場合によっては箇条書きなど、わかりやすい書き方を工夫することなど、記入の技術的な面も無視しないほうがいい。
なお、従来からある申請の分科・細目(たとえば社会学、英語・英文学など)で申請するのと、「ジェンダー」で申請するのと、どちらが有利かは、それぞれの領域の事情により異なるだろう。2つの細目の基盤研究に、まったく同じ研究を同一研究代表者が申請することはできないが、研究組織・研究内容が一部重複する形で両方に申請することは考えられよう。もちろん、研究組織も含めて、名義だけというような形はまずいし、どちらで採択されるかにより、それに応じた研究をする責任はある。運良く両方とも採択されたなら、実質的には合併することも可能かもしれないが、その場合も2つの研究内容を遂行可能かという点まで、きちんと検討しておく必要はある。
◇科学研究費シンポに出席して
科学研究費シンポに参加した。ジェンダー細目の時限付き創設にいたるまで、日本女性学会の会員の方々をはじめ、他のさまざまな方々が、ご助力くださったことを伺って、本当に頭が下がる思いだった。本当に良かったなと思う。
けれども、「時限付きなので、何としても多くの方々からの応募がないとなくなってしまうかもしれない」という危機感が何人もの方々から表明されたのと、他方において「出すことができるのは一定の資格がある方だけです。」という注意事項が繰り返し言われたのを聞いているうちに、「これって要するに、他の問題と同じじゃない」という怒りも感じてしまった。ご助力いただいた方々に対する怒りではない。そうではなくて、女性問題という問題そのものの仕組への怒りである。出すことができる人を予め限定しておきながら、応募が少ないならば必要性がないということでなくすと言う論理は、繰り返し繰り返し女性問題で(あるいは差別問題で)使われてきた論理と同じではないか。要するに、最初に相手の手を縛っておきながら、手をあげさせて、次には手をあげなかったということを理由として差別を正当化するというあの論理である。だからこそ、「応募が少ないと大変」という危機感が生れるのだ。女性は、就職において不利益を被っている。ジェンダー細目の研究費があれば良い研究ができると思っていても出せない人もいるのだ。この部分をキチンと把握しておくことが、とても大事なのだと思う。
学会からのお知らせ
◇〔代表幹事挨拶〕
日本女性学会会員の皆様
私はこの度、日本女性学会の代表幹事をおおせつかりました河野貴代美です。とはいうものの、実のところ代表幹事とはどういう役割なのかよくわかっておりません。目下、それぞれの幹事の具体的役割をあげて、仕事の重複や抜けている(た)エリアを検討しているところです。
ともあれ、日本女性学会が発足して20年がたちました。20年前の発足に立ち会った者としては、会員の顔ぶれや活動・興味内容がとても多様化してきたなあ、との思いを禁じえません。なかでも大きな変化は女性学研究者(大学教員)の増加でしょうか。その一方で女性学を杖に自身の自己変革を目指したい個人会員もいらっしゃるわけで、お互いまだまだ試行錯誤の段階を脱皮するわけにはいきませんね。よろしくお願いいたします。
〔幹事会のがやがや、ざわざわ〕
幹事会はたいてい、日曜日の午後、深沢幹事のご尽力で、東京、新橋にあるNPOセンターをお借りしておこなわれます。その日、関西の幹事は、朝早く新幹線の駅に向かって走っており(ああ、その様子が目に浮かびます!)、ご苦労様です。ドアをあけると持ち込まれたランチのパン、サンドウイッチ、おにぎりのほのかな香りが立ち込めています。事務局をやって頂いている「ジョジョ企画」も常に参加。日曜なのに有難う。
担当幹事から提案事項や問題事項が議題としてあがり、率直ながら、なごやかな調子で論議が続きます。これまでは、年に大会が2回あったせいで、幹事会は絶えず大会をどうするか、に追われてきました。しかし、今年から、年に一度になりました。来年は、千葉市女性センターと、共同主催での開催が見込まれています。
これからは、女性学会のめざすものに関するつっこんだ議論や大会の内容、場所等、より丁寧な論議が展開できるものと期待しています。いうまでもなく、会は私達一人ひとりのものです。発展も停滞も私たちにかかっています。ぜひ幹事会を傍聴してください。そして、なんでも結構ですから、積極的な意見をおよせください。心から、お待ちしております。
◇会員による研究会の企画募集
大会が年一回に減ったことを受け、研究会を活性化していくことになりました。
幹事会企画研究会を年に2回くらいおこなう他、会員のイニシアチブによる研究会についても、学会として経費補助や情報宣伝などを行って行くことになりました。そこで、皆様からの意欲的な研究会の企画をお待ちしています。
以下の諸点が要件です。
1. 研究会の趣旨が女性学会の趣旨に適っているもの。
2. 少なくとも会員に対して、公開の研究会であること。
3. 研究会のタイトルと趣旨、企画者(会員個人・会員を含むグループ)、開催場所、開催日時、研究会のプログラム、全体の経費予算と補助希望額(2万円以内です)が決定していること。なお、未決定部分は少ないほど良いのですが、場所・プログラム・経費については予定=未決定の部分を含んでいても結構です。
4. 学会のニュースレターに載せる「研究会のお知らせ」の原稿(27字×10行前後)があること。
5. 研究会終了後に、研究会実施の報告文を学会のニュースレターに書いていただきます(研究会補助費は、その原稿提出後に出金いたします。)
6. 学会総会での会計報告に必要なため、領収書類をお出しいただきます。
申し込みは、研究会開催の3カ月前までに、研究会担当幹事まで、お願いいたします。
今期の研究会担当幹事は、江原由美子と細谷実です。詳細のお問い合わせも、研究会担当幹事まで。
◇誌上シンポジウムの呼びかけ
投稿のお願いとテーマ募集
大会年1回化に伴い、これまで大会の案内と報告にほぼ手一杯だったニューズレターを、会員の討論の場として充実させていくこととなりました。今回は「フェミニズムの障害」というテーマで次号への会員の皆様の投稿を募集します。細谷実幹事からの問題提起を踏まえて、どしどし意見をお寄せ下さい。お待ちしております。
原稿は800字程度で、メールかファックスで、1月15日までにお送り下さい。
また、次号以降この誌上シンポジウムで取り上げるテーマも、あわせて募集します。原稿もテーマも下記にお送り下さい。
(ニューズレター担当:牟田和恵、伊田久美子)
第1回誌上シンポジウム〈フェミニズムの障害〉
フェミニズム パラパラほども 広まらず
言うまでもなく、上記は華城の句のパクりです。「パラパラ」とは、20世紀の終わりの日本の若い女性たちの間で流行している踊りです。もちろん、体制的でない思想は、基本的には少数派の位置に甘んじる覚悟も必要でしょう。毒を失い牙をな くし志を捨てて多数派になっても仕方ないです。しかし、フェミニズムは、自分たちのみが清く正しくあることで良しとする道徳運動ではありません。他者への働きかけによる味方・共鳴者・理解者の拡大も必要でしょう。そこに、いくつかの障害が横たわっています。
1、フェミニズム自体の問題性
2、伝統的保守イデオロギー(前近代的ジェンダー観と近代的ジェンダー観の双方)
3、ポストモダン・イデオロギーのある種の傾向
4、新自由主義的な個人主義と能力主義
2は、これまでにも多く分析されていますが、最近、ヴァージョン・アップして登場していると思います。1・3・4は、断片的にしか分析されていません。1〜4の障害について、フェミニズムの戦略的視野に立っての検討が欲しいところです。
◇日本女性学会学会誌『女性学』Vol.9 原稿募集要項
日本女性学会学会誌『女性学』Vol.9の投稿論文を募集します。下記の規定をご確認の上、ふるってご応募ください。
1.応募規定
(1)応募資格
日本女性学会の会員に限る。
(2)応募原稿の対象
論文、研究ノート、情報及び書評で未発表のものに限る。
論文は主題について十分論証がなされている点に、研究ノートは主題の提起に独創性があり、今後の展開が期待される点に評価の価値がおかれる。また情報とは、国内外の女性学をめぐる動向を意味する。
(3)紙数制限(注、参考文献リスト、及び図表等を含む)
(a)論文・・・・・・・・20000字以内
(b)研究ノート・・・・・8000字前後
(c)情報、書評・・・・・2000〜4000字
(4)原稿締切
2001年3月23日(当日消印有効)
(5)応募者は、2001年1月9日までに、テーマならびに内容についての概要(1000字以内)を提出する。
(6)原稿はコメンテーターが査読を行い、編集委員会が採否を決定する。
(7)使用言語は日本語とし、掲載原稿には英文要約をつける。
(8)投稿はパソコンまたはワープロのプリントアウトとし、掲載決定後、最終原稿のプリントアウトと、フロッピーディスクを提出する。
(9)詳細は応募受付後送付する執筆要領を参照。
2.刊行スケジュール
テーマ、概要の提出期限・・・・2001年1月9日
原稿締切・・・・・・・・・・・2001年3月23日
コメント送付・・・・・・・・・2001年4月下旬
リライト原稿提出期限・・・・・2001年6月下旬
入稿 ・・・・・・・・・・・・2001年7月上旬
執筆者校正二校まで
編集委員会 念校・校了
印刷・製本・完成・・・・・・・2001年11月中旬
発送、広報・・・・・・・・・・2001年11月下旬
応募原稿の概要・応募原稿に関する問い合わせ、ならびに送付先
〒272-0023 千葉県市川市南八幡1-15-24 日本女性学会学会誌編集委員会
TEL 047-370-6068 FAX 047-370-5051
☆学会誌『女性学』Vol.9の編集委員を募集します。
期間 2001年1月から完成後、次号編集委員会への引継終了まで。
応募資格 会員。居住地域の制限はありません。
募集人数 5、6名
編集委員会は年間5、6回開催。交通費、通信費など実費が支給されます。
経験、経歴などは問いませんので、皆さんの応募をお待ちしています。
希望者は、2000年12月中旬までに学会事務局までお申し出ください。
◇会計からのお知らせ
会計事務の手続き上、今後、一般の年会費納入以外のすべての振り込み先を、以下の銀行口座へ集約することになりました。海外から学会費を納入していただく場合、学会誌のバックナンバー等の追加購入代金をお支払いいただく場合も、この銀行・口座番号へお願いすることになります。お間違えの無いよう、お願い申し上げます。
日本女性学会事務局
東京信用金庫 本八幡支店
口座番号 3042505
会員情報コーナー
◇お誘い 関西若手女性学研究者ネットワーク
会員のみなさまご存知の通り、女性学が学問として認知されアカデミズムのなかで一定の位置を占めるに伴って、女性学を専攻する学生や大学院生が飛躍的に増えています。しかし現実は厳しく、学生・院生は、満足な研究・学習環境が整わない中で独学したり個人的に学内外の研究会や講義の情報を収集したりして個別に対応している状態です。私たちは、こういった女性学を学び研究する際の困難を乗り越えて、相互に連携していくための、関西を主な活動エリアとする若手中心のネットワークを作ろうとしています。今回、手はじめにインターネットを介したネットワークとして、フェミニズムに関する情報を相互に提供・交換・共有し合うことを目的としたメーリングリストを始めました。
女性学会会員でこのメーリングリストに参加希望の方、興味のある方は下記アドレスまで連絡を下さい。なお、特にメンバーシップは定めていないのでフェミニズムに関心がある方ならどなたでもメンバーになれます。また、関西若手女性学研究者ネットワークでは、若手女性学研究者の自助組織として、研究生活上の困難や研究者のサバイバル戦略について語りあうイベントを催す予定です。今後の情報は、ホームページに掲載しますのでそちらをご覧下さい。(藤田嘉代子)
関西若手女性学研究者ネットワーク・ホームページ(現在工事中)
http://www.geocities.co.jp/PowderRoom-Rose/3949/
◇寄贈本の紹介
会員、杉田聡さんから、下記のご著書を寄贈いただきました。
杉田聡『男権主義的セクシャリティー
−ポルノ・買売春擁護論批判ー』
青木書店 2000年
NewsLetter 第83号 2000年8月発行
日本女性学会NewsLetter
(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)
女性学会ニュース第83号[PDF] 2000年8月発行
学会ニュース
日本女性学会 第83号 2000年8月
2000年春季大会報告
2000年6月17日(土)・6月18日(日)
会場:東京大学本郷キャンパス法文1号館・法文2号館
第1日目:6月17日(土) 13:30〜16:30
シンポジウム 「フェミニズムと政治権力」
パネリスト/コーディネーター 大沢 真理 (東京大学社会科学研究所)
パネリスト 福島 瑞穂 (参議院議員)
大西 珠枝 (総理府男女共同参画室室長)
森屋 裕子 (スペース・フィフティ代表、
「女性を議会へバックアップスクール」主宰)
討論者 舘 かおる (お茶の水女子大学ジェンダー研究所)
進藤久美子 (東洋英和女学院大学・社会科学部)
大会シンポジウムには255名の参加があり、途中退席する人もなくパネリストらの話に熱心に耳を傾けていた。
今回のシンポジウムに対する参加者アンケート(回収率20%、51名)にみると興味深く、良かった、というのが過半数を占めていた。シンポジスト、討論もバラエティーに富んだ顔ぶれで、異なる立場からの貴重な意見を聴くことができたというのが理由である。
その反面、発表者が多いため、討論の時間がなかったことを悔やむ感想も多かった。今回のシンポジウムの趣旨である国家主義の台頭の中で女性の政策決定過程への参画を進めることは可能か、可能ならば、いかにして、また、それは日本の政治にどのような影響を持ち得るのか、保守化に抗していくパワーをいかにつけていくか、等の疑問への解答を見出すヒントは各発表には何らかの形であったように思う。しかし各発表者間、討論者間の有機的関連が非常に弱かったこと、多くの問題提起について、また現在の政治的危機状況を踏まえた上での討論が充分できなかったことは至極残念だった。理論を深めるために討論する時間をいかに捻出するかは、今後の女性学会大会の検討課題だと思う。
当日のシンポジストの発言内容を独断と偏見でまとめると、大沢真理さんは大企業、男性中心の社会政策からジェンダー平等政策への転換の可能性、男女共同参画社会基本法はジェンダー平等政策主流化の力となるか、審議会委員として権力にとりこまれないための戦術について、福島瑞穂さんはテーマ別立法化の難易度、憲法改悪を射程に入れた憲法調査会の設置、森発言を支える神道政治連盟の動きなど、大日本帝国憲法下に生きていると錯覚するほどの国会の保守化と、その一方での、児童関連法案の成立、参議院での共生社会調査会、DVプロジェクトチームの結成などの報告があった。大西珠枝さんは男女共同参画社会形成の現状の報告、及び行政のセクト主義は今後減少し、横断的テーマに取り組むために行政の手法の変革が必要とされていることを指摘し、森屋裕子さんは市民運動の立場から、女性候補者は特別視されなくなったが「フェミニズムを議会に」とはなり得ていないこと、そして今後の、市民主体の政策提言のシンクタンクの必要性を語った。討論者の舘かおるさんは、1910年代及び、1970年代からの30年間の社会政治状況の類似点、相違について、一国フェミニズムの限界、政策決定過程への参画には政治権力構造変革への射程こそが重要と指摘。進藤久美子さんからも世界的視野の重要性、アメリカと日本の政治的状況の違い、99年統一選挙に見る女性候補者の選挙の特色など、お二人から多くの問題提起がなされた。しかし進藤さんの言うアメリカの平等主義や、全体を通しての戦前の日本のフェミニストの植民地主義に対する言及がなかった点は気になる所だ。とはいえ多くの重要な問題が提起された。いかにこれらの問題を継続して議論し、理論形成をしていく場を創り出していくかが今後の課題であろう。
(船橋 邦子)
第2日目:6月18日(日) 10:00〜12:00
個 人 研 究 発 表 報 告
◇旧師範閥問題とジェンダー
木 村 松 子
旧師範閥は、同一都道府県内に複数の男子師範学校が存在した場合に発生し、その同窓会組織による戦前からの学閥である。旧師範閥問題は、旧師範閥によって小中学校の教員人事、校長人事、組合人事、校務分掌が決められていることである。学閥間抗争に加え、多くの場合女性は排除されている。主に新潟県の事例について発表があった。
1. 女性は多くの場合、旧師範閥の会員になれない為、昇格人事の対象にならない。
2. 学校経営、管理、指導は男性のものとし、研修を積み、管理職となるのは男性とされた。また、家庭科以外の女性教員は二流教員とされている傾向が強く、昇格差別が起きる。
3. 教員世帯(男性)に広く管理職ポストを配分する意図があるため、妻である女性教員は平のままである。
1999年度においても、新潟県校長会、教頭会、教育研究会、体育連盟理事、視聴覚教育連絡協議会役員、特殊・音楽・美術などの教育研究会の役員などは、女性が皆無である。非公式の学閥による女性排除が、公式の組織からの女性排除に繋がっている。
資料「新潟県同期小中学校教員のライフヒストリー」の男女13人の仕事内容の追跡調査を見ても、男性は全員校長、教頭になっているが、多くの女性教員には、研究や研修の機会を全く与えず、ほとんど昇格していない。
あまりにも男女差別が露骨で、参加者があきれて何度もオーと声を出してしまった。
(内藤 千文)
◇女性の市民権からみる「介護の社会化」
佐 川 成 美
佐川さんは、「介護の社会化」をマーシャルの「市民権」概念から考察された。佐川さんは、福祉体制の違いにより市民権の完全な実現に差が生まれるとし、日本とスウェーデンの就労条件、社会保障、生活時間等の差を示された。そして「私的領域に対し公正の視点から正当な評価を行うことによって、家族の介護を社会的労働と認識し、ペイドワークとする」ことを通して、「市民権獲得につながる枠組みを作る必要がある」という。このような考察の結果、佐川さんは、「介護の社会化は、介護を私的領域から公的領域へ移行することではなく、二つの領域を統合することにある」と主張する。
この報告にたいし、フロア−からは、(1)家族介護に戻す危険性、(2)ペイドワークにしていく際のスウェーデンとドイツの方向性の違い(3)現金給付の問題、(4)マーシャルの「市民権」概念を用いることの是非、(5)「公正」とは誰にとってものか,(6)「領域」概念の含意など、多岐にわたって質問・コメントがだされた。
分析概念の整理や、結論部分の主張をフロアーと充分に共有できなかった点で課題を残したが、「介護の社会化」を新しい角度から考察しようという熱意はよく理解できた。理論的にも実践的にも焦点であるだけに、市井の場からの発想を生かしていくためにも、議論の継続を望みたい。
(黒田 慶子)
◇「アメリカのフェミニズム批評におけるジェネレーション・ギャップ」
三 宅 あつ子
本報告は、世界のフェミニズム言説をリードしてきたアメリカのフェミニズム批評の理論的変遷をめぐって、各理論の主張点を主たるディスカッサントの有力な引用を加えながら歯切れ良く展開したものである。そこでは、第二波以降顕著になる視点の多岐化に、他のディシプリン同様もはや「大理論」の時代ではない(それを切り崩す一動因がまさにフェミニズムであったのだが)、自らも同じ状況下で新たな切り口を求めもがく姿が見いだされた。
その意味において1990年代後半から注目されているのが、若い世代のフェミニストを中心に出現しつつある「第三波」と呼ばれる潮流で、報告者によると以下のような特徴を持つという;多様性の積極的肯定 「自分らしさ」「正直さ」への肯定 政治活動としての「生きること」全般的回答の拒否シスターフッドに基づく運動を強調した前世代の理論に対し、個と生活を主張するこの「第三波フェミニズム」が、今後認証された位置を獲得していくかいなか、非常に関心の持たれるところであり、フロアーからもこの理論の持つ「非連帯性」への疑義を含め質問が集中した。報告者である三宅氏には、今後この潮流の新たな展開の紹介を、その中でのご自身の研究の可能性をも含め、大いに期待したいと思う。 (喜多村百合)
◇「クイアー言語学」
阿 部 ひで子 ノーネス
発表は、前半は5月にスタンフォード大学で行われた第1回国際ジェンダー言語学会(IGALA)の報告、後半はその学会で阿部さん自身が発表した「Lesbian bar talk in Japan」の紹介という形で行われた。この研究は新宿の13軒のレズビアンバーでのフィールドワークによって、そこで用いられる言葉の特徴を明らかにしようとしたものだが、結果的には、互いにレズビアンであるという了解のもとで語られる言葉であっても際だった特徴があるわけでなく、通常街頭などで聞かれるような若い人々の言葉と比較しても特に差異はみられないとのことだった。会場からは、研究者のセクシュアリティ(レズビアンではない)が研究を困難にし、浅くしているという指摘があり、発表者からもこれに関連して、特に日本の社会ではアメリカ以上にその問題が大きいこと、またこのような研究に関して特に日本語では発表しにくい事情などが語られたが、日本の社会に関する研究発表を日本でしないことは罪であるという鋭い批判も行われた。
レズビアンコミュニティも日本社会の一部である以上、現在この社会で進行している言葉の男女差消滅の方向がレズビアントークにも反映するのは当然だし、調査の結果には明らかにそれが現れているように思われる。そのような状況の中でセクシュアリティやジェンダー意識と言語使用の関係をどのような方向に位置づけていくのか、という点をもう少し深めた議論をしたかったし、それはクイアー言語研究の今後の課題でもあろう。 (小林美恵子)
◇表現の自由とジェンダー・ハラスメント
綾 部 裕 子
99年8月、国立大学の男性教授が、学外の講演で、女性蔑視発言を行なった。地元の女性たちの問題提起を受け、教授が教育を担当している大学の機関は、発言をセクシュアル・ハラスメントとして、非難決議を行なった。教授は、機関の役職教授らを名誉毀損で刑事告訴したり民事訴訟を起こして、対抗した。大学当局は当初、研究者の表現の自由を理由に対応を拒んだが、学内での教授の言動に関係する特別調査会が設置されるに至った。教授が学内の授業においても同じような発言を繰り返していたことも明らかになった。
この事件では、学外における発言に非難決議を行なうことの是非、学外での発言を同僚が「不快」と思うことがセクシュアル・ハラスメントにあたるのか、非難決議の正当性、他のさまざまな差別を含む発言のなかからセクシュアル・ハラスメントだけを取り出すことは問題の矮小化か、といった、さまざまな議論が提起された。
会場では、女性差別の問題が提起された以上女性差別問題に取り組むこと、「不快さ」を公のものにすること、「不快さ」を理論武装すること、ガイドラインの重要性が議論された。この国立大学は、授業評価の先進的な取り組みで有名であるにもかかわらず、学外から指摘を受ける前に、学内で問題を発見できなかった点を指摘する発言が興味深かった。本件は、学内のセクシュアル・ハラスメントが学外のそれと密接に関係していることを示した貴重な事例と言えよう。 (武田万里子)
◇大学におけるセクシャル・ハラスメント
—認識に影響を与える要素—
合 場 敬 子
明治学院大学セクシャル・ハラスメント人権委員会が98年度に実施したアンケートに基くセクハラ認識度についての分析であった。データより、次の4つの仮説が支持された。女の方が男よりも想定例について「セクハラである」とより認識する傾向がある。教職員の方が学部学生よりも…(以下同文)。ハラサーが男のケースの方を女のケースの方よりも…(以下同文)。ハラサーの性別に関わらず女の方が男よりも…(以下同文)。また「回答者の性別とその地位の間には交互作用がある」という仮説は部分的に(ハラサーが女のケースでのみ)支持された。
以上の報告について、次のような疑問や意見が出た。
1. セクハラは個人の認識がポイントであるのに、平均的認識を論じることの意味は何か?
2. 異性間での想定例しか出さなかったのはどうしてか?
3. サンプリングの仕方はどうなっていたのか?
4. 想定例は、男女を形式的に入れ替えるだけで適切な想定となっているとは思われない。
5. 非専任職員で男女のセクハラ認識度のギャップが大きいのはどうしてか?
参加者は、約30名であった。 (細谷 実)
◇ドイツの女性学・ジェンダー研究
寺 崎 あき子
本発表で寺崎さんは最新のデータと滞独経験をもとに、1970年代から現在までのドイツの女性学・ジェンダー研究の自立から制度化に至る過程を紹介された。この動きはその萌芽期にあたる70年代前半、台頭期の70年代後半、普及と定着が試みられた80年代、女性学の専門化が推進された90年代、そして 96年以降という5つの時期に区分される。アメリカの女性学の影響を受けた70年代前半、関心を持つ女性たちが大学などで個別に活動していたが、70年代後半にはそれが実を結び女性学が普及した。それに伴い女性の職場拡充と大学内の階層構造の変革が求められ、女性学の方向性−自立を守るか制度化に向かうか−が模索された。結果として大学・研究所・地域を拠点に女性学研究が進められ、女性教官の登用等の制度化も進んだが、その具体的な実施状況は州毎に異なる。今年ドイツのハノーヴァーで女性大学が開校されたのも、こうした試みの一つとして理解できよう。近年では旧東ドイツの大学を含む、戦後の新設大学を中心にジェンダー研究が取り入れられ、その名称・内容ともに多様化している。今後の課題は、80年代以降女性の関心が多様化し、また助成金も削減されるに伴い、民間の女性学研究グループの活動が先細りするケースもあるという事実をどう受け止めるか。そしてEU統合下にあるドイツの女性の動きを、他の国々と関連させて位置付けていく作業であると思われる。 (石井 香江)
◇シンガポールの人口政策
—セクシュアリティーへの国家介入—
大 岩 寿美子
本発表は、過去50年のシンガポールにおける人口政策の経緯と特徴をまとめたものである。
シンガポールではリー・クアンユーからゴー・チョクトンにいたる人民行動党が、顕著な人口政策を展開している。当初は量的抑制にポイントをおいた人口抑制であったが、しだいに量より質、すなわち「良質」の人材を多く確保することに関心をシフトさせるようになる。
この質の確保のために、具体的には出産を奨励する人と抑制する人とを区別する方針がとられる。初期にはその指標を学歴に求めて高学歴者の出産を優遇する方針をとるが、後に経済的な養育能力を指標にして子どもを多く養える財力を持つものを優遇する方針をるようになる。
質に目を向けた人口政策は、高学歴の女性に出産を奨励することになるが、同時に高学歴女性を貴重な人材として活用する国家の方針も維持されるため、彼女らが出産によって離職することはないという。
最近は、出生率の低下が問題になるという逆転現象はあるものの、概してこの政策は政府の意図を実現するものだという評価を受けているという。
発表に対してのフロアーからの質議では、シンガポール国内の女性たち自身のこの政策に対する考えはどのようなものかが話題になったが、実際にそれはなかなか容易に知れないという。また、このシステムを支える外国人労働者、とわけメイドの労働についても意見がかわされた。
(広瀬 裕子)
◇高齢者扶養とソ−シャルネットワ−ク
—在日韓国・朝鮮人女性高齢者の事例調査を中心に—
金恵 媛(キム ヘウォン)
川崎及びその周辺に居住する「在日」高齢者56人〔うち女性は52人〕を対象に、そのソ−シャルネットワ−クがいかなるもので、それは高齢者の生活を支えうるものか、といった問題をめぐる研究であった。
結論を先に述べると、「在日」高齢女性をめぐるサポ−トネットワ−クは十分機能していない、ということである。具体的には、在日期間が長期にわたっているにもかかわらず日本語の習得機会に恵まれず、そのことにより福祉情報を十分得られないなど深刻な問題が生じている、家族扶養が困難になっている、公的経済保障及び福祉サ−ビスから置き去りにされている、という点が指摘された。
日本語習得状況については、「ほとんど読めない」「カタカナ・ひらがなならよめる」の両者で66%である。在日高齢女性は、来日以前にも教育機会に恵まれなかった女性が多く、学校生活というものを経験していない場合も多いことが指摘された。教育からの疎外の他にも、聞き取り調査で、夫の死の翌日から生活のために働かざるを得ない状況の中で、「旦那が死んだらすぐ外に出かける」と陰口を叩かれ、暗いうちに出かけ暗くなってから戻るというような生活をしたという話や、「娘はいたけれど息子を産んでいなかったので国に帰れず日本に残った」という話などが提示され、現在の在日高齢女性がかかえる問題がジェンダ−問題と深く関連していることが確認できる発表であった。
(佐々木典子)
◇ある在日朝鮮人一世との対話
田 中 由布子
田中由布子氏による「ある在日朝鮮人一世との対話」は、全体が詩的な言葉で紡がれていた。報告者は、長年「性差別問題」に取り組んできた報告者にとっては、「民族差別問題」をかかえる在日朝鮮人一世と対話をもつことにより、(1)「在日朝鮮人の日本人社会での世渡り」と、(2)「日本人女性の日本人男性世界での世渡り」には共通するものがあり、(1)を観察することにより(2)について考察をすることが可能であるという前提にたっておられた。報告者と在日朝鮮人一世とが対話を重ね、情緒的交流を獲得していく過程が重視されており、その関係性の変化が時間軸に沿って述べられていた。最終的には、報告者自身の「内なる相克」を発見し、「手本」のない世界へと漕ぎ出していこうとする決意が感じられた報告であった。
研究報告に、報告者という主体が全面に押し出されていることに潔さを感じた。それが自覚的であったのか、そうでなかったのかは、私には判断できなかった。しかし、研究活動を行う際に「私」をどこに位置づけるのか、私自身による「私」は記述が可能なのか、それはどのようにして可能になるのか、研究をとおして「私」を救済することは可能なのか、このような問いを正面から突きつけられた、「私」にとっては、衝撃的な報告であった。 (岩屋さおり)
◇日本企業におけるセクシュアル・ハラスメント問題
─女性のセクシュアル・ハラスメント対応を中心に─
ジェシカ・ラム
なぜ多くのセクハラ被害者は「泣き寝入り」対応を取らざるを得ないのか。この報告では、アンケート調査とインタビュー調査をもとに、セクハラ被害に対する「泣き寝入り」対応と「積極的な対応」それぞれに伴う「コスト」と「ベネフィット」を明らかにすることにより、「泣き寝入り」対応を取らざるを得ない構造が提示された。被害者が「積極的な対応」をとった場合、対抗しなければならない相手が増え、時間的、物質的、精神的コストが増大する。彼女たちが戦う相手は加害者を超え、日本企業のジェンダー規範にまで及ぶのだ。被害女性の「積極的な対応」は、「従来の職場で働く女性のイメージ」を加害者、管理者、法廷が共有し、維持しようとしているメカニズムを明るみにだす。
果たしてこのコストを回収するだけのベネフィットを得られるのか。セクハラ経験を忘れること、裁判に勝訴することまでたどり着くのは容易なことではない。「調停で解決はしたが、この経験を忘れることはできない」という会場からの、発言もあった。氏の分析によるコスト概念の類型化は、セクハラ被害と戦う人たち(被害者、援助団体、研究者)にとって実戦的であり、かつ、示唆に富む内容となっている。(詳細は『現代思想』2000.2)
(田辺 遊子)
◇日本の映画における女性兵士の肖像
─『軍隊と/の女性』論のために─
佐 藤 文 香
映画に登場する女性兵士像をてがかりに、女性─軍隊の問題が考察された。米映画『GIジェーン』が描く「成功したプロの女性兵士」像は、軍事への男女平等なアクセスを目指すフェインマンの論に重なる。一方エンローは、女性を分断する軍の家父長的性質を見破り、軍事化を食い止めるために女性たちが連帯すべきであると主張する。
日本のフェミニストは「軍隊の女性」を論ずることに嫌悪感を共有してきたが、国家主義の流れに抵抗するには、制度そのものの批判的対象化と制度内差別を問題化する作業、つまり「軍隊と/の女性」についての議論が必要である、と佐藤氏は指摘する。映画『守ってあげたい!』では、災害救助で活躍する女性自衛官が描かれており、ミリタリズム的ではない軍隊の捉え方に意義を見出しうるとしているが、会場からは、「『守ってあげたい』という言葉こそ特攻隊から続く軍事化のキーワードだ」、「防衛庁のプロパガンダに過ぎない」という異論が出た。また、女性自衛官が景気の調整弁となっている実態や、Peace Keepingとして軍隊への男女平等な貢献が国際的なコンセンサスとなっていることへの危機感も述べられた。憲法改正が現実性を持つ現在、軍事化に対抗し得るフェミニズムの理論構築が必要であるという佐藤氏の指摘は時宜にかなった問題提起であると感じた。(本報告の前段は『女性学』1999,vol.7 に掲載) (田辺 遊子)
◇日本における『国際移動』と女性
─香港で働く日本人女性の経験と『語り』─
酒 井 千 絵
酒井氏は、海外に在留する日本人女性の増加の動きを質的な変容と捉える。つまり、国際結婚という家族結合的な移動から、海外就労等の個人型の形態に移行していると指摘する。そして、個人型移動の問題点を香港在住日本人男女の事例調査から明らかにしている。日本企業にみきりをつけた女性たちは、業績主義に基づいた香港企業での働き方に満足している一方、男性駐在員との間に労働契約上のジェンダー格差があることに気づき、また、帰国後の不安をも抱えているとしている。会場からは、日系企業が少なかった70年代と、90年代の移動の質的違いや、選挙権・社会保障の受給資格というファクターも国際移動に影響を及ぼすのではないか、という指摘があった。
(田宮 遊子)
第2日目:6月18日(日) 13:00〜15:00
ワ ー ク シ ョ ッ プ 報 告
◇入門女性学のアプローチとその課題
浅生 幸子 梅村智恵子 斉藤 正美 中島 美幸 山口 智美
本ワークショップでは女性学(フェミニズム論やジェンダー論なども含む)をどのように講義し学生に伝えていくことができるかについて講師たちが中心に話し合った。
はじめに米国ミシガン州立大学の女性学入門コースについて説明があり、それを足がかりに日本の各大学について報告、議論が行われた。
ミシガン大での入門コースは、講師は教授1人と院生5人のチームから成る。特徴は、女性学の学際的性質を重要視する上で、人文/社会科学双方のバランス、また人種や民族、性的指向などマイノリティの視点を取り入れ、ゲストや資料などもその視点に立って選択する、とのこと。
議論では、まず一人が学生の無関心やバックラッシュの中、また総合科目の一つとして女性学を教えることの難しさを語った。参加者からは、その場で反応は見えなくとも感想を書かせると意見を言う学生が多い、それを話題にすることで問題を共有化し関心をつなげていくとの意見が出された。また、獲得した理論を実社会へどのように貢献していけるのかという声も聞かれた。このような話の背景には、ジェンダーやフェミニズムという言葉が社会へ浸透する一方で、それに対する偏見や無関心がとくに若い世代に広がっていること、また理論と実践の乖離という問題が生じているからと考えられる。ミシガンの報告の中で、学生たちは個人的に興味があるテーマには関心を持つが、それが社会的関心へとつながらないとの指摘があったが、それは日本でも同様だろう。研究対象としての女性学は増えても、それが実践の場へと繋がっているのか、そこをもう少し議論をと思ったがここで時間切れとなった。
「実践」や「運動」などの言葉が多く聞かれたが果たしてこれらは何を指すのか。参加者の中で定義が共有されていたのだろうか。また、有益な講義とは何か?学生が問題意識を持つことか?価値観の変革にまでいくことか?そもそも、何をもって価値観の変革というのか?参加者も多く、各自が問題意識を持っているためかえって問題の焦点が見えにくい部分もあった。それゆえに継続して扱って欲しいテーマである。 (田丸 瑞穂)
◇「女性国際戦犯法廷」をなぜ開くのか
─戦時性暴力「不処罰」に終止符を
松 井 やより
20世紀最後の月である2000年12月、東京で、「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」が開かれる。これは、バウネット・ジャパン(VAWW- NET Japan, Violence Against Women in War Network-Japan, 「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク)という日本の組織が中心となって、国際的な協力のもとに開催する民間法廷である。ワークショップでは、まずバウネット・ジャパン代表の松井やより氏によって女性国際戦犯法廷の目的や現在の状況などが報告され、その後、ワークショップ参加者との質疑応答が行われた。
女性国際戦犯法廷の目的は、①日本軍性奴隷制(「慰安婦」制度)が女性に対する犯罪であることを明らかにし、加害者の責任を問うことによって、被害者の正義と尊厳の回復に資すること、②戦時における性暴力が処罰されないまま放置されてきた状態を終わらせることによって、現在および未来におけるその再発を防止すること、である。そこでは個人の責任が問われ、その犯罪が裁かれる。過去の犯罪を「裁く」ことに違和感をもつ日本人も多いようだが、犯罪を犯した人間は処罰されねばならない。もちろん、この戦犯法廷は象徴的なものであり、現実の実効力はもっていない。しかし、ベトナム戦争における米国の犯罪を裁いた「ラッセル法廷」のように、国家権力とは無縁だからこそ普遍性がある、と考えることもできるわけである。戦後ドイツは、10万件以上のナチ戦犯調査を行い、6000件以上の有罪判決を下してきた。これに対し、日本政府が自ら行った捜査や裁きの実績はゼロである。被害女性たちの名乗りによって、日本軍性奴隷制の問題がはっきりと認識できるようになった今、女性に対して行なわれた犯罪を、戦争犯罪、人道に対する罪、ジェノサイド(大量虐殺)の罪、として裁くことが必要である。
以上のような松井氏の報告に対し、会場からの質問は途切れることなく続いたが、しかし性奴隷制に関する基本的な認識が全員に共有されていたとは言い難い。女性学の研究者やフェミニストのなかには、この戦犯法廷にあまり関心を示さない人もいる。学会規約第2条に照らして、私たちは、女性国際戦犯法廷を支援する必要があるのではなかろうか。 (千野 香織)
学会からのお知らせ
科研費「ジェンダー」細目設定記念シンポジウム
総会報告にお知らせしていますように、科学研究費補助金の細目として「ジェンダー」が3年間の時限付きで設定されることになりました。これを記念して、日本女性学会も共催し、下記の通りシンポジウムが行われます。決定に至るまでの女性学研究者たちの努力を振り返り、今後を展望するほか、「どうすれば科研費があたるか」のノウハウも披露されます。ふるってご参集下さい。
シンポジウム「日本の学術とジェンダー」
主催:日本学術会議社会学研究連絡委員会
共催:日本女性学会他
日時:9月11日(月)18:00-20:30
場所:日本学術会議大会議室
(営団地下鉄千代田線乃木坂下車0分)
主な内容: 「文部省の科学研究費配分政策とジェンダー」塩原勉
「科研費分科細目ジェンダー設定の意義と効果」大沢真理
「学術会議の男女共同参画へ向けて」原ひろ子
科研費申請何でもQ&A 司会 上野千鶴子
会員からの情報
■書評
秋田セクシュアル・ハラスメント裁判Aさんを支える会編
『セクハラ神話はもういらない—秋田セクシュアルハラスメント裁判女たちのチャレンジ』
教育史料出版会、2000.5
文部省のセクハラ防止規程から1年余。「振られたから訴えたのじゃないの」、「何かあったら辞めるはず」。キャンパスから相変わらずこんな声が聞こえてくる。被害を申し出ることが困難な状況は変わらない。二次被害の余りのひどさと自浄能力の欠如に、大学に見切りをつけて裁判を起こすケースが増えているのではないだろうか?
このほど、セクハラ神話を突き崩す画期的な勝訴判決を引き出した秋田農業短大事件の裁判の記録が出版された。「セクハラで悩んでいるあなたに元気を贈る」書であるとともに、女性への暴力を許容する社会の勝手な思い込みへ痛撃を与える書である。働きつづけながら勝訴を勝ち取った原告Aさんの怒りが胸に響く。同時に、大学の対応が決して他人事でないことに気づかされる。支援のあり方についての悩みや裁判参加の実践についても考えさせられた。本書の出版は大学関係者には余り知られていない。是非周りに薦めてほしい。 (戒能 民江)
■国立大教授による差別発言に怒る
女性たちからのメッセージ
大会自由研究報告でも触れられていますが、国立大学の男性教授が学外での講演で甚だしい女性差別発言を行った上、それを批判した学内の女性教授を名誉毀損で告訴するという事態が起こりました。この事態に怒る女性たちが、大学内外の女性たちが連絡会を結成しました。
××発言に怒る女たちの連絡会よりメッセージ
国立大学の大学教授が学外の講演で許し難い女性差別発言を行ったことを、「学外」の女はどう捉えているか。発言後、彼の勤務する大学へ抗議が殺到したのは「このような発言をして恥じない者が、なぜ教育者たる国立大学教授として安泰なのか。教授の見識は問われないのか」という怒りが爆発したからだと思う。大学のシステムというのは「学外」からは見えないが、少なくともわたしたちの目には、学外の市民社会では許されない差別発言が大学のシステムによって手厚く擁護されてい
るように映る。「市民社会」からの批判として捉え、あってはならない大きな「ズレ」だと認識して、「学内」でも真剣に向き合って欲しい。学内に「キャンパスセクハラ」に寛容な精神的風土があるとすれば、教授の女性差別的見識に寛容な精神的風土と地続きのものだといえるのではないか。発言が「学外」であろうが「学内」であろうが、教授がそのような見識を持ち、公の場で表現していることが重要な問題だ。詳しくは『週刊朝日』12年3月31日号参照。この件に関する問い合わせ先は以下の通り
X発言に怒る女たちの連絡会 神崎 直子 綾部裕子
■ 図書寄贈
以下の図書が著者(会員)より寄贈されました。
(財)東京女性財団編 大谷恭子、牟田和恵、樹村みのり、池上花英著
『セクシュアル・ハラスメントのない世界へ 理解・対策・解決』
有斐閣 2000年
■ニューズレターについて
従来ニューズレターは年4回発行し、年2回の大会のお知らせと報告を主な内容としてきましたが、この度総会で大会を年1回にすることが承認されたことを受けて、ニューズレターも一層の充実を図ることとなりました。大会のお知らせと報告以外の2回を、特集、研究会の報告などに加えて、会員の皆さんの問題提起や討論の場にもしていきたいと考えています。
次号は9月に開催される「学術とジェンダー」シンポジウムの報告を中心に特集を組みます。会員の投稿も大歓迎です。投稿希望者はニューズレター担当幹事(牟田和恵、伊田久美子)までご連絡下さい。
■研究会企画の募集
大会を年1回とするのに伴い、研究会を一層充実させていくことになりました。
会員の皆様からの企画を募集いたします。個人でもグループでもOKです。希望者は学会事務局まで、ご連絡下さい。