NewsLetter 第94号 2003年5月発行

日本女性学会NewsLetter

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女性学会ニュース第94号[PDF] 2003年5月発行


 

学会ニュース
日本女性学会  第94号 2003年5月

2003年 日本女性学会大会

日 時 2003年6月7日(土)・8日(日)
会 場 十文字学園女子大学
〒352‐8510 埼玉県新座市菅沢2‐1‐28
tel: 048-477-0555 fax: 048-478-9367
共 催 十文字学園女子大学 女性と情報研究センター
参加費 非会員:1000円
会員および十文字学園女子大学学生:無料
プ ロ グ ラ ム
第1日 第2日
12:30 受付開始 9:30 受付開始
13:30〜16:00 シンポジウム 10:00〜12:30 個人研究発表
16:30〜17:30 総会
(総会の間、懇親会出席の非会員向けに別室でヴィデオ上映)
13:30〜15:30 ワークショップ
18:00〜20:00 懇親会

2003年大会シンポジウム

「男女共同参画社会」をめぐる論点と展望

コーディネーター 舘 かおる(お茶の水女子大学教員)

1999年の男女共同参画社会基本法制定後、2000年6月、日本女性学会は、シンポジウムのテーマに「フェミニズムと政治権力」を掲げた。コーディネーターの大沢真理氏は、趣旨説明文に「フェミニズムの一定の制度化にたいして保守派はいらだちを隠さない。改憲派やいわゆる自由主義史観派は、フェミニストを家族の破壊者と見立てて悪罵の声を高めている」と記した。そして3年後の現在、男女共同参画及びフェミニズムへのバッシングの言動はますます激化し、地方議会で男女共同参画の主旨に反した条例の制定がなされている。こうした動向に対し、日本女性学会は、2002年11月「男女共同参画をめぐる論点研究会」を立ち上げ、状況把握と論点整理に努めた。そして、男女共同参画への典型的な批判例をとりあげ、『Q&A—男女共同参画をめぐる現在の論点』(『学会ニューズレター号外(2003年3月)』)を刊行した。
こうした活動の上に、今回のシンポジウムでは、母体保護法、民法改正、国旗・国歌法制定時から顕在化し、新しい歴史教科書を作る会の慰安婦記述等の削除、女性戦犯国際法廷報道改ざん問題、有事関連三法の法制化、教育基本法改定、憲法改定へと進んできた動向が、どのような関係の下に存在しているかを構造分析し、男女共同参画及びフェミニズムへのバッシングや揺り戻しへどう対応するかについて議論を行うことが不可避であると判断し、開催を意図した。さらに、この今日的状況にフェミニズム、女性学がどのように対峙し、今後の女性学を構築していくかを議論することも射程にいれている。
シンポジストの報告概要は以下のとおりである。このほかに状況把握に役立つ関連文献リストの配布と参加者からのコメントも予定している。

(文責 舘)

シンポジストと発題テーマ

◇条例制定をめぐるバックラッシュ再考

船橋邦子 (和光大学教員)

大阪府の条例策定検討委員として、千葉県平等条例ネットのメンバーとして条例策定に運動にかかわってきた立場から以下のような視点からバックラッシュの動きを検討する。
千葉県議会において、周知のように条例検討専門部会、自治体、県民の協力により作成された条例案は、廃案となった。この間の反対派との抗争のなかで、彼らの主張は、フェミニズム、男女共同参画にたいする必ずしも無理解、曲解から生じているのではないことが明確となった。いや、むしろ、彼らの家族経営協定、性的自己決定権、性教育の推進の否認は、家族の絆論やプロ・ライフ派など保守派と結びついたネオ・コンサーバティブの世界的な潮流と同様の国家主義的な右傾化の流れに位置付けられる。従って、バックラッシュは極めて政治的問題であり、有事法制や住基ネット、教育基本法改悪などの動きと男性支配の強化との関係をフェミニズムの視点でいかに分析するのかが今回の課題ではないかと考えている。その意味で条例制定に向けてわれわれが主張してきた内容の再検討も求められるだろう。

◇教育改革と男女共同参画バックラッシュ

亀田温子 (十文字学園女子大学教員)

男女共同参画に対するバックラッシュが進む中で、「学校」はどのような装置として機能させられていくのだろうか。これまでの学校のかかえる問題、こどものかかえる問題を解決しないまま、教育改革により学校は階層やジエンダーを再生産する機能がより強められ、一方では心理主義化により社会とのかかわりやつながりをもつ力を希薄にしていく動きがある。さらに学校改革による教師をささえる集団がどのように抑圧構造へと変化しているのか、バックラッシュによる動きを教育・学校を通して探る。

◇バックラッシュの構図

伊藤公雄(大阪大学教員)

時代の転換点ともいえる大きな変化のなかで、近年、保守派の急速な台頭が国際的にも目立って広がりつつある(イラク戦争の「原動力」であったアメリカ合州国のネオ・コンサーヴァティヴは、その最も典型的な例だろう)。

日本社会においても、「新しい歴史教科書を作る会」の運動にみられるように、イデオロギー的諸集団と一部メディア、さらに保守的政治勢力の連携による「反動的」といっていい動きが目立ちつつある。この動きは、人々の多様な価値観や生活スタイルの広がりを、ある「ひとつ」の固定的な観点に立脚して反動的に押し潰そうとする傾向をもっているという特徴がある。しかも、そこには、「対話」による問題解決ではなく、性急な「力」の論理がつねにともなっている。さらに、コケンやメンツといった、自らの空虚さを強がりやこけおどしで抑圧しようという<男らしさ>の論理が、しばしば見え隠れしているのも事実である。

その意味で、こうした保守派の動きが、ジェンダー平等への運動に対するバックラッシュと結びつくのは必然だっただろうと思う。ジェンダー・バイアスをともなう固定的で抑圧的な社会構造を、一人ひとりの多様性の承認に向かって開いていこうというジェンダー平等への動きは、あらゆるものを固定的な論理(そこには明らかに男性主導というイデオロギーが含まれている)のもとへと統合しコントロールしようとする保守派の人々にとって、何よりも我慢がならないものだからである。

本報告では、社会の大きな変化の流れを見据えつつ、こうしたジェンダー平等へのバックラッシュの動きを中心に、そこで語られている言説の特徴や運動の構図を読み解いてみたいと思う。

個人研究発表

第1分科会 司会:内藤和美

(1) 信楽町の共同参画への取り組み

寿崎かすみ

現在、滋賀県の信楽町では2003年度末に男女共同参画条例を策定するための準備を進めている。信楽町は、やきものと農業、そしてゴルフ場が主な収入源であり、昔からの町内会組織、婦人会組織が残っている。また同和問題が政策課題として掲げられる土地柄でもある。このような町で、町民の意識を草の根から変えるために、実効性のある条例を作る作業がすすめられている。筆者はこの条例づくりに、地元の有志とともに委員として関わっている。この、信楽町のとりくみについて報告する。

(2)「教育とジェンダー」に関する意識調査:同志社女子大学卒業生対象の調査研究より

三宅えり子

当研究は同志社女子大学研究プロジェクト「教育とジェンダー」の一環として行った意識調査にもとづいている。卒業生182名の対象者から、ジェンダー意識、就業状況、大学生活、建学の精神、教育理念、個人データについて得た回答をSPSSで統計処理し、分析を行った。
60項目の質問をそれぞれ集計した上で内容により年代別、就業グループ・無就業グループ別で様々なクロス集計を行い、大学教育の成果と就業状況とジェンダー意識の重層的相関関係の分析を試みる。この調査研究は男女共同参画社会実現に寄与するための高等教育における女性教育のあり方を考察することを目的としている。

第2分科会 司会:新田啓子

(1)作られた自爆攻撃者の母親像? パレスチナ滞在から見えてきた虚構

清末 愛砂

イスラエルによるパレスチナ自治区への軍事占領は、その過酷さを増す一方、その占領の産物として、自爆攻撃による抵抗を試みるパレスチナ人の若者たちが、少数ながら生まれてきた。「テロリスト一掃作戦」を標榜するイスラエルにとって、自爆攻撃は、自らの軍事占領を正当化するための格好の材料となり、「パレスチナ人=テロリスト」像がますます浸透しつつある。その過程の中で、パレスチナの母親たちは、「自らの子どもを自爆攻撃に送り込む血も涙もない母親」あるいは、「自爆攻撃を率先して推進する母親」として描かれるようになってきた。

私は、2002年7月中旬から11月中旬にかけて、ヨルダン川西岸地区ナブロス近郊のバラタ難民キャンプに滞在した。同キャンプでの滞在を通し、自爆攻撃者の息子を持つ3人の母親たちと交流を重ねてきた。本研究発表では、彼女たちとの会話・交流を通して見えてきた「自爆攻撃者の母親」像の虚構を分析し、そのカウンターイメージを打ち出していきたいと思う。

(2)バングラデシュにおける「女性への暴力」を考える
—新聞報道と現地芸術家によるアートの考察

水野 桂子

バングラデシュでは、統計や新聞報道等メディアに現れる数以上に、実際には「女性への暴力」は非常に多いとこちらでの開発と女性(WID)に関する仕事を通じて推測できる。今回の報告では地元英字紙・ベンガル語紙における「女性への暴力」の報道の切り抜きと、及び芸術家による直接的な表現から、暴力の背景や実態について紹介・分析し、各国で共通する女性への抑圧の問題を考察する。

第3分科会 司会:田中和子

(1)ICTとジェンダー

國信 潤子

ICTの活用が女性をエンパワーするにはどのような対応、施策が必要かを探求することが今回の調査の主旨である。
アンケート調査からみえた活用状況:地方自治体による女性関連施設、民間組織でジェンダー平等化を促進を主旨とする組織、大学関連図書館そして女性学等研究所などに絞ってアンケート調査の結果を紹介する。国信は調査の全体構造と、女性学関連研究所、施設の活用状況について報告する。民間組織等における活用状況については松浦が報告担当する。
また国際比較としてタイ、スェーデンにおいて事例調査を実施、その結果と、先行資料調査等により、国際的に ICT 活用のジェンダー格差について今後の対応と課題を考える。

(2)活用事例調査から見たNPO/NGOにおける女性のICT活用事例とその傾向

松浦さと子

1980年代のコンピュータは男性優位の職場環境において、女性が「支配」され、「省力化」される道具であったが、1990年代以降におけるコンピュータ利用は、インターネットとの接続によりコミュニケーション利用の範囲が拡大し、女性にとって「連帯」、「創造」の手段として非営利目的に活用される事例が急増している。
そして、能動的に組織やネットワークを構築することのできた女性たちが経験や知識を分け合い、社会に働きかけ政策提言を行い、現状を変革することに成功しているケースが少なくない。
女性がICTを使いこなすことで、情報社会において可能性を拡大する一方、限界や障害がどのように現れているのかをも並行して報告する。

第4分科会 司会:舘かおる

(1)セクシャルマイノリティが照射する人権教育の課題
−大学教育実践「同性愛者と語る会」の視点−

吉田 和子

岐阜大学教育学部の教育実践学・教育実践学特論の公開授業「同性愛者と語る会」、その大学教育実践の視点と同時に、セクシュアルマイノリティが照射する人権教育の課題を検討するとともに大学教育実践の課題をも提起したい。

セクシュアルマイノリティが照射する人権教育の課題

  1. 不可視化から可視化へ−microと macroの politicsの顕在化
  2. 異性愛強制の再生産と家族・学校の共犯的重層差別
  3. 差別の複合性と弱者のままで存在することの意味を問う人権教育
  4. 分断のない性と生をいきる人権教育へ

(2)下田歌子の社会構想と「手芸」

山崎 明子

下田歌子は、近代日本の代表的な女子教育のイデオローグである。下田は、宮中出仕、イギリス留学、婦人会組織さらに実践女学校の設立等の経歴を経て、儒教思想及び社会階級制度、さらにジェンダー・システムを巧妙に利用して、近代国家における女性役割を確定することを目指していた。この近代的な女性統御には、皇后を頂点とし、「主婦」を中核とし、さらには女工や下婢等の下層の女性たちを底辺とするピラミッド型のヒエラルキーが想定されており、上から下へと「感化」する回路が下田自身によって構想されていた。
本発表では、この「感化」のシステムについて論及するとともに、その具体的な方策であった「手芸」を取り上げる。「手芸」は下田の主張する「実学」として重視されており、その目的は女性を精神的・身体的に統御していくことにあったと考えられる。
以上の点を、下田が著した二冊の手芸テキストの分析を通じて明らかにする。

第5分科会 司会:船橋邦子

(1)ポルノグラフィー(アダルトビデオ)とフェミニズムの距離感

矢島 千里

アダルトビデオの一部表現が女性に対する暴力と権利の侵害であると、いくつかの女性団体が何回となく抗議行動を起こしている、にもかかわらず訴えられた監督や会社は、それを逆手にとってメディアをバックに、更に周到に制作や販売を行い、最近では、勢いに乗ってメジャーに売り込み、関連本は一般書店の店頭に平積みされるようにまでなっている。そしてそのなかで「ヒステリックにポルノを批判し自由な表現を規制しようとする人達=フェミニスト」と繰り返し発言している。しかし、振り返って女性達はこの業界のどこまでを知り、どうしたいというのか。この半年間で50本のアダルトビデオを視聴し、製作者との面談のなかで考察したものを発表してみたい。

(2)メディアの中の「ロリータ」—日本における「ロリータ」構築をめぐって

須川亜紀子

「ロリータ」は1960年代にロシア人亡命作家ウラジーミル・ナボコフの小説『ロリータ』から名づけられ、日本では「ロリータ」とは、「青年・中年男性の性的対象物としての10代の少女」の意味合いが持たされ、また「ロリータ・コンプレックス」(略して「ロリコン」)は、青年・中年男性が成熟した女性に性的興味を持たず/持てず、10代(特にローティーンを指す場合も多い)の「少女」に性的興味を抱く「症状」として意味されることが多い。
この発表では、小説のプロットから外れて、他国には見られない「ロリコン」という日本での使われ方をめぐって、80年代のビデオの普及と幼児殺人事件をきっかけにした「ロリータ」をめぐるメディアの言説の分析と、存在しないものを表象し、反復することで根拠をもってしまうメカニズムを、いわゆる「(恋愛)育成シュミレーションゲーム」や幼児・ローティーン向け TV アニメにおける少女表象を例にとって解明する。そこには、ターゲットとされる男性ユーザーの少女育成への欲望、幼児・ローティーン少女視聴者の構築された欲望とその反復があると思われる。

(3)日本新聞におけるピルの報道にみるジェンダー観の分析—80年代半ば以降中心に

アナリア・ヴィタレ

本報告の目的は経口避妊薬(ピル)に関する80年代半ば以降の新聞記事を手がかりにして、日本のジェンダー観について検討することである。新聞には55年からピルに関する記事が登場するが、とりわけ80年代半ば以降のそれは、ピルを医学的な問題としてではなく、さまざまな観点から取り上げることになる。こうしたピルについての記事の分析からは、(1)ピル=女性権利(2)ピル=性の乱れ(3)ピル=男女不平等関係(4)ピル=ホルモンに対する恐怖というディスコースが存在しているということが明らかになった。分析の対象とした記事は85年から99年(ピルの認可された年)までの読売新聞、毎日新聞、朝日新聞、日本経済新聞に掲載されたピルに関する150件あまりの記事である。

第6分科会 司会:戒能民江

(1)性犯罪裁判を読む—ある強姦事件の事例から—

牧野(博田)雅子

従来よりフェミニズムは、主に、条文や判決文、被害女性の扱われ方を対象として、性犯罪裁判の分析を行い、刑事司法の男性中心主義性を批判してきた。その批判を実際的な改善につなげるためには、公判廷における言説や事件記録も分析の対象とし、より厳密に刑事司法の問題点を指摘することが必要であると思われる。
発表者は、2001年12月より、ある強姦事件の加害者及び関係者に対する聞き取りを行い、当該裁判に関しても、公判傍聴や事件記録の分析等の詳細な調査をする機会を得た。本発表では、裁判における調査を通して見えた、刑事司法が前提とする「性犯罪本能説」や犯罪の独占、男性による女性所有の思想、女性に対する一方的な価値観の強要や性のダブルスタンダードといった、被害女性を貶めるばかりか、性犯罪を生み出す社会文脈を強化する恐れのある問題を指摘し、男性中心主義を批判すると共に、システムの改善へと繋がる方法を模索したい。

(2)法律学における婚外子の問題化過程—商業誌の記事分析から

橋本マコト

近年、日本の家族問題論において「夫婦別姓」などと共に活発化している議論のひとつに、「婚外子差別」の問題がある。「婚外子差別」に関する一連の議論(以下、婚外子問題言説と呼ぶ)は、両親が法律婚をしていないために「非嫡出子」という法的地位を与えられた人々に発生する法制度上の処遇を「差別」であるとして問題化してきた。
一見してわかるように、婚外子問題言説の問題枠組みは、法律学的な知によって強く規定されており、法律学分野においても非嫡出子「差別」をめぐる活発な議論が行なわれている。問題になっている法制度上の処遇は、現行民法の下で一貫して行なわれてきたものである。
だがしかし、法律学分野において、ごく最近まで社会問題は存在してはいなかった。従来の議論の枠組みは、あくまでも認知手続きなど実務上の問題あるいは当事者間のコンフリクト調整の問題であり、「差別」という社会問題ではなかったのである。にもかかわらず、このような非嫡出子の問題化について、そのプロセスを社会学的に検討する作業は、これまで行なわれてこなかった。そこで本報告は、法律学分野における非嫡出子をめぐる議論を検討し、法律学における婚外子の問題化過程を明らかにするとともに、「差別」問題化を支えているロジックを析出することを目的とする。

ワークショップ

(1)日々の活動から、女性学とのつながりを求め
〜『差異の政治学』をテキストとした「読み書き論文講座」の報告〜

渋谷典子(特定非営利活動法人ウイン女性企画)

男女共同参画社会の形成を第一の目的としている特定非営利活動法人ウイン女性企画(以下、ウイン女性企画)の日々の活動と、女性学とのつながりを考えることを目的とする。
その方法として、ウイン女性企画が2002年11月から実施している主催講座「読み書き論文講座」を取り上げる。この講座は、『差異の政治学』(上野千鶴子・著、岩波書店)をテキストとし、月に1回実施し、全6回(現在は、3回が終了)の参加型講座である。参加者はテキストの論文を読み深めつつ、日々行っている自分自身の活動を軸とした論文を書き進めていく作業を行っている。
ワークショップでは、講座の報告とともに、「学びから実践へ」「実践から学びへ」女性学をとおして、そのつながりと発展について考えていきたい。また、「誰が語るのか」についても考えていきたい。

(2)ポルノグラフィ被害を考える
〜DV、セクシュアル・ハラスメントと「ポルノ被害」〜

春原千咲、ポルノ・買春問題研究会*

ポルノグラフィをめぐる問題は、ポルノ制作過程における人権侵害のみならず、殺人、レイプ、ドメスティック・バイオレンス、セクシュアル・ハラスメント、子ども性虐待など様々な問題と深く関わっている。しかし現状では、ポルノに関わる被害は認識されにくく、このことがさまざまな性犯罪、被害に対する取り組みの一つの障壁となっていると思われる。
当会が昨年実施した「ポルノに関連した被害についてのアンケート」調査報告、相談機関など専門職の方々とパネルディスカッションをおこなう中で、参加者と共に「ポルノ被害」「加害」についての認識を深め合い、「女性に対する暴力」に対するより包括的な取り組みの方途を探る場としたい。

*「ポルノ・買春問題研究会」APP研—Anti Pornography & Prostitution research group)とは:
 現在、”ポルノや売買春は当事者の「合意」のもとに行われるのでとくに問題はない”という議論(性的リベラリズム)が大手を振ってまかり通っています。ポルノ・買春問題研究会(APP研)は、こうした議論を批判しつつ、女性の人権・性的自由・性的平等を擁護するフェミニズムの見地から、ポルノ・買春問題をはじめ、セクシュアリティをめぐるさまざまな問題を研究することを目的として、複数の研究者および運動家によって1999年12月に結成されました。

(3)当事者の視点で問う「DV防止法」

原田恵理子

2001年4月に「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律(DV防止法)」が成立し、ドメステイック・バイオレンスに関する社会の認識は、一定変化してきたが、被害者への援助施策は十分とは言い難く、二次被害も後を絶たない。今年はDV防止法3年後の見直しの時期にあたる。参議院共生社会調査会は、2003年2月末から見直し作業に着手し、各都道府県やNGO等の意見を求め、今年秋にも見直し法案は国会上程される模様である。このワークショップでは、DVの被害を受けた当事者から問題提起をうけ、DV防止法の課題、有効な援助施策などを考える。

(4)「シングルマザー」を考える

赤石千衣子、小林亜子、杉山直子、堀田香織、山本昭代

今日「シングルマザー」は、経済や人口移動のグローバル化が進む中で、世界的にその数を増やしている。しかし性別分業や男女の賃金格差は依然として根強い一方、社会政策のさらなる後退のなかで「自立」を強いられているのも、日本、米国をはじめとする多くの地域でみられる傾向である。
「シングルマザー」は、今日の世界が抱えるジェンダー化したさまざまな問題を、もっとも鮮明な形で引き受けている存在であるといえる。だが「シングルマザー」はその周縁性のゆえにステレオタイ プ化され、問題視されるのみで、「主体」としての「シングルマザー」が語られることはほとんどなかった。
このワークショップでは、これまでの「家族」と「シングルマザー」を巡る研究の問題点とあらたな位置付け、今後の研究の方向の可能性を、学際的に検討する。特に、「研究される対象」としてだけではなく、「発言する当事者」としてのシングルマザーに注目することが目的のひとつとなる。

(5)男女共同参画推進条例づくり攻撃に対抗する

斎藤周、出納いずみ、船橋邦子、橋本ヒロ子等

男女共同参画推進条例づくりが全国的に広がり始めた2001年暮ごろから、反対派からの攻撃がひどくなった。特に促成ではなくじっくり時間をかけて優れた内容の条つくりをしている自治体における攻撃が強い。条例制定をした自治体は急増したが、条例づくりは危機的状況にあるといってよい。このような攻撃に対して、男女共同参画社会の実現を推進する立場にあるものは、どのように対抗していくか。日本女性学会が2002年から開催した3回の研究会成果も踏まえ、千葉市、千葉県、前橋市、埼玉県朝霞市、さいたま市など地域での実情報告などをもとに今後の対策を検討する。

■会員の活動

著書

佐藤千登勢 『軍需産業と女性労働—第二次世界大戦下の日米比較』 彩流社
2003
村尾祐美子 『労働市場とジェンダー』 東洋館出版社
2003
M. ジャコーバス/E. F. ケラー/S. シャトルワース編
田間泰子・美馬達哉・山本祥子監訳
『ボディー・ポリティクス−女と科学言説』 世界思想社
2003
河地 和子 『自信力はどう育つか』 朝日新聞社
2003

■大会案内

* 懇親会のご案内

会場:十文字学園女子大学カフェテリア
参加費:4000円
5月31日までに、以下へ「懇親会申し込み」の件名でお申し込みください。
お名前と連絡先を忘れずにお書きください。
e-mail: gender●jumonji-u.ac.jp (●を@に書き換えてください)
fax: 048-478-9367
十文字学園女子大学 日本女性学会大会事務局

* 大会期間中の有料保育のご案内

日本女性学会大会中有料で保育を行います。地域の子育てネットワークにお願いします。時給900円で最低2名からお願いできます。保育料は子どもの人数で割ります。それにおやつ代100円、傷害保険掛け金154円(子どもの人数が3人以下の場合は、500円を人数で割った金額です)が必要です。
希望者は5月15日までに、以下へお申し込み下さい。
申し込み先:e-mail: gender●jumonji-u.ac.jp (●を@に書き換えてください)
申し込みのさいに、次の5項目を明記してください。
(1)保護者氏名、(2)保護者連絡先、(3)お子さんの氏名(ふりがなもつけて)、(4)お子さんの年齢、(5)大会期間(6月7日13時〜17時30分、8日9時40分〜15時40分)の間の、保育を希望する時間帯

* 大会会場へのアクセス

十文字学園女子大学(http://www.jumonji-u.ac.jp/univ.htm)
〒352-8510 埼玉県新座市菅沢2-1-28
tel:048-477-0555 fax:048-478-9367
JR武蔵野線 新座駅下車、徒歩8分
東京方面からは、東武東上線で池袋から朝霞台(急行18分)、JR武蔵野線に乗り換え北朝霞経由で新座(3分)
・JR埼京線武蔵浦和乗り換え、JR武蔵野線新座(12分)
・JR中央線西国分寺から新座

* 宿泊のご案内

池袋から大学までの電車の乗車時間は30分、徒歩を入れると40分です。池袋、新宿に宿泊されても便利です。会場近くでは、JR北朝霞駅(東武東上線朝霞台駅)あたりが便利です。北朝霞駅そばのホテルを一ヶ所ご紹介しておきます。
シティ・イン北朝霞
tel:048-487-1711  fax:048-487-1713
シングル1泊:6000円ダブル、ツインもあり。

投稿日: 2003年5月1日 カテゴリー: NewsLetter

WOMEN’S STUDIES Vol.10 (2002)

Journal of Women’s Studies Association of Japan

WOMEN’S STUDIES Vol.10 (2002)

Edited by the Editorial Committee of the Women’s Studies Association of Japan

CONTENTS

Special Issue:
Discourses on Pornography Gay Pornography as a Place of Intervention KAZAMA Takashi
The Symbolic Anthropology of Pornography: The Ritual for Men, by Men, of Men NUMAZAKI Ichiro
Men’s Sexuality and Pornography: Domination, Self-Injury, and Fetishism MORIOKA Masahiro
Report:
Restriction of Pornography in Australia in Comparison with the Case in Japan
KITAHARA Minori
Articles:
Changing “Selves” and Hybrid Identities:
Japanese Women Studying in Australian Higher Education
ICHIMOTO Takae
Connecting Sex Work Therapy with the Women’s Lib’s Thoughts on Prostitution HOSOYA Makoto
Women College Graduates’ Behavior Regarding Marriage in Japan NAKAMURA Mioko
Facing the Dilemma: Feminist Dilemma of the Beauty/Ugliness of Looks NISHIKURA Miki
Report:
Women’s Studies Education at Universities in England NOUE Teruko and KUNINOBU Junko
Book Review:
Ellen Carol DuBois: Woman Suffrage and Women’s Rights KURIHARA Ryoko

Published by The Women’s Studies Association of Japan, Tokyo, Japan

投稿日: 2003年3月1日 カテゴリー: Journal

NewsLetter 号外『Q&A−男女共同参画をめぐる現在の論点』 2003年3月発行

日本女性学会NewsLetter号外

(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)

学会ニュース 号外
『Q&A−男女共同参画をめぐる現在の論点』

2003年3月

皆さま

皆さま

「男は仕事、女は家事育児」という性別分業が日本で作り出されたのは明治末でした。戦後の高度経済成長期を通じてそれはピークを迎えましたが、現在、終身雇用慣行の崩壊、女性の社会進出、少子高齢化などによって変化を迫られています。20世紀末から行政によって模索されてきた男女共同参画というヴィジョンは、こうした情況下で必然となった変化の一環とも言えるでしょう。

ところが、21世紀を迎えるとともに、一部のマスメディア(特に産経新聞社系メディア、あるいは統一教会系メディアなど)、草の根運動、議員、伝統的保守団体の連係による、男女共同参画社会、ジェンダーフリー、女性学、フェミニズムなどに対する批判やバッシングが強まってきました。

日本女性学会の内外の有志による本研究会は、こうした動向とその主張について情報収集と分析、議論を重ねてきました。そこで明らかになったことの一つは、多様なかたちをとって行われている批判のほとんどが、誤解あるいは曲解に基づくものであるか、単なる懐古的な主張であることです。しかし、その批判は大声で荒々しいものですので、異を唱えにくい雰囲気になっています。

この『Q&A −男女共同参画をめぐる現在の論点』は、しばしば見受けられる典型的な批判を27挙げ、それらに回答を試みたものです。
この『Q&A』の著作権は本研究会にありますが、必要に応じてコピーのうえ、自由にご利用ください。

2003.3 日本女性学会 男女共同参画をめぐる論点研究会

1.「男らしさ/女らしさ」をめぐる論点

[批判1] ジェンダー・フリーは、男らしさ/女らしさを全否定するものだ。
[回答1] ジェンダー・フリーは、男はこうあるべき(たとえば、強さ、仕事・・・)・女はこうあるべき(たとえば、細やかな気配り、家事・育児・・・)と決めつける規範を押しつけないことと、社会の意思決定、経済力などさまざまな面にあった男女間のアンバランスな力関係・格差をなくすことを意味しています。ですから一人ひとりがそれぞれの性別とその持ち味を大切にして生きていくことを否定するものではありません。「女らしく、男らしく」から「自分らしく」へ、そして、男性優位の社会から性別について中立・公正な社会へ、ということです。
[批判2] 世の中は、男/女の違いがあってこそおもしろい。ジェンダー・フリー社会は、同じような人々しか存在しない平板で退屈な社会だ。
[回答2] 男/女の違いばかりが人の違いではありません。ジェンダー・フリーの社会は、金子みすずが「みんな違ってみんないい」と言ったような、男性にも女性にもいろいろな人がいる、一人ひとりが多様に違う楽しい社会なのではないでしょうか
[批判3] 思春期の頃に「男であること/女であること」を強く意識して自らに課して引き受けていくことを通じて、人間は社会的な自分を形成し成熟していくことができる。しかるに、ジェンダー・フリー教育は「男であること/女であること」を意識させないものなので、そうした成熟に関与しない。
[回答3] 思春期に必要なのは、一人ひとりが、性別ということと自分の気持ちにていねいに付き合っていくことです。性別を、乱暴な男/女のステレオタイプの二分法で捉え、その一方の鋳型に自分を押し込んでいくことは、成熟ではなく、むしろ幼稚な思考でしょう。
[批判4] 例外的な存在はあっても、大多数の人々は男/女のどちらかであるから、そちらが規準になるべきである。人を男/女の2群に分けてとらえる「男女の二分法」に対する批判は、どちらでもない少数の例外的な人が在る、ということの方を規準に置き換えようとする考え方である。
[回答4] 問題は、「例外」の話ではありません。分かりやすく、身体の大きさを例に考えてみましょう。男女一万人ずつの身長分布を図示してみると、ピークの位置がずれた、しかし重なり合う正規分布になります。この場合、大多数とは誰のことで、例外とは誰のことでしょう?どこに明確な線が引けるのでしょう?このような現実を「男は女よりも体が大きい」と二分法で理解してしまうことがどんなに乱暴なことであるかは、すぐに理解できるでしょう。多くの精神的特徴についても同じで、人間を特徴によって二つに分けるなどということはそもそもできないのです。「大多数/例外」という区別自体も乱暴な二分法にほかなりません。
[批判5] 男女共同参画政策は、鯉のぼりやひな祭りなどの伝統や慣習を破壊するものである。
[回答5] 伝統や慣習は不変ではなく、時代とともに取捨され改変され、今日にいたっているものです。例えば、明治初期にチョンマゲや帯刀などの伝統は放棄されてしまいました。鯉のぼりとひな祭りに含まれていた「男は強く元気に/女は優しく美しく」と、性別と人のありかたを結びつけるシンボリズムは、今日では適切とは言えません。現在、5月5日は、すべての子どものための祝日とされています。ひな祭りも、性別と関係づけないお祝いにするのが良いと思われます。なぜ、そうしないのでしょう?
[批判6] 男女共同参画政策は「トイレや風呂を男女共用にしろ」というような、人々を困惑させるような主張をしている。
[回答6] 男女共同参画政策は、いつ・どこでそのような主張をしたでしょうか?どなたかご教示ください。「性別にとらわれず・性別にかかわらず、だれもが等しく尊重され、等しい機会を得られ、その結果を等しく享受できる社会をつくる」ということを男女が全く同じになることだとか、性別をなくすことと解するのは曲解というものです。
[批判7] 「男の子はブルー、女の子はピンクや赤」ということを否定すると子育てや教育現場で混乱が起こる。ふつう、女の子はピンクを選ぶし、男の子はプルーを選ぶ。
[回答7] 「男の子にはブルー、女の子にはピンクや赤」という性別に基づいた固定的な考え方や決めつけ、選択の余地のない押しつけを問題にしているのです。ブルーや寒色系が好きな女の子に、女の子はピンク・赤だからとピンクや赤の持ち物ばかり持たせることは、本人の意思や感情を尊重しない強制です。ピンクや赤が好きな男の子にとっても同じです。また、自分がどのような色が好きなのか、似合うのかを本人が考え・選ぶ余地なく、機械的に男の子にはブルー・女の子にはピンクのものが与えられるという経験の中では、色彩について考える習慣も、自分で選ぶ力も身につきません。

2.家族をめぐる論点

[批判8] 男女共同参画は、専業主婦という生き方を軽視し否定している。
[回答8] これまで、一見専業主婦という生き方は誉められ、税制など制度上も優遇されていたかに見えます。しかし、それは被扶養の妻である限りでのことです。夫と死別したり離婚したりしたら、専業主婦という足場はたちまち消失します。また、年金保険料の拠出義務免除は優遇されているとも言えますが、その結果、65歳以上になって受給する年金は月に6万円ほどの基礎年金のみです。一人の人間の生活費としてはむしろ冷遇と言えるでしょう。男女共同参画は、女性たちが他人に頼らなくては生きていけないのではなく、しっかりした生きる足場を持てるような社会の仕組みを作り出していこうという考え方です。専業主婦という生き方をしている個人のあり方・生き方を軽視したり否定したりする、などと、個人を問題にする次元の話ではありません。
[批判9] 母になり子育てすることは、女性だけの使命であり特権であるのに、男女共同参画などを言う女性たちは、それを理解せず、男と同じになること、男と対等に肩を並べることをめざそうとしている。
[回答9] 「母になり母として子育てすることは、女性固有の使命である」というような世の中の考え方が、妊娠・出産できない、または望まない女性たちをどんなに生きづらくしてきたことを、また、子どもを産むことや子育てについて男性がもち得る可能性やチャンスを狭めてきたことを考えたことがありますか? 妊娠・出産・母乳授乳をした女性たちの多くが男性には経験できないその経験を通じて幸福を感じるということはもちろんあるでしょう。しかし、女性に固有の経験は、妊娠・出産・母乳授乳のみであって、子産み・子育てに関するそれ以外の経験は性別と関係ないはずです。子どもが産まれ育つこと、子育てに関する男性の喜びは、なぜ語られないのでしょう? こうした、女性のみを子産み・子育てと結びつける考え方は、社会的活動(とりわけ仕事)と妊娠・出産、育児や介護を含む家事など生活活動を二者択一的に分け、前者を男性、後者を女性と結びつける、これまでの社会の慣行に基づいています。男女共同参画は、男性にも女性にも、そうした二者択一の選択を強いる社会を変えていこうという考え方です。
[批判10] 働く女性が増えると出生率が低下する。
[回答10] データはそうなっていません。子育て期の30歳から39歳の女性が働いている割合の高い県の方がむしろ、出生率が高いですし、「実際に産み育てている子ども」の平均人数も就業女性は1.98人、専業主婦は1.91人と就業主婦の方がやや高くなっています。25‐34歳女性の労働力率が高い国ほど出生率も高い傾向にあるという国際比較調査の結果もあります。
[批判11] 子育て期の母親が、子育てに専念せず、就労をすることは、子どもの発達に悪影響を及ぼす。
[回答11] そのようなことは実証されていません。母親の就労と子どもの発達の関係を調べたある調査では、0歳から5歳までに「異常行動」がみられた割合は、母親が専業主婦である子どもの方が高いという結果が示されています。また、別の調査では、育児不安や、虐待にもつながりかねない過度なしつけをしている人の割合は、専業主婦の方が高くなっていました。専業主婦にさまざまな人がいることは言うまでもありませんが、子育てや家事と両立する良い条件の就業機会を整えていくことは、それがないために専業主婦を選んでいる人の不満を解消し、結果的に育児不安や子どもに対する不適切な対応を減らすことにつながります。人間の子育ては多くの要因の複雑なかかわり・影響によって成り立っている、つまり、特定単一の要因が決定的な影響を及ぼすとは考えにくい、複雑な営みなのではないでしょうか。ライフスタイルの選択、働きかた、子育てのしかたはもちろん個人の自由です。が、男女共同参画社会基本法の基本理念の一つ、第6条は、女性も男性も、家庭生活の役割と就労等社会的活動の両方ができるよう社会的条件を整えていくべきことを定めており、そのもとに施策が進められています。
[批判12] 男女共同参画は、夫婦別姓、世帯単位ではなく個人単位の諸制度、離婚における破綻主義、“事実婚”等を導入し、社会の基本単位である家族や家族に関する制度を破壊し、社会的安定・公序良俗・安寧秩序を破壊する「崩しの思想」である。
[回答12] 社会を構成しているのはあくまで個人です。家族は、それを望む個人がより良く生きていくためにつくり・営む、共生のしくみとして尊重されるものです。そして、その共生には多様なありかたがあり得るはずです。2000年の国勢調査では下図のように多様な世帯が存在していることわかりました。モデル世帯とされている夫婦・子ども2人という世帯は、全世帯の13.4%に過ぎません。単親世帯は、7.6%、単独世帯(一人住まい)は27.6%とモデル世帯の倍にもなり、世帯・家族の多様化が急激に進んでいます。従って税制度などはモデル世帯をもとにできず、個人単位にする方向しかなくなったのです。
もし、個人を生きにくくさせるような家族のあり方があれば、それは当然批判されるべきです。例えば、家庭内暴力を許すような家族のあり方、構成員の誰かに不当な重荷を与えるような家族のあり方、特定の人を排除するような家族のあり方に対して。そして家族に関する制度は、家族は個人の尊重のうえに成り立つものだ、ということを前提に考えられるべきです。構成員の誰かが制約や不利益を受けることを許す余地のある制度、特定の生き方や家族のあり方を前提とする(つまり、それ以外のあり方を選ぼうとする人々に不利益になり得る)制度であってはなりません。ひとりも犠牲にされない人々の共生を可能にしていくことを通じて、安定性のある安全で住み良い社会を目指すのが、男女共同参画の考え方です。
[批判13] 男が女を守る−そうした自然な愛を排斥するのがフェミニズムである。
[回答13] 「男に守ってもらいたいとは思わない。しかし、危機が迫ったら、一緒に戦うか、一緒に逃げるかして欲しい。自分だけ逃げ出すような男は最低だ」。ある、20歳くらいの女性の発言です。一般に、強い者が弱い者を守る。それが「自然な愛」に基づくものなのかどうかはわかりません。しかし、望ましいモラルとは言えるでしょう。ただし、「男が強い者で、女が弱い者である」とは必ずしも言えませんね。
[批判14] 母が子どもを産み・育てる−そうした自然な愛を排斥するのがフェミニズムである。
[回答14] 子どもを産んだり、育てたりする過程で親が子どもに対してもつ愛情が素敵なものであることを否定するものではありません。しかし、その愛が「自然な」ものであるとか、母に固有のものであるとか、あらゆる母が自動的に備えるものであるといったことは、もはや反証されています。父が子どもを育てる愛もとても素敵ですし、さまざまな要因で子どもとの愛情関係を形成できない人のことも見落としてはなりません。
[批判15] 主婦が家族の世話をする−そうした自然な愛を排斥するのがフェミニズムである。
[回答15] 「自然な愛」と称して、家族の世話が、女性の役割(主婦という慣習上の制度)にするというかたちで為されてきたことが問題なのです。世話を必要としている人は、それを担える身近な人たちが自発的にかつ協力・調整し合って、また、社会的なサービスを活用しながら世話をしていくと考えるべきではないでしょうか。

3.性(セクシュアリティ)をめぐる論点

[批判16] 性と生殖に関する女性の自己決定権(リプロダクティブ・ライツ)を認めないのが世界的潮流である。
[回答16] 2002年12月にバンコクで開催された第5回アジア太平洋人口会議で、性の自己決定権は、ブッシュ政権のアメリカが反対しましたが、日本、中国、インド、マレーシア、インドネシア等31カ国が賛成、2カ国棄権で採択されました。世界には、確かにイスラム教諸国のように性の自己決定権を認めない国も少なからずあります。しかし、それら諸国と最近政策変更したアメリカの存在を「世界的潮流」と呼ぶのは、情報な恣意的な取捨選択ではないでしょうか?
[批判17] 性と生殖に関する女性の自己決定権を認めよというのは、フリーセックスの推進である。
[回答17] 性と生殖についての女性の自己決定権という考え方は、最終的には、妊娠・出産をその身に担う女性の意思が尊重されなければ、女性の、個人としての尊厳、生命の安全は保障されない、という認識に基づくものです。つまり、妊娠・出産を身に負う人々である女性の人権を守る考え方で、結果的に女性が不利になるフリーセックスの推進とは結びつきようがありません。
[批判18] 女性の、性と生殖の自己決定権を認めることは、夫の了解なく妻が勝手に中絶することを進め、家庭崩壊を招く。
[回答18] 出産や中絶について、夫婦で相談して決めることが大切であることは言うまでもありません。しかし、夫との合意が成立しない場合や、どうしても子どもを育てられない情況にある場合などには、最終的に、妊娠・出産をその身に担う女性の意思が尊重されなければ、女性の、個人としての尊厳、生命の安全は保障され得ません。ましてや、日本を含む世界の多くの地域では、男女間の政治的・経済的・社会的・文化的なアンバランスな力関係が完全に撤廃・解消されておらず、いまなお、女性が強制を受けやすい情況にあります。こうしたことから、性と生殖についての最終的な自己決定を女性の基本的権利と考えるものです。
[批判19] 「性と生殖の自己決定権」は、女子高校生、女子中学生が“援助交際”をすることを助長するものだ。
[回答19] 宮城県、千葉県、石川県、岡山県、大分県の中高生3133人を対象に警察庁「青少年問題調査研究会」が行った調査では、「同年代の女子が見知らぬ人とセックスすること 構わない 9.6%、問題だが本人の自由 58.1%」、「同年代の男女がセックスすること 愛し合っていればいい 38.0%、したければすればよい34.7%」、「援助交際によるセックス して構わない 5.9%、問題だが本人の自由 44.8%」という結果が示されています。“援助交際”などによるエイズの蔓延も大きな問題となっています。性に関する情報が氾濫するなか、性に対してこれほど寛容な現在の中・高生が、“援助交際”に追いやられたり、性的人権侵害に巻き込まれることを防ぐのに必要・有効なのは、性のタブー視や禁欲教育ではあり得ません。必要なのは、セックスや妊娠や性感染症についての正しい知識、自らの性に関することの自己決定の尊重とその力、他者の尊重理解・他者に対する想像力を育てること、衝動のコントロールなど、発達段階に応じた性教育です。家庭や学校できちんとした性教育を行っていくことこそ大人の責任です。と同時に、大人と子ども、金銭の払い手と受け手、とくに少女では男性と女性という三重の力関係の下、不当な性的強制を受けやすい18歳未満の子どもと、金銭を支払って性的かかわりをもつことを、法律(児童買春禁止法)で禁じ、性に関する自己決定の力が未発達・未成熟な子どもたちを保護しています。
[批判20] 性教育パンフレット『ラブ アンド ボディ』は、中学生に性交渉を奨めている。
[回答20] 中学生に対して、性について決定を委ねることと、自己決定できる力を持てるように教育していくことは、まったく別のことです。『ラブ アンド ボディ』には、「欲望のままに性交渉をしないように」と明記してあり、中学生のセックスを奨めてはいません。現在、大学生であっても、性について無知であったり偏った知識しかもっていない人が少なくありません。適切な性教育を受けることなく、メディアが発信する性情報だけにさらされた結果です。彼ら・彼女らが性的な不幸に見舞われることのないよう、家庭や学校で、セックスや妊娠や性感染症について正しい知識を提供していくことは大人の責任です。

4.その他 の論点

[批判21] 暫定措置であることを明記しない積極的改善措置の規定は、女性の優遇を永続させる。
[回答21] 積極的改善措置とは、もともと、改善され格差がなくなったら必要がなくなる措置のことです。すなわち、暫定的であることは、はじめからその意味のなかに含まれています。
[批判22] 男女共同参画はマルクス主義に基づく思想であり、変装した共産主義である。
[回答22] 男女共同参画社会基本法の前文は、男女共同参画社会について「男女が、互いにその人権を尊重しつつ責任も分かち合い、性別にかかわりなく、その個性と能力を十分に発揮することができる」社会と説明しています。つまり男女共同参画はあくまで個人の尊重を旨とする考え方です。その元には、社会に、性別による不平等や女性に対する差別が存在すると認識し、それらを撤廃しようとする思想や運動の総称であり、個人の尊重と平等、公正な社会をめざすヒューマニズムの一種であるフェミニズムがあります。フェミニズムの思想には、性別による不平等や女性に対する差別の歴史的な成り立ちの分析や、差別の撤廃・公正の実現の展望のしかたによって、いろいろな流れ、いろいろな立場があります。が、共通しているのは、フェミニズムは、単に女権拡張、つまり女性が男性並みになったり、女尊男卑の社会をつくることをめざしているのではなく、女性も男性も「女だから」「男だから」ということから解放されて、性別にかかわりなく、自分らしく、お互いを尊重しあえるような対等な人間関係をつくりだしていくこと、多様性を認め、誰もがありのままの自己表現ができること、自分を愛せることで他の人の命も大切にする、つまり人権が尊重される社会、また暴力(力による強制)のない平和な社会をつくることをめざしている、ということです。
[批判23] フェミニズムは、個人の問題を、男女間の敵対の問題にすり替えている。
[回答23] フェミニズムは、性別にかかわらず一人ひとりの個性や可能性が大切にされることこそをめざしており、男性を敵視するなどというものではありません。人を男性と女性に分け、この2群を違って扱ってきたのは(そのような慣行を性別分業といいます)、むしろこれまでの社会の方でした。たとえば、今なお、家事労働の大半は女性によって担われている、一方、就労の場では、日本の女性雇用労働者の平均賃金は男性の半分あまり、管理職の男女比は93:7、国会議員の男女比は9:1、というように、「性別にかかわらずひとり一人の個性」どころか、人が性別によって異なって扱われている現実があります。フェミニズムは、そうした、人を男/女と分けて違う扱いをする社会秩序・社会慣行を問題にしているのです。
[批判24] フェミニズムは、男女を敵対物として捉える、階級闘争史観と同様の、西欧的な憎悪の思想だ。
[回答24] 性別で秩序化されている社会では、男女の間に利害対立や葛藤が生じる可能性はあります。そうした対立や葛藤は、隠蔽するのではなく、適切に解決・解消をはかるべきです。現実の問題を、見方の問題にすり替えてはいけません。例えば、現在、北の高度工業諸国と南の諸国の間には、経済の構造的な格差・利害対立があります。それを、「南北を敵対物として捉える西欧的な憎悪の思想だ」と評することがいかに抑圧的な隠蔽であるかを考えてみてください。南北間関係が仲良く良好であることは、もちろん望ましいことです。それは、両者の間の利害対立や葛藤を隠蔽することによってはなく、適切に解決・解消をはかっていくことを通じて可能となることです。
[批判25] 男女共同参画社会は労働を至上価値とするマルクス主義に基づく「尊い家事育児を担っている専業主婦も含め、みんな働け!」イデオロギーである。
[回答25] 貴族社会では蔑まれた労働に高い評価を与えたのは近代資本主義であり、マルクス主義の労働観もその延長線上にあるということは広く共有されている認識でしょう。男女共同参画社会はむしろ、労働に至上の価値をおく近・現代の産業社会で軽視されしわ寄せを受けてきた家事・育児・介護など生活にかかわる活動の意義を、高く評価し直そうとする社会です。が、それらを特定の人(専業主婦)の役割にするような「慣行」がつづいてよいとは考えないのです。個々の人が、人生のある時期に就労をせずに家事労働に専念するのはもちろん自由です。そういう選択を含めて、女性も男性も、生活にかかわる活動について多様なやり方が認められ、選んでいけるような条件整備をしようというのが男女共同参画社会の理念です。
[批判26] 国の男女共同参画会議や地方自治体の男女共同参画審議会はフェミニストに乗っ取られ、今やフェミニストは体制派となって、フェミニズムという全体主義をおし進めている。
[回答26] 回答22で述べたように、フェミニズムは、社会に、性別による不平等や女性に対する差別が存在すると認識し、それらを撤廃しようとする思想や運動で、個人の尊重と平等、公正な社会をめざすヒューマニズムの一種です。全体主義とはまったく相容れないものです。男女共同参画政策は、1980年ころからの、フェミニズムの視点で取り組まれる学問である女性学(近年では男性学も)の発展を背景に、その成果を採り入れながら整備推進されてきました。それは、フェミニズムの視点を基づく女性学(男性学)が、現代の性別に関する問題の解明と解決、人の平等と社会の公正をめざすうえで有効性をもっていたからです。一方、男女共同参画会議議員の半数は大臣ですし、残る半数の有識者も、また、地方自治体の男女共同参画審議会委員も、あくまで人の平等と社会の構成を多様な立場・見識が反映されるように選ばれることになっており、フェミニズムであれ何であれ、特定の思想をもつ人々が意図的に「乗っ取る」ことができるようなものではありません。「フェミニストのたくらみ」「陰謀」「乗っ取る」「全体主義」などという描き方は、フェミニズムに反感をもつ立場からの、それこそ意図的な言いがかりと考えざるを得ません。
[批判27] 国の男女共同参画会議には監視機能を与えられている。これは、市民生活を監視する全体主義と同じである。
[回答27] 国の男女共同参画会議がもつ監視機能は、各省庁の施策や方針が、性別について中立的であるように、つまり、いずれかの性別の人々に不利益を与えたり性別の偏りを作り出したりすることのないようモニターするもので、市民生活を監視することではありません。それは、労働基準監督局のように、事業所に出向いて使用者や労働者に尋問したり、違反があった場合の労働基準監督官が発動できる司法警察官のような権限も持っていません。市民の権利を守るための行政の活動を監視する機能を、市民の権利を制限するための全体主義的な監視機能であるかのように意味をねじ曲げて伝えるのは、悪意に基づく行為でしょう。
投稿日: 2003年3月1日 カテゴリー: NewsLetter

NewsLetter 第93号 2003年2月発行

日本女性学会NewsLetter

(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)

女性学会ニュース第93号[PDF] 2003年2月発行


 

学会ニュース
日本女性学会 第93号 2003年2月

 

次回大会予告

 

2003年6月7日(土)・8日(日)

於 十文字学園女子大学
(埼玉県新座市 地図はhttp://www.jumonji-u.ac.jp/univ.htm参照)

シンポジウム:「男女共同参画社会」をめぐる論点と展望

大会日程

一日目 6月7日
13:00〜16:00 シンポジウム
その後総会、懇親会
二日目 6月8日
10:00〜12:00 個人研究発表
13:00〜15:00 ワークショップ
*個人研究発表、ワークショップの申し込み受付中!
タイトルと概要(200−400字程度)を2月末日までにニューズレター担当の牟田、伊田までメールかファックスでお願いします。

大学院生等への旅費補助について

ワークショップ、個人研究発表で報告する学生・院生(OD、研修員等を含む)、本務校を持たない非常勤講師に対し学会から旅費の補助をします(総額10万円を、人数と距離に応じて配分しますので、各人どれくらいの額になるかは未定です)。
報告の応募の際に、「旅費補助希望」の旨申し出て下さい。
ただし、今回は埼玉県での開催ですので、関東地方の方は対象外です。

大会シンポジウムのねらい

パネリスト(敬称略):船橋 邦子、亀田 温子、伊藤 公雄ほか未定

「男女共同参画社会の形成」が政策課題として市民権を得、主流化しつつある一方、これを批判し反対する動きも顕在化していることを憂慮して、シンポジウムでは、このテーマを取り上げます。そのため、2002年10月からプロジェクトチームを立ち上げ、研究会を開いてきました。
1999年の男女共同参画社会基本法、2001年の内閣府男女共同参画局の設置、いわゆるDV法の制定など、不十分ながら日本でもジェンダーの主流化が始まってきました。2000年から始まった地方自治体の男女平等条例の制定は、2002年12月末には40都道府県98市区町になりました。条例制定は、急激な勢いで全国に広がってきました。基本法には盛り込まれていない特徴のある積極的改善措置や苦情処理機関などを盛り込んだ条例も少なくありません。ところが、2001年の大阪府の条例制定あたりから、反動的な動きが強くなってきて、名称の「男女共同参画推進条例」とは全く逆行したこれまでの固定的性別役割分業観を賛美するような条例まで宇部市で制定されました。
反動派は、千葉県、千葉市、さいたま市、前橋市、仙台市などで、次々と行動を起こしています。幸い千葉市は全国の女性からの署名運動などが効を奏して、反動派による改悪をおしとどめましたが、千葉県は危機的な状況にあります。
反動的な動きは、男女共同参画社会基本法や条例に対して始まったことではありません。反動派の論客は、母体保護法改正(悪)問題、夫婦選択別姓問題、新しい歴史教科書を作る会などともオーバーラップしています。憲法改正(悪)や有事法制の推進者などとも繋がっているようです。
現在のフェミニズムに対する攻撃は、基本法や条例だけではありません。ジェンダーに敏感な家庭教育のためのパンフレットや性と生殖の健康と権利を具体的に述べた性教育パンフレットも攻撃を受け、発売禁止などの措置などが出ております。
日本女性学会大会シンポジウムでは、特に条例と教育に焦点を当てて、情況と議論を整理・精査し、展望について議論をします。
会員だけではなく幅広い非会員の参加も歓迎します。

会場へのアクセスと宿について

JR武蔵野線 新座駅下車、徒歩8分
東京からは東武東上線池袋から朝霞台(急行18分)→JR武蔵野線北朝霞経由新座駅(3分)
JR埼京線武蔵浦和乗換え、JR武蔵野線新座駅(12分)
JR中央線西国分寺から新座駅
ホテル:池袋から大学まで電車の乗車時間は30分、徒歩をいれると40分です。池袋、新宿に宿泊されてもよいのですが、近いのはJR北朝霞駅(東武東上線:朝霞台)あたりに宿泊されると便利です。
北朝霞駅(新座駅から3分)そばのホテル:
シティ・イン北朝霞
TEL:048−487−1711
FAX:048−487−1713
シングルベッドルーム ¥6,000 円
ダブル、ツインもあり
詳しいプログラムは次号ニュースレターでお届けします。

男女共同参画をめぐる論点研究会報告

お茶の水女子大学生活科学部で11月2日に第1回目、12月16日に第2回目を行った。第1回目に、反動派の男女共同参画攻撃の文言はいずれも同じ内容であり、これらへの対応マニュアルを至急につくる必要があることが確認され、第2回目はその案について検討した。第3回目は2月初旬を予定している。(詳細な記録は日本女性学会研究会ホームページ参照)

第1回報告

参加者は学会幹事を含め12人。報告は2002年6月に反「男女共同参画推進条例」を制定した宇部市から小柴さんと自民党の反対で継続審議となった千葉県から出納さんの2人。以下は報告と議論の概要。

1.宇部市の状況

宇部市は議員32名中女性6名、4名の女性県議会議員のうち2名は宇部市選出で、リベラルな地方都市である。’98年には男女共同参画宣言都市となり、’01年に男女共同参画宣言都市サミットを開催した。
’00年3月と6月の議会での条例制定についての質問に、市は「前向きに」と回答した。同年10月に男女共同参画審議会に諮問し、11月〜12月に市民意見をインターネットで公募した。公聴会は開催されなかった。2002年1月に男女共同参画審議会が答申したが、予定された3月議会では上程されなかった。同年4月に男女平等行政を推進してきた男女共同参画課課長(女性)が定年退職。同年4月末に市の人材養成講座修了生で作成した市の男女平等推進パンフレットに一議員がクレームをつけ、市は謝罪して、回収した。同年5月に「良識ある男女共同参画条例を求める宇部市民の会」が要望書を提出した。同時期に宇部女性会議、宇部連合婦人会など3団体は、審議会案の条例早期制定を求める署名簿4000人分を提出した。その時すでに、助役と委員長で、改悪条例案が作られていたことを知らなかった。6月1日に宇部女性会議は、大沢氏を講師に、男女共同参画推進条例に関する講座を開催、150人が参加した。同日、男女共同参画を考える宇部女性の会が、岡本明子氏とエドワーズ・博美氏を講師に講演会を開催、400人が参加。同月26日に、執行部案が可決された(27対5)。反対票は共産党だけ。共産党以外の女性議員3名は改悪案に投票した。
宇部市条例で問題のある箇所は以下のとおりである。
基本理念1「男女が、男らしさ女らしさを一方的に否定することなく男女の特性を認め合い…」
基本理念4「家族を構成する男女が、家庭尊重の精神に基づいた...」
基本理念5「専業主婦を否定することなく、現実に家庭を支えている主婦を男女が互いに協力し...」

2.千葉県の状況

千葉県では、ユ01年3月、懇話会に「条例専門部会」(渥美雅子座長、大沢真理、鹿嶋敬、金城清子ほか3名)を設置し、11回開催(うち3回公開)し、県下4ケ所の公聴会を開催し、ユ02年9月議会に提案予定で400件以上の県民意見を集めた。ところが、議会開会前に千葉自民党県連が以下の4項目を修正要求。

  1. 「入札参加資格審査に男女共同参画の取組の報告を考慮」の全文削除
  2. 「家族経営協定」の文言の削除
  3. 「教育活動」の項「性別にかかわりなく、(その個性および能力を十分に発揮する)」を削除。
  4. 「生涯にわたる女性の健康支援」の項「(男女が、互いの人格を尊重し、性及び子を生み育てることについて、)自らの意思で決定することができるよう(性教育の充実及び促進)」を削除。

堂本知事は1、2については了解。
しかし、自民党の若手議員が3.4についても強硬に主張したため、堂本知事は、これは「条例の根幹にかかわる」と拒否。さらに、県議会開会中、自民党の質問では多くの質問と主張がされた。以下はその一部。

  • 行政が個人の思想や良心の自由に踏み込むおそれがある。
  • 「男らしさ、女らしさ」を一方的に否定している。社会の制度や慣行に対する配慮がなされていない。条文ごとにあげればきりがないほど党内にさまざまな意見がある。
  • 「胎児の生命権」は認められるべきもの。「自らの意思で決定できる」は削除すべき。中絶は世界的に合意されていない。
  • アメリカでは連邦政府が1996年に結婚までは禁欲のみの性教育プログラムに大規模な助成を始めてから、10代の妊娠、性感染が減少。禁欲教育が肝要。
  • 「性別にかかわりなく」は、「男女の平等」というより、「男女間の性差の区別」を否定する考えから表現されたもので、「ジェンダーフリー」の過激な思想に基づくもの。

条例案は「継続審議」となっており、自民党は20項目以上手を加えた独自の「自民党案」を弁護士もまじえ、作成しているということである。

その他、神戸市、前橋市、さいたま市の状況が報告され、以下のことに合意した。

  • 審議会(懇話会)案に対する審議会(懇話会)の対応の弱さ、
  • 行政担当者の認識の弱さと市民団体との連携欠如、
  • 女性議員の連帯の欠如、・対応マニュアルの必要性
(橋本ヒロ子)

 

第2回報告

話題提供者3名の反動派に対する反論をたたき台にワークショップ形式で展開した。参加者23名のなかには初めて出席という人も多くいた 。地方自治体職員、教員、活動家、弁護士、研究者など多様な立場の参加者が自由討議した。
まず國信は、専業主婦という生き方をどのように考えるかについて反論の論点をレジメにそって報告。その論点は

  1. 無償労働男女共同分担の必要性:家事、育児、介護という仕事は重要な役割であり、その役割を担う人は男女ともに必要。
  2. 経済的責任分散:男性のみが家計を支えるという生活では景気低迷の折支えきれない、また男性にとっても過重となる。
  3. 次世代育成は生きがい:家事、子育ては男性にも楽しいものであり、 生きがいとなる。あらたな生活の側面を発見・学習できる役割である。子供との親密な関係を形成できる。
  4. 年収103万円以下の働き方がトクという言説のウソの説明:パート主婦という生き方については103万円の壁が女性を低賃金労働にとどめている。また税金免除、年金積み立て免除をされている人(専業主婦・年収103万円以下のパート主婦たち)が1200万人もいることは今後の日本の福祉政策にとって資源不足の原因となる。女性の労働機会の拡大、平等な社会保障の充実が必須。

次に細谷が「〜らしさ」と伝統の問題について報告。現在ある二分化された男女の「〜らしさ」に100%当てはまるような人は稀だ。子どもを男/女らしさのどちらかの鋳型にはめ込むことは無理がある。またジェンダー・フリー教育は男女の別を否定すると保守派は批判しているが、スポーツや活動を男向け・女向けと固定的に決めるのではなく、双方が選べるようにすべきであるとしているだけである。子どもが苦手なことを伸ばすのも教育だが、本人の状態の見極めを押し付けをすると、子どもが自信を喪失したり、学校嫌いになってしまうこともある。やさしさ、勇気など現在において望ましい性質は、男女の別なく教育してゆくことを目指すべきである。
フェミニズムは伝統的文化、慣例を破壊しようとしているという保守派の批判に対しては、伝統自体が多様な変化をへているものであり、時代に適した変容をしつつ受け継がれてきているものである。伝統をまったく変えてはならないというのは、逆に伝統を全否定することと同様に不適切だと反論した。
最後に橋本は性と生殖の自己決定権について報告した。それは女性が不利になるようなフリーセックスを推進することではなく、そのような議論は誰もしていない。自己決定とは女性が望まない性行為、妊娠、出産を強制されないことである。本人とパートナーとの合意のもとに生殖、性行為があることが重要なのである。援助交際など18歳以下の少女による性的サービスはたとえ少女が自己決定し望んだとしても男性によって買われた性には少女側に自己決定はない。したがって性の自己決定を認めると少女が援助交際にはしるという論理はまったくの曲解、誤解である。中学生に性教育を実施することは性行為を10代の子供たちにしろと勧めることではなく、性のあり方、意味を正確な情報にそって教えることである。「ラブ・アンド・ボディ」という性教育の冊子も、性について誤った情報が蔓延するなか、正確な情報、子どもの権利を擁護できる情報をつたえることが主旨となっている。
このあと熱心な自由討議が行われた。

(國信潤子)

◆研究会費用申請の仕方について◆

学会では、会員の催す研究会の補助を行っています。補助についての趣旨の確認を図り、活発な利用をお願いするため、申請の仕方を以下に再掲します。

◇会員企画研究会の企画募集

大会が年一回に減ったことを受け、研究会を活性化していくことになりました。
幹事会企画研究会を年に数回おこなう他、会員個人やグループ(自主的研究・運動グループ)のイニシアチブによる研究会についても、学会として経費補助や情報宣伝などを行って行くことになりました。そこで、会員の皆様からの意欲的な研究会の企
画をお待ちしています。
以下の諸点が要件です。

  • 研究会の趣旨が女性学会の趣旨に適っているもの。
  • 少なくとも会員に対して、公開の研究会であること。
  • 助成金は講師への謝礼・交通費、会場費などにあてるものとする。
  • 研究会のタイトル、趣旨、企画者(会員個人・会員を 含むグループ)、開催場所、開催日時、研究会のプログラム、全体の経費予算と補助希望額(2万円以内です)が決定していること。なお、未決定部分は少ないほど良いのですが、場所・プログラム・経費については予定=未決定の部分を含んでいても結構です。
  • 学会のニュースレター・ホームページに載せる「研究会のお知らせ」の原稿(25字×20行前後)があること。原稿には研究会の問い合わせ先を明記のこと。
  • 研究会終了後に、研究会実施の報告文を学会のニュースレターとホームページに書いていただきます(研究会補助費は、その原稿提出後に出金いたします。)
  • 学会総会での会計報告に必要なため、支出金リストと、総額での企画者による領収書

申し込みは、広報期間確保のために、原則として開催の3カ月前までに、研究会担当幹事まで、お願いいたします。
詳細のお問い合わせも、研究会担当幹事まで。
今期の研究会担当幹事は、橋本ヒロ子、國信潤子、細谷 実です。

■会員の活動

男女共同参画研修事業の報告

伊田久美子

昨年12月7日・8日に大阪女子大学女性学研究センターと大阪府男女協働社会づくり財団共催による男女共同参画政策推進のための研修事業が行なわれました。この共催事業は今年度で3回目になります。
今年度は「男女共同参画政策の現状と今後—より一層の発展をめざして—」と題して、7日はドーンセンターを会場として大沢真理さんの講演、および住田裕子さん、藤枝澪子さんをお迎えしてのシンポジウムを、大阪女子大学女性学研究センター主任研究員の足立眞理子さんの司会で開催しました。大沢さんは基本法のあらましやその後の動向とともに、男女共同参画ビジョンのめざす「性別による偏りのない社会システムの構築」という目標が現在の日本の経済・社会の新たな展開にとっても必要かつ有効な手段であることを、明快にお話しくださり、その後国や自治体で審議に関わってこられた経験をふまえた住田さん、藤枝さんのご発言やフロアーからの自治体職員や市民の立場からのご発言など、マクロな政策レベルとミクロな実践上の問題意識が交流する討論が行なわれました。また翌8日は大阪女子大学を会場として東京自治研究センターの菅原敏夫さんによる「市民による行政評価システム」についての講演と自治体や市民グループによるワークショップを行いました。
バックラッシュの動きが活発化している現在、あらためて男女共同参画政策の意義と課題を確認する貴重な機会であったと思います。

学術会議シンポジウム「学術の世界におけるセクシュアル・ハラスメント−加害と被害」

戒能 民江

昨年12月24日午後、学術会議講堂において、表記シンポジウムが開催された。学術会議が大学等におけるセクシュアル・ハラスメントをテーマにシンポジウムを主催するのは、はじめてのことである。主催は、学術会議「ジェンダー問題の多角的検討」特別委員会。  学術会議には女性会員が圧倒的に少ない。男性優位の日本の学術研究体制を象徴する学術会議において、大学等のセクハラ問題がとりあげられ、しかも、文部科学省の対応責任者をパネリストに迎えたこと、被害と加害の構造的認識にたった政策提言検討の必要性を呼びかけたことは意義深い。
自然科学系の大学教員である加藤万里子さんは、自身の被害経験や多くの女性研究者の実例をあげながら、「学問の世界に特有な状況のもとで」セクハラが起きやすいこと、セクハラ被害が学術研究に大きな影響を与えていることを、女性研究者の昇格問題など、具体的に報告した。さらに、大学への告発によって深刻な二次被害を受け、被害が拡大する情況についても指摘し、加害者に対する厳しい処罰と再教育の必要性を強調した。
大学の法的責任について問題提起をしたのは、民法学専攻の大学教員松本克美さん。近年、大学の教育研究環境配慮義務を一般論として肯定する裁判例や、直接には加害者個人の不法行為責任を追求する場合でも、加害者個人の責任認容の前提として、大学の教育研究配慮義務を認める裁判例が出てきていることを指摘し、大学が構成員の権利義務を具体的に保障する場として、「法化」社会となるべきことを主張した(詳しくは、ジュリスト2003年1月号参照)。
戒能からは、キャンパス・セクシュアル・ハラスメント全国ネットワークが昨年7月に発表した「提言−被害を受けた人の権利保持と権利回復のために」(同ネットHPに掲載)および共同研究「大学の取組みの現状と課題」調査結果中間報告を説明して、大学の取組みの問題点と課題について報告した。
文部科学省担当者は、セクシュアル・ハラスメントを理由とした国立大学教員の処分の増加傾向(H13年12名、H14年12月現在14名)を指摘し、大学等でセクハラは絶対起こってはならないという国の基本姿勢を強調した。だが、防止について責任を持つのは各大学であり、各大学の努力を求めるという姿勢に終始した。
会場からは専ら文科省への質問、要望が中心であり、文科省としての予算や人員の確保、大学への指導の強化など、国のやる気を求める意見が多く出された。また、文科省の指導を受けながら、隠蔽策とも思える不適切な対応で人権侵害を続けている国立大学のケースに対する告発の声があげられ、依然として変わらない大学の姿が浮き彫りにされた。
国の対応の問題点として、文科省の担当部局が教職員の処分を扱う人事担当であり、高等教育政策のなかにセクハラが位置付けられていないことと、私立大学の学生に対するセクハラが制度の狭間にあることがあげられる。国立大学法人化以降は、国立大学も、現在の私立大学と同様、均等法21条の対象となる。私立大学の事例は、現在でも厚労省の雇用均等室による相談及び行政指導の対象となるが、大学におけるセクハラの構造的特質や大学特有の事情、大学の対応による二次被害や加害者からの二次加害により増幅している学習・研究環境の侵害の実態を押さえた上での支援や行政指導は期待できない。やはり、文科省が施策の責任を取るべきであり、高等教育・学術研究体制の問題として、早急に具体的な取組みを強めるべきである。
大学におけるセクシュアル・ハラスメント防止への取組みのきっかけは、数多くの裁判でのたたかいを背景に、1995年日本女性学会がワークショップを開催し、文部省へ要請したことから始まった。1996年には学術会議の会員を中心に設立された「女性科学研究者の環境改善に関する懇談会」JAICOWSが共催したキャンパス・セクハラシンポジウムを契機に、ネットワークの必要性が認識されるようになった。日本学術会議が今後も継続的にセクシュアル・ハラスメントについて、さまざまな議論の場をつくり、積極的に国に対して提言を行っていくことを期待したい。なお、日本女性学会としても、全国ネット「提言」を受けて、セクハラ防止ガイドラインを制定する予定である。

出 版

安達みち代  『近代フェミニズムの誕生』世界思想社
服藤早苗編著 『歴史のなかの皇女たち』小学館
三宅義子   『女性学の再創造』ドメス出版
(訳 書)
キャンダス・デュ・ピュイ、デイナ・ドヴィチ著
片山亜紀訳  『癒しのカウンセリング−中絶からの心の回復』 (平凡社)

展覧会・音楽会

「FL♂RA」(フローラ)展  内籐千文

花のようにたおやかな美しい裸夫を描いた絵画展です。
期間 2003年2月25日〜3月2日
11:00〜19:00 最終日17:00
場所 ギャラリー16
京都市左京区岡崎円勝寺町1−10 スクエア円勝寺2F
tel 075-751-9238

「日本の女性作曲家とタイユフェール
〜女性作曲家を聴く・その5」

昨年、女性作品も含めた質の高い音楽週間を開いたフランスで、日本女性の作品が紹介される。20世紀に生きた5人、金井喜久子、渡鏡子、松島彜、外山道子、吉田隆子の作品が一挙に紹介され、同時にフランス6人組の女性作曲家タイユフェールの作品も取り上げられる。
2003年3月28日(金) パリ日本文化会館
18:00 会議室 プレ・レクチャー:辻浩美 入場無料
20:30 ホール
出演者:奈良ゆみ(ソプラノ) 小林美恵(ヴァイオリン) 花岡千春(ピアノ)
入場料:12ユーロ 仏語チラシ請求可
主催:女性と音楽研究フォーラム(小林緑)

日本女性学会誌『女性学』第10号……2月初旬刊行!!

特集<ポルノグラフィの言説をめぐって>

論文
風間孝「介入の場としてのゲイ・ポルノグラフィ」
沼崎一郎「ポルノグラフィの象徴人類学」
森岡正博「男性のセクシュアリティとポルノグラフィ」
北原みのり「レポート・オーストラリアのポルノ規制と日本の現状比較」
他、論文、研究ノート、書評 を掲載
2500円。

会員には一冊ずつ送付されます。それ以外で入用の方は大手書店、または新水社へお申し込み下さい。

次号ニュースレターは5月上旬発行

掲載希望の原稿締切は3月末日
次号編集担当伊田

投稿日: 2003年2月1日 カテゴリー: NewsLetter

10号/2003年1月20日発行 定価2571円(本体2381円+税)(税込)

特集 ポルノグラフィの言説をめぐって
介入の場としてのゲイ・ポルノグラフィ 風間孝
ポルノグラフィの象徴人類学 —— 男の、男による、男のための儀礼の分析 沼崎一郎
男性のセクシュアリティとポルノグラフィ —— 支配・自傷・フェティシズム 森岡正博
レポート
オーストラリアのポルノ規制と日本の現状比較 北原みのり
投稿論文
変容する‘Self’(自己)とハイブリッドアイデンティティ —— グローバル時代における日本人留学女性の経験 櫟本崇恵
リブの売春論とセックス・ワーク論とをつなぐ —— 聖母/娼婦の分断への視角 細谷実
研究ノート
女性の結婚行動に関する分析 —— 経済学理論を手がかりに 中村三緒子
ジレンマに向き合う —— 外見の美醜を語るフェミニズムのために 西倉実季
レポート
イギリス諸大学の女性学教育 —— その構造と課題 井上輝子・
國信潤子
書評
エレン・キャロル・デュボイス『女性参政権と女性の権利』 栗原涼子

研究会報告:「男女共同参画をめぐる論点と課題」第2回

2002年12月14日  お茶の水女子大学   出席者 23 名

話題提供者3名の反論をたたき台にワークショップ形式で展開した。参加者23名のなかには初めて出席という人も多くいた。地方自治体職員、教員、活動家、弁護士、研究者など多様な立場の参加者が自由討議した。

以下に各報告の要点と討議について概要を紹介する。

まず国信は、専業主婦という生き方をどのように考えるかについて反論の論点をレジメにそって報告。
その論点は

  1. 無償労働男女共同分担の必要性:家事、育児、介護という仕事は重要な役割であり、その役割を担う人は男女ともに必要。
  2. 経済的責任分散:男性のみが家計を支えるという生活では景気低迷のおり支えきれない。また男性にとっても過重となる。
  3. 次世代育成は生きがい:家事、子育ては男性にも楽しいものであり、 生きがいとなる。あらたな生活の側面を発見・学習できる役割である。子供との親密な関係を形成できる。
  4. 年収103万円以下の働き方がトクという言説のウソの説明:パート主婦という生き方については103万円の壁が女性の低賃金労働にとどめている。また税金免除、年金積み立て免除をされている人(専業主婦・年収103」万円以下のパート主婦たち)が1200万人もいることは今後の日本の福祉政策にとって資源不足の原因となる。すでに各種専業主婦、年収103万円以下の収入の既婚女性への控除などは削減の政策変更が決定されている。女性の労働機会の拡大、平等な社会保障の充実が必須。

次に細谷が「〜らしさ」と伝統の問題について報告。
現在ある二分化された男女の「?らしさ」に100%当てはまるような人は稀だ。子どもを男/女らしさのどちらかの鋳型にはめ込むことは無理がある。またジェンダー・フリー教育は男女の別を否定するという保守派は批判しているが、スポーツや活動を男向け・女向けと固定的に決めるのではなく、双方が選べるようにすべきであるとしているだけである。子どもが苦手なことを伸ばすのも教育だが、本人の状態の見極めを押し付けをすると、子どもの自信を破壊したり、学校嫌いにしてしまう。やさしさ、勇気など現在において望ましい性質は、男女の別なく教育してゆくことを目指すべきである。
フェミニズムは伝統的文化、慣例を破壊しようとしているという保守派の批判に対しては、伝統自体が多様な変化をへているものであり、時代に適した変容をしつつ受け継がれてきているものである。伝統をまったく変えてはならないというのは、逆に伝統を全否定することと同様に不適切だと反論した。

最後に橋本は性と生殖の自己決定権について、それは女性が不利になるようなフリーセックスを推進することではなく、そのような議論は誰もしていない。自己決定とは女性が望まない性行為、妊娠、出産を強制されないことである。本人とパートナーとの合意のもとに生殖、性行為があることが重要なのである。援助交際など18歳以下の少女による性的サービスはたとえ少女が自己決定し望んだとしても男性によって買われた性には少女側に自己決定はない。したがって性の自己決定を認めると少女が援助交際にはしるという論理はまったくの曲解、誤解である。中学生に性教育を実施することは性行為を10代の子供たちにしろと勧めることではなく、性のあり方、意味、を正確な情報にそって教えることである。「ラブ・アンド・ボディ」という性教育の冊子も性について誤った情報が蔓延するなか、正確な情報、子どもの権利を擁護できる情報をつたえることが主旨となっている。

自由討議のなかで指摘された点の一部を以下に紹介する。
性別特性論については体力差の両性の分散グラフの重複で説明すると客観的でかつ男女が重なっている部分が多いことが証明できる。他にも各種統計データでわかりやすくイラスト化するとよい。
少子対策として働く女性は子どもを産みたがらないという言説には、出産経験のある女性では有職女性の方が子ども人数合計特殊出生率は1.98人、専業主婦で子供を産んでいる人は1.91人というデータで安定的に仕事をもっている女性は子どもを安心して生めるということを紹介する。また専業主婦の方に子育て不安が強くあるという調査データも周知するとよい。離婚のときの親権要求では近年若い父親が幼児の親権を要求する例も増えてきている。
事故などで加害者による賠償金計算における命の経済換算において女性の命が安く換算される。この逸失利益についても男女平等化の判断がでてきているが、現在はまだ格差をつける逸失利益換算と両方が並存している。家事労働の値段もふくめれば男性より高くなるはず。しかしそのような換算方法はとられていない。
一定数の女性労働者は今、フルタイマーだが、できるだけ早く仕事やめて専業主婦になりたいといっている。それもひとつの選択である。公務員には労働継続している女性が多くいる。私企業では産んだら退職という事例が多い。保護対策の充実している、育児休業などとりやすい職場では女性が子育てしながら就労継続している。仕事と子育ては両立するものであることを事例をあげて紹介する。育児のために仕事やめたということがさらに母親のストレスともなりうる。中高年男性の自殺率で日本は世界2位である。
夫婦別姓支持論、家族経営協定支持論、女性差別撤廃条約の遵守について項目別に簡略に説明する。プライバシーの保護は重要であり、個人の生き方を強制的に変更させるようなことをめざしているのではない。余計なお世話、おせっかいではなく、いままでとは異なる生き方を選択する人々を不利にしない、新たな政策を推進することが重要である。個人としての選択は自由である。選択肢をふやすことが原則。
国際的動向は開発途上国の女性のことであり、日本女性は別という言説がある。
全体として肯定的なメッセージを出す。具体的データをだす。説明の言説レベルをそろえる。性別の偏りのない社会をつくることが政府方針であることを明言する。政府自体がフラフラしないように「しっかりしてよ」といいたい。政府内部の風潮として教育基本法の改正があったのだから、杞憂かもしれないが、男女共同参画社会基本法の改正論議もありうる。

「男女共同参画をめぐる論点」第1回

11月2日(土)13時半から17時まで、御茶ノ水女子大学生活科学部大会議室で開催した。参加者は学会幹事を含め12人と、連休のためか少なかったが、神戸から駆けつけた人など参加者画全員参加して活発な研究会になった。報告は2002年6月に反「男女共同参画推進条例」を制定した宇部市で小柴久子さんと自民党の反対で12月議会での継続審議となった千葉県の出納いずみさんの2人。以下は報告と議論の概要である。
〔報告部分には、報告者のレジメを活用させていただいた〕

1.宇部市の状況

宇部市は企業城下町で市議会に女性議員も32名中6名、4名の女性県議会議員のうち2名は宇部市の選出であり、リベラルな地方都市。1998年には男女共同参画宣言都市となり男女共同参画課設置し、2001年男女共同参画宣言都市サミット開催している。
2000年 議会で女性議員から条例の策定について質問があり、市長は検討すると回答、2001年6月議会で別の議員が再度条例の策定についての質問し、市長は「前向きに検討」と回答。同年10月29日 男女共同参画審議会に諮問し、11月〜12月 市民意見をインターネットで公募した。しかし、公聴会は一度も開催していない。2002年1月31日に男女共同参画審議会答申したが、3月議会で上程されなかった。そのため女性議員上程されないことで質問したところ、市長は「6月議会に上程する」と回答。
2002年4月 男女平等行政をずっと進めてきた男女共同参画課課長(女性)定年退職し、女性センターの所長に就任。まったく女性問題に未経験の新課長(女性)就任。
2002年4月末男女平等推進パンフレット『宇部市男女共同参画With You 』に1議員がクレームを出した。パンフレットに書いてある様々な結婚の形「結婚届けを出さない、夫婦別姓、夫婦別々に暮らす、独身生活(非婚)」について、①誰の責任で作ったか ②「結婚のかたち」の記述をどう思うかという質問。また市の人材養成講座修了生で作成しているので「市の公金で何を教えているか」という追及。それに対して、市は①市の責任であり、②不適切・誤解を招く表現だとして、回収。作成者には理由を明らかにしないで謝罪。
2002年5月24日「良識ある男女共同参画条例を求める宇部市民の会」(守永泰子代表 7団体)要望書提出
同時期に宇部女性会議、宇部連合婦人会、ネットッワークコスモスの3団体では、審議会案の条例早期制定を求める署名簿4000人分を提出した。しかし、5月10日にすでに、市議会の各会派の代表者会議、条例についての執行部対応を文教民政委員長に一任し、助役と委員長で協議し、改悪された条例案が作られていたが、そのことについて運動側に情報は全く入らなかった。
2002年6月1日 宇部女性会議は、大澤真理氏を講師に迎え、「聞こう!知ろう!考えよう!『男女共同参画推進条例』」を開催し、150人が参加した。同日、男女共同参画を考える宇部女性の会が「宇部市民の集い ちょっと待って!男女共同参画」を開催し、400人が参加した。講師とテーマは、岡本明子「男女共同参画が生まれた背景」とエドワーズ・博美「フェミニズムに侵された米国事情」
6月13日 共産党市議団より「宇部市男女共同参画条例について」を審議会案の条例制定を求める市民グループに送られ、初めて一般市民は条例案が改悪されたことに気付いた。
しかし、6月20日には質疑、21日・24日常任委員会審議で、6月26日には、本会議で共産党が提出した修正案(審議会案)を否決し、執行部案が可決された(27対5)。反対票は共産党だけ。共産党以外の女性議員3名は改悪案に投票した。
宇部市条例は、産経新聞によりモデル的な条例と絶賛されたが、主な特徴は以下のとおりである。(審議会案と条例の対照表は『正論』2002年10月号p)
基本理念1「男女が、男らしさ女らしさを一方的に否定することなく男女の特性を認め合い。。。」
基本理念4「家族を構成する男女が、家庭尊重の精神に基づいた...
基本理念5「専業主婦を否定することなく、現実に家庭を支えている主婦が男女が互いに協力し...」
(これは性と生殖の健康と権利を削除しいれられた)

2.千葉県の状況

千葉県では、2001年3月、懇話会に「条例専門部会」(渥美 雅子座長、大澤 真理、鹿嶋 敬、金城 清子ほか3名)を設置し、11回開催(うち3回 公開)し、県下4ケ所の公聴会を開催し、2002年9月議会に提案予定で400件以上の県民意見を集めた。
ところが、議会開会前に千葉自民党県連が4項目の修正要求。

  1. 「入札参加資格審査の男女共同参画の取組の報告を考慮」の全文削除
  2. 「家族経営協定」の文言の削除
  3. 「教育活動」の項 「性別にかかわりなく、(その個性および能力を十分に発揮する)」を削除。
  4. 「生涯にわたる女性の健康支援」の項 「(男女が、互いの人格を尊重し、性及び子を生み育てることについて、)自らの意思で決定することができるよう(性教育の充実及び促進)」を削除。

堂本知事は、「懇話会」「条例専門部会」に戻し、「懇話会」「条例専門部会」は「大筋の内容を変えなければ文言の修正はあり」と回答。知事の「政治的判断にまかせる」となった。堂本知事は1.,2.については了解。
しかし、自民党の若手議員が3.,4.についても強硬に主張したため、堂本知事は、これは「条例の根幹にかかわる」と拒否した。さらに、県議会(9月25日〜10月15日)開会中、自民党の代表質問、一般質問では以下のような主張がされた。

  • 「目的」行政が個人の思想や良心の自由に踏み込むおそれがある。
  • 「定義」あまりに結果の平等を追求する内容であること。逆差別を生む。
  • 「基本理念」「男らしさ、女らしさ」を一方的に否定している。社会の制度や慣行に対する配慮がなされていない。条文ごとにあげればきりがないほど党内にさまざまな意見がある。
  • 「未来を育てる基本のき」の内容は行き過ぎと思わないか。「男らしさ」「女らしさ」を押し付けてはいけないと読みとれる内容になっている。
  • 「思春期のためのラブ&ボディBook」は中学生にピルを奨励しているようなもの。こういうことが知事のいう「自らの意思で決定できるような性教育」なのか。
  • 「胎児の生命権」は認められるべきもの。「自らの意思で決定できる」は削除すべき。中絶は世界的に合意されていない。
  • アメリカでは連邦政府が1996年に結婚までの禁欲のみの性教育のプログラムに対して大規模な女性を初めて以来、10代の妊娠、性感染が減少している。禁欲教育が肝要。
  • 家族経営協定は、家族経営という観点からは15条におけるあらゆる自営業者にもあてはまり、私的分野への関与が大きく、私的自治の原則からも問題がある。
  • 「性別にかかわりなく」は、「男女の平等」というより、「男女間の性差の区別」を否定する考えから表現されたもので、そもそも「ジェンダーフリー」の過激な思想に基づくものである。
  • 削除された「入札の際の男女共同参画の取組の考慮」は入札に関しての能力とは関係のない事項が審査対象となることは「思想統制」の恐れが強く、不平等。「補助金の交付」に関する規定も同様。
  • 「DVの被害者の保護」「拠点機能の整備」「苦情機関の設置」なども別に規定すべき。
  • 「刊行物等に対する配慮」は「表現の自由」の観点から慎重に扱うべき。
  • 公の施設(さわやか県民プラザ(女性センター)苦情処理機関など)は別に設置条例で規定すべき。
  • 個々の条文ごとのトーンの差から、全体を通した統一性に欠け、また文言の整合性すらとれていないところもある。はじめから使用する文言を決めつけた上で、その過激な思想を覆い隠すがごとき修飾を重ねた結果である。

常任委員会で「継続審議」となり、最終日の採決でも圧倒的多数で「継続審議」となった。
今後は、11月27日の12月議会開会から最終日が12月17日(予定)であるが、12日の常任委員会で事実上、採決される。議案否決で自民党修正案提出か議案がそのまま可決か(今の見通しからいうと可能性は低い)ということになる。自民党は20項目以上手を加えた独自の「自民党案」を弁護士もまじえ、作成しているということである。

その他の状況

神戸市:

9月29日に条例中間まとめに対する市民に聞く会がもたれ、24名の意見を述べる人を募集したら約半数は反動的で時には議論とかみ合わない意見を述べた。2003年2月議会に提出予定。

前橋市:

9月29日に懇話会が報告会、10月15日までにパブリックコメント。毎日数十通の同じ反動的内容のfaxが異なる番号から送られてきた。

群馬県:

女性議員0、プラン委員会が条例と評価専門部会に分かれ、検討中。女性議員が0で保守色が強いこと、反動派の論客である八木秀次氏の影響力が強いなど問題点が多い。

さいたま市:

強力な女性議員が保守系の最大会派のメンバーで、懇話会案をそのまま採択するよう説得している。

3.議論

 

審議会(懇話会)案に対する審議会(懇話会)の姿勢

 

宇部市:

審議会案は2002年4月に定年退職した男女共同参画課長が中心に策定したため、審議会委員がこの案を積極的に守ろうという姿勢がない。

千葉県:

「懇話会」「条例専門部会」の委員は公式には出るか出ないかわからない状況の「自民党修正案」については何も言及していない。懇話会は団体の代表が多く、今回のことでは何らかの動きを期待するのは難しいかもしれない。

行政担当者の認識の弱さと市民団体との連携欠如

 

宇部市:

女性行政が長い男女共同参画課長の退職後は、専門的知識のある職員がいないため、助役と有力議員により条例案が大幅に変えられても議員や市民と連携がまったくできなかった。そのため、市民は条例案がまったく後退したことも気づかずに、条例の早期制定を要請する活動を行っていた。

女性議員の連帯の欠如

宇部市では女性議員3名を含む共産党が、審議会案を共産党案として提出したこともあり、それ以外の党の女性議員は市当局案に積極的に賛成ではなくても投票した。
まず、与党内に条例制定を積極的に推進する女性議員が存在し野党女性議員と連携して活動することが重要な役割を果たす。女性議員が連帯できなかったことも宇部市の問題であったといえよう。

対応マニュアルの必要性

反動派の男女共同参画攻撃の文言はいずれも同じ内容。これらの攻撃に対応するためのマニュアルを至急につくる必要がある。一応幹事が分担して案を作り12月14日に参加者からの意見をもらうことにする。

12月14日には積極的な参加をお待ちしている。

〔文責 橋本ヒロ子〕

NewsLetter 第92号 2002年11月発行

日本女性学会NewsLetter

(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)

女性学会ニュース第92号[PDF] 2002年11月発行


 

学会ニュース
日本女性学会  第92号 2002年11月

 

男女共同参画関係条例をめぐる動き

 

●「男女共同参画社会」をめぐる論点と展望に関するプロジェクトの発足

「男女共同参画社会の形成」が政策課題として市民権を得、主流化しつつある一方、これを批判し反対する動きも顕在化していますので、日本女性学会幹事会では、「男女共同参画社会」をめぐる論点と展望に関するプロジェクトを立ち上げました。
第4回世界女性会議後、日本政府も北京行動綱領が各国に勧告している男女平等を進めるための制度的仕組みに遅まきながら取り組んできました。1999年に男女共同参画社会基本法、2001年には内閣府に男女共同参画局が設置され、いわゆるDV法が制定されました。そして、2000年から始まった地方自治体の男女平等条例の制定は、2002年9月末には37都道府県71市区町で制定されています。条例制定は、急激な勢いで全国に広がってきました。基本法には盛り込まれていない特徴のある積極的改善措置や苦情処理機関など盛り込んだ条例も少なくありません。ところが、2001年の大阪府の条例制定あたりから、反動的な動きが強くなってきて、名称の「男女共同参画推進条例」とは全く逆行したこれまでの固定的性別役割分業観を賛美するような条例まで宇部市で制定されました。
反動派は、千葉県、千葉市、さいたま市、前橋市などで、次々と行動を起こしています。幸い千葉市は全国の女性からの署名運動などが効を奏して、懇話会原案どおりの条例が制定されましたが、千葉県は危機的な状況にあります。
反動的な動きは、条例だけではなく、ジェンダーに敏感な家庭教育のためのパンフレットや性と生殖の健康と権利を具体的に述べた性教育パンフレットも攻撃を受け、発売禁止などの措置がでております。
日本女性学会では、このような情況と議論を整理・精査する必要があると考え、「『男女共同参画社会』をめぐる論点と展望」のプロジェクトを立ち上げました。内藤和美幹事を研究代表者(研究分担幹事:戒能、国信、橋本、船橋、細谷)として文科省の科学研究費を申請して調査研究を行うとともに、研究会を実施することになりました。2002年内には、次のようなテーマで2回の研究会をお茶の水女子大学で開催することになりました。
第1回 条例をめぐる動き(開催済)
2002年11月2日(土)13:30−16:30
第2回 論点の整理
2002年12月14日(土)13:30−16:30
来年も継続して研究会を行い、大会のメインイベントに集約する予定です。研究会の成果については、その都度ニュースレターでご報告します。多くの会員の方の参加を期待します。

●「千葉県男女共同参画社会の促進に関する条例(案)」に対する抗議声明

9月千葉県議会に上程されました「千葉県男女共同参画社会の促進に関する条例(案)」に対する、自民党千葉県連の、修正要求および継続審議の決定など一連の動きを、私たちは、心から遺憾に思い、ここに同県連に抗議の意を表します。
自民党千葉県連は4項目修正要求をしました。その中でも第16条での「性別にかかわりなく」を「男女の違いを認めつつ」に変更すること、第17条での性の自己決定を表した「自らの意志により」を削除することは絶対に認めることはできません。さらに20箇所に及ぶ修正を含んだ自民党案が12月議会に提出されるかもしれないという噂まであります。このような事態は、人権尊重に根ざした、差別の無い、平和な社会の実現に向け、男女共同参画の推進に取り組んできた国内外の女性運動の成果をふみにじるものであり、女性解放にむけた歴史に棹をさすもの以外なにものでもありません。
周知のように、本条例の制定は、「日本国憲法」、及び1979年国連で採択され、1985年に日本政府も批准した「女性差別撤廃条約」の精神に基づく「男女共同参画社会基本法」に依拠したものです。同法は、その前文において「性別にかかわりなく、その能力と個性を十分に発揮できることができる男女共同参画社会の実現は緊急の課題となっている」と謳っています。また、基本理念の最初に人権の尊重が掲げられています。
人権が尊重される社会とは、性別にかかわりなく、自分らしさ、および、その可能性が発揮できて、しかもそのことが公正に評価される社会、自分を愛せる社会、自分を大切に思うのと同じ重さで相手を大切に思える社会、希望あるものとして将来が展望できる社会、さらに女性でも男性でも、障害の有無、国籍如何にかかわらず、挑戦できる社会です。
失業率が上昇し、女性労働のパート化、低賃金による深夜、休日労働の増加、男性労働の女性化が進むなか、男性の中高年の自殺者は世界2位という今日的状況は、女性にとっても、男性にとっても幸せな社会とはいえず、人権を尊重する社会とは言えません。
「基本法」および「条例」は、男女共同参画の推進が、このような現状を打開し、社会を活性化していくためにも不可欠であり、緊急な課題であるという認識にたったものです。
その意味において、自民党千葉県連の本議会における修正要求や継続審議の決定は、現状認識や人権感覚が不十分、かつ国内外の時代の流れに逆行するものであり、「女性差別撤廃条約」や「基本法」の理念と相矛盾するものといえます。
女性差別の撤廃のための知の構築を目的として、1977年に設立されました日本女性学会の会員である私たちは、このような性別役割を固定化し、女性差別を再生産するような性別特性論を明文化した条例制定を、議会の圧倒的多数である「数の論理」で、しかも全員男性が、成立させようとする暴挙に対して、強く抗議いたします。

2002年10月18日

自民党千葉県連会長 森 英介殿
同幹事長 金子和夫殿

日本女性学会幹事会有志

 

●千葉県男女共同参画条例をめぐる動き

船橋 邦子

9月議会に上程された「千葉県男女共同参画の促進に関する条例」は、審議延長、12月議会に持ち込みとなった。15日本会議終了を受けて、敏速に抗議行動の必要性を感じ、抗議文のたたき台を作成し幹事会の幹事全員にメールで送り、その結果、有志の名前で自民党千葉県連会長、幹事長、議会で反対の質問をした議員に10月18日にファックスした。
抗議文に問題点をかいているので、参照していただきたい。今後の動向は参院選補選の結果によるとの判断で、反自民の候補者である若井さんの推薦人になり、応援したが負けてしまった。今回の補選の結果には、もうこの国は絶望的だと、政治に関わることにも嫌気がしている。民主党も社民党も、もううんざり、というのが正直な気持ちだ。でもそんなことは言っていられない。この調子では自民党は勢いづいてとんでもない修正案が12月議会に出てくる可能性も濃厚だ。千葉県でとんでもない条例が成立したら千葉県だけの問題ではすまない。しかし97人中67人が自民党議員でしかも全員男性である。最強の反対議員は松下政経塾出身の30代。プロライフ派。バックに宗教団体、神社本庁、遺族会がついている。バックラッシュ研究は、このあたりの分析から始める必要があるように思う。
運動としては反対派は全国的に声をあげている。日本女性学会会員の方々も抗議のファックスを送っていただきたい。

ファックス番号

自民党県連 FAX 043−225−4011
自民党幹事長 金子和夫 FAX 047−335−4161
その他抗議をして欲しい議員は
代表質問した 遠藤澄夫 FAX 0478−86−2497
反対の一般質問をした 谷田川元 FAX 0478−52−6991
同じく 阿井伸也 FAX 0475−73−1465
絶対反対の 飯島重雄 FAX 0479−63−6323
酒井 巌 FAX 043−246−8306

 

●一般向けプロ・フェミHPの提案

細谷 実

夏にさるリブの人と話をしたら、「フェミニズムの学者さんたちは、なんで一般向けのフェミ系HPを作らないの?」と言ってました。
そういえば、佐藤文香さんが、研究者リスト的なものを作っている他、あまり知らないな。何でかな?
◇忙しいから。でも、優先順位の問題だ。優先順位が高いと考えれば、他を差し置いてもするはず。
◇IT弱者が多い。ぼくのことです。でも、そうでない人も多い。
◇個人HPは学界的業績にならない。下司の勘ぐりか。
◇社会教育などで自己表現の場があるから。ありそう。
なかなか出歩きができない人たち、地方で孤立している人たちが、今電子ネットに活路を求めてますから、確かにかなり重要だと思います。また、「団地妻ユキ」さんや林道義さんや大塚いわおさんなどの反フェミ系HPを見ていると、負けてるな、と思います。
「あんた、やったら」と言われそうなことを承知で言うのですが、どなたか、プロ・フェミのHPを運営してもらえませんか?
協力グループは、会員から募れると思います。

「科研費申請講座」の報告

日本女性学会主催第1回「文部科学省科学研究費申請講座」は、2002年10月10日(木)午後6時から8時まで、お茶の水女子大学生活科学部大会議室で開催された。
まず、上野千鶴子さんから科研費申請講座実施の意図について説明があり、次にこの間、学術会議で「ジェンダー」枠の設置に努力されてきた、原ひろ子さん(放送大学教授、学術会議「ジェンダー問題の多角的検討」特別委員会幹事)から、科学研究費分科細目「ジェンダー」の位置付けの変更について」の経緯の説明があった。
国信潤子さんは、基盤研究(C)の申請の際に作成した申請書を配布し、その際の経験を報告した。その他参考までに、毎年10月に刊行される『文部科学省科学研究費補助金採択課題・公募審査要覧』の平成13年度版(ぎょうせい編・刊)の「ジェンダー」の採択課題と金額一覧を配布し、申請書類一式と申請書作成参考資料(お茶大作成)を回覧した。なお、分科細目「ジェンダー」の設置については、『日本女性学会学会ニュース』第84号(2000年11月号)、2002年4月から「時限付き」がとれたことの意味は、『日本女性学会学会ニュース』第91号(2002年8月号)に簡単に掲載されているので、参照されたい。

ここでは、議論のポイントのみを紹介する。
第1に懸案の非常勤職が研究代表者で申請出来ない事については、研究機関ごと(多くは大学ごと)に取りまとめて申請するので、非常勤職までは事務的な面倒をみることができないことが大きな理由としてあげられている。その場合、例えば日本女性学会などの学会が研究機関としての事務を担うことで、認められる可能性があるかを検討することが提案された。だが当面は、研究代表者になれるが研究時間が無い人と、非常勤で良い研究テーマを提起し研究できる時間がある人との組み合わせを可能にするような、研究組織構成の情報交換コーディネートを学会がすることはすぐにできるのではないかという意見が提起された。また、非常勤職と言うと若手研究者を想起するが、定年退職後の元教授(非常勤または無職にある)の科研費申請も認められてしかるべきという意見が「向老学会」の方々から提起された。老年期の研究は、当事者性を重視することが大切と考えれば納得のいく意見であった。
第2に申請が認可されなかった理由の情報開示を求める意見があった。この件に関係して、科研費申請講座全体に関わる方針として、学術振興会が情報開示することは難しいと思われるので、申請して落ちた人、審査員をした経験がある人、認可された人などが協同して、公開検討会、個別の研究テーマの申請書作成相談などにのる会などの企画を学会が企画することも提案された。その他、学会からの審査員の推薦も含め、検討する課題があることが話し合われた。参加者は全員で20名ほどであったが、九州、新潟、広島、名古屋など遠方からの方が多かった。日本女性学会のこうした試みが、日本の学術世界のあり方を変革することにつながるためにも、今後実施可能な協力体制を模索していきたい。

(文責 舘かおる)

全英女性学ネットワーク大会 及び
女性史ネットワーク大会 参加報告

井上 輝子

英国の2大女性学関連学会である、全英女性学ネットワークおよび女性史ネットワークは、毎年一度、研究集会を開催し、研究成果の発表ならびに会員の相互交流を図っている。私は2001年度に、両ネットワークの大会に参加する機会をもった。どちらも基盤は英国に置かれているものの、参加者は英国人に限られない国際色豊かな学会であり、学会運営にもさまざまな工夫が試みられているので、紹介したい。

1)全英女性学ネットワーク

全英女性学ネットワークは、1988年に設立された全国学会であり、現在約600名の会員を擁する、英国における学際的な女性学の唯一の組織である。毎年一度の大会を開催するほか、ニュースレターの発行、大会記録の出版などを行なっている。
2001年度の大会は、7月12−14日にイギリス中央部の小都市チェルトナムにある、チェルトナム・グロチェスター高等師範学校で開催された。全体テーマは、「ジェンダーと文化—レジャー・消費・女性の日常生活」で、4本のパネル(全体会)と5分科会に分かれてのセミナー・セッションおよび、フェミニスト・ビデオ制作者による作品の上映などから構成され、学会開催中の食事はすべてヴェジタリアン・メニューであった。
最初のパネル「文化的消費」では、アン・クローニンが「買い物嗜癖?−ジェンダー・エイジェンシー・消費文化再考」と題して、最近の嗜癖研究が、嗜癖の原因をアルコールやドラッグそのものから、個人の自制心ないし作用にあると考えるようになってきたことを紹介した後、消費文化および嗜癖の型を理解するには、ジェンダーを抜きにできないことを指摘した。続いてカナダのジル・ルクレアが、19世紀には女性は、身体を隠さねばいけないとされたのに、今では裸のアスリートがカレンダーを飾る時代になったが、女性の身体の公開性をめぐるこの変化を、解放と呼ぶべきなのか、商品化と呼ぶべきなのか、という問題提起をした。
第2パネル「スポーツ文化」では、従来男性スポーツとされてきたラグビー等への女性の参加促進運動の当事者による報告、女性や少女たちのスポーツ参加が増加しているにもかかわらず、政策決定過程は男性が握っているとの実証的報告、またソルトレイクへのオリンピック招致をめぐるジェンダー・ポリティックスが報告された。
第3パネル「パフォーマンス文化」は、アイルランドの女性学の第一人者アイベ・スミスによる、自伝的語りであった。フェミニストの活動家から出発し、女性学研究者として大学に職を得たアイベは、20年後にはエスタブリッシュメントの一員となっていた。だが、大学の中での女性学および自分の位置は決して安定したものではないし、社会の性差別は少しも解消していない。自分の無力を恥じ、焦燥にかられる一方で、母の世代の生き方に比して、活動範囲や選択の幅が広がった自分たちの世代の戦いが、娘の世代につながっていくことに、未来への希望を見出したい。大略こうした内容を1時間にわたって切々と語ったアイベの話は、とても感動的で、身につまされるものであった。
「暴力の文化」と題する第4パネルの最初の報告者は、ジル・ラッドフォード。英国では90年代にドメスティック・バイオレンスが法的に禁止され、救済・防止の担当者として警察がかかわるようになった。ところが対策が定着する過程で、「ドメスティック・バイオレンス」の定義が換骨奪胎され、ジェンダー中立的な定義にすりかえられていき、女性が加害者として訴えられる例が続出したという。この過程を丹念に追跡し、ドメスティック・バイオレンスの構造的把握と、女性による定義権の奪回の必要性を訴えたのがジルの報告。ほかに、ダイアナ・レナードによる、中学生の性的暴力被害経験の調査報告、暴力に伴う痛みや恐怖の感情が、社会のジェンダー文化と不可分であることを指摘したサラ・アームドの報告があった。
パネルのほかに、A消費者文化 B身体文化 C メディアと視覚文化 D著述文化・パフォーマンス文化 Eレジャーとスポーツ文化のセミナーがあり、英国のみならず、アメリカ、スーダン、ハンガリー、ベルギー、トルコ、マルタ、メキシコ、インド、オーストラリア、日本など25国からの80件近い研究報告がなされた。報告者の学問的背景は、社会学、歴史学、政治学、文化人類学、文学、文化研究、メディア研究、余暇研究、スポーツ研究、教育学など多様な専門分野からなっており、女性学の国際性と学際性を裏付けるものであったが、内容については、紙数の関係で省略する。

2)女性史ネットワーク

女性史ネットワークは1991年創立された全国学会で、総会時の報告によれば現在会員数335。10周年に当たる2001年は、9月8−9日にロンドン・ギルドホール大学で大会が開催された。大会テーマは「過去を再創造するー女性・ジェンダーと歴史の書き直し」で、全体会は(1)世紀の転換点における国際的事業としての女性史 (2)女性図書館—女性の生活・人生のホーム (3)英国の女性史、過去・現在・未来—ジェンダー化された境界?から成る3本の基調報告。ほかに①アクティヴィズム ②ナショナル・ヒストリー (3)口述の歴史と自分史語り (4)領域の分離を超えて (5)理論と方法 (6)人種/民族 ⑦史料 の7つの分科会があった。ほかに、若い女性史研究者に奨励金を授与するクレア・エヴァンズ記念賞の贈呈式、女性アーティストによる織物作品の展示、女性史関連書籍の古本市や新刊本の展示販売などがあった。
この学会は非常に活気に溢れており、総会出席率も高く、各地方部会の活動状況などの報告から、英国における女性史研究の裾野の広さを想像させるに充分であった。この大会は本来、ギルドホール大学内にあったフォーセット文庫を拡充・発展させた、国立女性図書館の開館記念を兼ねて開催される予定であったが、図書館の開館が遅れた(2002年2月4日開館)ため、記念行事は省略されたものの、女性図書館開館を意識した企画がかなりあり、女性図書館のあるべき方向が、発表・議論された。
基調報告においても個人発表においても、女性/ジェンダー史研究の必要性の確認に加えて、白人中心主義、英国中心主義への批判と反省が繰り返しなされたことが印象に残った。特にアジアやアフリカの女性の歴史研究が少ないこと、史料収集そのものが英国人中心に偏っており、旧植民地出身女性たちの歴史を記録した史料がきわめて限られていることなどが指摘された。
この大会でも世界各地からの参加者による約80本の報告があったが、私が一番印象付けられたのは、女性炭鉱労働者の国際比較研究であった。ペンシルバニア大学をベースにした共同研究で、今回は、夕張炭鉱の女性労働者調査を発表した吉田加代子さん、ならびにスウェーデンからの研究報告があった。両国とも 1910年代頃から炭鉱で女性も働くようになったが、炭鉱は男性社会で、家父長制的家族関係が支配的で、女性は炭鉱で働いても半人前扱いをされがちだった。20年代には女性の鉱内労働は禁止されるが、戦争や男性炭鉱労働者組合との関係の中で、炭鉱社会における女性の位置づけは変化する。討論の過程で、日本の炭鉱では子沢山が多かったのに対し、スウェーデンでは子どもの数はそんなに多くはなく、英国の女性炭鉱労働者にとって妊娠はタブーであったなど、炭鉱における妊娠・出産文化のちがいについても言及され、興味深かった。

英国における女性学関連の2大学会の大会に参加したわけだが、どちらも参加者数は多く、しかも多様性に富んでいた。海外からの参加者が多いという条件もあるとはいえ、英国における女性学・女性史研究の層の厚さを感じさせた。特に女性史ネットワークは地方部会の活動が全体を活性化する原動力となっているようだった。また女性学ネットワークにおけるスポーツ教育関係者や行政担当者、女性史ネットワークにおける図書館職員など、いわゆる研究者以外の実践的フェミニストたちが、積極的な役割を果たしていることも印象に残った。日本でもこうした連携がとれるとよいのだが。

2003年度日本女性学会学会誌『女性学』11号
投稿原稿募集

 

1. 応募資格
日本女性学会の会員に限る
2. 応募原稿
論文、研究ノート、情報及び書評で未発表のものに限る。論文は主題について論証が十分なされている点に、研究ノートは主題の提起に独創性があり、今後の展開が期待される点に評価の価値がおかれる。また、情報とは、国内外の女性学をめぐる動向を意味する。

紙数制限(註・参考文献リストを含む):
論文(400字×50枚以内)
研究ノート(同20枚以内)
情報、書評(同5〜10枚程度)
3. 応募原稿はワープロ・パソコンを使い、A4用紙に 40字× 30行で印刷する。
使用言語は日本語とする。
原稿は縦書き、横書きのどちらでもよい。
学術論文であるが、専門分野の異なる人にも理解できる表現をこころがける。
図および表は別紙に書き、写真は一枚ずつ別紙に貼る。通し番号をつけ、本文原稿の欄外に挿入箇所を指定する。
4. 投稿原稿は、コメンテーターによる査読がなされ、最終的な採否の決定は編集委員会の責任となる。
5. 掲載が決定した場合
(1)最終稿(2)英文による表題(3)論文の場合は、300words程度の英文要約を、フロッピーディスクで提出する(MS-DOSに変換し、使用機種、ソフトを明記する。)
編集委員会に送るもの(各7部)

  • 執筆者情報(A4一枚におさめる)氏名住所・電話fax番号(引越・海外移住の場合は新住所と移転日を明記)あれば電子メール・論文タイトル・関心領域
  • 論文・研究ノート・書評など原稿をホチキスでとめたもの(本文に氏名を表記しない)。

送付先 日本女性学会事務局
締め切り 2003年2月20日(厳守)
書式の詳細は以下に記載。

執  筆  要  領

見出し/小見出し
原稿の最初に見だし/小見出しを掲げる

【例】
はじめに
一 読者研究と投書・投稿欄分析
二 「少女読者共同体」の規模と成員の年齢構成
三 読者ネットワークとしての「少女共同体」
(1) 拡大する少女たちの「交際」圏
(2) 活発化する読者ネットワーキング
四 「他者」の定義と共同体の境界
(1) 「他者」の摘発
(2) 読者と愛読者の境界
(3) 「清い少女」の共同体
五 「少女共同体」の囲い込み
(1) 共同体に対する監視の強化と「誌上交際」の成立
(2) 封じ込まれる「少女的言説空間」
終わりに

文中の引用
書名は『 』、論文名、文中の引用には「 」を用いる。邦訳がないものは、執筆者訳による著者名、書名に続けて、( )を用いて原著情報を簡略に記す。
註は、本文のその箇所に(1)(2)の通し番号をつけ、内容は本文の後(文献目録の前)に一括して記載する。読者が読みやすい文章を心掛けるためにも、本文の流れの中に含めることができるものはできるだけ本文中に組み込み、省けるものは省く。
引用文献の出典は、註を使って記載してもよい。本文中に記載する場合は、括弧内に著者名、出版年(発行年、刊行年)(必要であれば該当頁)を記し、詳細は文献目録に記載する。
参考文献目録
文献目録は、論文の末尾にまとめて記載する。

  1. 参考文献目録は、本文、註の後に一括して記載する。 (本文、註、参考文献目録の順)
  2. 著者名はABC順に並べる。(和書、外国語書混合とする。)
  3. 同一著者の文献は、発表年度の古いものから順に並べる。
  4. 記載項目
    著著(編薯)の場合:著者(編著者)名、書名、(出版社名、出版年)頁。
    共著の場合:論文著者名、論文名、編者名、書名、出版社名、出版年、頁。
    雑誌の場合:論文著者名、論文名、雑誌名、巻、号、(出版社名)出版年、頁。
    邦訳のある場合は、邦訳者名、邦訳題名、(頁)出版地、出版社名、出版年を原書の内容の記載後に続けて書く。
  5. 日本語の場合:論文には「  」を、単行本、雑誌名 には『  』をつける。
    英語などの場合:論文には” “をつけ、単行本、雑誌名はイタリックにするかアンダーラインを引く。

    【例】
    Firestone, Shulamith, The Dialectic of Sex, New York: Bantam Books,1971(林弘子訳 『性の弁証法』、評論社、一九七二年)
    Mitchelle, Juliet, “Women: The Longest Revolution,” New Left Review,No.40 (November-December, 1966), pp. 11-37.
    井上輝子『女性学への招待』、有斐閣、一九九二年。
    亀田温子「平等をめぐる世界の動き・日本の動き」
    西村絢子編著『女性学セミナー』、東京教科書出版、一九九一年、二二四〜二四八頁。

■会員からの情報

 

著書

金井淑子・細谷実編
『身体のエシックス/ポリティクス—倫理学とフェミニズムの交叉』 ナカニシヤ出版

公開シンポジウムのご案内

2002年12月24日(火)13時〜17時
日本学術会議大講堂

公開シンポ「学術の世界におけるセクシュアル・ハラスメント—加害と被害—」

主催 日本学術会議
「ジェンダー問題の多角的検討」特別委員会
司会 原ひろ子(放送大学)
パネリスト
博士号取得者の被害実態   加藤万里子(慶應大学)
大学の法的責任   松本 克己(立命館大学)
キャンパス・セクシュアル・ハラスメントの解決に向けて
戒能民江(お茶の水女子大学)
文科省担当者

■銀行口座変更のお知らせ

会計事務の手続き上、今後一般の年会費納入以外の全ての振込先を以下の銀行口座へ変更することになりました。今後、海外から学会費を納入していただく場合や、学会誌のバックナンバー等の追加購入代金をお支払い頂く場合も、この銀行・口座番号へお願いすることになります。これまで振込先となっていた東京東信用金庫は、これに伴い閉鎖いたしますので、今後はお間違えの無いよう、以下の口座へお願い申しあげます。
口座は下記に開設しました。よろしくお願いします。
口座名儀:日本女性学会事務局 北仲千里
銀行支店:UFJ銀行 金山支店
口座番号:3539270

来年度大会案内

来年度の大会の日程と会場が以下のように決まりました。
日程:2003年6月7日(土)・8日(日)
会場:十文字学園女子大学(埼玉県新座市菅沢2−1−28:新宿から40分ほどで着きます。)
シンポジウムのテーマは<「男女共同参画社会」をめぐる論点と展望>です。
8日は個人研究発表、ワークショップ、の予定です。
※個人研究発表、ワークショップの申し込みはニューズレター担当の牟田、伊田まで、2月末日までにメールかファックスでお願いします。タイトルおよび発表の概要を200字程度でお送り下さい。

研究会のお知らせ

「男女共同参画社会」論点の整理
12月14日(土) 13:00−16:30
お茶の水女子大学にて

次号ニューズレターの発行は2月です。

ご意見や「会員からの情報」など記載希望がありましたら、
1月10日までに次号担当の牟田までお送り下さい。

投稿日: 2002年11月1日 カテゴリー: NewsLetter

NewsLetter 第91号 2002年8月発行

日本女性学会NewsLetter

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女性学会ニュース第91号[PDF] 2002年8月発行


学会ニュース
日本女性学会  第91号 2002年8月

2002年 日本女性学会大会報告

 

シンポジウム:ポルノグラフィの言説をめぐって

コーディネーター 江原由美子

2002年度日本女性学会シンポジウムは、第二日の午前中から、上記の主題で開催された。まずコーディネーターから、シンポジウムの主題設定に関し、「フェミニストの間でポルノグラフィーに対する意見が必ずしも一致してないこと、その理由の一つとして、ポルノが異なる身体を持つ人々に異なる影響力を与えていることの分析が不十分なことがあると思われること。今回はポルノが男性という身体に対して持つ効果を認識することに焦点を当てること、そうした議論の積み重ねは、異なる意見を持つ人々の間での有効な議論のあり方についての示唆を得るために必要であること」などの問題関心が提示された。
報告においては、「ポルノとして見ることが出来る女性像は、自分とは無関係な女性像(モノ化できる女性像)に限られること」、「ポルノと男性の関係は、異性である女性との関係である以上に、ポルノを見ている他の男性との関係(ホモ・ソーシャルな関係)であり、男と男の序列関係を生み出すこと」、「ポルノを見たいという男性の動機には、セックスの代償としての動機はあるが、一部にすぎないこと」「男性のセクシュアリティにとって、射精は必ずしも重要ではないこと」、「ポルノを見たいという動機には、生育期において経験したトラウマの再現という動機(傷つけたい・傷つけられたい等の動機)も含まれているのではないかと思われること」、「男性が暴力ポルノを見て不快感を感じたとしても脅かされ感を感じないのではないかと思われること、そこには身体の外形に基づく現実社会におけるポジションが色濃く影を落としているように思われること、したがってリベラリズムにおいてポルノに対する見たい・見たくないの問題を趣味判断の問題と位置付けるのは、この身体の外形に基づくポジションの相違という問題に対する認識を欠いていると思われること」、「ゲイ・ポルノに関しては、強制的異性愛の秩序を転覆する可能性をもつものだと称揚する立場もあるが、そう簡単ではないこと」などの論点が提示された。議論においては女性の視点にたつ反ポルノ運動に対して持つ意味に関する意見や、男性のセクシュアリティのあり方に対する異なる意味付けや経験が提示された。
シンポジウムはこのように、ポルノグラフィーの言説がそれ自体社会的に構築されている異なる身体形象との関りにおいて異なる効果を持つこと、すなわち我々はポルノグラフィーの言説によって社会関係の中で特定の位置におかれることを、改めて確認することが出来た場となった。
なお、本報告において、報告内容に報告者個人の名称を付さなかったのは、報告者の方々がシンポジウムのために個人的経験を含む見解をあえて提示して下さったことを考えると、個人名を付す見解としてここに報告することはそぐわないのではないかと判断したためである。報告者の見解については、次号学会誌の論文を参照して欲しい。

討論者 船橋邦子

「男とポルノ」のテーマについて

今回の大会テーマについては、開催前から、フェムネットなどで批判がなされていた。
疑問の一つは、シンポの位置づけのなかの、女性学はポルノを女性差別の一形態として分析、見る—見られる、抑圧—被抑圧の二元論で捉えることで、セクシュアリティのもつ多様な側面を不可視にしてきた、という総括に対するもの、もう一つは、シンポジストが全員男性というのは不可解といったものだった。
前者の主張は、ポルノをセクシュアリティの側面から論じることより、権力関係の視点から、女性差別的表現の実態、その再生産構造に迫り、問題解決の方向性を議論するのが女性学の役割なのでは、という考えからでたものである。私自身男性社会のイデオロギー再生産装置として、つまり性差別のテキストを生む文化の構造において批判する論文を10年前に書いているし、この意見に異論はない。確かに、私たちの日常には、二元論的性差文化は健在でこの現実は、わたしたちの身体という主体をみえなくし、セクシュアリティ自体が商業主義の餌食になっていることは否定できない。それどころか、性暴力表現は不快感を与えるにとどまらず、それをみた女性たちに2次被害をもたらす。わたしは、自分の問題意識から、ポルノ産業を支える流通、販売の実態分析を行い、この大会で発表するはずだった。しかし、実態に迫るために警察庁から資料を入手しようと試みたが、それも容易ではなく、とても数ヶ月で、しかも一人の力でできることではない、と挫折してしまった。「男とポルノ」のテーマ設定は、ポルノ産業を支えている男性の話を聞くことも必要だと思ったからだ。自分たちも暴力ポルノを見たくない、といい、男性として「例外的存在」だと自分を規定する、その判断は、なにをもってそういえるのかを、もっと突っ込むべきだった。しかし男性のセクシュアリティが、中高生時代に男同士の関係において形成されるという話は、十分に納得できた。そのあたりをもっと話してもらうべきだったか。

会場から

秋山洋子

緊張感のただよう会場で「マイノリティ男性」たちの覚悟をきめての発言は、なかなか聞き応えがあった。とりわけ、「射精オーガズムの神話」を否定した森岡発言は、リブ草創期の「膣オーガズムの神話」否定に対する、30年を経ての返信といえる。シンポによって得たものを認めたうえで、残ったのは「私たちは女同士で、セクシュアリティについて十分話し合ってきただろうか」という問いである。

上野千鶴子

「有事」が問題になっている最中にポルノなんて、とか、女の目から見たポルノ批判かと期待したのに「男の語るポルノ」なんて・・・というノイズはあったが、とまれ学会シンポは成立し、結果から見れば量的にも質的にも成功に終わった、と思う。量的にはエル・パークの会議室を200人以上の聴衆が埋め尽くし活発な質疑応答がおこなわれた。質的には、この場で、この仕掛けでなければ聞けない、スリリングな展開に立ち会った。報告者の4人の男性は、みずからをまな板のうえにのせて、男のセクシュアリティの秘密をバクロするという、果敢な役割を果たしてくださった。
多くの「女性問題」がパラダイム転換を果たしたように—「売春」が「買春」に、セクハラが被害者の落ち度から加害者の不法行為へと—ポルノも、「女性問題」ではなく「男性問題」である。いいかえれば「なぜ欲望するのか?」という問いは、「欲望される側」にではなく、「欲望する側」に属する。だとすれば、あれこれの評論や批判より、当事者の明かす自分自身についての語りがいちばんおもしろい。そして実のところ、これがいちばん語られないことでもある。男に語る場合にも女に語る場合にも、男らしさのステレオタイプへの覇権的な競合のために、かれらはホンネを語るコトバを持ってこなかった。
その点では、わたしには報告者たちが「わたしは」「ぼくは」と一人称で語る経験が新鮮でおもしろかった。バリバリのヘテロ、と自己紹介する沼崎一郎さんの語るポルノ論は、「眺めて、勃てて、ヌク」「倒して、脱がして、入れて、出す」というパターン化されたヘテロセクシュアリティの貧しさ—数でも競うほかない—を、あきらかに示した。
森岡正博さんは男のセクシュアリティについて、いつも「こんなことまでばらしていいの」という率直で新鮮な発言をする人だが、今回も「射精はオーガズムではない」という「射精神話」説をとなえて、ぎょっとさせた。彼によれば、「射精が実はオーガズムではない、ことを認めるのがこわい」男たちにとって、ポルノは「快楽からの疎外」というトラウマ体験を反復強迫する表象行為であり、現実のセックスの代償行為ではない、という。「射精神話」の背後には「女のオーガズム神話」がはりついており、これも危険にはちがいないが、とはいえ「ポルノ=トラウマの再現」説は、ヘテロセクシュアリティが、「不可能」な関係であることを予感させる。この論点は、もっとつめられるべきだろう。
ゲイ・セクシュアリティを語る風間孝さんも、ゲイ・ポルノのなかにある「男性性への欲望」を率直に語った。「本当の男」という「ノンケ(ストレートの男)」幻想、そして「男性性の欠如」として語られる「男性同性愛者」。「男性性への欲望とは、自らの抑圧者への愛ではないのか?」というかれの問いは、みずからを切り裂く率直さを持っているし、ゲイとレズビアンとの関係がかんたんに「共闘」とはいかない事情を示している。
細谷実さんの報告が、一歩距離をひいて論じた点で、いちばん評論家的であった。
ポルノの視聴のしかたにジェンダーが関与することはすでに言い古されてきたことだし、ポルノを「趣味判断」に還元するのは、「趣味判断」自体が「社会的構築物」である–そのことは、かれ自身が認めている–ところでは、到達点ではなく、問いの出発点であろう。他の三人の報告者は、「何をエロティックと感じるか?」というセクシュアリティの「趣味判断」の政治学に、踏みこんで一歩をすすめてくれた。型どおりの「猥談」はあっても、その実、男は(ヘテロ男も)まだまだ、じぶんのセクシュアリティについて、じゅうぶんに語っていない、という感をつよくしたシンポジウムだった。語り始めた男たち、それも女の前でみずからのセクシュアリティの秘密について語り始めた男たちの、勇気と率直さに、感謝したいと思う。

山崎明子

これまでポルノを分析する視角として支配的だったのが男と女を両極に置く諸々の二元論であった。これは当然のことながらポルノを批判するための視角であり、男性を加害者、女性を被害者として二元的にとらえられる傾向にあった。
しかしポルノに関する議論や抗議行動は繰り返されてきたが、ポルノ文化はいまだに増大している。「表現」の名のもとに許容され、またメディアの多様化の中、法の制約をくぐりぬけ、「日常」の中に深く入り込み、記憶に刷り込まれていくことに、本当の被害者は疲弊しつつあるのではないだろうか。
その意味で、今回のシンポジウムのテーマは、状況打開を目指すうえでの契機となりうる貴重なテーマ設定であった。ポルノ文化が膨大な経済的背景をもちながら日々蓄積していった文化であるように、ポルノに関する議論も大きな蓄積を必要とする。
これまでのポルノ批判の言説を二元論と言ったが、私はこの二元論の有効性は必ずしも失効していないと考える。二元論は有効である、しかしそれだけでは語りつくせないほど、ポルノとのかかわり方は個々人の多様性に委ねられ、そして広い土台の上に、さらなる議論を蓄積していく時期が来たのだと思われる。
最初のシンポジスト沼崎氏は、ポルノと向き合う自らのセクシュアリティの問題を極めて個人的なものとして示した。自分と無関係の人間をモノ化する行為=ポルノグラフィックな態度として、ポルノが常に自らの主観的態度と関わる問題であり、「関係性」の問題であるとする。女性のヌードに関する意見として、「見てもいい裸」というもの、つまり完全にモノ化できる裸、性的オブジェとしての裸がそれであり、女性を非社会化するとともに、自分(男性)を社会化する行為であるという。
森岡氏は、ポルノには二つの機能、「教育機能」と「マスターベーションの道具」があるとする。氏の論の中心となったのは、このマスターベーションにおいて、男性は二重の疎外を受けているという点である。第一に射精神話(射精=オーガズム)とは実のところ局部的な排泄感に過ぎず、「快感」というものから疎外されている点、第二に女性が得る快感に対して自らがその「快感」から疎外されているという点である。さらに、ポルノはセックスとは異なる刺激があり、必ずしもセックスの代替物ではないという指摘もあった。
細谷氏は、ポルノの快感と不快感、さらにそれとは別の次元にある脅かされ感と、ポルノを見る主体のジェンダーの違いについて論じた。ポルノと向き合う際、「趣味判断」によって個々に快/不快の感覚を持つのだが、この性的な趣味判断は多様であり、自分の不快感をもって他者の趣味を非難することはできない。が、問題となるのはポルノから不安・恐怖を感じるような「脅かされ感」を持つ場合であり、これは見る主体のジェンダーと深く関わっている。そこでは主体的選択が機能せず、もはや犯罪被害と同様であり、それらが性暴力被害にあう現実の可能性と深く関わっていると氏は指摘する。
風間氏はエイズ前後のゲイ・ポルノの表象を解放主義とその後の規制の問題から論じた。解放主義の中でゲイ・ポルノが強制異性愛の秩序を転覆する可能性を持つと語られてきた点について、氏はゲイ・ポルノの主流でもある異性愛男性への欲望は一面で男性同性愛嫌悪を支え、それに同一化していく潜在性を秘めていると指摘する。さらに、エイズ予防介入以後、セイファーセックスをエロティック化することによって新たなゲイ・ポルノの表象が形成されていったが、そこでは従来侵入不可能とされてきた男性の身体が、侵入可能な身体に開かれていく可能性が示唆されている。表象としてのポルノは、強制異性愛の権力が作用する場であるとともに、こうした男性同性愛の欲望を引き受けることを通して異性愛の権力作用に抵抗可能な場であると示された。
以上、四名の発言を簡単に要約したが、男性とポルノの個々の関係が、思春期の男性集団の中でのホモ・ソーシャルな関係において半ば強制的に関係付けられていった点も何度か述べられていた。つまり、男同士が「モノ化された女性身体」を共有し、自らを男性として確認していく過程は、同時に女性にとっては自分の意思に関わらない身体のモノ化を仮想体験させられる過程であり、必然的に被害意識へとつながっていくのだとも考えられる。
最後に江原氏による総括として、ポルノは一様ではなく、男女に関係なく自分にとってのポルノを持っている人もいる、しかし現実のポルノとは、セルフ・レストという意味での必要性を考慮したとしても、なおそれによって傷つく可能性が多々残されている点が指摘され、これをどうするのかが重要な問題であると提言された。
リベラリズムだけでは、全てが各々の趣味判断に還元されてしまうことになり、この問題に対していかに社会的に合意を重ねていくのかという点が、今後のポルノのあり方を決定していくことになると思われる。そして、今回のシンポジウムはまさに、この社会的合意を重ねていくための重要な場であった。その場を共有できた多くの方々に心から感謝したいと思う。

大会シンポジウムについてのご意見をお寄せ下さい!!

■ワークショップ報告

 

男女共同参画時代の女性センターのあり方を考える

深澤純子

日本女性学会の大会は、女性センターで開催されることが多い。この4年間でも北九州市、大阪府、千葉市、そして今回は仙台市の女性センターの共催で行われた。このワークショップにも東北地方の女性運動グループ、行政職員、女性学会会員等30数名が集まった。仙台女性センターの木須さんから東北地方の4県、8市の女性センターの概要について説明があり、そのうち行政直営が8施設、公設民営が4施設である。他地域の女性センターの紹介もあったが、直営がいいか、NPO 等民間への委託運営がいいのかなど、それぞれの地域の事情や自治体の条件によって決まるのであり、一概にいえるものではないだろう。また政策と直結した機能としても DV 支援センター等の機能を持つもの、市民向けだけでなく行政内部にたいし各施策の推進を図る機能、また今後それら施策の評価、政策立案など、自治体の事情によってセンターが担う役割も違い、それぞれそこにかかわる人々(職員も利用者も)の工夫と実行力によって内容が決まるだろう。NPO という事業形態を使っての女性センターの運営を「安上がり」とだけで批判する向きもあるが、ある一個のセンター運営を受託するためだけの NPO というのは、委託者ー受託者双方にとって、危険であろう。地域での活動を NPO として独立して事業化し、自主事業も行いつつ、女性センターや行政の男女共同参画関係の事業も受託し、質的な競争やバランスの原理が働く条件にもっていくのがよいと考えている。そのような試行錯誤が今後も続くのだから、女性センターに関心を持つ人が集まって、実践例等を報告し経験交流をすること、このようなワークショップを継続的に設け積極的にコーディネートしていくことも、本学会の役割ではないかと考えている。

男子校学校文化とジエンダー意識形成

亀田温子

学校におけるジエンダーの再生産構造を見直す中で、男女別学がどのような機能を果たしてきたか議論がある。今回は男子校にスポットをあて、学校文化とジエンダー意識形成のありかたを男子校出身者たちに語ってもらうことからその実態を探った。
現在男子校に通う高校生については天野清子さんら(21世紀をひらくみやぎ女性のつどい)が実施した宮城県の高校生ジエンダー意識調査による報告を、学校文化については地元仙台男子校出身の大森昭生さん(前橋国際大学)、群馬県男子校出身の細谷実さん(関東学院大学)と風間孝さん(動くゲイとレズビアンの会)の報告を、70人ほどの参加者とともに耳を傾けた。
構造としては、男子校は男子生徒と同時に男性教師多数の組織であり、両者の存在が学校文化を作り出していること。男子のみであることから意識的に「男」であることを強調する必要があり、男性であることの序列化において「男らしくない男」は排除されていく。場合によっては(男性が演じた)女性を登場させることにより、男性性を際立たせることもある。文化祭などはこの男らしさを学校内で確認するものであり、さらに(学校)対抗戦などは地域にそれを拡大することでもあった。
学校の行事を作る過程で生徒会会長などには「男らしさ」の役割が求められる。こうした中で、男性らしくない自分への自己嫌悪やこれまでのバンカラ・汗くささといったいわゆる男性文化に違和感を覚え居心地の悪さを感じた体験。さらなる男らしさを目指す者、適応できない自分に悩む者。また女子は幻想を抱く対象であっても、学習や生活上の同じ場でかかわるパートナーとしては存在しない。ジエンダー、セクシャリテイにかかわる青年期の重要な体験が学校生活にかかわり展開されている。
一方、現在公立高校の別学が残存する地域では、その地域の支配層を排出しているいわゆる伝統校が男女別学として残っている傾向がある。地域の人的ネットワークは大学ではなく出身高校が重要とされることから、男子校の学校人材ネットワークが政治、自治体行政、地域、学校、商工会など地域に拡がり、男性中心な社会をつくりあげる再生産構造が存在していた。
男子校の存在が、個人のジエンダー意識形成と同時に、社会の男性中心性を再生産する機能を果たしていた一端が見えてきた。同じ別学でも女子校とは異なるこの実態をさらに明確化することが必要である。

男女共同参画社会時代のジェンダーの現在:
言説分析によるフェミニズム批評

和智綏子

まず、「男女共同参画社会基本法」の基本理念について松島紀子さんによる説明が行われた。次に高浦直子さんは、1999年を性差別問題の解消に向けた取り組みの大きな節目ととらえ、「基本法」施行の影響を受けていると考えられるセクシュアル・ハラスメントに関する認識の変化、さらに「男女共同参画社会」とは何か、に関する認識の変化について、パイロット調査(2001年)を行った結果をもとに、99年を境とした認識の変化を示した。春原千咲さんは、沖縄の現状をもとに性差別と暴力をなくすために「基本法」をどのように活用していけるのか、また沖縄での実地調査をもとに「基本法第9条」で都道府県に義務づけられている行動計画を、他の法制度や施策との関連において分析した。大橋稔さんは、基本法の多義的言説の分析を試み、その積極的側面を大切にする必要を強調するために、あえてジェンダー再編成の危険な落とし穴の可能性に注意すべき点があるということを明らかにした。さらに、「DV法」とか、憲法の「平等条項」とか、「女性差別撤廃条約」や「世界人権宣言」や「国連憲章」などの国際的枠組みを常にポジティヴに組み合わせて使っていく重要性を指摘した。フロアーからのコメントの中にも、これらの取り組みが新しい視点で分析されており、実地調査なども含めて大変興味深いものがあることが指摘された。さらなる研究の発展が期待される。

行政や政策におけるジェンダーの主流化

橋本ヒロ子

3人の問題提起に引き続いて、質疑応答と議論を行った。
最初の報告(橋本)は、国際的、国内的なジェンダーの主流化について概観し、地方公共団体におけるジェンダー主流化の手段として、基本的な根拠となる男女平等条例の制定状況とその問題点、全国に広がっている条例制定妨害、条例案を骨抜きにするバックラッシュの動きについて問題提起した。
2番目の報告(米田)は、藤枝澪子氏を中心に女性政策等担当自治体職員による研究会「グループみこし」が実施した調査結果などをもとに、地方自治体におけるジェンダーの主流化の推進体制の状況を中心とする報告と、行動計画に数値目標を設定する自治体も出てきているが、「数値化できない領域についてキーワード設定の研究が必要」、「行動計画推進には要綱制定などの手法も考えられる」ことなどの提案がされた。チェック機関の必要性、苦情処理機関の設置の際、特に、人権問題対策については、可能な限り予測される苦情とその対処方針について準備しておくことなど実際的な提案もあった。
3番目の報告(内藤)は、自治体と住民の関係が「連携」から「協働」に変わってきたのは、地方分権一括法施行後からで、典型的な例として、公募した市民約200人が中心になって策定した三鷹市の総合計画があげられた。これから自治体と市民の協業を進めていくために手続きや制度の確立、行政が市民による政策形成をいかに推進・支援するかが課題である。
発表後の討議では、「行政に安く都合よく使われないためにも、住民主体の協働である必要がある」、「バックラッシュの動きが条例制定だけでなく、家庭科教科書など教育の分野で次々と起こっている。これらへの対策としてネットワークと情報交換の重要性」が合意された。また、「苦情処理やオンブッドなどの制度ができても、女性政策担当者や審議会委員などと同様、活動が属人的になりやすい。」という問題提起もあった。自治体におけるジェンダーの主流化について情報交換とネットワークの場となったが、時間的制約で十分深めることができなかった。

■個人研究発表

・北仲千里 
「女性に対する暴力」という問題設定を考える
・新田啓子 
ジェンダーで聴く憂鬱な「プラネット・ロック」
・守 如子 
日本におけるポルノグラフィ批判思想をめぐって
・水野桂子 
ジェンダー政策と農村女性への「開発」についての一考察
・鈴井江三子 
「超音波診断を含む妊婦検診」と、妊婦への影響
・石川(中尾)有香 
英語教育からみた性差別表現の問題について
・内海崎貴子・田中 裕
博物館学芸員におけるジェンダー・バランスの研究(2)
・根岸泰子 
国語科教育におけるジェンダーフリー教材の問題
・ゆのまえ知子 
DV実態自治体調査の検討と課題 
・南茂由利子 
Catharine A. MacKinnonのジェンダー中心主義への問い
・熊谷滋子 
女性政治家をめぐる報道について
・日合あかね 
女性のマゾヒズム的傾向について

学術会議関係報告と科研費申請講座のお知らせ

文部科学省科学研究費補助金時限つき分科細目「ジェンダー」のその後につきご報告します。2001年度から認められることになった、時限つき分科細目「ジェンダー」の設定記念シンポジウムの様子は、2000年11月刊行のNLにその報告や感想が掲載されました。
当初3年の時限つきであったため、2002年の秋までしか申請できないとされていましたが、2002年4月に「時限」がはずれ、2003年度以降も申請できるようになりました。また、学問研究の変化に伴い、科研費分科細目表の改正が2003年度から行われることになり、学際的な研究分野である「ジェンダー」も、分野「複合新領域」、分科「ジェンダー」、細目「ジェンダー」と位置付けられました。
これにより申請に際し、三点の変化が生じました。一点目は、「時限」でなくなったため上限5000万円までの金額が申請できるようになったことです。二点目は2003年度以降も申請できるようになったことです。但し、分科細目の見直しが5年ごとにあり、申請件数の少ない分科細目は削除される可能性もあることなどから、申請の機会が恒久的になったわけではありません。三点目は、「ジェンダー」が「複合新領域」に位置付けられたことから、既存の学問分野からの申請も増加するものと思われ、日本女性学会に属する研究者からなされる研究テーマの申請が、今後の女性学/ジェンダー研究に大きな影響を与えることになると思われることです。
こうした状況に鑑み、2002年10月10日(木)に、科研費申請についての会を開催します。前学術会議担当幹事であった上野千鶴子さんからの報告や申請書の書き方のコツなども討議する予定ですので、ご参加ください。
場所は、お茶の水女子大学生活科学部大会議室です。
時間は午後6時からです。
詳細は、日本女性学会HPでごらんください。

(文責 舘かおる)

◆研究会費用申請の仕方について◆

 

◇会員企画研究会の企画募集

大会が年一回に減ったことを受け、研究会を活性化していくことになりました。
幹事会企画研究会を年に数回おこなう他、会員個人やグループ(自主的研究・運動グループ)のイニシアチブによる研究会についても、学会として経費補助や情報宣伝などを行って行くことになりました。そこで、会員の皆様からの意欲的な研究会の企画をお待ちしています。
以下の諸点が要件です。

  • 研究会の趣旨が女性学会の趣旨に適っているもの。
  • 少なくとも会員に対して、公開の研究会であること。
  • 研究会のタイトル、趣旨、企画者(会員個人・会員を含むグループ)、開催場所、開催日時、研究会のプログラム、全体の経費予算と補助希望額(2万円以内です)が決定していること。なお、未決定部分は少ないほど良いのですが、場所・プログラム・経費については予定=未決定の部分を含んでいても結構です。
  • 学会のニュースレター・ホームページに載せる「研究会のお知らせ」の原稿(25字×20行前後)があること。研究会の問い合わせ先を明記すること。
  • 研究会終了後に、研究会実施の報告文を学会のニュースレターとホームページに書いていただきます(研究会補助費は、その原稿提出後に出金いたします。)
  • 学会総会での会計報告に必要なため、支出金リストと、総額での企画者による領収書

申し込みは、広報期間確保のために、原則として開催の3カ月前までに、研究会担当幹事まで、お願いいたします。
詳細のお問い合わせも、研究会担当幹事まで。
今期の研究会担当幹事は、橋本ヒロ子 國信潤子 細谷実です。
今までの例では申し込みが少なかったことから考えると、採択率は高いと思います。

■会員の活動

 

東京大学社会科学研究所国際シンポジウム

 

グローバル時代の「ニュー・エコノミー」
〜日米欧の比較ジェンダー分析〜

日時: 2002年9月3日13時〜17時、終了後レセプション
場所: 東京大学本郷キャンパス山上会館(同時通訳つき)
参加者予定: 先着150人
参 加 費: 無 料
コーディネータ: 大沢真理(東京大学社会科学研究所)
パ ネ リ ス ト: シルヴィァ・ウォルビー、カリン・ゴットシャル、ハイディ・ゴットフリート、・イルゼ・レンツ
討  論  者: ジョアン・アッカー、上野千鶴子、足立眞理子、セシリア・ナン

著 書

竹中恵美子(監修)『経済社会とジェンダー』 明石書店
女のスペースみずら編『シェルター・女たちの危機−人身売買からドメスティック・バイオレンスまで「みずら」の10年』 明石書店
Colors of English編、吉原令子監修『やさしい英語でフェミニズム』 フェミックス
横山文野『戦後日本の女性政策』 勁草書房
岡野幸江・長谷川啓・渡邊澄子編『買売春と日本文学』 東京堂出版

訳 書
アンジェリス(鳥居千代香訳)『女優ジョディ・フォスター』  未来社
アレン(鳥居千代香訳)『ユーゴスラヴィア・民族浄化のためのレイプ』 つげ書房新社

「会員の活動」への掲載について

会員の出版や催し、その他の活動を本欄に掲載しますのでどうぞお知らせ下さい。

投稿日: 2002年8月1日 カテゴリー: NewsLetter

NewsLetter 第90号 2002年5月発行

日本女性学会NewsLetter

(*会員に送付しているペーパー版の「学会ニュース」とは内容が一部異なります)

女性学会ニュース第90号[PDF] 2002年5月発行


学会ニュース
日本女性学会 第90号 2002年5月

2002年 日本女性学会大会

日 時:2002年6月8日(土)・9日(日)
会 場:エル・パーク仙台
〒980-8555 仙台市青葉区一番町4丁目11番1号
tel:022-268-8300 fax:022-268-8304
共 催:財団法人せんだい男女共同参画財団
— プ ロ グ ラ ム —
第1日 13:00〜15:00 個人研究発表
15:15〜17:15 ワークショップ
17:20〜18:30 総会
19:00〜21:00 懇親会
第2日 9:30〜 受付開始
10:00〜13:00 シンポジウム:「ポルノグラフィーの言説をめぐって−男とポルノ−」

2002年大会シンポジウム

ポルノグラフィーの言説をめぐって —男とポルノ—

コーディネーター 江原由美子 東京都立大学人文学部教員

船橋 邦子

女性学がポルノグラフィーを分析するための理論枠組みを再構築するために男性学あるいは男性研究の観点からポルノを論じる。
女性学がポルノを論じるために、幾重にも重なり入れ子状態になっているポルノをめぐる言説を再構成しなければならない時期に来ている。
ポルノを性差別、正確には女性差別の一形態として女性学は論じてきた。その論述のための装置として、男—女、見る—見られる、買う—買われる、消費する—消費される、抑圧—被抑圧 等々の二元論も長らく支配的な場所にあった。
しかし事態がそれほど単純なものでない事は、実は大分前から分かっていただろう。
ポルノは男のものだという言い方も、男性がポルノを好み女性はポルノを嫌悪するというようなとらえ方も必ずしもリアルではない。男がポルノと関わる関わり方に限っても一様ではないし、写真や映像、コミックも含めてポルノ製作に関わるのは男に限らない。そしてそれらを消費するのも男に限らない。フェミニズムがポルノを性差別の一形態として批判の対象に据えたとたんに、これらの諸々の側面は不可視化されてしまうことにもなった。
そしてポルノ批判をよそに、ポルノは表の経済に出ない部分をも含めてそれ自身が大きな市場を形成して一大産業であり続けている。それだけではない。ポルノは、コンピューターの画像技術の普及に影響したといわれるなど周囲に対しても無視できない影響力さえ持つ。その背景には、自分のセクシュアリティを充足させながら生きる事を推奨しつつも、セクシュアリティをプライベートな事柄にする近代社会の独特な構えがある。
セクシュアリティは、嗜好や選択に納まらない「指向」性を持つという理解は我々が既に共有しているところである。しかし特定の形を他の人が良いと思うかどうか、社会が許容 するかどうかは別の事としてある。ジェンダーのカテゴリーで欲情し充足する人が多い事と、その場合にもその仕方が極めて多様であるという事と、そして何よりもジェンダーを軸に差別が 存在する事とをどのように整合させて理解すればよいのか。ポルノを性差別として問題にしていくことと並行して、これは改めて考えなければならないことだ。
女とポルノの多様な関係の考察に先立ち、本シンポジウムでは男性学あるいは男性研究の観点から論じるポルノに焦点を当ててみたいと思う。女性学がポルノを論じる枠組みを再構築するための看過できない領域の一つである。

シンポジストと発題テーマ

《私と「女性の裸体」像》

沼崎 一郎 東北大学文学部教員

「男とポルノ」という問題設定を、どこまでも個人的に考えたい。ヘテロセクシュアルな男性として自己構築してきた〈私〉にとって、〈女の裸〉とは何なのか。それは、単一か、多様か 。〈私〉と〈裸の女〉との関係性とは、どのようなものなのか。それは、一元的なものか、それとも多元的なものか。それは、不変か、可変か。このような作業を通じて、ポルノ的な状況、ポルノ的な関係というものに迫りたい。

《男のセクシュアリティの一断面》

森岡 正博 大阪府立大学総合科学部教員

男性にとって(おそらく女性にとっても)ポルノ批判はアキレス腱のひとつであろう。なぜなら、われわれの多くが、ポルノを実際に利用しているからであり、みずからを棚上げにしては正面から語れないからである。ポルノのなかで語られる、「暴力」「支配降伏関係」「フェティシズム」などをどのようにとらえればいいのか、男性としてのパーソナルな次元から考察したい。またインターネットポルノよって開拓されたのは、女性視聴者ではないかという点についても触れられればと思う。

《ポルノの快感/不快感/被害感》

 細谷  実  関東学院大学経済学部教員

ある女性研究者の未公刊の論考を読んだら、(ヘテロ男向けのポルノにおける)性暴力映像についての不快感と被害感=脅かされ感が論じてあった。その感覚は、おそらく痴漢に対して抱く被害感=脅かされ感に近いものと想像する。ところが、同様なポルノについて、ぼくは快感/不快感の双方を感じるが、被害感はほとんど感じない。その違いにジェンダーが関わるようだ。また、快/不快、被害感という主観の扱い方についての問題も考えたい。

《同性愛の欲望と表象》

  風間  孝  動くゲイとレズビアンの会

ゲイによるHIV予防実践において男性間のエロティックな映像や写真はセイファーセックスのエロティック化という位置づけを与えられ多用されている。他方で、行政からそのような表現はポルノとみなされ用いないよう促される。性的存在に矮小化されてきたゲイが敢えてエロティックな表現を用いようとするのはなぜか。(ヘテロ)セクシズムの中で男性間のエロティックなイメージがいかなる意味を持たされ/持ちうるのかという点からポルノグラフィについて考えてみたい。

個人研究発表

第1分科会 司会:牟田 和恵

(1)「女性に対する暴力」という問題設定を考える

 北仲 千里

セクシュアル・ハラスメントやドメスティック・バイオレンスの問題をその他の性暴力とともに、「女性に対する暴力Violence Against Women」とカテゴライズし、国や地方自治体の政策では「女性の人権」の項目として分類する動きが進んでいる。しかし、安易にこの呼び名を採用してよいものだろうか。この呼び方を採用することは、ジェンダー問題としてのこれらの問題の共通の背景を強調すること、また、従来の理解とは異なる意味での「暴力」という問題把握を促すという意義を有しているが、同時に次のような問題があるのではないか。第一に、セクシュアル・ハラスメント、ドメスティック・バイオレンスそれぞれに固有の問題構造、対策の方向性を指し示すことに失敗するのではないか、第二に、「暴力」という捉え方は、従来の「暴力」という語から受け取るイメージとは異なるものが含まれている。それでもなお「暴力」という表現を使う理由があるとも考えられるが、そのための難しさも抱え込むことになりはしないか。こうした問題意識からの論点整理を試みたい。

(2)ジェンダーで聴く憂鬱な「プラネット・ロック」
−裏/トランスナショナル・アメリカにおける男性幻想の抑圧と回帰−

 新田 啓子

ラップ・ミュージックの基本的手法は、アフリカ・バンバータの「プラネット・ロック」(1982年)という楽曲によって確立されたと言われるが、このタイトルはまさに、後にかつてない規模で多国籍化した大衆音楽産業により、世界的な経済資本として変換されることになるこのジャンルの特異性を、言い当ててもいた。つまり、本来アメリカ合衆国都市部の民族(主義)的経験を表現する抵抗の媒体であったヒップホップ文化が「抵抗」の言説空間を拡げる前提には、文化帝国主義と容易に結びつくグローバルな資本が存在した。
本発表は、この「ねじれ」ないしはある種の「共犯関係」をジェンダーの視角から解きほぐし、そこに読み取ることのできる「男性幻想」を概念化しつつ、ヒップホップ文化が暗示するグローバリゼーションの危うい曖昧性を指摘することを試みるものである。研究対象となるのはラップにおける「紛争」の言説であるが、そこでは、合衆国主流政治文化が隠蔽しながら深く係わる二つの地下市場−武器・麻薬売買−が物語として変容しつつ歌詞に回帰する様が分析される。
なお本発表は、平成13年度科学研究費補助金基盤研究(c)(2)「聴覚とジェンダーの政治的・文化的・精神分析的諸相」の一環である。

(3)日本におけるポルノグラフィ批判思想をめぐって

 守  如子

これまでポルノグラフィ批判理論といえば、欧米のフェミニズムによる議論が中心に紹介されてきた。本報告では日本におけるポルノグラフィに関する議論を再考することによって、ポルノグラフィの何が問題とされてきたのかを明らかにしたい。

第2分科会 司会:浅野 千恵

(1)ジェンダー政策と農村女性への「開発」についての一考察−バングラデシュの事例から−

  水野 桂子

バングラデシュ政府第5次5ヵ年計画の女性と開発の分野において、開発のメインストリームにおける女性の開発を通じてジェンダーの不均衡を減らしていくことを強調している。「小規模農家向けの養鶏技術の開発および技術移転プロジェクト」に参加した農村女性たちへの聞き取り調査の結果を基に、農村の実状に合った「開発」プロジェクトの可能性とジェンダー政策の具体化を考察する。

(2)「超音波診断を含む妊婦検診」と、妊婦への影響

  鈴井江三子

既存の量的研究で報告されてきた、胎児画像が与える妊婦の精神的効果について、例えば超音波診断装置の画像を見ることにより、妊婦に対して安心感を与える、リラックスをさせる、ボンディング効果を与える等については、これまで質的な研究が殆どなされてこかった。また、これらの研究を実施する際、調査対象者となった妊婦の診察環境の影響が考慮されておらず、実際に何が妊婦の心理・精神面に効果的に作用したのか不明瞭である。そこで本研究では、胎児画像に焦点を当て、妊婦の視覚と認知との整合性、認知過程、妊婦の意識との関係性を分析した。

(3)英語教育からみた性差別表現の問題について

 石川(中尾)有香

フェミニズム運動の影響を受け、1970年代以降、英語という言語がどのように変化してきたかを調査・分析する研究を紹介する。また、このような言語変化を英語教育で取り扱う上での問題点を考えてゆく。

第3分科会 司会:広瀬 裕子

(1)博物館学芸員におけるジェンダー・バランスの研究(2)
−学芸員養成過程のジェンダー問題を中心として−

 内海崎貴子(代表)  田中  裕

発表者らは、昨年度の大会で、博物館学芸員のジェンダー偏在についてその現状と問題点を明らかにした。今回は、学芸員のジェンダー偏在の原因を探るために、大学におかれている学芸員養成過程のジェンダー問題を指摘する。具体的には、学芸員課程がどのような学部/専攻分野に設置されているのか、学生の履修状況や資格取得の現状などをジェンダーの視点で分析し、その問題点を明らかにする。

(2)国語科教育におけるジェンダーフリー教材の問題
−「文学教材」と人権教育との接点を求めて−

根岸 泰子

ジェンダーフリー教育実践の浸透のなかで、現在さまざまなジェンダーフリー教材が提案されつつある。しかしながら国語教材の場合、テキストのカノン化や感化主義といった国語科特有の傾向性がジェンダーフリー教材をゆがめ、教授者と学習者のもちうる主体的ダイナミズムを逆に抑圧してしまう危険性がすでに研究者によって指摘されてきた。
ここではそれらの批判を出発点としながら、ジェンダーフリー教材を将来教師となる学生への学部でのジェンダーフリー教育プログラムとの相互的な関係性のなかに置き直し、1970年代のスウェーデンの男女平等委員会のかかげた「平等の最終目標」を参照しつつ、「ジェンダー分割からのフリー」理念の学校教育への位置づけや、第二波フェミニズム的なテキストの女性像を本質主義的として形式的に排除することなくいかにして受容するかといった問題について考察してゆきたい。

(3)自治体DV実態調査の検討と課題

 ゆのまえ知子

DV問題が行政課題となり、多くの自治体が実態調査を実施したが、それで事たれリと考えられているふしもある。調査のやり方は、自治体自身が調査主体のところや、研究者やNGOグループに委託したり、グループに調査のための助成金を交付するところなどいろいろである。これら自治体の関与した調査の傾向や問題を検討するとともに、今後の行政課題のあり方や3年後のDV防止法見直しに向けての新たな調査課題を探りたい。

第4分科会 司会:深澤 純子

(1)Catharine A. MacKinnonのジェンダー中心主義への問い

南茂由利子

周知のようにCatharine A. MacKinnonは、セクシュアル・ハラスメント、性的虐待、ポルノグラフィを性の平等問題として取り組むアメリカの法律家であり、セクシュアリティの変革をフェミニズムの中心課題に据えている。彼女は、性的虐待を女性がこうむる特有の権利侵害であると考え、それは私的領域で主におきるとして、私的領域の存在自体を批判する。この考えに対する疑問および、政治的な問題を全てジェンダーのみの視点で分析する彼女の基本的立場に対し、問いを投げかける。

(2)女性政治家をめぐる報道について

熊谷 滋子

外務大臣であった田中真紀子氏をめぐる報道は、これまで指摘されてきたジェンダーを見事に体現している。今回は主に新聞(記事、投書、川柳等)を利用し、大臣就任中の田中真紀子氏をめぐる一連の報道をまとめたい。田中氏は、大臣就任当初、「女らしくない」行動力と発言で、「じゃじゃ馬」よばわりされたが、最後は「女らしさ」としての象徴である「涙」によって否定的評価を受けることとなった。結局、女性は政治家や大臣などの権威ある立場についた場合は余計に、女らしくしても女らしくしなくても非難の的となる。男社会のなかで、女性は絶えず女らしさに気を配りながら、プロとしてみられるように振舞わなければならない。さらに、問題視されると、同性からも距離をおかれ、孤立してしまう。そういう意味で、女性の政治家はいまだに男性の目とも同性の目とも戦わなければならない。

(3)女性のマゾヒズム的傾向について

  日合あかね

セクシュアリティの問題の一つに、女性の性的ファンタジーにおけるマゾヒズム的傾向をどのように取り扱うべきかというものがある。このような問いは、性的傾向と日常行動との関連についての精神分析理論と関係すると考えられる。初期精神分析理論ではマゾヒズムを女性に多い現象とする傾向があるが、これをフロイト派は男女の解剖学的差異に起因するものとして説明し、マゾヒズムを女性の本質と見なす理論的根拠を提供した。これに対しホーナイは、女性の「適度の攻撃性の制止」という文化的観点から分析する。これは、ギリガンによる女性の道徳の発達過程の分析においても見出せる。ギリガンやホーナイの議論の検討によって、女性的とされてきた対人関係のあり方とマゾヒズムの問題、性的ファンタジーのマゾヒズム的傾向の自由に関する問題などに、一定の見通しを立てることができるのではないだろうか。本報告では、これらについて論証することを試みたい。

ワークショップ

(1)男女共同参画時代の女性センターのありかたを考える

  運営者:木須八重子、深沢純子、船橋邦子

女性センターの運営は、政策として、市民参画や、市民、NGO、NPOと自治体のパートナーシップによる運営をうたいながら、なかなか進まないのが現実です。その原因は何か、どのような工夫によれば、乗り越えられるのか、真の男女平等の地域社会での実現をめざして、市民のネットワークや活動の拠点として、その責任を担う女性センターのあり方を考えます。

(2) 男子校学校文化とジエンダー意識形成
−出身者は語る・意識調査がとらえる高校生ー

  企 画:亀田温子
報告者:細谷 実、大森昭生
21世紀をひらくみやぎ女性のつどい

宮城県は公立高校の男女別学校(22校)が全国で2番目に多い県です。学校の男女共学は、1950年代戦後すぐにはじまる第1段階、これは男子を基本としそこに女子を入れる男子中心の共学化でした。続く1970年代は、高校増加の中で男女特性論にもとづく第2段階の共学化。そして今、男女共同参画社会という新しい社会を目指す時代に、高校教育の再検討とかかわる第3段階の男女共学化が、宮城県をはじめとし福島県、群馬県、埼玉県などで動き始めています。
学校における「ジェンダー再生産」の装置の1つである男女別学について、今回は男子校にスポットをあて、その学校文化と個人のジェンダー意識形成を語ってもらう中から、探っていきます。さらに、仙台の女性グループが行った高校生の意識調査から、別学とくに男子校が何をつくるのかをとらえ議論します。
共学出身の方、別学出身の方、どちらでもふるってご参加ください。

(3) 男女共同参画時代のジェンダーの現在

 主催者:和智綏子および城西国際大学院女性学専攻院生

男女雇用機会均等法、男女共同参画社会基本法などの法整備と条例作りなどの施策の中で、男女が性差にとらわれず、社会へ参加するだけではなく主体的に参画し、文化を形成していく新たな時代に入ったと考えられるが、解決すべき問題が存在するのがまだまだ現在の実態である。本ワークショップでは、単なる参加の機会や可能性へのアクセスを設けるのみではなく、実際に政策や方針決定への参画をどのように実現していけるのか、ジェンダー・エンパワーメント水準をいかにして上げることが可能なのかについて、ジェンダーをめぐる諸問題の現在を明らかにしていきたい。

(4)行政や政策におけるジェンダーの主流化

運営者:橋本ヒロ子、内藤和美

行政や政策におけるジェンダーの主流化とは、福祉・教育・消費生活・環境など伝統的に女性の視点が入りやすい領域だけでなく、都市計画・産業振興なども含めたすべての政策や施策について、計画、実施、監視、評価などすべての段階で、影響が男女で異ならないか見直し、同じ成果が男女の違いなくあげられるように、政策や施策を変えていくことである。バックラッシュが目立ち始めたなかで、ジェンダーの主流化を進めるためのよりよい戦略が期待されている。
このワークショップでは、地方自治体のジェンダーの主流化に実際関わった研究者と調査を実施した行政担当者による報告をベースに、参加者との積極的な意見交換をして展望を開きたい。
問題提起者:
内藤 和美:政策決定過程における協働の実質化
米田 禮子:グループみこしが進めてきた地方自治体におけるジェンダーの主流化
橋本ヒロ子:ジェンダーの主流化における国際的・国内的動向

■研究会報告

◇研究会報告−1

89号のニュースレターでお知らせしたように、6月大会のテーマである「ポルノグラフィーの言説をめぐって」に関連した、以下の内容の研究会が2月18 日、文京区女性センターで開催された。「女性表現者ネッワーク」などの非会員の方々を含め、30名を越す参加者があった。講師のお一人は北原みのりさん。北原さんは96年に始めたオンナのセックスグッズストア「ラブピースクラブ」の代表。日本のAV産業は男性向きマーケットが中心である現状において、女性向き、女性が気持ちがいいAVの制作をしたい、という思いから欧米諸国、オーストラリアのポルノ状況について調査を開始したそうだ。この日は「オーストラリアのポルノ規制と日本の現状比較」というテーマで話していただいた。まずオーストラリアでは、女性知事のいる首都キャンベラでアダルト産業が発展、92 年にエロス・ファンデーションを設立し、現在セックス産業界の70%が加入している。と同時に、同年州政府は性産業を合法化した。現在、non- violent eroticaの精神に基づいたセックスグッズ、ビデオ、買売春によって税収が増加している。毎年、年2回セクスポが開催され2万人が参加し、その46%が女性という興味深い報告がなされた。性産業に対する政策が選挙の勝敗にも影響するという。日本では年間5000本(実際は倍)のビデオをビデオ倫理協会が審査している。ビデ倫は入会金10万円、年間3万円の会費、を徴収しているが、制作会社150社が加盟し3億円市場のビデオ産業を形成している。参加者から暴力的ポルノが悪いのだというオーストラリアの政策で何を暴力的と規定すのか、北原さんのいう男性向きポルノと女性向きポルノの区別はできるのか、の質問が出された。もう一人の講師、ジャクリーヌ・ベルントさんは「米国の日本研究からみたエロ・マンガ/レディース・コミック」というテーマで、米国の日本研究者のエロ・マンガ/レディース・コミックの先行研究書について「日本」「セクシュアリティ」「マンガ」という3つの切り口から整理して
(1)エロ・マンガ全般を「女性敵視」と批判する立場が紹介された。その特色として、他者としての日本、変わった国、日本、変わったセクシュアリティとして他文化批判に潜む偏見に満ちた「日本」の同質的、本質論的捉え方、背景をなす「正常」のセクシュアリティー観があり、また日本でのマンガ論の無視などがあげられた。
(2)多様性と差異を可視化する可能性から論じる立場は、日本自体の多様性、読者が取る複数の視点の検討や日本におけるマンガ論への注目、さらに女性向けの視覚的ポルノの条件として特定の表現スタイルとアクセスがあること、また誰が何をどこでどのように、なにを目的として読むのかの分析、ポルノを意図していないもののポルノ的読みの可能性など、特色のまとめは興味深いものだった。

 (船橋邦子)

◇研究会報告−2

愛知淑徳大学ジェンダー・女性学研究所
研究会 日本女性学会共催
テーマ:フェミニズムとアジア・太平洋地区の多文化コミュニケーション
講 師:ヴェラ・マッキー教授(カーティン工科大学教授、お茶の水女子大学客員教授)
日 時:2002年1月10日  18:00-20:30
場 所:愛知淑徳大学 研究棟2階会議室
「国境を越えるフェミニズムと多文化コミュニケーション」というテーマで、マッキーさんはまず、日本語で、ご自身の成育背景からスコットランド、オーストラリアという欧州、アジア太平洋地区での体験を語り、グローバル化の中でフェミニズムが直面する課題を解説した。グローバル化による権力関係の複雑系をなし、その諸相はジェンダー、階級、エスニシティ、セクシュアリティーなど多様な格差を産む。そのなかでサイード「オリエンタリズム」を例にヨーロッパからのアジアへの視線のもつ権力性が主要な問題意識として強調された。
現代フェミニズムにおけるキーワードでもあるグローバル・フェミニズムということばについても、このことばがあたかも普遍主義的にとりあげられることの権力構造を批判した。多文化主義は70年代半ばのオーストラリアの文化政策であるが、現実にはイギリス文化が自明の主体とされイタリア・ベトナム・アボリジニなどの文化を周縁化したという批判が80年代に出され、多文化主義とはなにかについて再検討がされた。後半、自由討議がもたれ、1976年から85年の国連による数回の世界女性会議は女性たちが種々の国際会議に出るようになり、ジェンダーをtrans-nationalなレベルで見るきっかけとなったが、実態は英語を母語とする文化が主導的位置にあることも参加者から指摘された。近年の原理主義的ムスリムによるテロでは、アメリカの反テロという御旗のもとで、コロニアリズムやオリエンタリズムがフェミニズム的実践の言説を簒奪するという現実があることも議論された。言説分析による文化研究の緊急性がこのような現実のなかによく示されている。

(國信潤子)

■研究会のご案内

近代日本男性史研究会(第1回目)へのお誘い

近〜現代の日本における「男らしさ」の歴史的構築過程 を、分析・検討していこうという会です。
<スピーカーとテーマ>
海妻径子「一條忠衛、あるいは男らしさからの逃走」
<日時・場所(予定)>
2002年5月25日(土)13時〜17時
横浜市立大学サテライト施設「よこはまアーバンカレッ ジ」セミナールーム
(京浜急行/横浜市営地下鉄の上大岡駅隣接 ゆめおおおかオフィスタワー17階)
●場所は変更になる可能性がありますので、参加希望者 はあらかじめご連絡をお願いいたします。
●資料代(実費)を頂きます
●問合は海妻または細谷実

■寄贈図書

会員より、以下の著書、訳書の寄贈がありました。
江原由美子著 岩波セミナーブックス84
『自己決定権とジェンダー』岩波書店、2002年
田間泰子著
『母性愛という制度』勁草書房、2002年
チョ・ヘジョン著、春木育美訳
『韓国社会とジェンダー』 法政大学出版局 2002年

■会員からの情報

男性学メーリング・リストへのお誘い

男性学に関するメーリング・リストがあります。男性(学)研究についての情報交換と意見交換を目的としています。現在、女性学会会員でもある熊田さんがシステムの管理者をしています。
このMLへの参加資格は、原則として、
1.研究者(大学教員と院生)またはそれに準ずる者
2.性自認を問わず、男性学(=女性学を経た男性の自己省察の学)に一定の理解があること
であり、女性研究者の参加も歓迎いたします。
興味をお持ちの方は、愛知学院大学の熊田一雄さんにご一報願います。

(文責 細谷実)

■懇親会のご案内

第1日目 6月8日(土)19時〜21時
ハーネス仙台 tel:022−222−1121
参加費 飲みもの代を含め5000円 参加する方は以下に大会1週間前までにお申し込み下さい。
橋本  細谷
〈会員が交流できる貴重な機会です。どなたもふるってご参加下さい!!〉

■大会会場案内・宿泊案内

エルパーク仙台 TEL.(022)268−83008
〒980-8555 仙台市青葉区一番町四丁目11番1号
仙台141 5F・6F
交 通
■地下鉄 地下鉄南北線 仙台駅(JR仙台駅からすぐ)から三駅目:勾当台公園駅下車
(南1番出口より地下道で連結)
■バ ス 中央警察署・商工会議所前 または定禅寺通市役所前下車宿泊案内
前号ニューズレターでお伝えしたように、大会時はサッカーワールドカップのため仙台附近は、ホテル事情が厳しいと思われます。
学会では「東横イン:仙台西口広瀬通(tel 022-721-1045)」を三月末日まで仮押さえして、これに対処しました。間に合わなかった方は、非常に厳しいと思われますが、お問合せ下さい。

投稿日: 2002年5月1日 カテゴリー: NewsLetter